ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年8号
ケース
日本出版販売――SCM

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

39 AUGUST 2003 出版流通にはびこる不信感 出版物の流通は長年、?売れる本が売れる ところ(とき)にない〞という構造的な問題 を抱えてきた。
この状況を書店からみると、 「ベストセラーがなかなか配本されない」こと にほかならない。
売り上げが伸び悩むなかで、 少しでも売れる本を品揃えしていきたい書店 にとっては、大きなストレスの要因だった。
ではなぜ、売れる本が、売れるところに配 本されないのか。
出版事業の中間流通を担う 取次の配本ミスだけが原因なのではない。
書 店からの発注内容に、出版社や取次といった 供給側が不信を抱いていることが問題の根底 にある。
これは書店で売れ残った本を取次に 返品できる「委託販売制」に起因するものだ。
書店では、売れ筋を確保するために、?ヤ マカケ発注〞や?ダブり発注〞を行うことが 常態化している。
電話、ファクスのほかに、 専用端末やインターネットなど発注方法が多 様化したこともあって、あらゆる手段を使っ て複数の取次に売れ筋の発注を行う。
取次だ けでなく出版社に直接発注するケースも多く、 その比率は五割近くに上るともいわれている。
このように書店が実際の販売力を超えて発 注するという実態があるため、取次や出版社 は発注数を鵜呑みにせず、調整を行った上で 配本を行うことになる。
取次や出版社の側に も、売れる本を確実に販売したいという思い があるため、売れ筋ほど調整を慎重に行おう 「売れる本」を「売れるところ」へ供給 書店・出版社と情報共有し無駄を排除 売れる本が売れるところにない――。
出版流 通が抱えるこの構造的な欠陥にメスを入れる ため、取次大手の日本出版販売(日販)は書 店・出版社と共同プロジェクトをスタートし た。
書店の販売・在庫情報をネットワーク上 で共有し、これをもとに無駄のない商品供給 を行う。
出版流通のイニシアチブをかけて取 次大手が動き出した。
日本出版販売 ――SCM AUGUST 2003 40 とする。
一方、書店側はこれを見越して、更 なる水増し発注を繰り返すようになる。
「に わとりが先か、卵が先か」の議論はともかく、 この現象は販売側と供給側の相互不信に根差 している。
そして、この相互不信が販売機会の損失に つながる。
書店には、いつまでたっても売れる本が入 荷しない。
出版社では、注文が殺到していて も、それがどこまで妥当なものなのか、書店 は責任を持って販売してくれるのか確証がな いため、重版のタイミングが遅れる。
昨今で は、本もライフサイクルが短い。
重版された 本が店頭に届く頃にはすでにブームは下火に なっていて、販売機会を逸した本が大量に返 品されることも珍しくない。
こうして無駄な 送品と返品を繰り返すことによるコスト増も 見逃せない。
出版業界では、この悪循環が長年続いてき た。
右肩上がりの時代ならともかく、出版物 の売り上げは六年連続で前年を下回り、返品 率は四割前後で推移している(出版科学研究 所調べ)。
この悪循環を断ち、効率販売を実 現することは出版業界の急務となっていた。
オープンネット上で情報を公開 この問題を解決するために、取次大手の日 本出版販売(以下、日販)では、書店・取 次・出版社の三者が連携して正確なマーケッ ト情報を共有し、これをもとに?売れる本を 売れる店に〞供給する仕組みを構築しようと業界に提案、今年からプロジェクトをスター トした。
SCMの構築を目的とするもので、 日販ではこれを「WWW(トリプルウィン) プロジェクト」と名付けた。
「三者が勝ち組 みになる」という意味が込められている。
相互不信による悪循環の原因は、情報が不 透明なことにある。
そこでこのプロジェクト では、日販がオープンなネットワークを構築。
書店に正確なマーケット情報を公開してもら い、この情報に基づいて、売れる書店に確実 に商品を供給する仕組みを日販と出版社が協 力してつくる。
