ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年3号
特別寄稿
ロジスティクス組織論

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MARCH 2003 54 ? ロジスティクス思考 ロジスティクスの原理に基づいたビジネス モデルを構築しない限り、今日の競争に勝つ ことはできない。
この場合に重要なのは、組 織についての基本的な思考である。
組織の行 動原理そして実践行為は、その根底にあるイ デオロギー(信条)、哲学としての存在論、目 的論に影響されるからである。
この深い思考なしに表層的な組織変革を行 っても、時間が掛かるのみならず失敗を招く。
身近な例として、かつて米国企業の重役室を 疾風のごとく襲った「BPR(ビジネス・プ ロセス・リエンジニアリング)」が挙げられる。
その多くの試みが失敗に終わったのは、よく 言われているようにそれが実行困難な計画だ ったからというわけではなく、組織の意識を 変えることなしに、プロセス志向に移行して しまったことに本当の原因がある。
存在論および目的論 図1は、ロジスティクス組織を検討する上 で、いかに多くの観点があるかということを 示したものだ。
これらの哲学およびイデオロ ギーの違いによって、その後の組織の行動原 理および行動実践に差がでてくると筆者は主 張する。
図1を説明すると、まず現実世界をどのよ うに見るかによって存在論は大きく「機械シ ステム的見地」と「有機システム的見地」に 分かれている。
その下には、自然と人間、ひ いては我々の組織的活動の目的は何なのかと いう、目的論的な仮説が描かれている。
目的 論的仮説は「自然法則論」、「理性論」、「適応 論」、「構成論」の四つに分類される。
そして、 そこに新たに複雑系理論の「変成論」が加わ ってきたという図式だ。
仮に世界は自然法則および理性に従うとい う観点、すなわち「自然法則論」および「理 性論」の考え方に立つならば、ロジスティクス組織という存在は機械システムとして認識 される。
この場合、ロジスティクス組織にお けるイデオロギーは機械志向あるいはプロセ ス志向となる。
一方、「適応論」あるいは「構成論」の観 点に立つと、組織は有機システムとして捉え られる。
この場合のイデオロギーは社会技術 的志向あるいはネットワーク志向となる。
表1に、それぞれのイデオロギーの「行動 原理」が整理されている。
行動原理の項目と しては「マネジメント」、「価値創造」、「人間 の価値」、「情報」、および「変革への態度」が 挙げられている。
同様に表2にはイデオロギーによる「組織 特別寄稿 ロジスティクス組織論 ――そのイデオロギー、原理、実践 スティグ・ヨハンセン ノルウェージアン科学・工科大学フェロー研究員 オラフ・ソレム ノルウェージアン科学・工科大学教授 抄訳・解説 キャリアコンサルタント協同組合 牧田行雄 ロジスティクス組織の在り方を検 討するには、哲学的見地からの考察 が不可欠だ――欧米のロジスティク ス研究者の間で、そんな主張が注目 を集めている。
その最先端の学術論 文を、抄訳・解説する。
55 MARCH 2003 的な実践」の違いが示されている。
項目とし ては「組織構造」、「マネジメント」、「定型業 務」、「戦略決定」、「コミュニケーション」お よび「関係性」が挙げられている。
続いて、 それぞれのイデオロギーの特徴について解説 している。
? イデオロギー(信条)、 行動原理および行動実践 1 機械イデオロギー 機械イデオロギーは、テイラーの科学的管 理に基づき、フォードの工場で実践された古典的な手法である。
組織はヒエラルキー型の 統制的構造となり、価値創造は効率的な生産 から産み出され、人間は「偉大な機械」組織 の一部として評価される。
コミュニケーショ ンは「知らしむべからず、依らしむべし」で ある。
オペレーションは完全に分業化され、 定型的流れ作業に携わる作業 者とエンジニアあるいはエコ ノミストとして問題解決にあ たる専門家に分かれる。
2 プロセス・イデオロギー この考え方はトヨタの生産 システムに始まった日本のマ ネジメント哲学から発展した ものであり、ロジスティクス においては管理の簡素化と時 間軸に合わせた管理に具現化 されている。
もう一つの特徴は多段階の ヒエラルキーを特徴とする 「ストーブ型」から顧客中心 の「パイプライン型」への組 織構造の転換である。
これは 一般的にはBPRといわれる 変革手法として知られている。
