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83 JUNE 2003
イラク戦争真っ最中の今年四月、米ジョー
ジア州アトランタでサプライチェーンカウン
シルの年次総会が開催された。 その模様を日
本から参加した北風道彦SCC日本支部バイ
スチェアマンが報告する。
戦時下のコンファレンス
アメリカ
ジョージア州、四月第二週、サ
プライチェーンカウンシル(SCC*脚注参
照)主催、毎春恒例の「サプライチェーンワ
ールド」(SCMテーマのコンファレンスと展
示説明会)がアトランタで開催された。
「ジョージア、四月第二週」と聞くと、ゴ
ルフファンの連想はオーガスタ(アトランタ
から車で約二時間)のマスターズトーナメン
トに繋がるだろう。 アゼリア、はなみずき、
藤、ライラック、が咲き乱れる中で行われる
春爛漫のイベントである。 ゴルフファンなら
ずともTVで緑の芝生と赤、ピンク、紅、白、
紫の花の饗宴を見ると、ああ、今年も春がや
って来たのだと実感できる。 そのはずだった。
ところが、今年のジョージアは連日冷たい
雨、雨、雨。 まるで冬に戻ったような気候で
あった。 結局、マスターズの初日もこの雨の
ために順延されてしまった。 加えてこの時期、
イラク戦争が予断を許さぬ状況との連日の報
道があり、おまけにSARSの影響もあって、
日本では多くの企業が海外出張禁止の状況。
ひょっとすると今年のサプライチェーンワー
ルドは閑散とした集客状況かも知れないナと
思いながら日本を発った。
実際、当時のイラク戦争報道のトーンは、
もしかすると自分の乗る飛行機がテロに遭っ
たりミサイルの攻撃を受けたりする可能性が
あるかも知れない、と思わせるようなもので
あった。 が、テロリストが同じ飛行機に乗り
合わせたり、ミサイルが飛んで来ることなど、
現実としてそれほど起こるはずもない。 空港
での手荷物検査が非常に厳しいことを除けば
戦時下といえどもアメリカの一般市民の日常
生活は全く普段と変わらなかった。 各地の空
SCM:加速する進化と深化
?サプライチェーンワールド・アメリカ
03
〞参加見聞レポート
日本ビジネスクリエイト
SCMビジネス推進本部長
サプライチェーンカウンシル日本支部 バイスチェアマン
北風道彦
SCC
Supply Chain Council。 アメリカを活動発祥の地として、
1996年の組織発足以来ヨーロッパ、日本、ラテンアメリカ、
オセアニア、東南アジア、と支部の輪を拡げ昨年後半には南ア
フリカをカバーする支部が開設された。 ボランティアメンバー
による活動が支える「SCMの推進/啓蒙/研究のNPO(非営利
組織)」として世界規模で情報交換、意見交換の出来る組織に
発展。 最も様々な活動を最も活発に行っているのが日本支部で
ある。 活動の一端として6月17日に日本経済新聞社との協業に
よる「サプライチェーン経営フォーラム2003」(東京国際フ
ォーラム)を、11月11日〜13日に産経新聞社との共催によ
る「サプライチェーンワールド・ジャパン」(幕張国際展示場)
を開催予定。
日本支部連絡先
〒108−0014 東京都港区芝5−31−19田町全日空ビル
Tel:03−5419−5588
Fax:03−5765−6377
e-メールアドレス:info@supply-chain.gr.jp
’
JUNE 2003 84
港もホテルもショッピングモールも通常の賑
わいであった。
そして、危惧していたサプライチェーンワ
ールドの参加者数も例年と変わらない活気で
あった(写真1)。 ただし、日本からの参加
者は例年よりも極端に少ない。 そのことでア
メリカ、ヨーロッパ、アジア各地からの多く
の参加者に残念がられた。
今年のサプライチェーンワールドの開催実
行責任者はSCCバイスチェアマン、ウォル
トディズニー社購買調達担当副社長のスティ
ーブ・ミラーだ。 例年にも増してプログラム
企画に注力して出来上がった今年のコンファ
レンスは、
―テーマ:今日のビジネス環境下で求められ
るサプライチェーン性能の向上
―サブ・タイトル:競争優位性のための企業
力(サプライチェーン能力)の充実
で、三日間にわたって下記五つのテーマに基
づくトラックが同時並行で進み、五五〇人を