売り上げや在庫実績などのマーケット情報 を公開する書店には、商品を優先的に出荷す るというルールを設ける。
発注数量が的確か どうかの判断がデータで裏づけられるからだ。
出版社では、このデータをもとにタイムリー な重版計画を立て、店頭のデータに基づいて 適切な商品供給を行うことができる。
店頭の販売や在庫実績をオープンにすると なると、もはや書店の販売力を超えた過剰な 発注は通用しなくなる。
しかし、潜在的に販 売力のある書店なら、このルールを有効活用 することで売れ筋を安定的に確保し、売り上 げを伸ばすことが可能だ。
情報公開によって従来の?ヤマカケ発注〞 や?ダブり発注〞という慣行を改め、書店・ 取次・出版社の三者が一定のルールのもとに 責任を持って販売にあたる。
そうすることで、 ともに?勝ち組み〞をめざすというのが同プ ロジェクトの趣旨である。
では、もう少し具体的に「WWWプロジェ クト」の中身を説明しよう。
このプロジェクトでは、日販がSCMの構 築に必要な情報共有のための「オープンネッ トワークWIN」という仕組みを構築する。
そして日販は、書店との間に設置済みのオン ラインシステムによってマーケット情報を 「ネットワークWIN」に収集し、この情報 を加工したうえで、出版社向けに専用ウエブ サイトを使って提供する。
すでに日販は約二〇〇〇店の書店から売り 上げ・返品データをPOSシステムで収集し ている。
出版社にはまず、日販が収集する毎 的確な商品提供 書店様 日販 出版社様 SAシステムの提供 店舗オペレーション の提案 適時適量仕入・配本 マーケット情報 需要予測 商品製作・供給 WIN ウィン オープン ネットワーク Nスタ店舗 サポート POSデータの開示 流通データの開示 商品データの開示 顧客情報の共有 「WWW・プロジェクト」の概念図 41 AUGUST 2003 日の売り上げ・返品データと、「王子ハイテ クセンター」などの送品基地で掌握する送品 データをタイトル別に総数で提供する。
これ らの情報は、同社が配本などを決める際の基 礎データとして活用するために収集している もの。
取次が出版社に対してこうした情報を 提供するのは、はじめての試みだという。
最近では、出版社のなかには、需要予測に 役立てようという狙いで大手書店チェーンな どから個別に売り上げ情報を入手していると ころもある。
だが、こうした情報を提供でき るのは、単品管理を実施している一部の書店 に限られる。
これに対して日販が収集するのは二〇〇〇 店の情報だ。
これは同社の売上構成比の六割 に相当する。
マーケット全体のシェアからみ ても、決して小さくない数字だ。
しかも、売り上げ情報だけでなく、日販は 送品・返品データも提供できる。
送品・売り 上げ・返品データをあわせれば市中在庫の推 定が可能になるため、「ネットワークWIN」 の画面ではタイトル別に市中在庫の推定値も 表示する。
データは毎日更新され、出版社で はこの情報をもとに重版計画を立てることが できる。
実績データをもとに「満数出荷」 「ネットワークWIN」では、タイトル別の 総数データとは別に、書店別の情報も公開す る。
ここからはSCMプロジェクトに参加す る企業間での一定のルールに基づいた取り組みになる。
書店はこの取り組みに加盟する条件として、 マーケット情報を公開する必要がある。
そし て情報をオープンにするかわりに、書店はベ ストセラーを対象に発注した本の「満数出 荷」を保証されることになる。
つまり、この仕組みでは店別の売り上げ・ 送品・返品データを、書店・取次・出版社の 三社がネットワーク上で共有することによっ て、書店の販売状況にあった適切な発注数量 を互いの合意のもとに決定することが可能に なる。
「満数出荷」によってベストセラーを 確実に入手できる書店にとっては、以前のよ うなストレスはなくなる。
情報公開に応じた書店に満数出荷を保証す る仕組みは、日販と書店との間に敷かれてい るオンラインシステム「PC ―NOCS?」を 通じて運用する。
