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APRIL 2003 10
トラック運賃はこう動く
トラック運送の実勢運賃はバブル期と比較して既に2割ほど下
がっている。 さらに今年はコスト増要因となる環境規制や安全規
制の強化が控えている。 運送原価は高騰する。 しかし、実勢運賃
は上がらない。 トラック運賃から公共性が消え去り、完全な市況
商品となったからだ。
実勢は昭和六〇年タリフ
東京から大阪までの片道輸送が八万円。 それが現
在のトラック運賃の相場だ。 トラック運送業界には
「キロ収」という隠語がある。 トラック運送のキロメ
ートル当たり収入を意味する。 これが一〇トン車の幹
線輸送では一六〇円が相場と言われている。 東京〜
大阪を五〇〇キロメートルとして、一六〇円×五〇
〇キロ=八万円という計算だ。 九〇年代のピーク時と
比べると二割ほど下がった。
地場配送の貸し切りトラック運賃も同じような動き
を示している。 「バブル期には四トン車で月に七二万
円もらっていた。 それが今は六〇万円を少し超える程
度。 ここ一〇年というもの下がる一方だ」と一般貨物
運送業の経営者はぼやく。 二トンロング車となると現
在の相場は首都圏で五七〜八万円。 地方では、さら
にその一割安というレベルにあるという。
物流コンサルティングのカサイ経営では、一九八五
年から三〜四年に一度のペースで実勢運賃の調査を
行ってきた。 最新の二〇〇一年の調査によると、荷主
企業が実際に使用しているトラック運賃の料金表は、
一九八五年に運輸省(現・国土交通省)に届け出さ
れた料金表、いわゆる昭和六〇年タリフの基準運賃か、
もしくはそれを下回るレベルにある。 実に二〇年近く
前の水準だ。
二〇〇一年三月に老舗特別積み合わせ業者のフッ
トワークエクスプレスが、一七一八億円という物流史
上最大の負債を抱えて倒産したことで、一部の大手
特積み業者は主要な荷主企業との値上げ交渉に動い
た。 しかし、その後の運賃動向を見る限り、交渉は不
調に終わったようだ。 トラック運送業者の倒産件数は
過去最悪を更新し続けているが、運賃の反転する気
配は見られない。
季節による物量の波動が、運賃に影響を与えなくな
ったのも最近の傾向だ。 従来は繁忙期になると車両が
足りなくなるので運賃も上がっていくのが常だった。
ところが今は季節に関係なく運賃が底値に張り付いた
まま。 しかも、じりじりと下値を切り下げながら推移
している。
さらに今年から来年にかけて、実勢運賃の水準はも
う一段下落する可能性が高い。 もっとも、本来であれ
ば運賃の前提となるはずの運送原価には、コストアッ
プ要因ばかりが並んでいる。 排気ガス規制の強化によ
って、トラック車両の実勢価格は過去三年の間に七%
〜一八%も値上げされた。
今年一〇月には地方自治体によるトラックの環境
対策規制も本格化する。 首都圏と関西圏、そして名
古屋地区を通過するトラックに排ガス浄化装置(D
PF)の装着が義務付けられる。 DPFの装着費用
は一台当たり約六〇万円。 半額が助成されたとしても
三〇万円が運送業者の持ち出しになる。
排出基準を満たしてない車両は今後三年間をかけ
て、初年度登録の古いものから段階的に使用が禁止
される。 これに合わせて運送業者は現在使用している
車両を、排ガス規制適合車に代替していく必要がある。
投資が負担できない運送業者は、保有車両数を減ら
すしかない。
こうした環境規制と並行して、安全規制も強化さ
れる。 今年九月一日から、車両総重量八トン以上の
大型トラックには、最高速度を時速九〇キロに制限す
るスピードリミッターの装着が義務付けられる。 装着
には一台当たり約二〇万円がかかるうえ、輸送時間が
長くなる分、ドライバーの人件費もかさむ。
しかし、こうしたコスト増を運送業者が運賃に転嫁
第1部
本誌編集部