超える参加者が集まった。 セッションによっ
ては立ち見が出るほどの盛況であった(写真
2)。
五つのテーマとは以下の通り。
1 Performance Management
2 Supply Chain Analysis
3 Gaining Customer Value in the
Extended Supply Chain
4 Trends and Technology
5 Strategic Sourcing
いずれもSCMに取り組んでいる企業、組
織がその成果
を
、
課
題
を
、
今後のアクシ
ョンを、熱く
語り、Q&A
の交換も活発
なものであった。
セッション
の数は三日間
で七〇。 発表
者は、アマゾ
ン・ドット・
コム、AMR
リサーチ、クラ
イスラー、コカ
コーラ、シスコ、中部電力、デルコンピュー
タ、ヒューレットパッカード、IBM、イン
テル、メルセデスベンツ、PRTM、SAP、
シェル、ユニリーバ、UPS、ウォルトディ
ズニー、ワールプール等々の企業に加え、ア
メリカ国防総省、テネシー大学を初めとする
欧米の組織、団体、大学(写真3)。
著名ではないが魅力的な中堅企業の興味深
いプレゼンもあり、SCMが特有の産業や業
態、企業サイズに偏ることなく広く普及、展
開されていることが分かる。
今年のコンファレンスの特徴は、
―概念的な話が減り、具体的な活動の成果や
課題を問う企業がめっきり増えた。
―SCMを企業全体のプロセス改革に基づく
競争力増強の手段として位置付け、活用す
る企業が多くなった。
―過去に目立ったITサービス関連企業によ
るプレゼンに代わって、SCM実行企業の
プレゼンが主流となっている。
―SCCの提唱するプロセスモデル=SCO
RをSCM実行のテンプレートとして、あ
るいはメトリクス(企業業績評価/測定指
標)構築のベースとして使用している企業
が目立つ。
―ITを道具として活用する一方で、SCM
を成功裏に推進するために重要なファクタ
ーは「人」であり、「人の持つ志」である
ことを強調するプレゼンターが何人もいた。
―SCMを「サプライ」の言葉にとらわれず、
製品開発(PDM、PLM)や顧客管理
(CRM)やサプライヤーとの関係強化(S
写真1 オープニングセッション会場
写真2 企業セッション会場
RM)等々の概念と合わせ、企業活動全体
を対象に包括的にプロセスの改革を狙う動
きが大きくなりつつある。
等々であった。
日本初・中部電力の発表に注目
今年のハイライトの一つは、日本企業初、
日本人によるSCM活動成果発表を実現した
ことである。 発表企業は中部電力。 長い歴史
を持つ電力業界の名門企業が電力自由化、競
合他社との競争の激化という環境変化の中で
競争優位性を強化するために社を挙げて取り
組んだSCMの実行展開を分かり易く紹介し
会場の反響を呼んだ(写真4)。
内容の骨子は調達業務領域を対象にした
「調達SCM」と名付ける活動である。 高度
成長期の右肩上がりの電力需要増大の時代か
85 JUNE 2003
ら一転して需要が伸び悩む今日の環境の下で
のサプライチェーンプロセス改革、社内文化の改革、意識改革の効果的進め方と成果、今
後の計画が紹介された。 一般に公共系企業は
得てして競争原理の機能しにくい組織体とい
うイメージがあるが、そうした見方を一掃す
るプレゼンであった。
会場の参加者との質疑応答の中でヨーロッ
パからの参加者は「このプロセス改革方法を
(非効率的で有名な)某国の鉄道公社に適用
出来ないか考えてみたい」とコメントし、ア
メリカ人参加者からは「内容について情報交
換したい」との声が寄せられた。
中部電力はSCMの推進にあたってSCO
Rモデルを駆使しつつ活動を展開した実績を
持っており、SCORをベースにSCMを展
開している実績を持つヒューレットパッカー
ド
、
I
B
M
、
インテル、プ
ラ
グ
マ
テ
ク
等々の企業か
らも質問やコ
メントがあり
関心の高さを
示した。
このセッシ
ョンの後半部
分=「SCO
Rの活用と開
発」は中部電
力のSCMを
支援する日本ビジネスクリエイトが共同発表
者として説明を行なった。 海外のコンファレ
ンスで日本企業による発表を行うことはSC
C日本支部の長年の懸案企画であったが、中
