ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年9号
道場
卸売業編・第6回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2003 54 社長と大先生が倉庫の現場視察にくる 現場責任者は緊張の余り体調を壊した 宴会の翌日。
大先生一行と社長、物流部長の総 勢五人は、二台のタクシーに分乗して大阪支店の 倉庫へと向かった。
その日は朝から蒸し暑く、いか にも不快指数が高い。
暑いのが大嫌いな大先生に とっては最悪の状況での倉庫視察となった。
弟子 たちにとっても不安いっぱいの視察である。
タクシーが倉庫の事務所前に着くと、現場の責 任者である業務課長が支店長とともに待ち構えて いた。
挨拶もそこそこに事務所内へと案内される。
一行が事務所の中に入ると、所内にいた全員が即 座に起立して挨拶をした。
何やら異様な雰囲気に 包まれている。
それもそのはずだ。
支店長が来るのでさえめずら しいのに、なんと今回は社長が来る。
しかも偉い先 生まで一緒だという。
倉庫視察が決まったときか ら事務所では落ち着かない日々が続いていた。
業 務課長にいたっては、極度の緊張のために体調を 崩してしまっていた。
二階の会議室に向かう階段を上りながら、大先 生は周りからの挨拶ににこやかに応えている。
それ を後ろから見ながら、物流部長は、大先生はこん なに愛想がよかったかなと怪訝な顔をしている。
今 日の視察は一体どんなことになるのやら。
物事を深 刻に考えないたちの物流部長も、さすがに不安を 隠せない様子だ。
会議室に入った一行は、冷たい飲み物で一息つ いた。
大先生はタバコをくゆらせている。
これ以上 の緊張はないといった風情でかしこまっている業務 課長の前には、状況説明に使うのであろう資料が 高く積まれている。
資料をいつ配ったらよいものかと、今日の進行 係を務めるはずの物流部長の顔をちらちらと窺う が、物流部長はそんなことには気づかない。
社長に 耳打ちされて、はじめて椅子をがたつかせながら姿 勢を正すと、会議の開始を宣言した。
「この視察で何を見てもらいたいの?」 大先生の質問に物流部長が窮した 「それでは、始めたいと思います。
今日の視察の 《前回までのあらすじ》 主人公の“大先生”はロジスティクスに関するコンサルタント。
コン サル見習いの“美人弟子”と“体力弟子”とともにある消費財問屋の物 流改善を請け負っている。
現在、クライアントの大阪支店に出張中だ。
検討会の晩に催された宴席では、大先生と営業部長が美術品の話で意 気投合するという意外な一幕があった。
しかし、この宴席も、営業部長 が漏らした本音をきっかけに大先生による指導の場へと一変。
「(営業マ ンの)行動を変えさせるために何をするか?」という宿題が出されたと ころで、宴席はお開きになった。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第 18 回》 〜卸売業編・第6回〜 55 SEPTEMBER 2003 手順としましては、はじめに、この倉庫の概要を報 告しまして、えー、そのあと現場をご覧いただきた いと思いますが、それでよろしいでしょうか‥‥」 物流部長が大先生の了解を求める。
大先生は黙 ってタバコを喫っているだけだ。
どうしたものかと 戸惑いながらも、物流部長は業務課長に説明を始 めるよう指示した。
こわばった表情のまま業務課長 が立ち上がろうとしたとき、大先生が物流部長に 声を掛けた。
「その前に、物流部長としては、今日、この倉庫 で何を見てもらいたいと思ってるわけ?」 「はぁ、えーと‥‥」 突然のストレートな質問に、物流部長が返答に 窮する。
大先生の素朴な質問はいつもこわい。
後 が続かなくなった物流部長の代わりに、大先生が 自ら答えを出す。
「正直なところ、考えてなかったろう?」 物流部長がほっとしたように同意する。
それを見 ながら大先生は、今度は業務課長に話し掛けた。
意 外なほど穏やかな口調だ。
「つまり、視察の目的が明確ではないということ だ。
