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MAY 2003 26
――入江さんに本誌にご登場いただくのは、随分と久
しぶりです。 入江さんの転職のために、本誌創刊以来
の人気連載「アングロサクソン経営入門」をいったん
中断せざるを得なくなったのが昨年の八月号でした。
さすがに入江さんともなると、キャリアプランも「ア
ダプティブ」かと、妙に感心しました。
入江
何だか含みのある言い方をしますね。 まあアナ
タはともかく、「ロジビズ」の読者の方々には、一度
キチンとご報告をしなければとは思っていました。 私
は現在、ベリングポイントというコンサルティング・
ファームに所属しています。 昨年、KPMGコンサル
ティングとアーサーアンダーセンのコンサルティング
部門を統合してできた新しい会社です。 そこで私はヴ
ァイスプレジデントという立場で、社内組織の見直し
と、SCMソリューションを主に担当しています。
――で、今回のテーマですが、以前に入江さんが本連
載で盛んに紹介していた「アダプティブ」というキー
ワードは一体、どうなったのか。 もう一度、おさらい
を含めて解説して頂きたいと思います。 一昨年の「9・
11
」で深刻化したテロ対策の問題、そして今回のイラ
ク戦争など、軍事面からアダプティブへの注目が高ま
っていると感じます。 同時にビジネス分野でも、予測
できない事態が頻繁に起こるようになったことで、環
境の変化に素早く対応することを主眼としたアダプテ
ィブの重要性が高まってきたようです。
入江
そうですね。 今回のイラク戦争のニュースを見
ていて、随所にアダプティブ・オペレーションが採り
入れられていることが分かりました。 一番象徴的なの
が、状況判断を現場の指揮官に任せているところです。
従来の中央司令部から細かく作戦を指示するのではな
く、現場の指揮官に判断が委ねられている。 それによ
って事態の変化に柔軟に対応している。 まさにアダプ
「アダプティブ」で生き残る
ビジネス環境の変化を完全に予測することなどできない。 予期せ
ぬ事態は常に起こり得る――そんな現実認識を前提にした新しい経
営コンセプトが注目を集めている。 「アダプティブ」だ。 米軍や先進
企業の多くが現在、アダプティブ・コンセプトの導入に動いている。
その方法論とは‥‥。
ベリングポイント入江仁之 副社長
アングロサクソン経営入門
ティブです。
――ただし日本にいる限り、アダプティブを口にする
経営者など今のところほとんどいません。
入江
それでもアダプティブという言葉を使うかどう
かはともかく、そうなっている会社が成功しているの
は否定できない事実でしょう。 そもそもアダプティブ
は、サプライチェーンのように一つの領域を指す言葉
ではなく、形容詞です。 そのためにアダプティブな経
営を志向していても、必ずしもアダプティブという言
葉が使われるとは限らない。
――アダプティブというコンセプトが抽象的で分かり
にくいこともあると思います。 実際に企業がアダプテ
ィブ・コンセプトを導入しようとしたら、何から手を
つければいいのか。 それが最終的にどのような形にな
るのか。 そこがなかなか見えない。
◆アダプティブなシステムとは?
入江
OK。 お答えします。 まずコンサルタントであ
る我々はクライアントの事業目標、目的を達成するた
めに、「ビジネス」と「システム」の二つを改革し、統
合していきます。 このうちビジネスについては、組織
と業務プロセスの改革が柱になります。
――業務プロセスの改革というと、昔ながらのBPR
(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)のことで
すか。
入江
BPRにも今は二つのアプローチがあります。
一つは従来型のBPRのアプローチです。 ベンチマー
キングなどを通じて現状の問題点を分析し、改革機会
を洗い出す。 そしてベストプラクティスを作り、プロ
セスを組み直す。 もう一つは「プロトタイピング」を
使う仮説検証型のアプローチです。 現在は従来型のB
PRから、この仮説検証型へのシフトが起きている。
帰ってきた
27 MAY 2003
そして仮説検証型のアプローチこそ、アダプティブな
アプローチと言えるのです。
――ちょっと待ってください。 そこで言っているプロ
トタイプ(原型)とは何ですか?
