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MARCH 2003 18
直接取引が難航する理由
イオンの直接取引が難航している。 メーカーから商品を直接仕
入れ、卸の中間マージンを削減することが狙いだが、メーカーや
卸の根強い抵抗にあっている。 イオンの現在の事業規模では発言
権も限られている。 果敢なM&Aに加え、他のチェーンストアとの
共同仕入れなどで市場占有率を高める必要がある。
日本食糧新聞記者野澤正毅
「直取」で一九〇億円の原価低減狙う
イオンは二〇〇一年六月の仙台RDC(地域流通
センター)開設を皮切りに、二〇〇四年までに全国一
九カ所、三九施設に自社物流拠点を集約する「戦略
物流構想」を打ち出している。 この取り組みにより、
年間約一四〇億円の物流費を節減できると試算して
いるが、狙いとしているのは物流効率化による単なる
コストダウンだけではない。 むしろ主眼とするのは物
流拠点をベースとしたメーカーとの直接取引だ。 卸の
中間マージンをカットすることで年間約一九〇億円の
原価を圧縮できると弾いている。
イオンは戦略物流構想の中で、大手加工食品メー
カー一七社とNB(メーカーの全国ブランド)を直取
することで合意、仙台RDC稼動と同時にスタートす
ると公表した。 同時に将来は加工食品の五割、全商
品の七割をメーカーから直接調達する計画も明らかに
した。 この「直取宣言」は食品業界に大きな衝撃を与
えた。 加食NBの直取は菓子など一部を除き、これま
でタブーとされていた領域だったからだ。
しかし、物流拠点の整備が順調に進む一方で、直
取は当初の目論見に反し、難航している。 加食の取
引には、商品がメーカーの工場から小売りの店舗まで
配送される「物流」と、商品の代金が小売からメーカ
ーに渡る「商流」の二つの流れがある。 そもそも直取
とは、物流だけでなく商流も卸を経由せず取引先と直
結することをいう。 その意味では、仙台RDCから直
取に転向したという食品メーカーのうち、商物一体の
「真正直取」はカルビー、UCC上島珈琲の二社のみ
で、その他の一五社は実は物流だけが直、商流は卸の
帳合いを残した「擬似直取」だった。
この一五社について、イオンは「商流の切り替えは、
情報システムの準備などにある程度期間がかかるため、
物流だけを先行させた」(岡田元也社長)として、擬
似直取はあくまで過渡的措置であることを強調、早け
れば二〇〇一年中にも、全社が真正直取に移行する
と説明していた。
ところが蓋を開けてみると、これまで真正直取を受
け入れたのはカゴメ、はごろもフーズを含め、わずか
六社程度に止まっている。 また二〇〇二年度(〇三
年二月期)までに食品直取メーカーは物流のみを一九
社、商物一体を八社に増やす予定だったが、これもハ
ウス食品の直物流開始など一部を除き未達となり、ま
たしても計画は先送りされた。
仙台RDCの初年度実績をみると、加食NBでは
原価を前期より八%抑え、物流費を差し引いても一・
五ポイントの粗利益率を高めている。 しかし、これは
必達ラインに近い。 「粗利益改善率が卸の平均的な経
常利益率にも及ばなかったら、直取をする意味がな
い」(イオン幹部)からだ。 真正直取を前提条件とし
た目標改善率一〇%は遙かに遠い。
他の分野では珍しくない直取が、今まで加食では実
現できなかったのはなぜか。 日本の食品市場の特性や
それに伴う業界の成り立ち、流通構造がそこに深く影
響している。 欧米などの諸外国と比較すると、もとも
と「日本の食生活は多彩で、食材は鮮度など品質が
重視される」(廣田正・菱食会長)という特徴を持っ
ている。 消費者の購買動向は多頻度・多品種・少量
であり、そのために多様なメーカー、多数の最寄り店
