ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年3号
道場
最終検討会の席で部長が言い切った「物流に美を取り戻すための活動です」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MARCH 2003 42 最終検討会の席で部長が言い切った 「物流に美を取り戻すための活動です」 会議室に物流部員たちが集まっている。
大先生 を迎えて行う最後の検討会を前に、室内の緊張が 徐々に高まってきた。
一般にこうした検討会では、最後はコンサルタ ント側がクライアント側に結果を報告するという ケースが多い。
だが、大先生のコンサルは違う。
指 導を受けたクライアント側が、何を、どのように 変えたのかを大先生に対して報告する。
?コンサル は教育だ〞という大先生の考えを如実にあらわす やり方である。
大先生のコンサルを受け始めてすでに一年にな るが、いまだに誰も大先生に誉められたことがな い。
大先生との検討会にはいつも周到に準備をし て臨んできたが、必ず考えの甘さや検討の浅さを 指摘されてしまう。
この最終検討会も、全員で準 備をし、報告者は何度も報告練習までしたのだが、 果たしてどうなるのか不安に包まれている。
もちろん、こうして周到な準備をさせることそ のものが、大先生の教育の一環であり狙いどおり だった。
しかし、物流部長をはじめとする全員が、 いまだに大先生がどんな人間なのかを掴みきれて いないことが彼らの心配を増幅していた。
約束の時間が来た。
静まりかえった会議室の扉 が開き、大先生一行があらわれた。
全員が起立し て迎える。
大先生と二人の弟子が席につくのを待 って、部長を除く物流部員たちが着席した。
立っ たまま部長が開会の挨拶を始める。
この緊張した 雰囲気の中にあって、部長は意外と落ち着いてい るようだ。
「これまで先生方のご指導のもと、物流にメスを入 れてまいりました。
振り返りますと、先生の銀座 の事務所にコンサルのお願いに伺ったのは一年前 のことです。
その当時、私どもが持っておりまし た物流という概念は、今とはまったく違うもので した。
その頃の私どもは、輸送やセンター内作業 などの物流活動を、いかに効率的にやるかという ことばかり考えておりました‥‥」 一呼吸おいて部長が大先生を見る。
大先生が頷 くのを見て、安心したように話を続ける。
《前回までのあらすじ》 本連載の主人公でコンサルタントの“大先生”は、ある大手消費財メ ーカーの物流部の相談にのっている。
大先生の銀座の事務所をクライア ントが初めて訪れてから約1年が経過した。
物流部員たちにとっては従 来、当然と思ってやってきたことを大先生に否定され続けた1年でもあ った。
結果として、彼らの意識は様変わりした。
管理しようのないもの を管理できないと悩み、意味のない物流効率化に躍起になってきた自分 たちを滑稽にすら思えるようになった。
最後の検討会に臨む物流部員た ちは達成感と不安に包まれていた。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第十二回》 〜メーカー編・最終回〜 43 MARCH 2003 「物流コストを三割減らせという指示を社長から 受けた私どもは、どんなに効率化しても三割削減 なんて不可能と途方に暮れていました。
そんな中 で先生にご相談に伺ったわけです。
そのとき先生 は三割でも五割でも減らしてやろうじゃないかと おっしゃいましたが、正直いって私はそのお言葉 が本気なのか冗談なのかわからず、戸惑いを覚え ました。
これは一緒に伺った企画課長も同じだっ たと思います」 こう言うと部長は隣にいる企画課長をちらっと 見た。
企画課長が大きく頷く。
部員たちも興味深 そうに部長を見ている。
みんなの顔を見回しなが ら、部長が声のトーンを上げて言い切った。
「しかし、いま私は、あのときの先生のお言葉を、 自分の言葉として社内で公言しております」 かっこいい。
不安だらけだった一年前とは別人 のようだ。
部長が続ける。
「物流を活動レベルでしか見ていなかった私どもの 管理は、理にかなっていなかったのです。
物流は まず市場との適合性を第一に考えなければいけな いものなのです。
市場との適合性をなおざりにし て、いくら活動の効率性を考えても意味はなかっ たのです。
売れるかどうかわからない製品をいく ら効率的に運んでも、その効率への取り組みは無 意味なのです。
売れ残った在庫を効率的に保管す ることに何の意味があるのでしょうか‥‥」 部長が乗ってきた。
