ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年5号
特集
調達が変わる 買い手が作るサプライチェーン

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2003 10 物流費を「外化」した日産 日産自動車の業績が好調だ。
二〇〇二年三月期の 決算では過去最高となる三七二三億円の連結最終利 益を計上。
さらに二〇〇三年三月期は四九〇〇億円 の最終利益を見込んでいる。
九九年一〇月に発表し た「日産リバイバルプラン」が、期待された以上の成 果を上げている。
なかでも業績のV字回復に最も大きく貢献したのが 調達改革だ。
「リバイバルプラン」で、カルロス・ゴ ーン氏は二〇〇一年四月からの三年間のうちに購買 コストを二〇%削減すると宣言した。
当時の日産の連 結売上高は約六兆円。
このうち購買コストは約三・ 五兆円。
単純に試算すると約七〇〇〇億円を購買分 野からひねり出すという計画だった。
このコスト削減策には当初、多くの関係者が懐疑 的な見方を示した。
「そんなことをしたら日産車の熱 心なユーザーでもある部品サプライヤーから総スカン をくらい販売がもたない」、「外国から来た?コストカ ッター〞に日本の商売が分かるものか」などとの批判 が絶えなかった。
しかし、結果は周囲の予想を遙かに超えていた。
計 画では九九年度の調達コストを一年目に八%減、二 年目に七%減、さらに三年目に六・五%を削減して、 累計二〇%を削減することが目標だった。
この目標を 日産は一年前倒しで達成した。
一年目に一気に十一% を削減し、二年目にはさらに九%減らした(図1)。
二 〇〇二年三月期に購買コストを前期比で九%減らし たことについて同社は、「二四五〇億円の増益要因に なった」と誇らしげに発表している。
調達改革なくして日産の復活はありえなかった。
そ のために日産は購買分野で当たり前だった過去の慣行 買い手が作るサプライチェーン トヨタやセブン―イレブンなど、ごく一部の先進企業を除いて、日本 ではこれまで調達物流が管理の対象外になっていた。
そんな状況が、 日産のV字回復を機に一変しようとしている。
電機業界ではソニー、 流通業界ではイオンが動き出した。
(本誌・岡山宏之) レポート を否定している。
本特集の第一部でも見てきたように、 従来の日本の商習慣では、調達のための物流費が部 品代のなかに含まれていた。
部品価格と物流費は部品 原価として一緒くたに管理されており、その内訳を厳 密に把握している買い手はほとんどいなかった。
日産はこの商習慣にメスを入れた。
それまでサプラ イヤー任せだった部品の調達物流を改め、日産側が部 品サプライヤーのところまで「取りに行く物流」を開 始。
調達分野での役割分担を根本的に変えた。
これ によって日産の工場への部品納入を、日産自身が管 理するようになった。
工場向けに部品を運ぶ輸送業者 との契約の当事者も、サプライヤーから日産へと変更 した(一四ページ参照)。
日産が自ら調達物流の管理に乗り出した最大の狙 いは、同社が「外化(そとか)」と呼ぶ価格分離の実 現にあった。
物流を日産自身が管理すれば、従来は部 品価格のなかに埋もれていた物流費を外に取り出すこ とができる。
こうして調達物流費と部品価格を裸にし てしまえば、それぞれのコスト削減に格段に取り組み やすくなる。
考え方そのものは目新しいものではない。
実際、欧 米の商習慣では、買い手が製品を引き取りに行くのは 昔から当たり前だった。
同数の部品を購入するのであ れば買い手が誰であろうと部品代は同じ。
物流費の差 で購入コストに差がつく。
このため買い手は、自ら集 荷した方が有利なのか、持ってきてもらうかを常に比 較しながら調達を行っている。
日本の自動車業界でも、いすゞ自動車や一部の部 品メーカーは日産のリバイバルプランに先行して似た ような取り組みを実施していた。
日産社内でも構想そ のものは以前からあった。
ところがリバイバルプラン 以前の日産では、これを実現する力が社内に不足して 11 MAY 2003 いた。
部品メーカーとの間で長年にわたって築かれた 関係が邪魔をしていたためだ。
