ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年6号
CLO
食品メーカーのロジスティクス管理

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JUNE 2003 62 その製品がどのような経緯で、いつ、 どこで作られ、いま在庫がどこに、ど れだけあるのかといった情報だ。
最近 では「トレーサビリティ」などという 言い方をすることも多いが、ようする に製品の履歴情報と現状の把握が不可 欠になる。
これらは、まさにロジスティクス部 門が管理すべき情報だ。
社内でこうし た情報を掌握できるのは、経営とロジ スティクスの両方に精通している立場 の人間しかいない。
だからこそ欧米の 食品メーカーでは、問題が発生したと きの記者会見でCLO(ロジスティク ス最高責任者)が対外的な矢面に立つ ケースが珍しくない。
一方、日本ではまだロジスティクス に関する認識が浅く、本格的に導入し ている企業はほとんどないため、CL 正直なところ一〇年前にはほとんど考 える必要のなかったものだ。
それが今 やAGFだけでなく、味の素や米クラ フトといった世界的な食品メーカーの 管理指標として採用されている。
近年、企業は外部からの影響を大き く受けるようになった。
とくに食品メ ーカーには、企業活動の大前提として ?食の安全〞の履行が求められるよう になっている。
「安心」、「安全」とか 「誠実」といったファクターが企業の 命運を左右する絶対的なものとなり、 ここでつまずくと長年、積み上げてき たものを一気に失うという状況が生ま れている。
細心の注意を払っていても問題は必 ず発生する。
そして、ひとたび食品メ ーカーが「食の安全」にかかわる問題 を引き起こすと、まず把握すべきは、 二〇〇〇年六月に雪印乳業が起こし た食中毒事件と、二〇〇二年一月の雪 印食品による偽装牛肉事件――。
日本 を代表する食品メーカーの相次ぐ不祥 事が、「食の安全」に対する消費者の 視線を一気に厳しいものに変えた。
食 品メーカーの経営は変革を迫られ、ロ ジスティクス部門の管理指標に「社会 的評価」を加えるのが当たり前になっ た。
一〇年で様変わりしたKPI ロジスティクスの管理指標(KP I :Key Performance Indicator )は、 市場環境の変化に応じて見直していく 必要がある。
実際、味の素ゼネラルフ ーヅ(AGF)のKPIは最近一〇年 間で様変わりした。
前号で紹介した社 内業務を管理・改善するためのKPI とは別に、「社会的評価」に関するK PIを追いかけるようになっている。
現在、AGFでは「企業内評価(K PI ―1)」と「社会的評価(KPI― 2)」という二つの側面からロジステ ィクスを管理している(図)。
「社会的 評価」のなかの二番目以降の項目は、 味の素ゼネラルフーヅ 常勤監査役 川島孝夫 食品メーカーのロジスティクス管理 《第7回》 AGFのロジスティクス管理指標 KPI−1:企業内評価 (1)在庫削減 (2)物流費削減 (3)SKU(Stock Keeping Unit)削減 (4)返品および長期在庫品・販売不良品削減 (5)販売精度の向上 KPI−2:社会的評価 (1)得意先サービスレベル (2)誠実の履行(環境対策の強化) (3)安全・安心の推進 63 JUNE 2003 Oという役職もほぼ存在しない。
この ため問題を起こした食品メーカーの記 者会見でも、経営者が「どうやら、こ んな状況のなかでミスが発生したよう だ」と発言したそばから、在庫につい ては在庫管理の担当者が、品質管理に ついてはまた別の担当者が、企業姿勢 についてはまた他の人間が答えるとい った対応をしてしまう。
結果として管理の不在ばかりが浮き 彫りになり、マスコミの袋叩きにあっ て企業イメージを大きく損ねることに なる。
