ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年6号
道場
卸売業編・第3回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JUNE 2003 66 大先生のファンという女社長の ファンに大先生がなった !? 大先生の銀座の事務所。
どこへ行ってしまった のか大先生はいない。
昼休みのゆったりとした雰 囲気のなかで、弟子二人と女史が昨日の問屋訪問 の話で盛り上がっている。
「へー、その会社の社長さんが、先生の好みのタイ プってのはおもしろいですね」 弟子たちの報告に、女史が興味深そうに相づち を打った。
コーヒーを片手に大きく頷きながら美 人弟子が解説を続ける。
「そうなんです。
師匠も思いがけない状況にずっと 戸惑いっぱなしだったようです。
行きの車の中で は、『なんでオレがおばはんに会わなきゃいけねえ んだ』なんて愚図ってたのに‥‥」 手にとるようにその様子がわかる女史が、さも 愉快そうに笑う。
そこに体力弟子が口をはさむ。
「先方の社長が優雅に近づいてきたとき、師匠の からだは固まったような感じでした。
そーねぇ、社 長はさしずめ松坂慶子似って感じかしら」 「えー、松坂慶子ですか‥‥先生の大好きな‥‥。
なーるほど、それは戸惑ったでしょうね。
戸惑っ てつっけんどんになったんじゃないですか、先生 は?」 女史がすべてお見通しといわんばかりに問い返 す。
「ミイラ取りがミイラじゃないですけど、師匠が、 師匠のファンの社長のファンになったりして‥‥」 美人弟子のおかしな言い回しにどっと笑い声が 起こる。
いつものことだが、大先生がどこにいるのかは 誰も知らない。
きっとどこかでくしゃみをしてい るに違いない。
そのとき大先生の机の上に放り出されていた携 帯電話が鳴った。
携帯なので、みんな取るのを躊 躇する。
だが、いつまでも切れずに鳴っている。
三 人は不安そうに顔を見合わせた。
思い切って美人 弟子が机に近づき、携帯に手を伸ばしたとたん、そ れを見ていたかのように音が止んだ。
ふと美人弟子の胸中を不安がよぎった。
『何かこ 《前回までのあらすじ》 本連載の主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタン トだ。
最近ではコンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに、 ある消費財問屋の指導にあたっている。
前回は「大先生のファン」とい う問屋の女性社長にしぶしぶ会いに行った。
このとき大先生は、人を食 ったような会話をしながらもちゃっかりと社長の人となりを見定め、な かなか話の分かる人物であることを確認した。
その一方で、自分と同じ 年代だという社長が、予想に反して魅力的な女性だったことにかなり戸 惑いをおぼえていた。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第 15 回》 〜卸売業編・第3回〜 67 JUNE 2003 わいことが起こりそう、今度のコンサル‥‥』 「おたくの会社の強みは何?」 大先生が会議を思わぬ方向に導く それからしばらく経った初夏のようなある日、大 先生と二人の弟子は大阪に来ていた。
コンサルを 請け負っている例の問屋の大阪支店に、ヒアリン グ調査に来たのである。
もっともヒアリングなど しなくても実情はわかるという大先生には、調査などという意識はまったくない。
「よし教育に行く か」などと言いながら出掛けてきた。
大阪支店では、社長をはじめ多数の関係者が待 ちかまえていた。
社長の同席と、できるだけ多く の関係者の出席を大先生が指示したためだ。
例によって受付には物流部長が待ち受けていた。
大先生を交えた初めての会議で、しかも進行役を 担う部長は、柄にもなく緊張しているようだ。
「ど うぞ、こちらです」と先に立って案内しながら、足 がもつれたのかつまずきそうになった。
大先生一行を待つ会議室は人で埋まっていた。
今日来る先生は変った人だという噂ばかりが先行 し、これから何が起こるのか、自分の身にどんな 火の粉が降りかかるのか、参加者は言い知れぬ不 安に包まれている。
大先生到着の電話を受付から受けると、社長が 出迎えのために会議室を出た。
会議室では全員が 起立して大先生を待つ。
こうして第一回の会議が始まった。
社長の挨拶の後、業務内容の報告など事前に準 備していた議事を進行しようと立ち上がった物流 JUNE 2003 68 部長を遮って、大先生が参加者に語りかけた。
