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「コンサルは全員の敵であり味方です」
営業部長の反発を体力弟子が諭す
一〇分ほどのコーヒーブレイクの後、会議が再開
された。 休憩前に大先生一行と支店長の間で厳し
いやりとりが繰り広げられた後だけに、まだ会議室
は緊張した雰囲気に包まれている。 槍玉にあげられ
た支店長と営業部長の表情は固い。 こういう状況
で、ここからの議事を進行するのは誰にとっても辛
い役目だ。
本来の進行役は物流部長だが、もはやお手上げ
といった顔で大先生と弟子たちを見ている。 その物
流部長の心情を察して、大先生が「さあ、やるか」
と進行を指示したのは体力弟子だった。 こういう場
面では、彼女の物に動じない性格が頼りになる。
指示を受けた体力弟子は、気合いを入れるかの
ように座り直した。 そして、みんなと向き合うと、
意表をつくようなことを言い出した。
「恐らく、物流にかかわるこのような会議を社内
で開くと、物流に対して批判、非難が集中して、物
流側が一方的に糾弾されるのが当たり前の姿だと
思います。 ところが、そこに私どものようなコンサ
ルが入ると状況は一変します。 それは私たちが、物
流の現場で起こっている問題の多くは、物流固有
の問題ではないと思っているからです‥‥」
ここで体力弟子は一呼吸置き、参加者を見回し
た。 みんな何を言うのかと興味深そうに耳を傾けて
いる。 いい出だしだ。 隣の美人弟子が「その調子!」
と小声で励ます。 それをちらっと見ながら、体力弟
子が冷静に話を続ける。
「たしかに物流の現場は決して誉められた状況に
はないと思います。 納品で間違ったり、遅れたりと
いう事態が発生していることでしょう。 倉庫の中は
在庫であふれていて、作業者の生産性も低いかもし
れません。 このような物流に『何をやっているんだ。
しっかりしろ』というのは簡単ですが、そう言って
も物流は変わりません。 なぜなら、そのような物流
にしているのは決して物流自身ではなく、仕入れや
営業のみなさんだからです‥‥」
ここまでを一気に話すと、また体力弟子は少し間
を置いた。 彼女の最後の言葉に反応して、会議室
が少しざわめいている。 かまわず、体力弟子は参加
《前回までのあらすじ》
本連載の主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタン
トだ。 コンサル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともに、消費財
問屋の物流改善を請け負っている。 前回からはクライアントの大阪支店
に来て、支店長をはじめ営業や仕入の担当者を相手にヒヤリング調査の
ための会議を開いている。 会議は冒頭から荒れた。 大先生一行に最も反
発したのは支店長だった。 ほどなく支店長は大先生たちにやりこめられ
てしまったが、会議室の雰囲気はコーヒーブレイクに入ってからも張り
つめたままだ。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役
湯浅和夫の
《第
16
回》
〜卸売業編・第4回〜
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者に問い掛けた。
「倉庫の中には在庫がたくさんありますね?」
即座に物流部長が反応した。 「はいっ」と言いな
がら何度も頷く。
「返品もたくさんありますね?」
「あります、あります!」
またもや大きな声で物流部長が答えた。
「緊急出荷が頻繁にあったり、締め切り時間を過
ぎてから注文が入ったりしますね?」「はいっ、しょっちゅうです!」今度も物流部長が自信たっぷりに言い切る。
体力弟子と物流部長との息の合ったやりとりに、
思わず会議室のあちこちから笑い声が漏れる。 大先
生が見込んだ通り、物流部長のこの率直な性格は
コンサルを進めるうえで貴重な潤滑油の役割を担っ
てくれそうだ。
ただ、支店長は呆れたような顔をしている。 隣に
いる営業部長も苦虫を噛みつぶしたような表情だ。
少し間を置いて、体力弟子が本題に踏み込んだ。
「在庫も、返品も、緊急出荷も、締め時間を守らな
い注文も、すべて物流の効率性を落とす原因です。
つまり、これらが物流コストを上昇させているので
す。 そして、これらは物流の責任ではありません。
売り方、仕入れ方の問題です」
この言葉に、ついに我慢できなくなったのか営業
部長が反発した。 発言が皮肉っぽい。
「物流コンサルティングの先生ですから、物流の
肩を持たれるのはわかります。 でも物流の品質の悪
さが、私ども営業の足を引っ張っていることもたし
かです。 それは問題ではないのですか?」