組織の形態がどうあれ、ロジス ティクスの責任者は経営からオペレー ションに至る幅広い情報を掌握してお く必要がある。
これをセットで管理す る自信のない人は、その時点でCLO としての資質を欠いているといっても 過言ではない。
AGFが追求する社会的評価 ではAGFは、具体的にどのような 「社会的評価(KPI ―2)」を追いか けているのか。
これは大きく (1) 「得意 先サービスレベル」、 (2) 「誠実の履行」、 (3) 「安全・安心の推進」の三つからな る。
前号で紹介した企業内のKPIが 徹底的に数値化した目標で管理してい るのに対し、「社会的評価」のKPI には数値化できないものもある。
一番目の「得意先サービスレベル」 については、当然のことながらずっと 以前から追いかけてきた。
サービスレ ベルの数値化は難しいが、最近ではな るべく計量化しようと努めており、「受 注率」と「クレーム率」を数値で管理 している。
数値化こそできないが、確実に得意 先の負担軽減につながる「業務の標準 化」も懸命に進めてきた。
また、取引 先の持つ中間流通機能の支援や再評価 にAGFが取り組むことも、得意先に 対するサービスレベルの向上になると 考えている。
これはまだ取引先ごとの 施策として検討している段階だが、近 い将来、具体化していく方針だ。
二番目の「誠実の履行」という項目 は、せんじつめれば産業廃棄物のゼロ 化を目指す取り組みだ。
メーカーとい うのは、製品を生み出すことを生業と している。
もちろん環境対策のために 産廃を減らすことも重要だが、それ以 前に企業活動にともなう廃棄物の発生 を極小化するのはメーカーの義務とA GFでは考えている。
ここでの具体的なKPIとしては、 取引先とともに進める「返品および長 期在庫品のゼロ化」と、生産工程や販 売プロセスからロスを省いていく「販 売不良品のゼロ化」がある。
賞味期限 のある製品を扱う食品メーカーにとっ て、返品や長期在庫品はほぼ間違いな く産廃の発生につながる。
工場の生産 工程で発生するロスも、そのままでは 産廃になってしまう。
AGFの競合企業のなかには、返品 および長期在庫品を溶かして新しい製 品に再加工している事業者が少なくな い。
クラフト・グループの企業にとっ ても、最近までは返品などを再加工す るのは一般的な処理方法だった。
しか し、今から三年前に、AGFは自らの 判断で返品や長期在庫品の再利用を完 全に止めてしまった。
何十億円もの損害をともなう話だっ たが、「食の安全」を確保するために は避けられないと考えて経営トップが 決断した。
このときは親会社の米クラ フトからも、いったいAGFは何をや ってるんだとばかりに担当者が乗り込 んできた。
何せクラフトの生産設備を 廃棄してしまったのだから彼らの気持 ちも理解できる。
それでも我々の考え 方をきちんと説明したら「なるほど」 と納得してくれた。
日本の消費者は世界一、ナーバスだ。
「食の安全」について極めて厳しい眼 を持っている。
ただし、これは文化や 経済が成熟した結果であって、いずれ 世界中がそういう方向に進むのは避け られない。
だからこそクラフトもAG Fの選択を的外れとは考えず、むしろ 世界市場の?先行指標〞と受けとめた。
そして、その後しばらくすると世界中 のクラフト・グループの大半の企業が 返品などの再利用を止めてしまった。
返品や長期在庫品をすべて廃棄してしまえば、当然、再利用している競合 企業に比べてコスト負担は重くなる。
こうした事情もあってAGFでは、返 JUNE 2003 64 品削減や生産ロスの抑制などを進める 必要があった。
同時に、どうしても発 生してしまう廃棄品の再利用にも取り 組んでいる。
すでに食品とはまったく別の用途で の工業化にも成功している。
例えば、 有機野菜を作るときの肥料の脱臭剤と して再利用したり、土壌改良剤に転用 する。
あるいはジュータンの工業用染 料として使う――。
