ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年9号
SCMの常識
サプライチェーンの形成

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SCMの常識 講 座 ▼講師 理論編・実践編とも 杉山成正 ベリングポイント ディレクター SEPTEMBER 2003 70 今回は、新しいサプライチェーンをどのよう な手順でいかに形作っていくか、つまり自社 の各部門およびカスタマー/サプライヤーとの 協力体制をいかに構築していくかという問題 について考えていきます。
■■サプライチェーン全体の 目標と指標の設定 SCMの実務では、まず社内の事業ごとに 商品/サービスのモデル、つまりビジネスモデ ルを明確にします。
そして、それぞれのビジネ スモデルを実現するための「KPI(Key Performance Indicator )」を設定していきま す。
前回までに、そこまでを説明しました。
次 は、このビジネスモデルを実現するのに必要な サプライチェーンを定義することになります。
サプライチェーンの定義で難しいのは、サプ ライチェーンの範囲を特定することです。
通 常であれば原材料メーカーから、部品メーカ ー、製品メーカー、卸、小売り、顧客まで全 て含めてサプライチェーンと呼びます。
しかし、マネジメントの対象としてのサプラ イチェーンを考える場合、必ずしも原材料メ ーカーがそこに入ってくるとは限りません。
製 品メーカーにとっては、直接のサプライヤーで ある部品メーカー以降を対象にしたほうが合 理的である場合も多いのです。
これから構築すべきサプライチェーンの範囲 を定義する際のポイントを次のように整理し てみました。
?ビジネスモデルを実現するために最低限必 要なメンバー(サプライチェーン内で個々の 役割を担う部品メーカー、製品メーカー、卸、 小売りなどを指す)は含まれているか ?サプライチェーン全体で目標・指標KPI を共有できるか。
つまり、動機付けできない メンバーは含まれていないか ?自社でリーダシップをとっていくことが可能 かこ れ ら の 条 件 を 満 た そ う と す る と 、 サ プ ラ イ チェーン全体の最適化を目指すSCMの理想 からはほど遠い、狭い範囲のマネジメントにな サプライチェーンの形成 理論編 〈第4回〉 Option3 Option2 Option1 図1 サプライチェーンの範囲を決める Supplier (Materials) Supplier (Parts) Maker (Plant) Distribution center Retail Customer Procurement Production Distribution ●検討のポイント 1)目的達成のために必要なメンバーか 2)目標・指標を共有できるメンバーか 3)自らリーダシップが取れる範囲か 71 SEPTEMBER 2003 ってしまうと思われるかもしれません。
しか し、SCMの実務では、サプライチェーンの構成メンバーに対し、目標と成果とその道筋 を明らかにできるかが問われてきます。
それが 現実である以上、まずは手の届くところから スタートし、段階的に範囲を拡大していくと いうアプローチも必要になります。
実際、そのサプライチェーンが利益を生み 出していると広く認識されるようになると、他 の構成メンバーも自ずと集まり、取り組みは 自律的に強化・成長し始めます。
最初はグル ープ企業内あるいは自社内を対象とするもの であってもかまいません。
そこで確実に成果を あげ、認知されれば、サプライチェーンの範囲 拡大はスムーズに進みます。
■■組織とリーダシップの形成 サプライチェーンの定義、つまりマネジメン トの対象となる範囲を決め、全体としての目 標・指標(KPI)の設定を経て、次にこの サプライチェーンを動かしていく体制を整えて いかなければなりません。
まずは社内あるいはグループ企業内で取り 組む場合を想定してみましょう。
あなたの会 社では、顧客もしくは流通チャネルに対し、商 品/サービスの供給に責任を負う組織が明確 になっているでしょうか。
ここでいう供給に責任を負う組織とは、単 に商品/サービスを物理的に提供するという だけではなく、与えられたリソースを活かして、 サプライチェーン全体の利益を最大化するた めの意思決定を、責任を持っておこなう組織 を指します。
