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MAY 2003 20
燃料サーチャージが上昇
「原油価格がじわりじわりと上昇を続けている。 航
空運賃は数%値上がりした。 実際に戦争が始まり、し
かも長期化するとなれば、さらなる値上げを打診され
るのは確実だ。 今は不況でまったくモノが売れない。
ただでさえ厳しい状況だというのに、戦争で新たなコ
ストアップ要因が加わる」
国連によるイラクへの査察が続き、国際世論の反発
もあって米国がまだイラク攻撃に踏み切りかねていた
年明け早々。 日系企業のある物流マネジャーは危機
感を募らせていた。
昨年後半以降、イラク戦争が現実味を帯びていく
につれ、原油価格は徐々に値を上げていった。 イラク
は世界第二位の石油埋蔵量を誇る。 そのイラクが開
戦後、湾岸戦争時のように自国の油田に火を放った
り、さらに戦火が周辺諸国にまで及べば、たちまち原
油の供給が不安定な状態に陥るとの懸念が拡がった。
米国ではもともと一バレル=二〇ドル前後で推移し
ていた原油価格が、昨年暮れには早くも一バレル=三
〇ドルに上昇した。 ベネズエラのゼネストによる原油
輸出の減少や原油在庫水準の低下という要因も重な
って、その後約三カ月にわたり、一バレル=三〇〜四
〇ドルの高止まり状態が続いた。 欧州、そして日本を
含めたアジア地域でも軒並み原油価格は高水準で推
移した。
こうした世界的な原油価格の高騰は物流業界にと
って大きなマイナス要素だ。 トラックや航空機、船舶
を動かすためのガソリン、軽油、重油など石油製品の
戦争勃発――SCM担当者はこう動いた
トヨタ/ホンダ/キヤノン/アサヒビール/デンソーほか
イラク戦争が終焉を迎えようとしている。 原油価格の高騰などに伴
い、航空、海運運賃が一時的に上昇したものの、戦争による物流への
影響は比較的小さくて済んだ。 しかし依然としてテロへの警戒感は払
拭されていない。 SARSという新たな問題も浮上した。 有事を前提と
したロジスティクス管理を迫られている。 (本誌・刈屋大輔)
緊急レポート
価格が上昇すれば、燃料費の負担増に直結するからだ。
例えば、トラック業界では軽油が一円値上がりすると
業界全体で年間四〇〇億円のコストアップになるとも
言われている。
小幅な値上がりであれば、自社でその分のコストを
すべて吸収するという選択肢もあり得る。 しかし、今
回のように急激に価格上昇し、しかも高止まりがしば
らく続くとなれば、話は別だ。 値上がり分のコストの
一部を運賃に転嫁することで、自社の負担を軽減せざ
るを得ない。 実際、国際輸送を手掛ける航空、海運
各社は昨秋には早くも運賃値上げに乗り出した。
日系航空キャリアがジェットエンジンの燃料である
ケロシンの国際的な価格高騰を理由に、運賃値上げ
に踏み切ったのは昨年一〇月だった。 日本発貨物に
対し一キログラム当たり十二円の燃料(フューエル)
サーチャージを課した。
燃料サーチャージとは「燃料価格が過去五年間(九
五〜九九年度)の平均価格=一バレル当たり二三・二
米ドルの一三〇%(一バレル当たり三〇・一六ドル)
を二〇営業日連続して上回った場合、一キログラム
当たり燃料サーチャージを十二円加算する。 反対に一
三〇%を二〇営業日連続して下回った場合はサーチ
ャージを廃止する」というルールだ。 二〇〇一年五月
に設定され、その後燃料価格の下落を受けて二〇〇
二年一月にいったん廃止されたものの、早くもその九
カ月後には復活した。
この燃料サーチャージ導入は荷主企業にとっても大
きな痛手となった。 コスト負担はキャリアから航空フ
ォワーダー各社へ。 さらにそれが荷主企業へと転嫁さ
〈特集2〉 有事のマネジメント
21 MAY 2003
れる。 結果として支払い物流費の増加を余儀なくされ
るからだ。 キャリア、フォワーダーがコストの一部を
吸収するため、加算分がそのまま運賃に上乗せされる
ケースは稀だが、それでも数%のコスト負担増は避け
られない。
実際、日本から航空便で世界各国に半導体製造装
置(ステッパー)などの製品や部品を供給しているキ