行動原理としては、マネジメ ントの統制は必要であるが、オペレーショナ ルな意思決定は下位に委譲される。
価値の源泉は財貨のサプライヤーから顧客 までの効率的な流れに求められる。
人間は全 プロセスのシステムを創り出す知的な部品と して評価されると同時に、チームとしての意 思決定を行う社会的かつ知的な能力の価値を 認められる。
価値の創造には情報の共有が重要である。
権限は下位に委譲されるので、中間管理職は 無用となり組織構造はフラットになる。
CE Oとチームの中間に残る唯一のレベルは、チ ームオーナーのみである。
マネジメントは生 産計画、サプライヤーおよび顧客との外部関 係の構築に力を注ぐ。
3 社会技術的イデオロギーこの考え方は科学的管理およびルードビッ ヒ・フォン・ベルタランフィーのシステム志 向に反対する人間関係学派から示唆を受けて いる。
スウェーデンの自動車メーカー、ボル ボが最初にその工場の生産システムに導入し たことから、「ボルボイズム」とも呼ばれる。
マネジメントは統制を原則としながらも、 権限を限定的に委譲している。
価値は、統合 のとれた生産と自立的な人間の意思決定によ って産み出される。
人間はシステムを生み出 す一部と見なされるが、同時に社会的、心理 的なニーズをもった存在として評価される。
情報は非常に重要視され、組織内を縦にも 図1 ロジスティクス組織の思考における理論と実践の動態的フレームワーク 組織行動の表明 (方法) 新しい実践的観点 新しい理論的観点 組織の実践 物事のやり方、表2を参照 組織行動の原則 (パラダイム) 組織的価値創造の 基本的な観点 (イデオロギー) 基本的人間観と 自然観 (存在論) 基本的目的 (目的論) (模範的)行動原則 物事の正しいやり方、表1を参照 機械 プロセス 社会・技術 ネットワーク 機械システム 有機体システム 自然法則 変成論 理性 環境適応 構成論 MARCH 2003 56 横にも流れるが、依然として「依らしむべし」 である。
行動実践は人間がチームを組んで協 調的、効率的、安定的な生産を行うのが本質 である。
換言すれば組織構造はヒエラルキー 自律自立的なグループから構成されている。
組立ラインはクラスター活動に分解され、 日々の定型業務はチームによって処理される。
マネジメントは従業員の福祉とやる気を重視 し、計画活動および外部関係に専念する。
計 画は予測に基づき、長期的である。
従業員は 意思決定プロセスに参画し、学習し、認めら れる機会を与えられる。
しかしサプライヤー および顧客との外部関係にはほとんど関与し ない。
4 ネットワーク・イデオロギー このイデオロギーの理論的根拠は、第一に 「取引コスト理論」(経営資源を自社で調達す るか、あるいは市場から調達するか)、第二 には情報システムにおける知覚・論理・行動 能力をもった分散的構成要素(オブジェク ト)からなる「エージェント理論」、第三に 社会規範に基づく取引と個人の関係性を重視 する「相互関係作用の研究」に見出される。
サプライヤーとの緊密な関係性を築いた「ト ヨタイズム」の拡大版といってよいであろう。
マネジメントは組織内部のみならず外部の サプライヤーおよび顧客との信頼をベースに した関係を重視する。
価値の創造は、中心と なる企業のサプライヤーから顧客までの調整 のとれた財貨の デリバリーとい う物理的な価値と共に、ネット ワーク参加者の 協調、学習およ び知識など無形 の価値の共有化 を重視する。
実践において は自動車あるい は航空機産業で は、いくつかの サプライヤーが 別々にあるいは 一緒に構成部品、 システム部品を 作る。
そしてサ ードパーティー 業者が、中心と なる企業への納 品を調整したり、 時には組立作業 も行う。
ネットワーク を 組 む 意 図 は 、 事前に計画がな くても様々な事象(イベント)に対して参加 者が協調して対処できるようにしようとする ところにある。
しかし、ネットワーク内で長 期的なパートナーシップと一致した戦略の方 向性を確保しようとすれば、正式な計画が必 要になるため、そこで矛盾が生じる。