そうなると、説明するとか、現場を案内すると いっても難しいよね?」 業務課長が大きく頷く。
何か言おうとしたよう だが、喉が渇ききっていて、とっさに言葉が出ない。
その様子を察したかのように大先生が助け舟を出 した。
「それでは、今日は、各自勝手に現場を見て、後で 意見を出し合うということにするか。
誰がどう現場 を見るか、各自の問題意識を確認し合うのも楽し Illustration􀀀ELPH-Kanda Kadan SEPTEMBER 2003 56 いだろう」 現場視察の責任者から解放された業務課長にと っては、確かに助け船のように思えた。
しかし、実 はそうではなかった。
すぐに大先生の言葉が、そこ にいる全員に重いプレッシャーとしてのしかかるこ とになった。
支店長と物流部長の顔に焦りが浮か んだ。
弟子たちの表情からも緊張感の高まりが伝 わってくる。
「説明は、あとで質問の中で答えてくれればいい から。
まずはみんなを簡単に案内してやって。
おれ は見なくてもわかるから、ここで休んでるわ」 こう業務課長に言うと、大先生はみんなに行く ように手で指示した。
全員が慌てて立ち上がる。
「ど、どうぞ、こちらへ‥‥」 初めて業務課長が言葉を発した。
業務課長の案内で全員が現場に入った。
午前中 の出荷の真っ最中らしく、パートさんらしき女性た ちや、作業服を着た男たちが慌しげに動き回って いる。
なかにはワイシャツ姿の社員とおぼしき連中 も混ざっている。
どう案内しようかと悩んでいる業務課長を物流 部長が促した。
「入荷から出荷までの流れを見ていただこうか」 この指示に従って、業務課長はみんなを入荷口 に連れて行き説明を始めた。
作業効率の悪さが問題なのではない それを放置してきた構造こそ悪い 一時間ほどすると、会議室に全員が戻ってきた。
肥満ぎみの支店長と物流部長は「暑い、暑い」と 言いながら、せわしげにハンカチで汗を拭っている。
大先生が、涼しげな表情で物流部長に声を掛けた。
「現場は暑いでしょう?」 扇子をばたばたやりながら、物流部長が大仰に 答える。
「はい、私など、とても勤まりませんわ」 「そう、物流の現場で使えないから、物流部長な んぞやらされてるんですよ、あなたは‥‥」 大先生の皮肉っぽい物言いにも物流部長は動じ ない。
「はい、おっしゃるとおりです。
現場には感謝し てます」 さすがの大先生も、物流部長の屈託のない言葉 には苦笑するしかない。
気を取り直すかのように姿 勢を正すと、みんなに言った。
「それでは、目的のない意見交換会を始めようか」 弟子たちが大先生の方をちらっと見る。
今日は 大先生が自分で仕切る気だ。
物流部長に任せたの では会議が長引くと思ったに違いない。
なんたって 今日のメーンイベントは、この後の美術館行きだ。
こんなところで、ぐずぐずしているわけにはいかな い。
これはおもしろくなりそうだと、弟子たちも身 を乗り出した。
「みなさん、いま現場を見て、どう思われました か。
疑問、愚問、意見、提案、ただの感想‥‥な んでもいいから出してくださいな。
質問などはそこ にいる業務課長に答えて‥‥あれっ、一人増えて る、誰?」 大先生に問われて、業務課長が慌てて立ち上が り、「現場に詳しい人間を同席させました」と釈明 57 SEPTEMBER 2003 した。
こうして現場検討会が始まった。
いや、大先生 の指導の会が始まった。
大先生が次々に指名するので、いろんな意見や 感想が出された。
その多くは、お馴染みの、効率 の悪さを指摘するものばかりであった。
「ピッキン グの作業者が商品を探している時間が多いようだ。
作業者によって、動きにずいぶん差があるようにも 見えた」と社長が言えば、支店長は「倉庫内のあ ちこちに商品がダンボールのまま置かれていて、作 業の邪魔になっている。
そこからピッキングしてい る者もいるけど、どうなっているのか」と疑問を呈 する――といった具合である。
物流部長は、「在庫の配置はどうなっているのか。
出荷頻度を考慮して置いているのか」などと専門 家ぶった質問をする。
これらの意見について、いち いち業務課長とやりとりしていたら時間がいくらあ っても足りない。