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体力弟子が即答する。
「答える必要はないかもしれませんが、誤解を招
くといけませんので、あえて申し上げておきます。
コンサルタントは社内の特定の人たちの味方などし
ません。 私どもは、これまでのやり方でよくないも
のは全て否定します。 その点ではみなさん全員の敵
かもしれません。 しかし、会社をよくしたいという
点では、みなさん全員の味方ともいえます」
余計なことを言うなと叱咤されて発言を控えてい
た社長が、大先生の方をちらっと見た。 大先生が
頷くのを確認すると、みんなに向かって発言した。
「先生方には、この会社をよくするために来てい
ただいているのです。 自分の部門を守ろうとか、被
害者意識を持ったりするのは意味のないことです。
この会社をもっとよくするために、先生方と一緒に
改革するという気持ちで考えなさい。 いいですね」
素直に頷いている参加者たちを見回していた社
長の視線が、最後に支店長と営業部長のところで
止まった。 支店長と営業部長も、社長の目を意識
して小さく頷く。
それを見ながら、大先生が二人の弟子に「遠慮
せず、どんどん行け」と発破をかけた。 普段通りの
声で話しているため、ほぼ全員に聞こえている。 会
議室に緊張が走る。 さあ、これからが本番だ。
プロジェクトの意図に気付いて
営業部長の発言が変わり始めた
早速、体力弟子が議論の口火を切った。
「さきほど、営業部長から物流に問題はないのか
という発言がありましたが、もちろん顧客に迷惑を
かけるような物流の品質は大きな問題です。 これも
変えていかなければなりません。 ただ、そのような
問題は、ここで討議する必要はありません。 物流の
関係者だけでやればいいことです。 それに、ここで
討議する問題の解決が、結果として物流の品質向
上をもたらすということも考えられます。 つまり優
先順位として、物流の現場で起こっている、物流の
問題ではない問題から検討したいのです‥‥」
禅問答のような言い回しに、すぐに営業部長が
発言を求めた。 なんと先ほどとは態度が大きく変わ
っている。
「それは在庫とか返品とか、そういう問題です
か?」
体力弟子が頷くのを確認して、営業部長が続け
る。
「私の理解が間違っていたらご訂正願いたいので
すが、この会議は‥‥というか、先生方にお出でい
ただいているのは、物流の問題を解決するためでは
なく‥‥もちろん、それもあるでしょうが、物流の
現場で起こっている営業や仕入れに起因する問題
を解決するためのもの‥‥つまり、売り方、仕入れ
方を変えることでそのような問題をなくし、同時に
それが物流品質の向上にもつながる‥‥というプロ
ジェクトと理解してよいのでしょうか」
営業部長の発言を注意深く聞いていた参加者の
間に、「なるほど」という空気が広がる。 大先生と
二人の弟子も無言で同意する。
すぐに社長が引き取った。
「あなたの言ったとおりです。 物流の現場で起こ
っていることをすべて解決することで、会社を変え
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ていきたいのです。 これは先生の受け売りですが、
営業や仕入れなどのマネジメントの失敗が倉庫の中
に隠されているのです。 私は、ここに着目しました。
会社を変えるにはここから入るのがいいと確信しま
した。 隠されている失敗を引っ張り出し、それを発
生させないためにはどうすればいいのかを皆さんと
一緒に考えたいのです。 だからこそ先生方にも来て
いただいたのであって、物流の現場改善をお願いし
ているのではありません‥‥皆さんも、いまの営業
部長の理解を共有してください」
今度は、全員が勢いよく頷く。 取り残されてはい
けないとの思いからか、支店長も大きく首を縦に振
った。
体力弟子が先を続ける。
「では、まず私の方から問題提起をしたいと思い
ます。 皆さんの会社には当たり前のように在庫があ
りますが、在庫は何のために持っているのですか?」
簡単な質問だ。 しかし、誰も答えない。 いくらで
も返事はできそうなものだが、いまだ自由に意見交
換できる雰囲気にはなっていないようだ。 そこで体
力弟子は質問を変えた。
「いま、在庫はどれくらいあるのですか?」
この質問に物流部長が「えーと‥‥」と言いなが
ら、資料をめくり始める。 この間に体力弟子が隣の
美人弟子に何かささやき、美人弟子が頷いた。 在
庫がテーマになったところで、在庫問題に強い美人
弟子にバトンタッチするようだ。
「いま、だいたい一カ月分以上ありますね、売上
換算で‥‥多いですねぇ」
物流部長が他人事のように答えた。 営業部長が