プロトタイピングとは、実現できることが検証され
ている情報システムのモデルです。 その前提になるの
が、ERPを始めとするパッケージソフトです。 ER
Pのパッケージソフトには様々なビジネスに対応した
プロトタイプがテンプレートとして豊富に用意されて
いる。 ユーザー企業はそのなかから自分に最適なテン
プレートものを選ぶ。 それに合わせて業務プロセスを
改革する。
――変ですね。 そのテンプレートは、従来型のBPR
でベストプラクティスと言われていたものではないで
すか。 九〇年代にERPの普及が始まった当初から、
ERPベンダーはベストプラクティスを売り文句にし
ていました。 パッケージはベストプラクティスに基づ
いている。 だからパッケージに合わせてプロセスを改
革することでBPRが実現できると宣伝していた。 し
かし、実際にはそうならなかった。 というか、日本で
はカスタマイズしないとERPは使えない、動かなか
った。
しかもベストプラクティスには弱点もあった。 ベス
トプラクティスは特定の先進企業のモデルに基づいて
作成されている。 しかし、そのモデルがテンプレート
としてパッケージソフトになる頃には先進企業は、さ
らに先に進んでいる。 つまりパッケージソフトのベス
トプラクティスを踏襲している限り、先進企業には追
いつかない。 そうだったはずです。
入江
確かにかつてのERPのベストプラクティスは、
実際にはベストプラクティスではなかった。 極論すれ
ば、モデルなどなかった。 だから以前のBPRはベス
トプラクティスをベースにして、それより進んだビジ
ネスモデルを作る。 その上でシステムをどうするか考
えていく必要があった。 システム開発にコストが掛か
るだけでなく、時間が掛かった。 パッケージを使って
いるのに、実際に稼働させるまでに一年とか二年とい
う時間がかかっていた。
それが今は実現のスピードが格段に速くなっている。
最短では三カ月半で導入が済んでしまう。 システムが
成熟して、検証済みのテンプレートがたくさんできた
からです。 その結果、ビジネスモデルとシステムを同
時に検討できるようになった。 以前もテンプレートは
あることはあったが、今と比べるとかなりレベルが違
った。
――しかし、テンプレートはあくまで基本形ですから、
ベストプラクティスではないでしょう。
入江
ベストプラクティスではないけれど、アダプテ
ィブなんです。
――はあ?? 入江
確かにテンプレートを使うモデルは、一〇〇%
の理想形ではないかも知れない。 しかし今やビジネス
の環境は目まぐるしく変わっていきます。 従来のよう
に一年も二年もかけてベストプラクティスを実現して
いたら、結果が出るころには環境はすっかり変わって
いる。 つまりベストプラクティスではなくなっている。
――ということは、ベストプラクティス&ベンチマー
キングというアプローチ自体に限界が出ているという
ことですか。
入江
そう言っても構いません。 一〇〇%のベストプ
ラクティスを目指すよりも、時間のほうが重要になっ
てきている。 そしてベストプラクティスのアンチテー
ゼとなるのが、アダプティブというコンセプトです。 従
来の「プラン(Plan
)・ドゥ(Do
)・シー(See
)」の
●●●〈特集22〉有事のマネジメント●●●
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サイクルを回していたのでは環境の変化についていけ
ない。 プランとドゥでは環境が違うわけですから。 そ
れに対して仮説検証型のアプローチは、プロトタイプ
を前提とすることで、つまり実行できる範囲でプラン
を立てる。 プランとドゥを同時に実行するわけです。
◆アダプティブな組織とは?
――業務プロセスと並ぶ柱となる組織面では、アダプ
ティブというコンセプトは、どのように反映されてい
るのですか。
入江
それも基本的にはプロセスと同じです。 つまり、
これまでのように、組織のあるべき姿、理想像をいつ
いつまでに実現するというアプローチはとらない。 そ
うではなく問題が顕在化した時点で随時、組織を変え
ていく。 組織改革の面でも計画と実行が同時に行われ
るわけです。
――これはおさらいになりますが、かつてのERPは、
組織的には中央集権的であり、トップダウンで全体が
動く組織を前提にしていました。 極端に言えば、現場
で在庫を一つ動かすにも、中央の本部にお伺いを立て
る必要があった。 それに対して、アダプティブは現場
に意志決定の多くが委譲される。 環境の変化に最初に
直面するのは常に現場だ。 中央よりも現場で意志決定
したほうが変化への対応が速くなる、という理屈でし
た。 となるとアダプティブな組織というのは、トップ
ダウンではない。 ボトムアップを特徴とすると考えて
いいですか。
入江
ただし、そこで誤解してはならないのは、トッ
プダウンがなくなるわけではないと言うことです。 こ
れは別にアダプティブに限った話ではありませんが、
課題に対する解決策は常にハイブリッドになる。 つま
りトップダウンの良さと、ボトムアップの良さを両方
活かす形で一つ上のレベルに進化させるのです。
――いわゆる「アウフヘーベン(止揚)」というやつで
すな。
入江
そうです。 トップダウンとボトムアップ、そし
て「ミドルアウト」の良いところを活かすモデルを作
っていく。 そして新しいモデルの課題がまた見えてき
たら随時、改革をしていく。
――「ミドルアウト」というのは何ですか。
入江
組織の中間管理職、ミドルが中心になってトッ
プと現場を引っ張っていく。 これまでの日本企業に特
徴的だったモデルです。
――それではトップダウンの長所と短所とは?