部電力の優れた事例と先駆者スピリットのお
陰で今回第一歩を記すことができた。 これを
嚆矢にこれからも日本企業による海外での発
信が続々と行われることを期待したい。
企業のプレゼン・セッションを中心とする
コンファレンス会場の隣の会場ではIT商
品/サービスの実演、説明会のブースが設け
られていた。 アスペンテク、Gensym、
IDSシェア、ロジリティ、マニュジスティ
ックス、ピープルソフト、PMG、PRTM、
プラグマテク、SAP等、三三の企業/団体の出展がありこちらもランチタイムや夕方以
降多数の人で賑わっていた。
最新のSCM意識調査
さて、ここにアメリカ企業のSCM実行の
側面を物語る興味深い資料がある。 PRTM
社(ハイテク企業を中心にコンサルビジネス
を展開するアメリカの著名なコンサルファー
ム)が本年第一四半期に行なったサーベイの
結果である。 その中から二つの設問と回答サ
マリーを紹介したい(次ページの図)。
SCMは日本では往々にして在庫やコスト
の低減手法という扱いを受けることがあるが、
PRTM社のサーベイ結果はSCMがもたら
す成果は企業の競争力の本質に関係するもの
であることを示唆している(図1)。
写真3 テネシー大学のジョンT. メンツァー教授
写真4 中部電力のプレゼンテーション
JUNE 2003 86
図1のグラフによると「顧客満足度向上」
が第三位にあり、SCMの目標の最重要項目
は「顧客満足」ではなかったかと訝しく感じ
る。 が、PRTM社の解説によると多くのア
メリカ企業は既に長年にわたってこの項目を
第一目標として活動を重ね実績を上げており、
「顧客満足」にチャレンジする初期の段階か
ら次の新たな段階に入って来ているため、と
分析している。
同社がヨーロッパで同様のサーベイを実施
した際には他の項目を引き離して「顧客満
足」が第一位であったという。 この事実は、
SCM実行活動の蓄積と成果の進展により企
業がSCMに求めるものが変化、進化してい
くことを物語っている。
日本でSCMを論議するとよく出てくる意
見の一つに「SCMの実行、推進はアメリカ
企業にとって易しく日本企業にとって難しい」
というものがある。 アメリカの企業はドラス
ティックなリストラが可能である、サプライ
ヤーの変更もドライに決定できる、短期目標
の実現だけを求めていればいい、等々のアメ
リカ企業の活動に対するステレオタイプの一
般観測がこの意見の背景にある。
しかし、図2のサーベイ結果はこの意見が
手前勝手なものであることを証明している。
SCMを進めることは、アメリカ企業にとっ
ても多くの障害要因との葛藤を克服しなけれ
ばならないものであることを、このサマリー
は教えてくれる。
SCMの実行は企業の国籍に関係なく相応
の困難を伴うものである、それでもチャレン
ジするのはSCMのもたらす大きな成果のた
めである、そのことをあらためて理解させら
れる。 上位から下位まで並んだ障害要因の項
目は日本でもごくお馴染みのものばかり、と
いうことがそれを雄弁に示している。
SCM推進のエネルギーを実感
最後にこのコンファレンスで印象に残った
ことを三つ。
?制服の米軍関係者が会場で散見された
(写真5)
軍隊はサプライチェーンの塊のような組織
であり、サプライチェーンの性能、実力が戦
争、戦闘の勝敗を左右することから軍関係者
がSCMに関心を払うのは至極当然のことで
ある。 今回のキーノートセッションでも一つ
の例として、湾岸戦争当時、開戦の準備に五
カ月を要したがアフガン戦争の際にはそれが
68%
55%
53%
35%
35%
30%
10%
0 10 20 30 40 50 60 70(%)
出典:PRTM社サーベイ結果サマリー
キャッシュフローの
スピードアップ
図1 御社はSCMの成果として何に最も期待しますか? 3つあげて下さい
組織効率向上
顧客満足度向上
売上拡大
投資効果向上
調達機能向上による
原価低減
固定費削減
63%
53%
53%
30%
35%
28%
0 10 20 30 40 50 60 70(%)
出典:PRTM社サーベイ結果サマリー
SCプロセスと他プロセスとの融合
(新製品開発、CRM等)
図2 御社がSCMを推進していく際の障害要因は何ですか?