言い換えれば、「サプライチェー ンの全体最適化」に責任を持つ組織です。
それを仮に「サプライチェーン・コントロー ラー」と呼ぶことにしましょう。
多くのメンバ ーから構成されるサプライチェーンを、同じ一 つの目標の達成に向かって協力しあう「協働 体」として機能させるには、サプライチェー ン・コントローラーのような組織あるいは部門 がどうしても必要になります。
商品企画、開発、調達、生産、販売の各部 門は、日頃から自分に与えられた役割分担に沿 って最大限の努力を行っているはずです。
その 結果として、各部門間の計画がぶつかりあう場 面がどうしても出てきます。
各部門同士で個別 に調整するという方法では、このような時にうまく行きません。
次のような理由があるからで す。
?各部門ではサプライチェーン全体の状況を 把握しているわけでないので、全体最適な 問題解決策を考えることが難しい。
?問題解決策の選択肢は、自部門および相手 部門の責任と権限の範囲に限られる。
この ため必ずしも最良と思われる問題解決策を 実行できない。
もしくは、実行に移すには 経営会議などの承認が必要となり、実行ま でに時間がかかりすぎる。
これに対してサプライチェーン・コントロー ラーには、サプライチェーン全体を常に監視し、 事業戦略上の意思決定 事業統括機能 (経営会議) 営業機能 (各販売会社) ●チャネル別販売計画  立案・達成責任 営業統括機能 (本社営業企画部) ●サプライチェーン 全体の販売計画立 案および販売計画 達成責任 生産統括機能 (生産企画部) ●サプライチェーン 全体に対する供給 責任 生産機能 (工場) ●拠点別生産計画/ 出荷計画に対する 供給責任 サプライチェーン コントロール機能 (サプライチェーン・      コントローラ) ■新商品投入/切り替え /打ち切り計画の決定 ■Gr在庫コントロール ■生産配分/能力調整 ■供給配分調整 等 週次/日次マネジメント(計画の共有/連携) 注)このほかに調達機能、(狭義の)物流 機能、開発機能などがあります 図2 SCM組織の例 SEPTEMBER 2003 72 各部門が参加するSCMのワークショップ を通じて、サプライチェーン改革が複数の組織 をまたがる複雑な課題であることが明らかにな ってきます。
各部門はそれぞれの役割を果たす べく行動しているにもかかわらず、過剰在庫や 品切れという課題は解決できないままであるこ とが多いのです。
原因の一端は指標(KPI)の設定にあり 組織見直しの壁 改革の現場から 実践編 ます。
生産部門にとっての歩留まりや営業部 門の売り上げなど、各部門の成果を図る指標 はあっても、サプライチェーン全体を正しくコ ントロールするための指標、たとえば「スルー 問題の早期解決に責任と権限を持ってあたる ことが求められます。
当然、サプライチェー ン・コントローラーへの思い切った権限委譲 の検討も必要となります。
組織や部門を整えただけでは十分ではあり ません。
経営層によるサプライチェーン改革に 対する強いリーダーシップもまた必要となりま す。
サプライチェーン・コントローラーの機能 は、経営層の理解と支援があって初めて現実 のものとなるのです。
■■カスタマー/サプライヤーとの 関係形成 自社内やグループ内という枠を超えてサプ ライチェーンを構築する場合、すなわちカスタ マーやサプライヤーとの協働関係を構築する 場合には、さらなる努力が必要となります。
そ こで良く考えないといけないのは、カスタマー あるいはサプライヤーという、資本関係のない サプライチェーン・メンバーとの真の協働関 係とは、いったい何を意味しているのかということです。
単に生産、在庫、販売情報をタイムリーに 共有するというだけでは、目的を達することは できません。
情報だけではなく、需要と供給 の計画まで共有するということは、予め合意 したルールにしたがって活動するということで す。
互いがルールを守り、役割を果たすことに よって、互いに成果(利益)を上げることに コミットメントするわけです。
そのためには、サプライチェーン・メンバー としての役割遂行に対する強い意志とメンバー 相互間の信頼関係を形成することが必要となり ます。
真に利益を分かち合う、Win ―Win を実践していく姿勢が求められるのです。
ここ でも経営層の強いリーダーシップが必須になり ます。
