ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年5号
道場
卸売業編・第2回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2003 54 しぶしぶ社長を訪ねた大先生を 物流部長が嬉しそうに出迎えた ゴールデンウィークを間近に控えた四月のある 日、大先生と二人の弟子は、新たにコンサルティ ングを引き受けた問屋の本社を訪れた。
社長に会 うためである。
その会社の社長は女性で、大先生 のファンだという。
社長は大先生に会うのを楽しみにしているが、な ぜか大先生は嫌がっている。
クライアントのとこ ろに向かう車の中でも、大先生は「なぜ社長に会 う必要があるんだ。
社長なんかに会わなくてもコ ンサルはできるぞ。
しかも、おばはんだぞ」などと わけのわからないことを口走っている。
「社長さんが会いたいとおっしゃってるんですか ら、お会いになればいいじゃないですか」。
?美人 弟子〞がとりなすが、大先生はおもしろくなさそ うな顔をしている。
本社の受付には、先日、大先生の事務所にコン サルの依頼に来た物流部長が待っていた。
大先生 が車から降り立つのを見ると、嬉しそうに走り寄 ってきた。
社長に会うことを嫌がっていた大先生 が来てくれるかどうか、部長は本気で心配してい たのである。
「ありがとうございます。
お待ちしておりました。
ありがとうございます‥‥」 何度も頭を下げる部長に二人の弟子が挨拶をす る。
大先生は何も言わず、本社ビルを見上げてい る。
そんなに大きくはないが、金がかかっていそ うな立派なビルだ。
「どうぞ、社長がお待ちかねです」 先頭に立って案内しようとする部長の一言に、 大先生の目がぎらっと光る。
それを見た?体力弟 子〞が不安そうな顔をする。
逆に美人弟子はこれ から何が起こるのか楽しみにしている風だ。
弟子 たちの性格の違いがよく出ている。
それから最上 階の社長室に入るまでは、誰も言葉を発しない。
大 先生を除く三人の緊張感が徐々に高まってきた。
初対面の大先生を社長は評した 「おもしろいけど、こわい人」 「あ、先生‥‥」 《前回までのあらすじ》 本連載の主人公の“大先生”はロジスティクスの世界ではちょっと名 の通ったコンサルタントだ。
連載の第1回から12回までは、コンサル見 習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに、ある日雑品メーカーのコ ンサル依頼に応えてきた。
前回からは新たに、「大先生のファン」という 女性社長がいる消費財問屋の案件に携わっている。
たまたま大先生の講 演を聴いた女性社長がロジスティクスに目覚め、物流部を発足させたは いいが、何をやればいいのか分からない。
そこで新任の物流部長を大先 生のところに寄越したのが、今回の案件のきっかけだった。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第 14 回》 〜卸売業編・第2回〜 55 MAY 2003 社長室に入ってきた大先生の顔を見た途端、ソ ファに座っていた女性が立ち上がって大先生に声 を掛けた。
大先生と同い年だというが、とてもそ うは見えない。
スーツ姿の似合う美人だ。
身のこ なしも上品できびきびしている。
大先生は立居振舞のきれいな女性に弱い。
その 意味では、この女性は大先生の好みのタイプかも しれない。
社長を見た大先生の顔にかすかに困惑 の表情が浮かぶのを、美人弟子は見逃さなかった。
「わざわざお越しいただき恐縮しております。
先生 にお会いできて光栄です」 そう言って女性が名刺を差し出す。
名刺には代 表取締役社長とある。
それを見た大先生が「よろ しく」とぶっきらぼうに答える。
何か照れている 感じだ。
弟子たちとの名刺交換も終わり全員がソファに 座ると、社長が切り出した。
「突然のコンサルのお願いで驚かれたのではないで すか?」 「別に‥‥コンサルはいつも突然です」 大先生の愛想のない答えに、今度は社長の顔に 戸惑いが広がる。
すかさず美人弟子が、笑みを浮 かべながら社長に向かって小さく頷く。
のみ込み の早い社長は、それだけで大先生の性格の一端を 察したようだ。