九八年に稼働した「PC ―NOCS?」は、 店頭のパソコンから売り上げ管理や書籍の検 索ができる。
現在、日販はこのシステムによ って書店の発注・返品処理業務などをサポー トし、売り上げ・返品データを収集している。
「ネットワークWIN」による新サービスは、 この「PC ―NOCS?」を利用している書 店に新コンテンツ「サポートC」を追加する ことで提供する。
「サポートC」には、「満数 出荷」のアイテム(SCM銘柄)だけを対象 とする発注機能があり、書店はこの画面から 発注を行う。
?ダブり発注〞を防ぐために、S CM銘柄の発注を「サポートC」に一本化す ることが、「満数出荷」の条件になっている。
さらに「サポートC」には適切な発注数量 を書店に提案する機能も付いている。
日販が 把握する店の送品・返品・売り上げデータから店頭の在庫を管理。
これらのデータと本の 売れ行きトレンドなどをもとに、個店別にシ ミュレーションを行う。
店の発注数量とこの 数値との乖離が少ない場合にはそのまま「満 数出荷」となり、著しくかけ離れている場合 にだけチェックが入る仕組みだ。
「データに裏付けられた発注数を我々がき ちんと供給していくことによって、悪循環を 断つことができる。
この仕組みなら返品率は 一〇%くらいにおさまるはず」と日販の吉川 英作営業推進室室長は自信を見せる。
重版計画との直結も視野 SCM銘柄は、日販の売り上げ上位一〇〇 タイトルのなかから毎月五〇タイトルを選ぶ。
日本出版販売の吉川英作営業推 進室室長 AUGUST 2003 42 書店では取次や出版社に対して、月に四〇タ イトルほど売れ筋を注文しており、五〇タイ トルが「満数出荷」されれば書店のストレス はほとんど解消されると見ている。
日販は今年四月に出版社向けのウエブサイ トを立ち上げた。
これまでに出版社五〇社と 約三〇〇の書店が参加し、月に二〇タイトル のSCM銘柄で「満数出荷」のテスト運用を 行っている。
九月までには「サポートC」からデータを オープンネットワーク上にリアルタイムに近 いレベルで収集できる体制を整え、月間五〇 銘柄を対象に本格稼働する予定。
そして今年 度中に、準大手の書店チェーンなどをターゲ ットに「ネットワークWIN」への加盟書店 を五〇〇店まで増やしたい考えだ。
通常、新刊が配本された直後は、出版社に も取次にも在庫はない。
従ってベストセラー を売り切った店は、客注があっても出版社の 重版を待つしかない。
これに対して「満数出 荷」の仕組みでは、書店が重版を待たずに売 れ筋をタイムリーに入手できるようになる。
そのために日販では、王子の送品基地にSC M銘柄を対象に特別枠で在庫を確保して「満 数出荷」に対応する。
現在は書店から週に一回発注を受け、中二 日で出荷している。
リアルタイムに近いデー タ処理が可能になる九月以降は、発注を毎日 受けて出荷できる体制にする。
「一週間分を まとめて発注するよりも、毎日小刻みに発注 する方がより販売動向に近づき誤差が少なく なる」と見る。
さらに加盟書店が五〇〇店の規模になった 段階で「満数出荷」の対応方法も見直す。
「数 量が増えると在庫のスペースを確保するのが 難しくなるし、本来SCMの考え方からして、 在庫で対応するのは適切ではない」と吉川室 長。
次のステップでは、出版社に協力を求め 重版で対応してもらうことも考えている。
出版社では一定規模以上の販売部数が読 めないと重版には踏み切らない。
だが、ベス トセラーの入れ替わりは早く、重版のタイミ ングが遅れると売り逃しになる。
そこで書店 の実売データに裏付けられた発注に対して、 出版社に通常よりも早いタイミングで、少な い部数を重版してもらおうというのである。
「ただし、出版社のリスクを回避するために、 書店にも委託販売期間中は返品を控えるなど、 責任を持って販売してもらうようお願いする。
信頼感に基づく契約の概念を取引に持ち込み、 三者が互いにルールを守ることがこの取り組 みの前提」と吉川室長は言う。
業界SCM構築にイニシアチブ 「WWWプロジェクト」には、ベストセラー をタイムリーに供給することだけでなく、も う一つの目的がある。