入江
トップダウンの利点は大きな判断が必要とされ
る意志決定のスピードと全体の制御でしょう。 逆に欠
点は変化に対する柔軟性がない。 現場で融通が利かな
いことです。
――それを、どう改革するのですか。
入江
当社を例に説明してみましょうか。 コンサルテ
ィング会社としての当社の現在の組織はまさしくアダ
プティブ・コンセプトに基づいて設計されています。
当社の組織は、クライアントごとにアカウントチーム
を置き、チームリーダーの責任者の下で各プロジェク
トが動いている。 つまり最前線の責任者が全てを判断
する権限を持ってオペレーションしています。
指令という形でのトップダウンはありません。 トッ
プレベルの仕事は、当社がどのようなドメインでビジ
ネスを展開するのか、責任者やスタッフがどのような
統制の下に仕事進めるのかといったルールを決めるこ
となどです。 またルールに問題があれば、それを解決
していくといった仕事です。
――その場合の「統制」とは?
入江
会社全体の方向性を統制するのに必要なのは
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ビジョンの共有です。 アダプティブな組織では、そこ
がポイントになります。 当社であれば、まず提供する
ソリューションと重要なアカウントを明確に定義して、
当社の「強み」を活かす形で仕事をする。 そうでない
ものはやらない。 何でもやるという道はとらない。 何
でもやるというのは、何もできないということですか
ら。
◆アダプティブな評価基準とは?
――個々人の評価はどうやって行うのですか。
入江
「KPI(Key Performance Indicators:
主
要業績評価指標)」の設定は極めて重要です。 当社で
は「ユーティライゼーション」と「リアライゼーショ
ン」という二つの尺度で評価する仕組みを作っていま
す。 「ユーティライゼーション」というのは、コンサル
タント個人のいわば「稼働率」です。 「リアライゼー
ション」は仕事の料金です。
――それがどうしてアダプティブな管理の仕組みと言
えるのですか。
入江
従来の組織は基本的に売上高と利益によって
経営を管理していましたね。 しかし売上高と利益をベ
ースに計画を作って管理するとなると、環境が変わっ
て、例えばマーケットがホットになってビジネスが急
拡大を始めた時、我々であれば人を採用して需要の拡
大に対応するということになる。 そういった時には当
然、当初の計画よりも売上高は拡大する。 しかし利益
がどうなるかは管理できない。
マーケットが収縮して、当初の計画よりも事業規模
を縮小しなければならない場合も同じです。 人を削減
した結果、それがどう利益に反映されるのか分からな
い。 人を削減するときに、どう管理すればいいのか判
断できない。 つまり環境に対応した管理ができない。
――これまでの売上高と利益という指標はあくまで結
果を示しているだけに過ぎない。 売上高と利益で組織
を管理することはできない。 アダプティブに管理する
には別の指標がいるということですね。 そこのところ
を、もう少し具体的に説明してください。
入江
ユーティライゼーションも、リアライゼーショ
ンもいずれもパーセントで表されます。 この二つのパ
ーセンテージを単純に掛ける。 その結果、計算される
管理指標を、我々は「プロフィッタビリティ・マルチ
プル」と呼んでいます。
マーケットが大きくなると人を採用しますね。 しか
し新しく採用した人のユーティライゼーションはどう
か。 つまりどれだけの時間、その人が働いているか。
その時の単価はいくらか。 逆に人を減らした時に、ユ
ーティライゼーションとリアライゼーションはどう変
化するか。 そうやって管理します。
――トラック運送でいえば、稼働率と運賃水準ですね。
車両を増やしても、全体の稼働率が下がったり、安い運賃の仕事をとるようになれば、固定費が増えるだけ
で利益が出ない。
入江
全く同じだと思います。 コンサルタントで言え
ば、年間就業時間に対して、そのコンサルタントがク
ライアントのために働いている時間はどれだけあるの
か。 それをパーセンテージで示したものが、ユーティ
ライゼーションです。 一方、「リアライゼーション」は
コンサルタントの給与に一定の比率を掛けた「想定利
益」がベースになる。 その想定利益を時間当たりに換
算したチャージレートを一〇〇%として、実際にどれ
だけの売り上げを得たのか。
――それが一〇〇%を超えると給与が上がったり、昇
進したりするわけですね。
入江
そういうわけです。
●●●〈特集22〉有事のマネジメント●●●
いりえ・ひろゆき ベリングポイント副社長。 公認会計
士合格後、約20年にわたり経営コンサルティングを行
う。 とりわけサプライチェーン・マネジメント分野では
国内屈指のスペシャリストして評価が高い。 ハーバード
大学留学を経て、都立科学技術大学大学院、早稲田大学
大学院などで客員講師をつとめる。 著書訳書多数。
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