ヤノンでは「燃料サーチャージ導入に伴い、昨年末に
フォワーダーを通じて運賃の値上げ要請があった。 決
して大きな額ではなかったが、それでも数%の輸送コ
スト増を強いられる結果となった」(ロジスティクス
本部の高橋良夫ロジスティクス企画部長)という。
貨物戦争保険料率は四〇倍に
開戦が不可避となった三月中旬になると、再び航
空各社は運賃の値上げに動いた。 今度は燃料サーチャ
ージ=一キログラム当たり十二円を、一八円にまで引
き上げるという内容だ。 日本航空システム(JAL)、
全日本空輸(ANA)、日本貨物航空(NCA)の三
社は、ほぼ同時期に値上げを申請。 これを受けて、国
土交通省も三月下旬には認可を下した。
外資系航空キャリアも追随した。 本誌の調べでは、
日本に乗り入れている航空キャリアの大半が四月一日
か一六日、もしくは五月一日付けで一八円へのチャー
ジアップを実施。 戦争当事国である米国のノースウエ
スト航空やポーラーエアカーゴに至っては既に三月中
旬には一八円への変更を済ませている(下表参照)。
燃料価格の高止まりが続いていたため、ある程度予
想できた事態とはいえ、今回の燃料サーチャージ引き
上げは荷主企業にとって新たな頭痛の種となった。 と
りわけ運賃負担力の低い食品などの輸送で航空便を
利用している企業にとっては深刻な問題だ。 「戦争が
長期化すれば、燃料サーチャージはさらに上昇してい
くのだろうか。 商品の店頭販売価格は下がる一方で、
それに伴い利幅も小さくなりつつある。 これ以上物流
費負担が増すと、利益がまるまる吹っ飛んでしまいか
ねない」(生鮮食品メーカー)と懸念する。
航空と同様、海運でも昨年末から運賃の値上げが
始まった。 こちらも世界的な原油価格の高騰がその背
景にあった。 航路別に一コンテナ当たり一〇〇〜三〇
〇ドル程度のバンカーサーチャージ(燃料油高騰調整
金)が課せられる格好となった。
さらに荷主企業にとってダメージとなったのは、開
戦と同時に海運貨物に関連する各種保険の料率が一
気に上昇したことだった。 米英によるイラク攻撃開始
直後、大手損害保険各社はクウェート、イラン、サウ
ジアラビアなどイラク周辺地域向けの「貨物戦争保
険」の料率を平時の〇・〇五%から約四〇倍の二%
程度に引き上げた。 船舶本体にかかる「船舶戦争保
険」の料率も最大で平時の十数倍に設定した。
バンカーサーチャージと各種保険料の増加分は原則
として荷主企業側が負担するルールになっている。 九
一年の湾岸戦争当時、サーチャージは二〇フィートコ
ンテナで三〇〇ドル、四〇フィートコンテナで六〇〇
ドルにまで上昇した。 こうした苦い経験があるだけに
海運会社が三月末に一斉に発表した運賃改定に対し
て荷主企業は警戒感を強めた。
三洋電機の販売会社である三洋セールス&マーケテ
ィングでは「今回の戦争の影響で海上コンテナの運賃
が四〇フィートコンテナ一本当たり一〇〇ドル上昇し
た航路もある。 戦争が終結し、原油価格が安定し始
めたらすぐに通常時の運賃に戻すという説明を受けて
いるものの、現在のような状況がいつまで続くのか非
常に心配」(トレーディングサービスセンターの岡本
燃料サーチャージを導入した主な航空キャリア
日本航空システム
全日本空輸
日本貨物航空
日本アジア航空
ノースウエスト航空
ポーラエアカーゴ
ユナイデッドパーセルサービス
アメリカン航空
コンチネンタル航空
フェデラルエクスプレス
ユナイデッド航空
エルアルイスラエル
ブリティッシュエアウェイズ
12
12
12
12
18
18
12
12
12
12
24
12
2002.10.16
2002.10.16
2002.10.16
2002.10.16
2003.3.16
2003.3.16
2002.11.16
2002.10.16
2002.11.1
2002.10.16
2003.3.24
2002.10.16
18
18
18
18
変更済み
変更済み
18
18
18
12
18
変更済み
18
2003.5.1
2003.4.16
2003.4.1
2003.5.1
2003.4.1
2003.4.1