ある百貨店では、 有機肥料の脱臭剤として実際に販売し てもらってもいる。
こうして産廃の発 生抑制に取り組み、しかもこれを産廃 の発生量という数値で管理している点 が、AGFの考える「誠実の履行」の 特徴だ。
「社会的評価(KPI ―2)」の三番 目に挙げた「食の安全・安心」につい ては、「工場の事故」や「災害」、「自 己退職率」、「消費者からのクレーム率」 などを追いかけている。
こうした指標 は一見すると「食の安全・安心」とは 関係なさそうに見えるかもしれない。
だが、そうではない。
例えば、ある工場の「自己退職率」 や「事故率」が異常に高ければ、これは現場のモラルの低下を示唆している。
このような職場では、あってはならな い食中毒事件などが起きてしまう可能 性が間違いなく高い。
そこで我々は自 己退職率が不自然に増えている職場を 見つけたら、徹底的に原因を究明する ことで不祥事を未然に防ごうとしてい る。
このほかにも「食の安全・安心」を 実現するために「トレーサビリティ」 を強化したり、「消費者からのクレー ム率」を追いかけることによって外部 の意見を吸い上げている。
さらにAG Fの側からもメディアやインターネッ トを通じて可能な限りの情報を発信し、 工場見学やコーヒー教室といったイベ ントを積極的に開催している。
AGFでは、こうした社会的KP Iを「企業内評価(KPI ―1)」と 同じように経営会議の場を通じて管理 している。
前述したように社会的評価 のなかには数値化できない項目もある が、大半は具体的な数値目標を設定 することによって実効を上げてきた。
時代とともにKPIの項目が変わって も、管理の基本的な考え方は一貫して いる。
問われるロジスティクスの組織 さて前号から二回にわたって、AG Fがロジスティクス分野で使っている KPIを紹介してきた。
これで読者の 方々にも、ロジスティクス部門がカバ ーすべき領域の広さを理解してもらえ ただろうか。
見方を変えれば、CLO というのは本来、これほど広範な業務 を一手に管理しなければいけないとい うことだ。
では、幅広い業務を担うロジスティ クスの?組織〞というのは、どうある べきなのか。
繰り返しになるが、企業 がロジスティクスの導入で成功するに は全員参加型の取り組みが欠かせない。
そして、これを実現するためにもロジ スティクス部門を全社の組織図のどこ に位置づけるかが、極めて重要なポイ ントになる。
食品メーカーであれば、生産の近く (1) 得意先サービスレベルの拡充 1. 受注率(Kraft)、※物流クレーム率(AGF)=クレーム率÷受注件数 2. 業界標準化への積極的な取り組み ●IT技術革新への対応(XML-EDI、GCIなど業界動向対応) ●パレットプールシステムの推進 ●包材リユース、リサイクルの推進 ●トレーサビリティ対応強化研究(鮮度志向型ロジスティクス)   3. 中間物流機能の再評価と支援 (2)誠実の履行(環境対策の強化) 1. 返品および長期在庫品のゼロ化 ●得意先別の返品ランク表作成(月次) ●得意先別の原因分析、ゼロ化対策案策定(営業マン単位) 2. 販売不良品のゼロ化 ●返品および長期在庫品のゼロ化(鮮度志向型ロジスティクス) ●工場工程ロスのゼロ化(品質不良品、工程ロス、規格外品) 3. 産業廃棄物のゼロ化 ●原則‥‥食品以外への再利用の研究と工業化 ●原料‥‥工場燃料 ●包材‥‥ガラスびん、ペットボトルなどのリサイクルシステム ●製品‥‥有機肥料、土壌改良剤、脱臭剤、染料などの用途で工業化 (3)安全・安心の推進 1. コンプライアンス(法令遵守) ●HACCP/ISOに準拠した生産体制 ●JAS法、食品衛生法などの法令遵守 2. 工場事故や災害のゼロ化、自己退職率(原因分析) 3. 消費者による品質クレームのゼロ化 4. トレーサビリティ機能の強化(鮮度志向型ロジスティクス) 5. 積極的な情報開示 ●表示‥‥ホームページ、マスメディアなどの活用 ●工場見学会などの推進 KPI−2:社会的評価 65 JUNE 2003 に置くのか、営業寄りに位置づけるか という選択になる。