リバイバルプラン以前の同社の調達は、いわゆる日 本的な系列取引で、日産を頂点に複数の部品メーカ ーが垂直に統合されていた。
この垂直統合は表面的に はトヨタ自動車の「系列」と同じように見えたが、実 は質的に大きく異なっていた。
トヨタにとっての系列は、「かんばん方式」による 生産活動を共有する企業グループと言い換えることが できる。
いわば運命共同体としてトヨタ流のモノづく りを実現することを共通の目標としている。
だからこ そ部品メーカーの懐深くまでトヨタの担当者が「指 導」に入りこみ、生産技術から販売物流(トヨタにと っての調達物流)に至るまで事細かに管理してきた。
そして、この関係がトヨタのサプライチェーンの全体 最適化を実現する手段としても機能してきた。
過去には日産もトヨタを倣って「かんばん方式」の 導入を試みたこともあった。
しかし、それを根付かせ ることはできなかった。
日産の系列は、単なる取引先 や資本関係のある企業グループの域を出てはいなかっ た。
部品サプライヤーの負担を省みずに日産OBの再 雇用を押しつけるなど、全体最適化に逆行する話も少 なからずあった。
こうした行為が両者の間に馴れ合い を生み出し、明らかなムダが存在していても調達改革 を進められない原因となっていた。
リバイバルプランで日産が行った部品代と物流費の 分離は、長年の間に蓄積したしがらみを断ち切ること を意味していた。
調達改革に本腰を入れるうえで避け られない取り組みだった。
実際、その後の日産は部品メーカーの選別と、価格 の見直しを猛烈な勢いで進めた。
九九年に一一四五 社あった同社の取引サプライヤーの数は、二〇〇二年 には六〇〇社まで減った。
残った六〇〇社のサプライ ヤーは取引量の大幅増を約束される一方で、厳しいコ スト削減の要請をのんだ。
日産が自ら管理することになった調達物流の分野で も、協力物流業者を見直す大規模なコンペを開催し た。
結果的にかつての物流子会社で、MBOによって 独立したバンテックに多くを委ねたのだが、日産の支 払い物流費は従来、部品サプライヤーへの支払いを通 じて負担していたときより二〜三割は減った模様だ。
自動車を後追いする電機業界 日産のリバイバルプランは、商品価格と物流費を分 けるという欧米流の商慣行を、大企業が本格的に日 本市場に持ち込んだ初めてのケースだったといえる。
そして、日産はその効果が絶大であることを証明した。
今や多くの日本企業がかつての日産と同じように崖っ ぷちに追い込まれ、そして調達分野に非効率を抱えて いる。
日産の調達改革は他業界の日本企業にも少なからず影響を与えている。
もっとも調達改革で成果を得られる企業には、それ なりの条件がある。
自社のサプライチェーンのなかに 占める調達部分が長く、しかも複数企業からなるサプ ライチェーンにおいてリーダーシップを発揮できる企 業でなければならない。
こうした条件を備えていなけ れば、率先して調達改革を進める意味はさほど大きく はないはずだ。
その条件を十分に満たしていながら、過去に調達分 野のオペレーション改革にほぼ手付かずだった業界が 電機業界だ。
自動車産業とともに日本を代表する産 業でありながら、電機業界における調達分野の取り組 みは遅れていた。
このことは日本の大手電機メーカー のサプライチェーン・マネジメント(SCM)の多く ●●●〈特集1〉調達が変わる●●● 100 75 50 25 0 100 95 90 85 80 75 1999 2000 2001 2002 その他 20% 製造 10% 購買 60% 購 買 60% 販売 20% 図1 「日産リバイバルプラン」の成功を支えた購買コストの削減 1999年当時のコスト構造 計画を1年間前倒しして 20%のコスト削減を実現した コスト削減の内訳 目標:3年間で20%のコスト削減 (およびその早期実現) 活動 ●部品・素材の集中購買化 ●グローバル購買の戦略 ●サプライヤー数の削減 日産自動車の資料より 20% コスト削減効果:1兆円 計画 ▲8% ▲11% ▲9% ▲7% ▲6.5% 実績 MAY 2003 12 が、工場以後の活動に偏っていたことからも分かる。
しかし、そんな電機業界でも九〇年代末から不可逆 的な変化が生じている。