表情から戸惑いが消えた。
そこにお茶が来た。
大先生がお茶を口にするの を待つと、社長が意を決したように大先生に話し 掛けた。
「私、先生のご講演をお聞きして、物流の重要性 に初めて気づきました‥‥」 MAY 2003 56 大先生は頷くだけだ。
そんな大先生を見ながら、 社長がいたずらっぽい顔でとんでもないことを聞 いた。
「ある経営者団体の講演会だったのですが、あと のパーティのとき、私が先生の講演に感動したと いう話をしましたら、そこにいたある人が『あの先 生はカリスマコンサルって呼ばれてるんだよ』って 教えてくれました。
先生はカリスマなんですか?」 一矢を報いたかのような顔をしている社長に、大 先生が事もなげに答える。
大先生はシャイだが、謙 遜はしない。
「はい」 ぬけぬけとした答えに拍子抜けしながら、それ でもめげずに社長が質問を続ける。
「なぜカリスマなんですか」 「それは、カリスマだからですよ」 何とも取り付く島のないやりとりに、さすがの 社長も言葉に詰まった。
事前に物流部長から「と にかく、なんと言うか、変った方ですから‥‥」と 聞いてはいたが、その言葉の意味をようやく理解 したようだ。
つかの間の沈黙を大先生が破った。
「私のことを最初にカリスマと呼んだのが誰だかわ かりますか‥‥。
もちろん、わからないわな。
教 えてあげましょうか?」 興味深そうに、社長と部長が頷く。
「それは‥‥私です」 呆気にとられている社長に向かって、大先生が ニッと笑いかけた。
社長が声を上げて笑い出した。
つられて皆が笑う。
張り詰めていた緊張が一気に はじけ飛んだ。
つい気が緩んだのか、社長が言わ ずもがなのことを口走った。
「おもしろい方‥‥」 「なにっ、みんな、おれのことを笑ってるのか?」 わざと大先生がからむ。
笑い声が止んだ。
社長 が慌てて謝る。
「いえ、そういう意味では‥‥申し訳ありません ‥‥」 「冗談だよ。
ちょっとかまっただけだ」 完全に大先生に翻弄されている。
社長がほっと ため息を吐いた。
隣では部長が汗を拭っている。
「コーヒーをもらえますか」 大先生の一言に、部長が慌てて立ち上がり部屋 を出ていった。
それを確認しながら大先生が社長 に語りかけた。
「御社の物流は、どこに問題があると思いますか」 ちょっと間を置いて、しかし、なぜか自信あり げに社長が答える。
「贅沢三昧の物流をやっていることだと思います」 弟子たちが感心したように社長を見る。
そして、 めずらしく大先生が誉めた。
「物流を湯水のごとく使ってる。
コスト感覚がまっ たくない‥‥。
あなたは、なかなかいい目を持っ ている」 「先生のご講演をお聞きして、目からうろこが落ち ましたので‥‥」 うまいことを言う。
大先生の顔がほころんでき た。
どうやら、この社長は話し相手になると判断 したようだ。
そこに部長が戻ってきた。
さきほどとは異なる 雰囲気を感じ取ったのか、社長と弟子たちの顔を 57 MAY 2003 交互に見る。
狐につままれたような顔をしている 部長に対して、大先生が質問をした。
「部長としては、この会社の物流をどうしたいと思 ってますか?」 部長は慌てた。
考える振りをしているが、話の 流れがわからない中での突然の問い掛けに、部長 の頭の中は真っ白になってしまったようだ。
助け を求めるように社長の顔を見るが、社長は取り合 わない。
部長の顔から汗が噴きだしている。
ええ い、ままよという感じで、部長が返事をひねり出 した。
「そ、そのー、贅肉のないスリムな物流にしたいと ‥‥思います、は、はぃ」 流れにぴったり合った答えに、大先生を含む全 員が感嘆の声を漏らした。
弟子たちは小さく拍手 をしている。
社長も大きく頷きながら部長を見て いる。
部長はといえば、予期せぬ反応にまだ困惑 している。
そのとき、めったに人を誉めない大先生がなん とまた誉めた。
「物流部長の人選は間違ってなかったようだな」 社長が頷く。
あらためて大先生が部長に語りかけた。
「あなたは、突然、どんな返事でもできる漠とした 質問をされて戸惑った。
その前にどんなやりとり があったか知らないので、なおさら戸惑いは大き かった。
追い詰められ、頭に浮かんだことをとっ さに言葉にした‥‥」 部長が正直に頷き、大先生が続ける。