「さて、みなさんは、ご自身の会社の強み、コ ア・コンピタンスなどとも言いますが、ライバル 会社に負けない強みは何だと認識してますか?」 突然の質問に会場に戸惑いが広がった。
そして 指名されたら大変だとばかりに、社長を除く全員 が目線を下に落とした。
重苦しい沈黙がしばらく 続いた後、大先生が続けた。
「まあ、この質問はしばらく留保しておきましょう。
そのうちまた聞くことにしよう」 早くも大先生の教育が始まった。
こう言われる と、全員が否が応でもこの質問について考えざる をえない。
社長が口元に笑みを浮かべながら大先 生の顔をちらっと見た。
それを無視して大先生が次の問い掛けをした。
こ れまた予期せぬ質問だった。
「みなさんの取引先で一番利益が出ているお客は どこですか?」 またしても、すぐに答えは出なかったが、自然 とみんなの視線は並んで座っている大阪支店の支 店長と営業部長に集中した。
支店長が営業部長の 顔を見る。
恐る恐るという感じで、営業部長が具 体的な顧客名をあげた。
会場に小さなどよめきが 広がるなか、大先生が突っ込む。
「一番売り上げが大きい客じゃなく利益が大きい 客を聞いたんですが、間違いありませんか?」 もちろん大先生は、売り上げが一番大きい客が どこかなど知らない。
でも、図星だったようだ。
営 業部長が困惑気味に言い訳をした。
「はぁ、やはり、そのー、売り上げが大きいお客様 の利益が大きいかと、そのー、思いますが‥‥」 「その客の利益額はいくらですか? 売り上げか ら営業や物流のコストを引いた残りは? 前期で も先月でも、いつの数字でも結構ですから教えて ください」 大先生の顔は穏やかだが、営業部長の顔は引き つっている。
こんな質問をされるとは思ってもい なかった。
話が違うじゃないかと言わんばかりに物流部長を見る。
物流部長も出番を失い、焦り気味だ。
事前に準 備していた説明ができないどころか、資料を配る 機会すら逸してしまった。
それでも、もう流れに 身を任せるしかないという心境になっている。
相 変わらずいい性格をしている。
頭が真っ白になってしまった営業部長は、助け を求めるように支店長の顔を見た。
いかにも上等 な背広を着こなし、顔色も恰幅もいい支店長が、も ったいぶった態度で営業部長をかばうような返事 をした。
後で聞いたところでは、この支店長は社 長の縁者だそうだ。
「私どもでは、特にそのような計算はしておりませ ん。
でも私もそのお客様が一番大きな利益を出し ていると思います」 この答えを聞いた途端、弟子たちの表情が曇っ た。
大先生の厳しい追及が始まると思ったからだ。
しかし意外にも大先生は静かに対応した。
大先生 としては予想通りのいい加減な答えなので、怒る ほどのことでもないと思ったようだ。
「支店長としての経験と勘ですか。
それと計算は どんぶり勘定‥‥かな」 69 JUNE 2003 大先生の言葉は怒るよりも始末が悪い。
支店長 は明らかにむっとしているが、言葉が出ない。
反 論のしようがないのだ。
支店長の憮然とした顔を 楽しむように、大先生が続ける。
「この支店の業績はあまりよくないようですが‥‥ まあ、それはいいとして、業績回復のためにどん な指示を出してますか、支店長?」 赤字の責任を追及されるのかと身構えた支店長 は、いきなり角度の変わった質問に小さく一息つ いた。
大先生は、赤字支店の責任者に対して「ど うして赤字なんだ」などと、いじめるような品の ない質問はしない。
それでも支店長は明快な答えを出すことができ ず黙っている。
一瞬の間をおいて、何と支店長が いきなり大先生に反旗を翻した。
予期せぬ展開に 戸惑う皆の気持ちを自分が代表して晴らそうとで も思ったのか、逆に大先生に質問を発した。
「先生を軽視したら私が許しません」 女性社長が皆に向かって啖呵をきった 「今日は物流をどうするかという会議だと聞いてお ります。
いまのようなご質問は関係ないのでは ‥‥と思うのですが‥‥」 「お粗末、愚問」 支店長の顔を真っ向から見据えながら、大先生 が静かにつぶやいた。
それを聞いた支店長の顔が みるみる赤くなる。
大先生が火に油を注いだ。
「そんな質問をするようじゃ、この支店は永久に業 績回復はしない。
そう思いませんか、社長?」 大先生の言葉に、間髪入れずに社長が答える。
「思います‥‥経営のまずさが物流をだめにしてい るのよ。
物流を通して経営にメスを入れるのが今 回のプロジェクトの狙いなのです。
何度も言って るでしょう。
ばかな質問はおやめなさい」 怒気を含んだ社長の発言に、支店長はじめ全員 が静まり返った。