2003.4.1
2003.4.16
2003.4.16
2003.4.1
(単位:円/キログラム)
出典)各種資料を基に本誌作成
航空会社名
現行 実施日
変更
実施日
●●●〈特集2〉有事のマネジメント●●●
MAY 2003 22
圭司部長)している。
物流マヒを想定し在庫積み増し
運賃アップもさることながら、荷主企業の多くがイ
ラク戦争に際してとりわけ不安視していたのは輸送そ
のものが滞ってしまうことだった。 欧州航路の要衝で
あるエジプトのスエズ運河が閉鎖に追い込まれれば、
南アフリカの喜望峰経由を余儀なくされ、その分リー
ドタイムが一週間から一〇日程度伸びてしまう。 さら
にそれを避けるために海上貨物が航空輸送にシフトす
れば、航空便のキャパ不足が発生する。 最終的にモノ
を目的地にきちんと計画通りに供給できない事態に陥
る、という最悪のシナリオが想定された。
実際、航空業界では昨年末あたりから路線を問わ
ず慢性的に貨物スペースが足りないという状況が続い
ていた。 米国には「有事の際は物資輸送などのために
軍が強制的に民間航空機を徴用する」法律(CRA
F
=Civil Reserved Aircraft Fleet
)があり、イラク
攻撃開始後はさらにキャパ不足の傾向に拍車が掛かる
のではないか、という見方が拡がった。
そのため、「年明けの一月、二月に輸送を前倒しで
実施する顧客企業が相次いだ。 一、二月の輸送重量
は前年実績を大きく上回る結果となった」(ダンザス
丸全の池田敏社長)という。
こうした開戦後に予想される海運、航空輸送の緊
急事態に備え、荷主企業の多くは製品在庫や部品在
庫を一時的に積み増しするという対応策を講じた。 例
えば、アサヒビールでは欧州〜日本間の海上輸送ルー
トがスエズ運河経由から喜望峰経由に変更されるリス
クを見込んで、年明けからビールの原料となるヨーロ
ッパ産麦芽の在庫を徐々に積み増してきた。 その量は
約一〇日分に上ったという。 さらに状況の変化に応じ
て在庫量を積み増していくことも検討した。
原料調達だけではない。 同社は麦芽と同様にヨーロ
ッパから輸入している一三〇〇品目の洋酒、ワインの
うち、特に販売量の多い約四〇〇品目について、通
常よりも半月分程度在庫量を増やした。 こちらも調達
までに掛かるリードタイムが伸長することを想定して
の措置だった。
本田技研工業(ホンダ)では英国、トルコの生産拠
点向けの部品出荷を二月末から前倒しで実施した。 さ
らに三月以降は部品出荷を通常よりも二週間程度前
倒しするとともに、現地生産部品の在庫を厚めに確保
するという対策を余儀なくされたという。
中にはトヨタ自動車のように「当社はもともと在庫
を持たずにオペレーションするのが基本。 戦争は短期
間で終結し、スエズ運河も閉鎖されないだろうと予測
していたため、特に対応策は講じなかった」という企
業も見受けられた。 しかし、「昨年末に現地在庫を五
日分上積みした」(デンソー)、「海路、空路が遮断さ
れることを想定して、シベリア鉄道、韓国経由の陸路
での輸送も検討した」(三井物産)といった具合に不
測の事態に備え、何らかの対応策を打ち出した企業が
圧倒的に多かった(二五ページ表参照)。
短期終結でホッと一安心も
サダム・フセイン大統領を狙ったピンポイント爆撃
に失敗し、さらに前線部隊への補給線(ロジスティク
ス)が攻撃を受けるなど開戦当初は長期化の様相を
呈していたものの、今回の戦争は約二〇日という短期
間で幕を閉じた。 首都バグダッドが陥落し、フセイン
政権は事実上崩壊した。 懸念材料の一つであった油
田への被害もほとんどなく、それを受けて国際的な原
油価格は徐々に落ち着きを取り戻しつつある。
イラク戦争に伴いコンテナ貨物の
サーチャージが上昇した
23 MAY 2003
蓋を開けてみると、イラク戦争に伴う物流への影響
は最小限で済んだ。 スエズ運河は閉鎖を免れ、日〜欧
州航路の船舶は平常通り運航された。 キャパ不足が
心配された航空の世界でも「貨物専用便に限って言
えば、減便もなく、ほぼ計画通りに輸送することがで
きた。 戦争による影響は皆無に等しかった」(ディー・