が混在する市場を形成した。 そこでは中間流通の担い
手となる卸が構造的に必要だった。
そして卸は経営規模の拡大によってメーカー、小売
りに先んじて食品流通の主導権を掌握した。 さらに戦
後、高度成長を遂げたメーカーは中間流通における支
解 説
19 MARCH 2003
特集1
配権強化を図るため、自社製品の販売代理店として
卸を指名する「特約店制度」を導入した。 こうしてメ
ーカーと卸は二人三脚で、全国津々浦々に供給ルー
トを張り巡らした。
スーパーなど量販店が日本で台頭したのは、その後
のことだ。 既に製配の共同インフラができあがってい
る以上、量販店が単独でそれ以上のインフラを作り上
げるのは困難な情勢となっていた。 ダイエーを始め流
通革命の旗手たちは自社物流センターの配備などで、
製配連合軍の牙城を切り崩しにかかったが、センター
フィーとして物流費の一部を取り戻したくらいで、十
分な成果は上げられなかった。
次いで、日本市場に進出してきた巨大流通外資が、
彼らの取引原則である直取を持ち込もうとした。 その
先兵が二〇〇〇年十二月に第一号店を開設した世界
第二位の小売業、仏カルフールだ。 だが、同社も日本
では中堅スーパーと同等の経営規模に過ぎず、バイイ
ングパワーもスケールメリットも発揮できない。 結果
として直取は一部を除き凍結を余儀なくされた。
そこに新たな挑戦者として現れたのがイオンだ。 ス
ーパー業界首位に躍進した同社の食品売上高は二〇
〇二年度で約八〇〇〇億円、うち約半分が加工食品
だ。 「取引高では全国総合卸に遜色ない。 卸の介在す
る取引では余計な中継点が増え、物流費がかさむ。 中
間流通機能を備えた小売りがダイレクトに仕入れた方
が経済的」(イオン幹部)という発想だった。
また、直取によりメーカーが店頭の商品情報を共有
すれば、CPFR(商品需要予測・生産計画)の実
施が可能となり、生産性向上、ロス防止にむすびつく
など、メーカー・小売双方にとって効用は計り知れな
いという。 食品業界の一部には同社が本格的に乗り
出したことで、今後、直取がスタンダードな取引形態
として日本に定着するとの見方も強まった。
実際、直取実行に向け、イオンは周到な準備を重
ねてきた。 第一陣に加わった一七社のほとんどは、い
わゆる「四日市グループ」だ。 イオンは九六年から、
創業の地でもある四日市で、メーカーが物流センター
に共同で商品をストックし、そこから域内の店舗へ直
接配送するという加食直取のパイロット事業を手がけ
ている。
この事業には、加食各カテゴリーでトップ級の大手
メーカー約三〇社が参加。 その主要メーカーのあらか
たを、戦略物流構想のパートナーに引き入れた。 直取
要請を固辞したのは、本命と目していた味の素のみで
ある(ハウス食品も仙台RDC稼動時には直取に応
じなかった)。
メーカー在庫にブーイングの嵐
イオンは巨大外資に対抗するため、積極的なM&
Aを繰り返すことで経営規模を追求。 並行して、E DLC(エブリデイ・ローコスト)戦略をテコに、商
品の通常価格を引き下げるEDLP(エブリデイ・ロ
ープライス)戦略を進め、二〇一〇年までに世界十大
小売業入りを目指している。
そして同社のEDLCの柱となるのが直取である。
「外資参入で加食の直取が当たり前になるのは時間の
問題。 それなら、先手を打って日本型の製販同盟を
結成すべきだ」(岡田社長)という考えに基づき、直
取で先鞭を付け、そのノウハウ取得とEDLC体制
構築で国内外のライバルに水をあけようと考えた。
しかし、この戦略を進める上で、イオンは二つの大
きな壁にぶつかった。 一つは納入業者へ依存する姿勢
を断ち切れず、メーカーから予想以上の反発を受けた
こと。 もう一つは全体最適を優先しようとする食品業