大演説が続く。
「本来、物流活動は、市場との適合性の下で効率 性を追求して、初めてその取り組みが意味のある ものになるのです。
先生のお言葉を借りれば、美 しきものになるのです。
市場が必要としているも のだけを効率的に物流する。
この目指すべき方向 に向かって、私どもは取り組みを始めました。
物 流に?美〞を取り戻す活動です」 部長は自分の話に酔ってしまった感じだ。
しか し、ここで自分を取り戻し、きちっと結びに入った。
「先生の新年講演のお話を大分借用してしまいま したが、最後の検討会にあたり私の思いを皆さん に伝えたいと思っていたら、つい口が滑ってしまいました。
本日は、物流に美を取り戻す私どもの 活動について先生にご報告し、ご指導をたまわり たいと思います」 部長の挨拶が終わったとたん、会議室に拍手が 起こった。
大先生を前にして上司である部長の挨 拶に拍手を送るというのも変な話だが、自分たち も同じ思いだということを伝えたかったのだろう。
弟子たちもつられて拍手をしている。
ひとり大先 生だけが、いったい何なんだという顔で苦笑して いる。
「報告は必要ない。
時間の無駄だ」 大先生の一言に戸惑いが広がった 部長は満更でもなさそうな顔をしていたが、さ すがにまずいと思ったのか、手で拍手を制すると 大先生に頭を下げた。
苦笑いしながら大先生が頷 くのを確認すると、部長は隣の企画課長に合図を した。
課長が立ち上がる。
「それでは、いまから先生にご報告いたしたいと思 います。
えー、『在庫管理』、『物流ABC』の順に、 それぞれ担当から順番に、えー、ご報告させたい MARCH 2003 44 と、えー、それでは‥‥」 部長と違って、かなり緊張しているようだ。
気 を取り直して課長が報告者を指名しようとすると、 おもむろに大先生がその動きを遮った。
「報告は必要ありません。
さきほどの部長の話でも う十分です。
わかっている話を聞くのは退屈だし、 時間の無駄ですから、話題を変えましょう」 大先生の両隣に座っている弟子たちがちらっと 大先生を見る。
物流部内で予行演習までして報告 を準備していた面々に、ちょっとした失望感が広 がった。
そして話題を変えましょうという大先生 の最後の言葉に、全員の緊張感が一気に高まった。
予期していなかった事態だ。
もっとも部長は動じ ていない。
部長だけは、こうした展開も予期して いたようだ。
「今日は最後ですから、これからの御社の物流を どうするかについて話し合いましょうか」 大先生の言葉に全員が困惑の表情を浮かべる。
楽しそうに大先生が続ける。
「そうだな‥‥これから三年後くらいには、皆さん の物流はどうなっているのでしょうね。
どうです か? 企画課長」 突然の指名に企画課長がドキッとした顔をする。
大先生の?指名〞という事態を前にして、他のメ ンバーたちの緊張もさらに高まった。
「は、はぃ、市場と適合した物流になっているので はと‥‥思います‥‥」 抽象的な答えに大先生が突っ込む。
「市場って何? 適合した物流っていうのは?」 課長は頭の中が真っ白になってしまった。
在庫 を市場の販売動向に合わせて動かすなんて答えた ら、今日予定していた在庫管理の報告になってし まう。
課長の顔がゆがみ始めたそのとき、驚愕す る事態が起こった。
なんと、あの腰の軽い、いやフットワークのい い若手の企画課員が発言を求めて手を上げたので ある。
みんなが驚いたように若手課員を見る。
そ して部長を見て、大先生を見た。
部長はもちろん、さすがの大先生の顔にも戸惑いが広がる。
一瞬の 沈黙のあと、美人弟子が嬉しそうに「どうぞ」と 促した。
若手課員が勢いよく立ち上がった。
「私は、三年後くらいには、お客様である問屋さ んに在庫を自動補充できていればいいなと思って ます」 何を言うのかと固唾を飲んで見守っていた全員 が、ほぉーっと感嘆の声を漏らした。
結構いいこ とを言うじゃないか。
大先生や弟子たちの顔にも 驚きの表情が浮かんでいる。
大先生が静かに質問 した。
「そうなる可能性は?」 「はい、問屋さんの出荷、在庫情報をいつまでに 私どもと共有できるかにかかっていると思います。
これらの情報を共有できれば、あとはそう難しく はないと思います。
情報が取れる自社の物流セン ターへは在庫の自動補充をしようとしているわけ ですから、問屋さんの出荷情報が取れれば、そこ へも同じ仕組みで自動補充をすればいいだけです」 若手課員は大先生が頷いているのを見て一言つ け足した。
「ここが情報共有のすごいところです。
情報の共有 45 MARCH 2003 は企業間の壁をなくします。