エイチ・エル・ジャパンのスコット・プライス社長)。
今回の戦争で物流企業は燃料費負担の増加を強い
られた。 しかし、運賃への転嫁が比較的スムースに進
んだため、それが収益を圧迫するという事態にまでに
は至らないようだ。 野村証券金融研究所で航空、海
運部門を担当する小布施憲始アナリストは「短期間
で終わったこともあって、二〇〇三年三月期、そして
今期の業績への影響はほとんどない」と見ている。
一方、荷主企業側は依然として高止まりを続ける
運賃の動向が気掛かりなようだ。 物流コストの負担増
が業績悪化につながる恐れもあるからだ。 今回の運賃
値上げはあくまでも暫定措置であって、平時に戻れば
当然運賃も見直すという契約を交わしているが、物流
企業は下げ幅をできる限り小さくするために様々な理
由を持ち出してくるのではないか、と懸念している。
「海運では毎年五月に運賃交渉のテーブルが用意さ
れる。 幸い戦争がその前の四月上旬でほぼ終結した。
貨物保険の料率も正常な状態に戻りつつある。 今回
の交渉ではこちら側の言い分をすべて聞いてもらうつ
もりだ」とある電機メーカーの物流担当者は今後の運
賃交渉に強気の姿勢で望む決意を固めている。
とはいえ、物流企業と荷主企業の双方とも「イラク
戦争終結=有事ロジスティクスからの解放」という構
図には至らないとの認識で一致している。 米国は次の
ターゲットとしてシリアに目を向け始めた。 両国の対
立が深まり、再び戦争が勃発する可能性も否定できな
い。 さらにイラク国民や周辺イスラム諸国の国民が戦
争の報復措置として世界各国でテロに身を投じる危
険性もある。 物流へのリスクは解消されるどころか、
むしろ高まったと見る向きが支配的だ。
実際、「当面は現状の施策を継続する」(デンソー)
といったように、有事を前提としたロジスティクス体
制を維持する荷主企業は少なくない。 一方、物流企
業側も「主要路線に関して航空キャリアとの交渉を前
倒しして優先的に輸送枠を確保する」(航空フォワー
ダー)など有事対応のスタンスを崩していない。
SARS問題でダブルパンチ
米国政府は昨年八月、テロ対策の一環としてコン
テナ貨物の通関検査に関する新たなルールを設けた。
「二四時間ルール」と呼ばれる新規則は「米国向けに
出荷されるコンテナの貨物情報を外国港での船積み二
四時間前までに米国関税局に申告することを船会社
に義務付ける」という内容だ。 日本ではすでに昨年末から実行されている。
これによって船会社はヤードへのコンテナおよび各
種提出書類の搬入の締め切りを、船舶の入港三日前
に前倒しするといった対応を余儀なくされた。 同時に
荷主側も出荷作業の前倒しを迫られる格好となった。
今後、米国政府は日本の主要港に派遣する検査官の
数を増やすなど、より一層対策を強化する構えだ。
「日本の港はただでさえ通関のスピードが遅いこと
で有名だ。 これに特別なテロ対策が加わると、さらに
その傾向に拍車が掛かる。 通関を含めたリードタイム
が伸びてしまうと、その分在庫を積み増しておく必要
が出てくる。 物流が平常通りに戻るのはいつ頃なのか。
見当もつかない」(部品メーカーの物流マネジャー)と
いった諦めムードすら漂い始めている。
ディー・エイチ・エル・ジャパンの
スコット・プライス社長
●●●〈特集2〉有事のマネジメント●●●
MAY 2003 24
物流担当者の不安材料は新たな戦争とテロだけで
はない。 今年三月以降はこれに新たにSARS(新
型肺炎の重症急性呼吸器症候群)問題が加わった。 突
如発生したこのウイルスによって香港や中国南部の都
市では経済の麻痺状態が続いている。 工場は操業を
停止し、航空便は大幅な減便となった。 現段階では
物流面での影響はさほど大きくないが、感染者の拡大
は続いており、同地域に生産拠点の移管を進めてきた
日系企業は日本や欧米への商品供給がいずれ滞るよ
うになるのではないか、と不安感を募らせている。
オフィス家具やマテハン機器などを扱う岡村製作所
もSARSによる物流への影響を懸念する一社だ。 同
社では「イラク戦争による影響はほどんど受けなかっ