2001年5月28日、イオンの岡田元也社長は「戦略物流構想」
と同時に、メーカーとの直接取引の本格化を発表した
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界のチャネル政策である。
第一の問題は、イオンがメーカーに在庫リスクを押
し付けようとしたことに端を発している。 最大の争点
となったのは、センター在庫の取扱条件である。 戦略
物流構想に先立つ四日市のトライアルでは、物流セン
ターはメーカーの共同倉庫という位置づけだったため、
そこに保管されている在庫も事実上、メーカーの名義
だった。 イオンはこれを自社RDCにも適用、「メー
カーに貸し倉庫代わりに使ってもらう」(イオン首脳)
ことにし、店舗から発注が上がるまで、在庫をメーカ
ー所有とする算段だった。
ところが、これにメーカーが激しく抵抗した。 メー
カーにとって、この条件を飲むことはセンター運営費
だけでなく、返品や保管責任などの問題まで自分に降
りかかってくることを意味する。 「イオン向け商品の
需給調整・品質管理のために、RDCごとに専用の
人員などを配置しなければならず、過大な負担がかか
る」(複数のメーカー幹部)。
卸の影に二の足を踏むメーカー
さらに、あるメーカー首脳は「大手卸の社長から当
社もイオンと同じ条件で取引してもらいたいと釘をさ
された。 冗談交じりだったが、冷や汗をかいた。 イオ
ンにメーカー在庫を認めると、他のスーパーや卸にま
で同じ条件を認めざるを得なくなる。 そんなことにな
ればメーカーは膨張する在庫管理コストに耐え切れな
くなる」と警告する。
同じ直取といってもイオンと欧米の流通業者のやり
方は異なっている。 「ウォルマートは確かにメーカーに
売場の商品管理までさせているが、センター納入時点
で商品は基本的に自社所有にしている。 (イオンは)グ
ローバルなビジネスモデルを志向するといいながら、小
売りに好都合な取引条件だけ残そうとするのは虫が良
すぎる」と、あるメーカー幹部は批判する。
イオンがメーカーに在庫問題を迫っている背景には、
別の狙いも潜んでいる。 メーカーを真正直取に誘導す
るための揺さぶりだ。 イオンは真正直取に踏み切った
カルビー、カゴメ、はごろもなどに対しては、RDC
納入時点でイオン在庫とする条件で妥協している。 つ
まり、真正直取ならメーカー在庫の要請を解除すると
いう「アメ」と「ムチ」を用意しているのである。
にもかかわらず、擬似直取メーカーは約一%といわ
れる卸手数料を織り込んだ原価で取引を続けている。
「眠り口銭」と揶揄されそうな手数料を支払ってまで、
擬似直取メーカーが卸の帳合いを維持しているのは、
物流機能を完全に除いた商流機能だけであっても卸の
利用価値が存在すると判断しているからだ。
イオンは直取によって物流費を分離し、メーカーの
原価を透明化しようとしている。 これを足がかりに、
いずれは価格設定の主導権も奪われてしまうとメーカ
ー側では危惧している。 卸が間に入ることによって、
そこに歯止めが掛けられる。 また、マイカルの破綻に
象徴されるように、大手小売りとの取引さえ安心でき
ない現在、卸の与信管理機能は再評価されている。 卸
手数料には保険料としての意味合いもある。
さらに決定的なのが、小売市場全体におけるイオン
の占有率だ。 欧米の巨大流通の市場占有率は少なく
とも二桁に達している。 これに対してイオンは日本最
大のスーパーといってもその占有率は依然一%台、グ
ループでも約二%に過ぎない。 メーカーとしてはイオ
ンと直取したからといって、全体の売り上げが急増す
るわけではない。 むしろ専用デポを設けたり、情報シ
ステムを変更したりすると採算は悪化する。