今年四月にソニーが、グルー プの物流子会社と調達子会社を合併してソニーサプラ イチェーンソリューション(以下、ソニーSCS)を 発足したのは、その象徴的な出来事だ。
新会社はソニ ーの物流管理を一手に担うと同時に、従来はサプライ ヤーに管理を任せていた国内の調達物流を、ソニーの 元請け企業として一元管理しようとしている(図2)。
ソニーのビジネスにとって調達の重要性は近年、飛 躍的に高まっている。
グループの製造事業所を束ねる ソニーEMCSで調達戦略とSCMを統括している 田谷善宏取締役は、従来の「生産計画」ありきだっ たソニーのビジネスモデルを、「調達計画」ありきに 変えようと躍起になっている。
九〇年代の後半から熱 心にSCMに取り組んできた同社が、欠品や在庫問 題を解消するには戦略的な調達が欠かせないと判断し ているためだ。
ソニーは「サプライチェーンの高速化」に徹底的に こだわっている。
サプライチェーン上の在庫を何日分 といった具合に時間に換算した日数と、顧客への配送 や生産に必要なリードタイムを合算した日数を、いか に短縮できるかを追求している。
これを実現するため に従来は生産や販売の下請的な立場にあった物流を、 全体最適を図るための最上位概念に据えた。
そのオペ レーションを管理するのがソニーSCSの役割だ。
ソニーSCSを通じて組み立てメーカーが調達物流 費を把握できれば、ソニーにとっては部品代を調達コ ストから分離するのと同様の効果が見込める。
ただで さえ電機業界では、グループに大規模な物流子会社を 持っている企業が多い。
彼らが新たに担う業務領域と しても調達分野は有望だ。
今後、組み立てメーカーが 調達分野での影響力を強めていく可能性は高い。
こうして組み立てメーカーのオペレーション管理が 川上へシフトしていくと、これまで電子部品メーカーの 販売物流(組み立てメーカーにとっての調達物流)を 事業領域としてきた、アルプス物流のような物流事業 者にとっては深刻な状況が生まれる。
彼らが担ってき たVMI倉庫などの機能と、ソニーSCSが新たに担 おうとしている業務は真っ向から対立することになる。
アルプス物流の長迫令爾会長は「電子部品の物流 は特殊なスキルを必要とする。
電子部品メーカーを親 会社に持つ当社は長い時間をかけてそのスキルを蓄え てきた。
一朝一夕に真似できるものではない」と強気 の姿勢を崩さない。
だが同社といえども取引上、優位 に立つ組み立てメーカーの意向を無視できないことは、 日産の事例からも明らかだ。
コストを分離できない流通業界 モノの流れに逆行するように、オペレーション管理 の担い手が川下から溯ってくる現象は、流通業界では 三〇年くらい前から顕在化していた。
もっとも流通業 者の物流管理の守備範囲はこれまで、指定問屋制や 一括物流センターの設置など、店舗配送の部分に限 られていた。
ところが近年、流通業界にも調達改革を巡る興味 深い動きが出てきている。
昨年八月に大手食品卸の 菱食と国分が共同で設立したフーズ・ロジスティク ス・ネットワーク(FLN)が、その典型例だ。
これ まで卸は、基本的に自分よりも川下のオペレーション だけを販売物流として管理してきた。
卸の物流センタ ーに商品を届けるのはあくまでもメーカーの役割で、 卸は必要な条件を提示していただけだった。
これに対してFLNは、メーカーから卸に至る物流 図2 ソニーのサプライチェーン改革はすでに調達分野に及んでいる 2001年4月以前 ※SMOJ=ソニーマーケティング STIC=ソニートレーディングインターナショナル SLC=ソニーロジスティックス SSCS=ソニーサプライチェーンソリューション サプライヤー (中間流通) (中間流通) 国際調達はSTIC、 国内はサプライヤー任せ ソニーロジスティックス サプライヤー サプライヤー 店 店 店 店 店 管理はSMOJ 運営はSLC ※ ※ ※ 小売りチェーンセンター 2001年4月ソニーEMCS発足、 2003年4月SSCS発足(SLCとSTICが合併) サプライヤー 工場 工場 工場 サプライヤー サプライヤー 店 店 店 店 店 小売りチェーンセンター ソニーEMCS SSCSが元請け (調達物流を管理) 管理はSMOJ 運営はSSCS 従 来 現 在 ソニー工場 ソニー工場 ソニー工場 各地の製造事業所 13 MAY 2003 を効率化するために共同倉庫を設置し、ここに複数の メーカーが在庫を置くことを求めている。