11 APRIL 2003
特 集
するのは難しい。 運賃を決めるのはコストではなく、
あくまで需給だからだ。 荷主企業にとって、運送業者
のコストは直接の関心事ではない。 同じサービスを安
い運賃で提供する運送業者がいる限り、運賃が上昇
することはあり得ない。
一九九〇年に「物流二法(貨物自動車運送事業法
と貨物運送取扱事業法)」が施行されるまで、日本で
はトラック運賃が公共性を持った料金として、行政の
手で直接コントロールされていた。 事業免許制によっ
て運輸省が需給を調整し、原価に運送業者のマージ
ンを乗せた価格を一律で認可していた。
実態としては当時から、運送業者同士の価格競争
や荷主企業が作成した独自タリフが横行していたもの
の、それらは厳密には違法だった。 その結果、トラッ
ク運賃には表と裏、二つのタリフが存在することにな
った。 届け出運賃と、市場で実際の取引に使われる実
勢運賃だ。
日本銀行では九一年から企業向けサービスの毎月
の価格動向を調査した「企業向けサービス価格指数」
を発表している。 トラック運賃もその調査対象になっ
ている。 九五年からは「一般貨物」と「特別積み合わ
せ(特積み)」という細目に分けた調査結果も公表さ
れている。 公的機関によるトラックの実勢運賃調査と
しては唯一といえる存在だ。
ところがその調査結果は市場関係者の実感とは大
きくかけ離れている。 同調査によると現在の一般貨物
の運賃は、九五年時点と比較して五%程度の下落に
とどまっている。 特積み運賃に至っては、九五年時点
よりも高い水準にあるという結果が出ている。 昭和六
〇年タリフを基準とする相場観とは全くそぐわない。
別に日銀が意図的に数字を操作しているわけではな
い。 日銀のアンケート調査に回答する企業がウソをつ
いているのだ。 「運賃は法律上、今でも届け出制。 そ
れに反する運賃をお上に堂々と報告するわけにもいか
ない。 しょうがないので適当に鉛筆を舐めている」と
関係者は打ち明ける。
このように長らく実勢運賃は公的な統計には現れる
ことのない公然の秘密となっていた。 運賃が規制の管
理下に置かれていたからだ。 しかし、九〇年代に規制
緩和が進んだことで、実勢運賃のベールは徐々に取り
除かれていった。 その結果、今や名実ともにトラック
運賃は市況商品と化した。
コストは上がり運賃は下がる
九〇年の物流二法によって運賃の認可制は届け出
制に変わった。 その後の九九年の法改正によって、原
価計算書の届け出を必要としない運賃の範囲が大幅
に拡大された。 これらの規制緩和は基本的に市場の実
態を追認しているに過ぎなかった。 そのため実務家や
専門家のほとんどが当初は規制緩和による市場への影響を軽視していた。
しかし今になって振り返ると、一連の規制緩和が実
勢運賃を下落させる大きな要因となったことは明らか
だ。 実際、物流二法を機に日本の物流市場は大きく
変化した。 新規参入が増加し、一〇年で事業者数は
約三割増加した。 同時にダンピングが激化し、運賃水
準は下落し続けた。
物流二法の施行以前から市場では営業用許可を持
たない白ナンバーのトラック、いわゆる「白トラ」に
よる違法な営業行為が横行していた。 その多くが物流
二法にともなう参入規制の緩和によって正式に緑ナン
バーを取得した。 例え実態の追認ではあっても、こう
した変化が確実に市場に影響を及ぼした。
九九年の法改正では届け出タリフの基準運賃から
160
150
140
130
120
110
100
90
80
昭和55年 昭和57年 昭和60年 平成2年 平成6年 平成11年 昭和55年 昭和57年 昭和60年 平成2年 平成6年 平成11年
上限
基準運賃
下限
図2 国土交通省(旧・運輸省)届け出タリフの推移
(昭和55年届け出基準運賃を100とする)
図1 特別積合 実勢運賃分布表
(カサイ経営資料より本誌が作成)
35