逆にメーカーにとってイオン以外の約九八%の取引
2001年6月に稼働した「イオン仙台RDC」
運営はセンコーが担っている
21 MARCH 2003
は依然として卸経由だ。 卸は長年の盟友だという義理
人情論だけでなく、イオンと直取することで「卸業界
を敵に回し、他の小売との取引に支障が出たら困る」
(複数のメーカー幹部)というのが多くのメーカーの
本音だ。
直取は卸にとって死活問題だ。 メーンの供給チャネ
ルを卸に委ねているメーカーが一方で直取に手を染め
れば、文字通り「そうは問屋が卸さない」ことは明ら
かだ。 問屋不要論の洗礼を受けた卸業界はこうした動
きに敏感で、いざとなれば結束が固い。 実際、真正直
取メーカーに対する食品業界からの風当たりは、陰に
陽に相当なものだったようだ。
大半のメーカーは、大口取引先であるイオンの直取
要請を無下には断れず、窮余の策として建前では「時
期を見て真正直取を検討する」ということで直物流の
みを受け入れた格好だ。 直物流はこれまでも行われて
おり、卸への申し開きも立つ。 擬似直取がギリギリの
落としどころだったのである。
イオンはNB商品の直取を進める一方で、在庫回
転の遅いB、C商品では今後も卸を活用していく計
画だ。 そのため「当社が成長すれば、卸との取引高は
絶対額では変わらない」(岡田社長)と卸にも理解を
求めている。 しかし小ロット商品に限られた取引では
「利益が出せない」(メーカー幹部)と見られるだけに、
卸が簡単に引き下がるとは考えにくい。
小売り同士の提携がカギ
こうしたボトルネックをイオンも認識している。 そ
のため、取引高を増やすなど直取メーカーに対する論
功行賞は明確化している。 最終的には拒絶されたもの
のRDC委託や取引拡大と引き換えに直取を黙認す
るよう、密かに大手卸に働きかけたとも伝えられてい
る。 市場占有率を確保するためにマイカル支援などの
M&Aも加速させている。 とはいえ、欧米並みの二桁
まで一気に占有率を引き上げるのは容易ではない。 そ
こから打開策として浮上するのが、共同仕入れなど他
の小売りとのソフト・アライアンスだ。 卸業界や直取
反対派のメーカーが警戒しているのも、イオンに追随
する大手スーパーの動向である。
ライバルのイトーヨーカ堂は菱食、伊藤忠食品、三
友小網など大手卸(一部日本通運)を起用、各エリ
アの加食物流業務を一括委託する体制を二〇〇二年
五月までにほぼ全国で整えている。 同社が卸委託方式
を選択したのは、中間流通業務はエキスパートに任せ、
店舗に経営資源を集中させる方が、商流・物流全体
のコスト最小化に結びつくという判断からだ。 イオン
の直取には関心はあるが、今のところ静観する姿勢を
崩していないようだ。
一方、ウォルマートの傘下に入った西友は、首都圏
で取り入れた卸委託方式の全国展開をペンディングにしていることから、自社物流方式も視野に入れている
と見られる。 もっとも、いくら世界のウォルマートと
はいえ、現在の西友の経営規模では、直取の限界は
目に見えている。 この他にも、直取を模索している大
手スーパーは、中堅クラスを含めると複数ある。
仮にイオンや西友を核とした複数の大手スーパーが
結集すれば形勢は一挙に逆転し、直取が進展する可
能性は高まる。 イオンは外資流通などと共同でネット
市場「ワールドワイド・リテール・エクスチェンジ
(WWRE)」を開設するなど、アライアンスに向けた
布石を着々と打っている。 しかし、「(国内スーパーの
間では)機運は盛り上がってきたものの、熟したと言
えるほどではない。 まだ相当の時間がかかる」(イオ
ン幹部)というのが現実のようだ。
特集1
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