書店が売り上げランキ ングの比較的高い本を確実に品揃えして、売 り場を活性化できるようサポートすることだ。
書店に対する経営支援という意味では、むし WIN ■日販シェアで約50%の書店  合計データを提供。
■送品・売上・返品をリアルに  提供。
市中在庫を推定。
■重版制作や追加送品のタイミ  ングや量の的確性を判断。
18000 16000 14000 12000 10000 8000 5000 4000 2000 0 11/08 11/10 11/12 11/14 11/16 11/18 11/20 11/22 11/24 11/26 11/28 11/30 12/02 12/04 12/06 累計売上 市中在庫 累計送品 累計返品 銘柄コード タイトル 本体価格 発売日 出版社 著者 ジャンル 9999999999 ●●●●● 9999 9999/99/99 ●●●● ●●●● ● ●● 新コンテンツ「サポートC」で提供する情報 書店コード 地域 書店名 送品数 売上数 返品数 在庫数 過去7日 09 10 11 12 000001 ●● 000002 ●● 100000 ●● 100001 ●● 100002 ●● 100003 ●● 100004 ●● 100005 ●● WWW お茶ノ水書店 WWW 日販 WWW A書店 WWW B書店 WWW C書店 WWW D書店 WWW E書店 WWW F書店 18 7 0 11 0 2 0 0 6 4 0 2 0 0 1 1 16 13 0 3 3 3 0 2 18 16 0 2 4 0 0 3 7 5 1 1 0 0 1 0 7 4 1 2 1 1 0 0 19 15 1 3 6 4 1 0 8 3 0 5 0 1 0 0 ■WWW店の銘柄別店舗別実績を表示。
■各店別の販売状況から在庫状況までリアルに表示。
■契約銘柄や仕掛け販売の結果検証。
銘柄コード 9999999999 タイトル 出版社 ●●●●● ●●●● ●●●● ●●●● 著者 ジャンル WIN 43 AUGUST 2003 ろこちらの方が期待できる。
「サポートC」にはそのための機能がいくつ かある。
たとえば「基本在庫」の提案。
仮に ある書店で店頭に文芸書を三〇〇〇タイトル 在庫していたとする。
「サポートC」では日販 が独自に調査して作成した文芸書の売り上げ ランキング上位五〇〇位までを「基本在庫」 として提案、書店の三〇〇〇タイトルの在庫 と照合して在庫にないものをピックアップす る。
同様に、店頭の在庫のなかで三〇〇〇位 以内のランキングに入っていない本もチェッ ク。
これをもとに書店は売れ筋と死に筋を入 れ替えて、売り場を活性化することができる。
日販は早くから情報・物流への投資を積極 的に行ってきた。
書店・出版社とのオンライ ン化を進める一方で、王子ハイテクセンター を始めとする物流拠点に積極的に投資。
これ によって情報の一元化と作業の効率化を図り、 注文品のリードタイム短縮など流通合理化の ためのインフラを整備してきた。
今回の「W WWプロジェクト」は、これらの蓄積のうえ に実現したものだ。
ここ数年は、一部の出版社が取次を経由せ ずに、単品管理の進んだ大手書店から店頭の 売り上げ情報を直接入手して、販売状況に応 じて補充するシステムを導入するなど、SC M構築をめざした独自の取り組みをはじめて いる。
他業界と同様、出版業界でも大手書店 と大手出版社の間での?中抜き〞の兆しは皆 無ではない。
だが、吉川室長は言う。
「業界SCMを構 築するには、送品・売り上げ・返品という流 通データを全て掌握し、必要なところに提供 する機能がいる。
それができるのは取次だけ」。
日販の「WWWプロジェクト」には、出版流 通における取次のイニシアチブ(主導権)が かかっている。
(フリージャーナリスト・内田三知代) 「サポートC」の基本在庫チェックメニュー 基本在庫ランキングと自店在庫をジャ ンル別に照合し、売れ筋の欠本銘柄や 売上上位銘柄で在庫している銘柄を抽 出する

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