「あなたの返事は私が期待する答えに限りなく近 かった。
しかも、とっさに頭に浮かんだ答えだと いうところが評価できます。
ここにいて、社長の 言葉を聞いた後で、いまの答えが出たのであれば、 少なくとも拍手は起きなかったでしょう。
あなた は、これから、何か聞かれたらとっさの思い付き で返事をしなさい」 「は、はい‥‥」 何かよくわからないけど、とにかく誉められて いるようだ。
ここは余計なことは言わず、おとなしくしておこう――部長は神妙な顔で返事をした。
大先生の話を聞きながら、社長は心の中でつぶ やいていた。
『そうか、コーヒーを催促したのは、 部長をこの場から外すためだったのね。
そして私 と部長にそれぞれ質問をした。
私たちの物流への 認識レベルを確かめるために‥‥こわい人』 「一緒にトレーニングしませんか」 社長の弾んだ声に大先生が戸惑う 「先生は、物流を診断するにあたって、私どもが考 えもしないような切り口をお持ちなのですか?」 コーヒーを飲みながら、社長が大先生に質問し た。
黙っていると、大先生に難しいことを聞かれ かねないという強迫観念が社長を饒舌にしている ようだ。
「いや、別に‥‥誰でも考えられる当たり前のこと をやるだけです」 「物流における当たり前のことって何ですか?」 「なんだと思います?」 「私は、先生のご講演をうかがっていますので見当 がつきますけど、部長は何だと思う? あっ部長 MAY 2003 58 も先生のお話は聞いているのよね?」 「はぁー、そのー、物流はやらないのが一番!」 部長は自信なさそうに、しかし元気に答えた。
弟子たちが大きく頷いた。
社長も満足そうな顔 をしている。
今度は部長も弟子たちに笑顔を向け た。
大先生は苦笑している。
その大先生の顔を真 正面にとらえて社長が続ける。
「やらないのが一番の物流をなんでやってるんだ、 おまえたちは‥‥って切り込んでいく。
そうする と、自ずと答えは見えてくる」 社長も乗ってきた。
その社長に大先生が冷水を 浴びせる。
「わかってるなら、社長が率先してやればいいだけ さ。
コンサルなど必要ない」 社長が慌てて訂正する。
「いえ、いまのは先生の受け売りに過ぎません。
いくら社長でも受け売りでは社員はついてきませ ん。
本気でそう思ってらっしゃる先生にお願いし ないと、当社が当たり前の姿に辿り着くことはで きないと思います」 「ふーん」 大先生がたばこを取り出す。
社長がすぐに立ち 上がり灰皿を取ってくる。
大先生の前に灰皿を置 きながら、弟子たちに向かってつぶやく。
「物流はないのが一番と本気で思ってるところが、 カリスマと言われる所以かしら?」 美人弟子がいたずらっぽく答える。
「カリスマは自称ですから‥‥」 大胆な美人弟子の言葉に社長がびっくりした顔 をする。
ちょっとマズイと思ったのか美人弟子が 言葉をつなぐ。
「ただ、これからコンサルに入ると気づかれるか もしれませんが、先生はときどきマジックを使い ます。
言葉では説明できない現象を起こしてしま う不思議さが‥‥」 大先生ににらまれて、美人弟子は言葉を濁した。
社長は興味深そうに頷いている。
その社長に大先生が「ところで‥‥」と声を掛 けた。
大先生の真剣な顔に、思わず社長の表情が 引き締まる。
「あそこの布を掛けて置いてある物は何ですか」 大先生が指差す方向を見ると、社長の相好が一 瞬にして崩れた。
「あれは、健康器具です。
走ったり、自転車を漕 いだりする‥‥私、あれで美貌を保ってます。
そ ーだ、ときどきご一緒しませんか」 本気で言っているらしい社長の弾んだ声に、大 先生は返事ができない。
みるみるうちに浮かぬ顔 になる。
何やら波瀾万丈を予感させるコンサルの開幕だ。
(次号に続く) *本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究所 入社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手 にとるようにIT物流がわかる本』(かん き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

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