サプライチ ェーン全体の効率化を理由に、メーカーの販売物流を 組み換えようとしているのである。
ただしFLNは調 達コストから物流費を分離するという商慣行の改革ま では手をつけていない。
仕組みは買い手である卸が作 るが、コストは川上の企業が負担するという従来通り の構図だ。
流通業者による調達改革の歴史を紐解くと、九二 年のセブン ―イレブン・ジャパンの取り組みに行き当 たる。
それ以前から同社が展開してきた共配センター は、他の小売りチェーンによる一括物流と同様、あく までも店舗納品の効率化を狙ったものでしかなかった。
これに対して九二年にアイスクリームを対象に行った 取り組みは、大手小売業者が初めてメーカーの管理領 域にまで入り込んでいった調達改革だった。
アイスクリームという商品は物流上の品質管理が極 めて難しい。
夏期に車両への積み卸しに少しでも手間 取ると、簡単に表面が溶解してしまう。
メーカーごと の物流管理レベルに差のあった従来の流通体制では、 セブンが店頭に並べる商品の品質を均一化できないと いう課題があった。
これを解消するためにセブンは、共配センターより 川上に「メーカー共同倉庫」を設置した。
発想として は前述したFLNとまったく同じだ。
そしてこのケー スでは、セブン自身が情報システムを整備して、共同 倉庫にある在庫の情報をメーカーと共有できるように した。
これによって品質管理の向上と販売情報の共有、 さらにはセブンが繁忙期に商品を優先的に確保できる 体制を実現した(図3)。
ここで成果を上げたセブンは、九四年になると今度 は加工食品の分野でも同じことをやろうとした。
だが 歴史的にメーカーの販売物流網が発達している加食 業界では、思いのほか取引先の抵抗が大きかった。
そ こでセブンは納品に専用便ではなく、路線便を使って いるメーカーだけに対象を絞り、共配センターからセ ブン側が仕立てた車両で「取りに行く物流」を実施す る方針に切り替えた。
実際、車両の積載効率を高め ることに成功し、コスト削減効果は三割程度に及んだ。
現在、イオンが進めている大規模な調達改革(本 誌二〇〇三年三月号参照)は、セブンと同様の取り 組みを全社的に展開したものとみなすことができる。
しかもイオンの場合は、日本の大手小売業者としては 初めて、商品代のなかから物流費を明確に分離して会 計処理する計画を当初から持っていた。
もっとも最近、イオンはこの方針の修正を余儀なく された。
物流費を商品価格から分離すると、決算書に 記載する商品原価が安くなる一方で、販売管理費は 高くなる。
これに対する社内外の反響が予想以上に大 きかった。
今後、イオンは時間をかけて関係者の理解を得ながら物流費の透明化を進めていく方針だ。
商品代から物流費を分離することが、調達改革に とっては大前提になる。
取引条件の見直しは、長年染 みついた商慣習の根強い抵抗を避けられない。
しかし、 各業種・業態のリーダー格の企業はすでにそれに着手 している。
遠からず日本の商慣習は変わる。
日本企業 のロジスティクス担当者にとって、調達物流の管理が 避けられないテーマになる。
同時に多くの物流事業者は、荷主の顔ぶれが一変 することを覚悟しなければならない。
売り手側の販売 物流が、買い手側の調達物流に切り替わることで、物 流の主導権も川下に移る。
物流業者にとっての荷主 もまた流通の川上から川下にシフトする。
変化に先手 を打つことが生き残りの条件になる。
●●●〈特集1〉調達が変わる●●● 図3 セブンは92年にアイスクリームの調達改革を行った Y社工場 Y社倉庫 週5回 週2回 週1回 M社工場 H社工場 店 店 店 店 店 セブン共配センター 改革後 従 来 M社倉庫 H社倉庫 週7回 M社工場 Y社工場 H社工場 (メーカー在庫) パレット化 店 店 店 店 店 セブン共配センター メーカー共同倉庫 セブン 情報センター

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