た。 しかし中国やフィリピンなどでビジネスを展開し
ている関係もあり、SARSによるダメージは避けら
れそうにない。 情報交換を密にするなど現地の動向を
注意深く観察している」(物流システム営業部の堀井
正和部長)という。
一方、ここ数年中国への生産シフトを積極化してき
たキヤノンでも「頭の中はSARS対策に切り替わり
つつある。 こちらは物流云々というよりも生産までを
含めたサプライチェーン全体の管理に関わってくる話
になる。 イラク戦争は先が読めた。 これに対して、S
ARSのほうはウイルスがどこまで拡大し、いつ終息
するのか見通しが立たないため余計に厄介だ」(高橋
良夫ロジスティクス企画部長)と警戒している。
SARSは物流企業にも暗い陰を落としそうだ。 中
国全土に数多くの営業拠点を構えている航空フォワー
ダー、近鉄エクスプレス(KWE)では四月中旬、対
応策の一環として現地で働く社員にSARS感染防
止用のマスクを緊急に配布した。
同社の二〇〇三年一〜三月までの輸送実績は輸出
重量ベースで前年比一二〇%前後で推移している。 好
調を維持できたのは北米と中国向けの輸送が活発だっ
たためだ。 イラク戦争の開戦が近づくにつれ、荷動き
が鈍化していった北米に比べ、中国は一貫して手堅い
荷動きを示してきた。 中国路線は貨物スペースが不足
気味の状態が続いていたという。
しかし、SARS発覚後は状況が一変してしまった。
航空キャリアは相次いで中国路線の減便を決定した。
現地の生産拠点が操業停止や操業休止などに追い込
まれたことを受けて、日本からの部品、原材料の供給
が一時ストップ。 さらに消費の腰折れに伴い、雑貨や
食品などの荷動きも鈍化し始めているという。
「荷物にウイルスが感染することはない。 そのため
オペレーションそのものには何ら支障はない。 荷主は
事態の行方を見守りながら輸送を手控えているだけで
あって、依然として中国の潜在的な輸送需要は旺盛
だと見ている。 とはいっても被害が中国全土に拡がっ
たり、長期化することは当社にとって大きなマイナス
であることに変わりはない」と経営管理部の秋岡宏専
任部長は説明する。
危機管理意識が浸透
世界を震撼させた米国同時多発テロ(二〇〇一年
九月)に始まり、アフガニスタン攻撃(二〇〇一年一
〇月)、米国西海岸の港湾ロックアウト(二〇〇二年
一〇月)、そして今回のイラク戦争とSARS――。 こ
こ数年、企業のロジスティクスはこうした突発的な出
来事に大きく揺さぶられてきた。 しかし、そこから学
んだことも少なくなかった。 物流企業と荷主企業の双
方にロジスティクス面での危機管理に対する意識が芽
生えたことは大きな前進であったと言えるだろう。
例えば、物流業界では世界各地の拠点を統括して
25 MAY 2003
管理するための組織が用意されるようになった。 もち
ろん、この組織の主な役目はグローバル展開する顧客
の営業窓口一本化に対するニーズに応えることにある。
しかしその一方で、常に現地法人との情報連携を密に
しておくことで、トラブル発生時の初期行動や復旧作
業を迅速化するという狙いも込められている。
近年活発になった物流企業同士の戦略的アライア
ンス(提携)にも危機管理体制の強化という側面があ
る。 自社の拠点が天災など何らかの要因で機能不全
に陥った場合でも、パートナー企業の拠点が無事であ
れば、業務を速やかに移管させることで従来通り円滑
なオペレーションを顧客に提供し続けることが可能に
なるからだ。
一方、荷主企業側では生産拠点を世界各地に意識
的に分散させることで、リスクヘッジするという動き
が出始めている。 廉価な人件費や生産コストを追い求
めて東南アジアや中国などに生産拠点を集中させるの
ではなく、日本、そして日本を除くアジア、北米、南
米、欧州といった具合にバランスよく拠点を配置して
いくという戦略だ。
しかも分散させた各拠点には、どんな製品でも生産
できるような能力を持たせている。 一カ所にある特定
製品の生産をすべて委ねてしまうと、その工場が操業
停止に追い込まれた場合、特定製品の供給が全世界
でストップしてしまう恐れがあるからだ。