前社長時代から実質的に経営を きりもりしてきた社長は社内で一目置かれており、 恐い存在でもある。
社長の啖呵を楽しそうに聞い ていた大先生が収拾に乗り出した。
「まあ、今日の会議が終わる頃には、いまの社長 の言葉の意味を全員が理解していると思うよ。
理 解できないやつには会議のメンバーから抜けても らう」 大先生は収拾を図ったつもりだが、てんで収拾 にはなっていない。
大先生がたばこを取り出すの を見て、美人弟子が進行を引き取った。
「業績回復の方策ですが、どのようなご指示をな されているのですか、支店長?」 美人弟子の質問に支店長の顔が歪んだ。
「なんだ、 この女は」という思いが露骨に出ている。
支店長 は、木で鼻を括ったような答えをした。
「企業ですから、売り上げを伸ばすことが先決かと ‥‥営業に対しては積極的に提案をしていけ、と。
また、お客様のニーズを踏まえた商品開発や独自 性のある商品調達も指示してます。
それに、当然 ですが、コスト削減を徹底するようにも言ってま す。
まあ、業績回復のためにできることは何でも やるということですわ‥‥」 話しを聞きながら頷いている大先生を見て、支 店長はちょっとほっとした表情を見せた。
しかし、 JUNE 2003 70 大先生の頷きは決して同意とは限らない。
『ばかな こと言いなさんな』という頷きもあるのだ。
大先 生の隣で美人弟子がむっとした表情をし、支店長 に宣戦布告をした。
「ちょっとご質問してもいいですか?」 支店長は美人弟子の顔も見なければ、答えもし ない。
代わりに社長が答えた。
「どうぞ、何でも聞いてください。
遠慮なく」 最後の「遠慮なく」に力がこもっている。
支店 長が眉をひそめる。
美人弟子は社長の言葉に頷き ながら、さっそく直球勝負の質問をした。
「積極的に提案を、というお言葉でしたが、提案 というのは具体的にどのような内容ですか?」 支店長が軽くいなすように答える。
「商品提案とか売り場提案と言ったようなもんで す」 もちろん、こんな答えでは美人弟子は納得しな い。
「最近の事例で、どの顧客に、どんな提案をされ たのかを教えてもらえますか?」 支店長が苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
営業部長に返事を促す支店長の様子を大先生がじ っと見ている。
営業部長が困惑しきった表情で声 を絞り出す。
「そういうご質問が出るとは思ってませんでしたの で、資料の準備ができていません。
次のときにで も‥‥」 営業部長の話しに社長が割って入った。
「資料の問題じゃないでしょ。
そんなことやってい ないでしょう。
やってもいないことを、やってるよ うに言うのはやめなさい。
コンサルティングは今 日一日で終わるのではないのですよ。
これから長 く続きます。
嘘はすぐ分かります。
正直に実態を そのまま話せばいいのです」 社長の強い口調をみんな神妙に聞いている。
全 員を見回しながら社長が続けた。
「それから、これは言う必要はないと思いますが、先生が女性だと思って、万一軽視するようなこと をしたら、私が許しませんからね。
念のために言 っておきます」 社長が参加者を睨みつけた。
みんな大きく頷い ている。
格好いい社長。
しかし、その格好よさが 気に入らないのか、大先生が社長を叱咤した。
「余計なことは言わんでいい。
そんな配慮は必要な い。
軽視しようがばかにしようが好きにすればい いさ。
最後はお互いの能力の勝負なんだから‥‥ 社長はコンサルの心配などせず、自分の社員を心 配しろ‥‥」 社長もすぐに出過ぎた発言だったことに気づい た。
「そうでした。
ばかなことを言ってしまいました。
申し訳ありません」 このあと二人の弟子と参加者の間で壮絶なバト ルが始まった。
能力の勝負と大先生に言われたこ ともあって、弟子たちの追及は鋭かった。
(次号に続く) ゆあさ・かずお1971年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入 社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手に とるようにIT物流がわかる本』(かんき出 版)、『Eビジネス時代のロジスティクス戦 略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジメント 革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE *本連載はフィクションです

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