物流部長を睨む。 仕入れの関係者も嫌そうな顔を
する。
それを見た美人弟子は、わざと挑発的に問い掛
けた。
「いま、『多いですねぇ』という感想が漏れましたが、
どうしてそんなに多くなってしまうのでしょうか。
だいたい、なぜ在庫なんか持つんですか。 在庫なん
か持っていてもいいことは何もないと思いますが
‥‥」
美人弟子の挑発に、まず営業部長が乗った。 ど
うも営業部長の出番が多い。 現状についての言い
訳は自分が一手に引き受けてやるという意気込みの
ようだ。
「お客様からの注文に応えるためには、在庫はど
うしても必要だと思いますが‥‥」
「なぜですか?」
美人弟子に素朴な質問を返されて、営業部長の
表情に戸惑いが浮かぶ。 それでも美人弟子がどこに
話しを持って行こうとしているのかは瞬時に察した
ようだったが、体制を立て直す術もなく、術中には
まった返事をしてしまう。
「それは‥‥在庫がないと、お客様が要求する納
期に間に合わないからです。 注文が来てから、在庫
を取り寄せたのでは間に合いません‥‥ただ、その
意味では、いまの在庫が多すぎることはたしかです。
メーカーからは二、三日もあれば来ますから‥‥」
美人弟子に指摘されるまでもなく、営業部長は
問題を認めてしまった。 そして後はおまえたちが対
応しろとでも言わんばかりにみんなを見て、椅子の
背にどっかりと寄りかかってしまった。 それを見た
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美人弟子は、微笑みながら参加者に向かって問い
掛けた。
「メーカーから三日もあれば来るということなら、
三日分の在庫があれば十分ということになります。
安全を見込んでも最大五日分です。 それ以上の在
庫は要りません。 それが、なぜ一カ月分にもなって
しまうのでしょうか?」
誰も答えない。 営業部長はもはや戦線を離脱し
てしまったようだ。 何か言わなければという態度を
支店長が見せるが、在庫が増える理由について確た
る答えを持ち合わせていない。 美人弟子はじっと待
っている。 息が詰まりそうな沈黙が続く。 しばらく
すると物流部長が、きさくな口調で仕入担当者に
話しかけた。
「仕入れ過ぎてるんじゃないか」
突然、責任を押し付けられた仕入担当者は、「い
や、そうじゃなくって‥‥」と戸惑いながらも反論
しようとした。
そのとき仕入担当者の言葉を遮るように、「いい
ですか」と発言を求める大きな声が会議室に響きわ
たった。
さっそうと登場した若手社員が
在庫に関する議論を一気に進めた
三〇代半ばと思われる社員が手を上げている。 さ
わやかな印象を受ける。 待ってましたとばかりに、
社長が満足そうに彼を見ている。 後で物流部長に
聞いたところでは、社内では数少ない優秀な社員だ
という。
美人弟子が発言を促す。 若手社員は立ち上がる
と大先生に向かって一礼し、営業をやってる旨の自
己紹介をしてから自分の意見を述べた。 なかなか立
派だ。
「先生から、なぜ在庫がそんなに増えてしまうの
かというご質問がありましたが、理由は、これまで
社内で誰も在庫に責任を負っていなかったことにあ
ると思います。 責任不在ですから、結果として管理不在ということになります」さわやかな若手社員の答えを受けて、美人弟子
が在庫問題に関する討論を一気に結論に導いた。
「営業のお立場からすると、要は顧客から注文さ
れた商品が間違いなく納期内に届けばいいのであっ
て、在庫などあろうがなかろうが関心ありませんよ
ね?」
営業課員は大きく頷き、美人弟子の期待通りの
答えをした。
「はい、おっしゃる通りです。 営業の立場からす
ると、営業に専念したいというのが本音です。 勝手
な言い分かもしれませんが、在庫や物流などにかか
わらなくていい体制ができればと思います。 あっ、
これは私個人の意見ですが‥‥」
最後に周囲に配慮する言葉を付けくわえたのは、
社内に異論が存在することを知っているからである。
実際、この後、反論が続出することになるのだが、
美人弟子はこの若手社員の存在に大きな手ごたえ
を感じていた。
(次号に続く)
ゆあさ・かずお1971年早稲田大学大学
院修士課程修了。 同年、日通総合研究所入
社。 現在、同社常務取締役。 著書に『手に
とるようにIT物流がわかる本』(かんき出
版)、『Eビジネス時代のロジスティクス戦
略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジメント
革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE
*本連載はフィクションです
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