部門間葛藤
各部門の実力、スキル
プロセスベース改革の理解不足
マネジメント層の低認識
SCソフト(含、ERP)
導入による混乱
87 JUNE 2003
三週間に短縮されたとの引用があった。 この
一〇年間のSCM実行能力の進化を示す例
であろう。
それはともかくとして、日本のSCMコン
ファレンスで軍服姿を見かけることはまず無
い。 軍服を見ると何とはなし緊張感を覚える
のは自分が敗戦国の子供だった頃、絶対的な
権力を持っていた進駐軍の将校の軍服の記憶
を呼び起こされるせいかも知れない。
?ウォールストリートのアナリストが参加し
質問しているのも日本のSCMコンファレ
ンスと異なるところ
アメリカ企業がSCMに取り組むのは極め
て当たり前の状況になってきた。 アメリカ企
業にとってSCMは酸素のようなものである、
と言う人もいる。 グローバリゼーションが進
む環境下で市場の急速な動きに対応するには
開発や調達や生産やサービスの機能を全体的
に連動させることが必要不可欠、との認識で
ある。 そんな環境の中で、アナリストの目で企業の発展性や成長性に関する情報収集をす
るにはこのコンファレンスは有益な機会とい
うことなのであろう。
?このコンファレンスに合わせてSCCの進
める活動のグループ討議が三々五々開かれ
る。 メトリクス・コミティー、コラボレー
ション・コミティー、リテール・コミティ
ー、等々
各々の活動を主導するリーダーやサブ・リ
ーダー、役割遂行者を決める場面に時折出会
うが、いつも圧倒させられる瞬間がある。 「こ
れからの活動のリーダーを、あるいはサブ・
リーダーを務める人、誰か?」の問いに即座
に多数の人が手を挙げるのを見る時である。
場合によっては参加者全員が手を挙げる。
皆さん所属企業の中で多忙な業務を抱えな
がら、でもSCCのようなボランティア活動
に時間とエネルギーを割くのは寧ろ喜びであ
る、といった風情である。 アメリカ社会を前
進させる意志、アメリカ社会を支えている活
力、の一端を垣間見る思いがする。
というわけで、アトランタの三日間はアッ
という間に終わった。 アトランタを発つ朝、
外は相変わらず冷たい雨が降っていた。 「巷
に雨の降る如く、我が心にも‥‥」の詩と異
なり、雨の降り続くアトランタでのコンファ
レンスは我が心に明日へのエネルギーを与え
てくれたと感じた参加者が多かったに違いな
い。
写真5 熱心に聴講するアメリカ国防総省スタッフ
きたかぜ・みちひこ 国産通信機器企業、外資系
コンピューター企業、外資系アパレル企業等を経
て(株)日本ビジネスクリエイトに入社、コンサ
ルティング業務に従事。 1998年、三井物産(株)
初め多数の賛同企業のサポートを得てSCC日本支
部を設立。 以降同支部バイスチェアマンとして、
メンバーと伴にSCMの啓蒙、研究、進展活動を継
続。 欧米での勤務経験やSCCの活動を通して多く
の欧米企業とのチャネルを有し、協業や折衝活動
を展開。 社業とSCCの発展に努める。
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