また、生産拠点の規模をできる限り小さくすること
で、トラブル発生時の被害を最小限に食い止めるとい
うアイデアも生まれている。 「デスクトップ・ファク
トリー(デスクトップ・マニュファクチャリング)」と
呼ばれる生産方式がそれだ。 工場をオフィスの机ほど
の大きさにしておくことで、いつでも生産拠点を世界
各地に移動させることが可能になる。 先進的な一部の
メーカーではすでに導入の試みが始まっている。
イラク戦争に対する報復テロ、北朝鮮の核ミサイル
問題など世界には解決すべき課題が山積している。 こ
うした問題とロジスティクスは決して無関係ではない。
今からでも遅くはない。 企業は有事発生でも動じるこ
とのない危機管理の行き届いたロジスティクス体制の
構築を急ぐべきだ。
イラク戦争&SARSに対する主な企業の対応策
スエズ運河経由が喜望峰経由になると調達リードタイ
ムが通常よりも10日以上かかってしまう。 そのリスク
を見込んで年明けから欧州産の麦芽の在庫を徐々に積
み増してきた。 積み増し量は10日分程度。 欧州から輸
入している洋酒・ワイン1,300品目のうち、販売量の
多い400品目について、通常よりも在庫を半月分くら
い多く確保した。 物流企業からの運賃値上げ要請あり。
情報入手が容易だったため、湾岸戦争時よりも早期に
対応することができた。
2月末から英国およびトルコ向け生産部品出荷を前倒
しするなどの対応策を講じた。 3月以降は通常よりも
2週間程度前倒し。 現地生産部品在庫を厚めに持つよ
う手配した。 戦争が他地域に飛び火した場合はその時
点でベストな対応策を検討する。
昨年末に現地在庫を5日分上積みした。 スエズ運河も
平常通り航行が可能で物流面での影響は小さかった。
運賃の一時的な値上げ要請も受けていない。 北米向け
では「24時間ルール」で通関検査が強化されたため、
出荷準備が2日前倒しとなった。
スエズ運河閉鎖が懸念され、喜望峰回りでの輸送も検
討したが、戦争が短期で終結することを見込んで特に
対策は講じなかった。 当社はもともと在庫を持たずに
オペレーションしているため、在庫の積み増しなども
実行せず。 物流への影響はほとんどなかった。
昨年末に航空運賃の値上げ要請あり。 数%のコスト負
担増となった。 在庫の積み増しはなし。 SARSの影
響でアジア発航空便の減便、キャンセルが相次いでいる。
中国に生産拠点を数多く構えているため、今後の動向
が心配。
アサヒビール
本田技研工業
デンソー
トヨタ自動車
キヤノン
JIT納品が基本のため在庫の積み増しなどは行わな
かったが、ドバイなど中東向け商品に関しては多少ス
トックを厚めに用意した。 航空、海運ともに運賃値上
げ要請あり。 海上コンテナでは40フィートコンテナ1
本当たり100ドル程度のコスト負担増に。
三洋セールス&マーケティング
顧客企業に運賃動向を随時連絡。 スエズ運河閉鎖を見
込んで、シベリア鉄道経由での輸送も一時検討した。
運賃値上げの影響は小さい。 SARS問題に絡んでア
ジア地域で航空便の減便が続いており、輸送力確保が
難しくなってきている。
三井物産
貨物便は平常通り運航されたため、特に影響は受けな
かった。 当社は創業以来、大きなトラブルに見舞われ
たことがない。 危機管理体制をきちんと構築できてい
ると自負している。
ディー・エイチ・エル・ジャパン
輸送障害は発生しなかった。 貨物スペースの確保もう
まくいった。 開戦後の混乱を見込んで、1,2月に出
荷を前倒しする動きが見られた。 3月はその反動で若
干荷動きが鈍っている。
ダンザス丸全
燃料サーチャージの上昇で多少のコスト負担増とな
ったが、輸送そのものは順調でイラク戦争の影響はほ
とんどなかった。 SARS問題では中国現地法人の社
員に感染防止用のマスクを配布した。 現在は航空便減
便などSARS関連情報の収集に力を注いでいる。
近鉄エクスプレス
※アンケートやヒヤリングなどを基に本誌作成
●●●〈特集2〉有事のマネジメント●●●
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