表1 行動原理とロジスティクス組織のイデオロギー 行動原理/ イデオロギー マネジメントの原理 価値の創造原理 人間価値の原理 情報の原理 変化の原理 ? 機械 完全統制 生産の調整 生産における 機械の部品 情報の統制 安定性 ? プロセス 管理の委譲 供給とデリバリーの調整 生産システムおよび 知識システムの部品 情報の共有 適応と安定 ? 社会・技術 部分的権限委譲 生産の調整と 人間の責任 生産システムおよび 責任システムの部品 部分的な情報の共有 調整と安定 ? ネットワーク 管理と信頼の共有 調整のとれた強調、 学習、供給とデリバリー 生産および社会的 相互作用としての存在 情報の共有 適応と安定 表2 組織の実践とロジスティクス組織のイデオロギー 組織の実践/ イデオロギー 構造 マネジメント 提携業務 戦略作成 コミュニケーション 関係性 ? 機械 機械的 ヒエラルキー型 生産 個人中心 静態的計画 外部的に制限 同一レベルの内部 のみ関係性あり ? プロセス チーム型 ヒエラルキー型 生産/サプライヤー/ 顧客 チーム志向 静態的/適応的計画 比較的開放的 チームとして内部的 および外的に関係性あり ? 社会・技術 非ヒエラルキー型 生産/人 チーム志向 生態的計画 制限的 チームとしての内部 のみの関係性あり ? ネットワーク ネットワーク型 生産/ネットワーク チーム志向 生態的/適応的計画 比較的開放的 チームとして内部的および 外部的に関係性あり 57 MARCH 2003 ? 組織変革に対する抵抗 ◆機械イデオロギーおよび社会技術的イデオ ロギー:双方のイデオロギーとも、変化は 組織内部に不安定をもたらし、目標とする 最適化の達成を妨げるので、これを嫌う。
ただし計画上の変更と調整の必要性は認め る。
◆プロセス・イデオロギー:組織構造をパイ プライン型にし、顧客の必要条件に迅速か つ柔軟に対応しようとするので本来は変化 対応型のはずである。
にもかかわらず、実 際の彼らの計画は長期的かつ静態的である。
そして予測できない変化を市場の衰退、経 済のグローバル化による不況などと非難し、 自分たちはその哀れな犠牲者であるかのよ うな言い方をする。
事実、その対応策は不 況時にはダウンサイジングの首切りであり、 好況時には拡大策をとる。
◆ネットワーク・イデオロギー:ネットワー クの構築の意図は、環境変化に対して参加 者の協調によって自社の経営に安定性をも たらすことである。
しかしそのためにはネ ットワーク内において安定性、予測可能性、 特に計画活動と統制が前提条件となる。
か くして現代の経営に必要なフレキシビリテ ィ(柔軟性)とアジリティ(俊敏さ)をネ ットワークによって達成しようとする意図 は最も大きなジレンマに陥ってしまう。
このように四つのイデオロギーに共通して 見られるのは、変化に対する抵抗と安定性へ の希求である。
機械イデオロギーおよび社会技術的イデオロギーは本来的に変化を嫌う。
そしてプロセス・イデオロギーもまた、環境 あるいは顧客対応型と称しながらも、予測に 基づく長期計画型なのである。
しかも自分た ちは予測せざる変化の犠牲者であると思い込 み、その責めを他者に転嫁しているかに見え る。
ネットワーク主義は、他者との協調あるい は他者の力を借りて変化への対応をしようと しているが、そのためには他者を含めたネッ トワーク全体が安定していなければならない という矛盾に直面してしまっている。
もう一つの注意すべき点は、変革に際して とるイデオロギー、行動原理および行動実践 の一貫性である。
もしプロセス・イデオロギ ーからネットワーク・イデオロギーへのシフ トを考えるならば、マネジメントの原理もま た、権限委譲から統制の共有と信頼に変わら なければならない。
また価値の創出には、供給とデリバリーに 加えて協調および学習が必要となる。
さらに 人間としての価値は、生産および知的システ ムの一部としてではなく、生産および社会的 相互作用を行う存在として認識しなければな らない。
その実践においても組織構造はチーム階層 型からネットワーク型になり、マネジメント は「生産/サプライヤー/顧客中心」から 「生産/ネットワーク中心」にならなければ ならない。
そして究極的には、機械システム 的見地から有機システム的見地へ、哲学的観 点を変える必要があるのである。
「変成論」の可能性 ◆変成論:これまでの四つのイデオロギーが 安定性を望み、自己を環境の変化の犠牲者 と考えた態度とは異なり、変成論は、組織 とは基本的に自らの生命、自らの市場、自 らの経済世界を創り出すことができるとい う認識に立っている。
変革は計画されたり 強制されたりするものではなく、現在の絶 えざる自己変革によってのみ未来が創り出 されるというイデオロギーである。
新しい 「知」としての複雑系理論といえる。
変成論にもまた機械的な見方と有機的な見 方の二つがある。