30
25
20
15
10
5
(%)0
上限
基準
下限
APRIL 2003 12
上下二〇%の幅で、原価計算書を行政に提出するこ
となしに自由に運賃を設定することができるようにな
った。 それまでは上下一〇%までしか許されていなか
った。 図2のように平成十一年タリフの基準運賃から
二〇%を割り引くと、その水準は昭和六〇年タリフの
下限を下回る。 実勢運賃が届け出運賃の枠内に納ま
る格好だ。 違法だったダンピング運賃が平成十一年タ
リフでは公に認められたことになる。
今年四月一日には物流二法に鉄道事業法を加えた、
いわゆる「物流三法」が施行される。 そこには運送事
業の営業区域制の撤廃や運賃の事前届け出制の撤廃
などが盛り込まれている。 これもまた市場の実態を追
認したものには違いない。 しかし、その影響を無視す
ることはできない。
物流三法でさらに一割下落
物流業の規制緩和で先行した英国や米国の市場で
は、いずれも緩和後に新規参入の増加と運賃ダンピン
グ、そして倒産の急増という現象が起こった。 日本の
物流二法もこの定石通りの影響を市場にもたらした。
同様に物流三法で実施される営業区域制の撤廃は、欧
州のトラック運送市場がEU統合に伴う規制緩和に
よって味わった混乱を、日本市場に与えることになる
だろう。
EU統一市場の誕生によって国別の敷居が取り払
われたことで、欧州の物流市場では人件費の安い国の
運送業者が大量に経済先進国に流れ込んだ。 これに
よりドイツなどの先進国では、国内のトラック運送業
者が壊滅的な打撃を受けた。 日本の消費地のトラック
運送業者もまた、ドイツの運送業者と同様に、営業
区域制の撤廃によって地方の運送業者との競争を余
儀なくされる。
これまで運送業者の市場競争は同じエリア内の運
送業者数社で特定荷主を奪い合う?局地戦〞だった。
ライバルの顔も手の内もお互いにはっきり見えていた。
営業区域が撤廃されれば競争の形はガラリと変わる。
馴染みのない他県の業者が突然、安い運賃で荷主を
さらっていく。 そんな事態が各地で起きる。
現在、消費地と地方では運賃水準に一割程度の格
差がある。 これが低きに流れる。 つまり消費地の運賃
が地方都市並みに下がる。 その結果、幹線輸送の実
勢運賃の相場は昭和六〇年タリフの下限、もしくは
昭和五七年タリフの下限の水準まで下落する。 近距
離や地場配送も、幹線輸送に比べれば下落率は小幅
にとどまるものの影響は避けられない。 本誌はそう予
測する。
もちろん現在のような供給過多の状態が解消されれ
ば話は別だ。 しかし、その可能性は低い。 マクロ的な
物流量の増加が期待できないのに加え、輸送の供給
量も依然として減らないからだ。 中小企業を中心に排
ガス規制適合車への代替資金を確保できないために、
減車あるいは廃業する動きは徐々に顕著になるだろう。
不況の長期化によって今後は年間一〇〇〇社レベル
での倒産も予測されている。
それでも新規参入は続く。 物流二法以降の動きを
見ても、倒産件数は年々、増える傾向にあるが、それ
を上回る新規参入があるため、全体の事業者数は増
加している。 直近の二〇〇二年三月末時点の事業者
数は五万六八七一社。 前年より一四四四社増えた。 登
録車両台数も自家用トラックは減っているが、営業用
トラックは一貫して増え続けている。 減車、廃業、倒
産が増えても、当面はこれまでの拡大傾向を減少に転
じさせるほどの圧力にはならない。 運賃下落の底はま
だ見えない。
110
108
106
104
102
100
98
96
94
92
90
95 96 97 98 99 00 01 02 03
特別積合わせ貨物
一般貨物
図3 日本銀行「企業向けサービス価格指数」で見る運賃の推移
(1995年を100とする)
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