もしくは生産から も営業からも独立した戦略機能にする という道もある。
もちろん組織の形態 に正解などないし、絶えず見直すべき なのは言うまでもないが、ここでは一 例としてAGFの組織を紹介する。
これまでに本連載で説明してきた通 り、AGFは米国流のロジスティクス を導入するにあたって大幅に組織を見 直した。
一言でいえば、八〇年代後半 から九〇年代にかけて、社内の複数部 門に分散していた関連機能をロジステ ィクス部門に統合・集約してきた。
その後も部分的な修正を重ね、現在 のAGFにはロジスティクス本部とい うセクションが置かれている。
営業本 部と並び立つかたちでロジスティクス 本部があり、この二つのセクション以 外に本部と名のつく組織はない。
そし てロジスティクス本部のなかには、工 場や研究所、購買部門、物流管理部門 などが含まれている。
どちらかというとAGFのロジステ ィクス組織は、生産寄りに位置づけら れている。
このことはロジスティクス を導入した当初のいきさつと無縁では ない。
私が八五年に米ゼネラルフーヅ(現 クラフト)でロジスティクスに関する 研修を受け、これをAGFに導入した とき、「ロジスティクスというのは要は 在庫管理だ。
作らなければ在庫は増え ない。
工場で作るかどうかの判断をロ ジスティクス部門が下すことが在庫削 減につながる」という認識からスター トした。
もし私が営業の出身だったなら、あ るいはAGFのロジスティクス組織は もう少し営業寄りになっていたのかも しれない。
だが、そもそも日本と米国 の流通構造はまったく違う。
流通業の 寡占化の進んだ米国と、千数百の顧客 と日常的に付き合っている日本の食品 メーカーとでは、置かれている環境が 根本的に異なる。
私は、AGFがロジスティクス部門 を生産の近くに位置づけたことを今で も間違っていなかったと考えている。
現にこの体制で九〇年代初頭には在庫 を六割近く圧縮し、物流費を大幅に削 減することに成功した。
しかしながら現在、AGFのロジス ティクス管理が一つの壁に突き当たっ ていることも事実だ。
ロジスティクス の導入で一気にコストを削減して以降、 AGFの物流費はあまり下がらなくな ってしまった。
コストをもう一段下げ るためには、企業間の取り組みの強化 が欠かせない。
メーカーと流通の双方の寡占化が遅 れている日本では、これは簡単な話で はない。
だがAGFのロジスティクスは、すでに企業間の取り組みなくして 次に進めない段階にまで来てしまった。
もし、これに本腰を入れるとなれば、 場合によってはロジスティクス部門を もっと営業寄りに位置づけることが必 要になるかもしれない。
実際、AGFが手本としてきたクラ フトは、九〇年代末に組織を大きく変 えた。
ロジスティクスの次段階として、 個別企業とのサプライチェーン・マネ ジメント(SCM)を強化する狙いで 組織を根本的に改めたのである。
次号 ではクラフトが「グローバルカスタマ ー戦略」と呼ぶ、この取り組みについ て紹介する。
( か わ し ま ・ た か お ) 66年 大 阪 外 語 大 学 ペ ル シ ャ 語 学科卒業・米ゼネラルフーヅ(GF)に入社し人事部 配属、73年GF日本法人に味の素が50%を出資し合弁 会社「味の素ゼネラルフーヅ(AGF)」が発足、76 年AGF人事課長、78年情報システム部課長、86年情 報物流部長、88年情報流通部長、90年インフォメー ション・ロジスティクス部長、95年理事、2002年常 勤監査役に就任し、現在に至る。
日本ロジスティク スシステム協会(JILS)が主催する資格講座の講師 なども多数こなし、業界の論客として定評がある。

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