問屋さんの在庫管理 について、私どもの方がうまくできるのなら、私 どもでやればいいのではないでしょうか。
私はそう 思います」 ここでまた拍手が起こりそうな雰囲気になった。
一人でコツコツと勉強していると思ったら大した ことを言うようになった――部長も満足そうな顔 で若手課員を見ている。
大先生が戸惑いを隠すようにたばこに手をのば した。
美人弟子が大先生に「彼も変わりましたね」 とささやく。
大先生は首を傾げながら、若手課員 に声を掛けた。
「なかなかいい答えだ。
その方向で取り組むのが正 解だ‥‥。
ところで、そろそろコーヒーが飲みた くなった‥‥」 大先生の言葉が終わらないうちに、若手課員は 脱兎のごとく会議室を飛び出していった。
それを 見て、大先生が満足そうにつぶやいた。
「やっぱり、あいつは変わってねぇ‥‥」 部長が大先生に握手を求めると 再び会議室が拍手に包まれた 大先生が部長に聞いた。
「物流コスト三割減という目的についてはどうなり ましたか?」 結構、難しい質問に部長が自信を持って答える。
「はい、これまでコンサルいただきました経緯を 社長に詳しく報告しましたところ、物流コストな どという狭い範囲でコストを減らせという発想そ のものが間違っていたようだ、今後はロジスティ クスという視点で可能な限りの無駄を省けと言わ れました。
物流コストを減らせなどという話より も、もっと大きな舞台が与えられたわけです。
こ れから私どもは思い切りロジスティクスの導入に 取り組みます。
これも先生のおかげです。
先生の お話を聞くたびに、まさに?目からウロコ〞の連 MARCH 2003 46 続でした」 うまい答えだ。
部長は大先生を喜ばすコツを知 っている。
大先生が嬉しそうにちゃちゃを入れる。
「よくも、そんなにウロコがあったものだ。
会社 の活動がよーく見えるようになったでしょう?」 「はい、はっきりと見えるようになりました」 「はっきりとねぇ。
オレから見ると、まだ視力 〇・五程度だと思うけど。
まあ、これからも視力 回復に努めればいいさ。
考える原点は『物流はや らないのが一番』‥‥これだからね。
あんたたち の存在価値をなくすことが、あんたたちの目標さ ‥‥」 大先生の独りよがりな締めの言葉に対して、部 長が「はい、わかっております」と勢いよく答え る。
何を思ったか、部長が足早に大先生に近づい て握手を求めた。
戸惑いながら大先生も手を出す。
会議室が拍手に包まれた。
こうして最後の検討会 は、マイペースの大先生のペースを乱し続けて終 わった。
「もうコンサルなんかやりたくねえ」 なぜか拗ねる大先生に新たな依頼がきた 検討会の後、銀座の事務所に向かうタクシーの 中。
大先生が「あいつは絶対に変わらない」と断 言していた若手課員の変貌ぶりに、弟子たちが喜 んでいた。
大先生は「ちっとも変わってねぇ」と 反論しているが、顔は満更でもなさそうだ。
事務所に戻ると?女史〞が待ち構えていた。
「どうでしたか、今日の会議は」 「どうってことねえよ」 大先生がぶっきらぼうに答える。
二人の弟子は にこにこしている。
「何かいいことがあったんですね、会議で。
だか らそんなお顔をしてるんでしょう」 女史はすべてお見通しだ。
ふと思い出したよう に、女史が大先生に声を掛けた。
「そうそう、お留守の間に電話がありました。
何とかっていう問屋さんが、ご相談したいことがある のでご都合のいいときにお伺いしたいと言うこと でした」 「何とかだなんて妙な名前の問屋だな」 「はい、おもしろい名前でしょ‥‥コンサルの相談 のようですが、いつお越しいただきましょうか?」 「もうコンサルなんかやりたくねぇ」 いつもながらのやりとりを聞きながら、美人弟 子は手帳を開くと独り言のように言った。
「これで失業せずに済みそうですね。
えーと、空い てる日は‥‥」 ※『物流コンサル道場』のメーカー編は今回で最終回とな ります。
次号からは卸売業編として、大先生が新たなコ ンサル依頼に応えます。
ご期待ください。
*本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究所 入社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手 にとるようにIT物流がわかる本』(かん き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

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