同様の見識は実働部隊となるサプライチェ ーン・コントローラーにも必要です。
サプライ チェーン・コントローラーは常に各サプライチ ェーン・メンバーの抱える問題を把握し、そ の解決をサポートすることが求められます。
サプライヤーに対して過度の要求を行った り、信頼関係を損なうような商取引を行うこ とは、厳に慎まなければなりません。
緊張ある 商取引関係にあっても、協働し利益を共有す ることが必要です。
SCMは、サプライヤーの努力によって自 社だけが利益を上げようとするものであった り、サプライヤーに犠牲を強いるものであって はなりません。
サプライヤーが疲弊しているサ プライチェーンはいずれ衰退の途をたどります。
サプライヤーも含めた各サプライチェーン・メ ンバーが強くなることによって、サプライチェーン全体が競合に勝る、強いサプライチェー ンへと育っていくのです。
73 SEPTEMBER 2003 講座SCMの常識 プット」のような適切な指標を欠いているとい う問題です。
そこから当然、正しい指標を設定しようと いう動きが出てきます。
さらに今回の理論編で 述べたサプライチェーン・コントローラーのよ うな新しい組織の設置がこれに伴ってきます。
その結果、既存の組織と人の役割は大きく見 直されることになります。
ここで、また大きな 壁にぶつかります。
営業部門 「工場の生産計画はあてにならない。
出来るといっておいて、直前に出来ないと言 ってくる。
我々営業の最前線は常に本社から 過大な目標を押し付けられている。
販促やキ ャンペーンの企画もなく、ただ目標数値だけ を与えられている。
このような状況で営業目 標を達成するには販売機会損失を少なくする しかない。
つまり、リスク覚悟で在庫を持つし かない。
それなのに、本社で一方的に商品の 配分(供給)を決められてしまっては、営業 目標の達成なんて無理だ」 生産部門 「営業は、いつも景気のいい話ばか りしてくるが、いざ納品となると、やっぱりい らないと言ってくる。
営業の話をそのまま信じ ていたら、本当に必要な物が生産できなくな ってしまう。
工場も経験を積んでいるから、そ このところを上手く調整しながらやっている。
たまに見込み違いがあっても工場は最大限の 努力をして、営業の要望に応えている。
だか ら、何をいつどれだけ生産するかについては、 工場に任せて欲しい。
生産の現場を知らない 本社に口出しして欲しくない。
本社も営業も、 物作りの大変さがわかっていない。
本社は生 産設備への投資は削減しておいて、生産計画 さえ変えれば、いつでも何でも生産できると思 っている」 物流部門 「営業も工場も偉そうなことを言っ ているが、最後の最後に見込み違いの尻拭い をさせられるのは我々、物流部門だ。
生産が 遅れれば、現場まで行って出来上がる時間を 確かめ、トラックを手配しなおし、営業の要 望があれば、顧客直送の対応もしている。
実 際のサプライチェーンを動かしているのは我々、 物流だ。
物流部門の権限をもっと強化すれば 上手くいく」 とりわけ日本の企業ではこれまで、仕事が できるという評価を得るためには「それぞれの 現場が、できる範囲で上手くやっていく」こ とが大事でした。
担当者もそれを自負すると ころがありました。
しかし、このような慣習が、 SCMの新しい組織と役割の分担を議論する 上では心理的な壁となります。
自分の裁量の 範囲が狭くなるということが、これまでの自分 の努力を否定されることだと感じてしまうの です。
この組織の壁を乗り越えるには、なぜ新しい 組織と役割の定義が必要なのかを、経営層が 社員に正しく伝えることが重要です。
例えば、 あるクライアントの経営者はこんな風に各部門 に説明していました。
「これまで需要の変化、生産計画の変更、そし て商品供給における様々な問題には、関係す る各部門がそれぞれに最大限の努力をして、な んとか対応してきた。
しかし、市場の変化はますます速くなり、今や事業経営の視点での 素早い意思決定が求められる時代になった。
各 部門の努力の上に?あぐら〞をかいていては いけない。
会社として責任をもった対応をす るために、新しい組織を導入する」 組織を生かすも殺すも、トップのリーダーシ ップであることは、普遍の真理と言ってよいで しょう。

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