複雑系理論のカオス理論お よび複雑適応システム理論は、そもそも数学 理論およびコンピュータ・シミュレーション 理論であり、人間をプログラム可能なオブジ ェクトとして扱う。
従って明らかに機械シス テム的見地に立っていると言える。
一方、複雑反応プロセス理論は、人間存在 を心理的および社会的な存在と見なし、複雑 で予測不可能な相互作用を起こす実存として 認識する。
これは社会的な見地である。
著者 は従来の思考に加えて、このような複雑系理 MARCH 2003 58 論が変革に対処する能力の獲得に大きく寄与 することになるだろうと論考を結んでいる。
結論と今後の課題 本論文の目的は、ロジスティクス組織の行 動原理とその実践が、その基底となっている イデオロギーによっていかに違ってくるかを 示すことにある。
ロジスティクス組織のイデ オロギーには機械、プロセス、社会・技術お よびネットワークの四つがある。
そして筆者 は、組織全体の拠って立つ適切なイデオロギ ーへの移行なしに、組織の構造、手続き、行 動、意識などの変革を進めることの危険性を 指摘している。
さらに筆者は、変革について四つのイデオ ロギーに共通する抵抗あるいは障害として安 定性への希求、予測に基づく長期計画への固 執、環境変化への非自発的態度などを挙げて いる。
そしてその解決策を、そこに複雑性科 学を加えることで見いだそうとしている。
抄訳者解説 1 複雑性科学の哲学的意味 それでは、複雑性科学を加味したロジステ ィクス組織の実践では何が課題となるのであ ろうか。
以下に抄訳者として、考察を加えて みる。
カオス理論および複雑適応システム理論は 機械論であり、複雑反応システム理論は社 会・技術およびネットワークの有機体論であ ると筆者は論じている。
これでは、いずれに しても伝統的な二元的な存在論から抜け出せ ないことになる。
そうではなくて、複雑性はまさに新しい哲 学、新しい知、新しい世界観と密接に関連し ているのである。
科学においては従来の分析 的で要素を細分化する還元主義的態度は見直 されている。
哲学でも主観対客観、主体と客 体、決定論対生成論という二元論から、世界 は諸要素の相互の関係性から成り立っている という新しい「知」に変わってきている。
複雑性科学は哲学における新しい「知」の 親和性をどこに見いだせるのか? それが哲 学的なレベルでの課題になるだろう。
2 相互作用 ネットワーク・イデオロギーにおける「相 互作用」という言葉は大きな意味を持ってい る。
相互作用は単なる関係性ではない。
相互 作用を起こすには組織が構造的にカプリング していなければならない。
そして相互作用は、自己準拠、オートポイ エーシス(自己創造)、ノンリニアな動き、エ マージェンス(創発)、自己組織化などリニ アな世界では見られない現象が起こるという 特徴を持っている。
このような相互作用が起 こることがロジスティクス組織あるいはサプ ライチェーンの成功の鍵である。
3 コミュニケーション コミュニケーションは単なる情報とは違い、 ロジスティクスという社会システムを成り立 たせている実在そのものである。
そのプロセ スは、システムの内部においては閉鎖的であ るが故に自律的で、環境に対しては開放的で あるが故に選択的というパラドキシカルな二 面性をもっている。
コミュニケーションこそ が相互作用を誘発させるのである。
このコミュニケーションを支えているのが 言語による人間の心理、意識、精神を生み出 している心的システムである。
言語は音韻、 シンタックス(構文)、意味の要素が相互に 複雑に絡み合いながら、非自己を取り入れ、 新たな自己を作り出し、多様で無限の文化や 社会とその秩序を作り出しているのである。
4 戦略決定複雑な世界は偶発性に満ちており安定性や 平衡性を望めないとすると、いかなる存在論 に依拠し、行動原理と実践における予測と計 画を変えていけばよいのであろうか? 「組 織は意図して作られるものではなく、自生的 に生まれるものである」あるいは「システム はシステムが作る」というのが自己組織化の 考えである。
*本稿はThe International Journal of Logistics Mag. 誌 Volume 13, Number 1 2002 号に掲載された同名の論 文を著者・出版社の許可を得て、キャリアコンサルタン ト協同組合の牧田行雄氏が抄訳・解説したものです。

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