結局、同じ質疑の繰り返しにな ってしまう危惧もある。
大先生は業務課長が返事 をしようとするのを制し、とにかく意見や感想を全 部出させてしまうことにした。
一通りの意見が出尽くしたところで、大先生が 業務課長に質問した。
「あなたは、この現場に来て何年になりますか?」 「はぁ、三年ちょっとくらいでしょうか」 「在庫の置き方や作業の仕方は、あなたが来てか ら何か変えましたか?」 「いいえ、前任者から引き継いだまま何も変えて いません」 「変えようと思ったことはありましたか?」 「いいえ、何か変えようとすると、みんなの了解 が必要になりますが‥‥きっとみんな嫌がると思い ます。
私よりベテランの作業者も多くいますし‥‥ それに、変に手を加えて、お客さんに迷惑がかかる ようなことにでもなったら、営業の人たちから何を 言われるかわかりません。
そんなこんなで、これま でのやり方をそのまま‥‥」 ここで大先生がみんなの方に向き直った。
大先 生が何を言うのか、みんな興味津々といった感じだ。
参加者は少し緊張した面持ちで、大先生の発 言を待った。
「いまの業務課長の話を聞いて、どう思いました か。
さきほどみなさんが指摘したことは、実は、課 長が来る前からずっと起こっていたのです。
みなさ んは、問題点として指摘したつもりでしょうが、そ れらはずっと前からあったのです。
だからといって、 歴代のこの倉庫の責任者が悪いということではあ りません。
念のため‥‥」 大先生が社長、支店長、物流部長の顔をゆっく りと見回した。
社長が何か言いたそうな表情を見 せる。
大先生は頷くと社長に発言を促した。
「ずっと問題が温存されて来た。
それこそが問題 だということでしょうか?」 社長の顔を見ていた弟子たちが無言で同意する。
その横で大先生が答えた。
「そう、そのとおりです。
さすが社長だ。
ただ、気 づくのが遅い。
まあ、それはいいとして、いいです か、無駄な動きが多いとか、レイアウトが悪いとか、 在庫配置がまずいとか、いろいろ意見が出たけれど、 みなさんはそれを問題として指摘したのでしょ?」 SEPTEMBER 2003 58 大先生と目が合ってしまった物流部長が小さく 頷く。
「多くの場合、倉庫視察などをやって感想を聞くと、 いまここで出たような点が問題として指摘されます。
しかし、そんなものは問題でも何でもないのです。
そんなことを問題だと言うのを机上の空論って言 うんです。
なぜなら、そんな問題認識では本質的な 解決に至らないからです」 一呼吸おいて大先生が続ける。
「さて、それでは本質的な問題とは何か。
それは 社長がいま言ったように、現場で目に見える問題、 そういう問題を放置して平気でいる企業の構造、そ れこそが問題なのです、わかる?」 大先生の視線の先にいた物流部長が、反射的に 答える。
「はい、明らかにおかしいのに何もしないとなる と、おかしい方より、何もしない方が問題だと思い ます。
ところで、なぜ何もしないで済ませてきたん でしょうね?」 そう言うと、物流部長は支店長を見た。
突然、振 られた支店長が、戸惑いながらも適当に答えた。
「やっぱり、担当者の問題意識の欠如‥‥と言うべ きではないでしょうか‥‥」 このいい加減な答えに、大先生の叱咤が飛んだ。
「何をばかなことを。
ほんとにあなたは机上の空 論ばっかりだ。
問題意識の欠如って言うけど、そ こで言う問題意識って何なの?」 大先生の勢いに押されて、支店長は黙り込んで しまった。
そこで、大先生は質問を変えた。
「支店長は、この倉庫によく来ますか? あるい は業務課長を支店に呼んで、何か指示を出したり しますか?」 支店長が観念したように、正直に答える。
「いえ、滅多にそういうことは‥‥。
とにかくお 客さんに迷惑をかけないように、しっかりやれとは 言ってますが‥‥」 「言ってることはそれだけでしょう。
無駄を省けとか、効率化しろという支店長としての指示は出 してないでしょう。
効率化しろと指示されてもいな いし、期待もされてないのであれば、誰がそんな面 倒なことをやりますか。
支店長の命令として支店 内でその課題が共有化されているなら、業務課長 も動きようもあるでしょう。
しかし、そうでなけれ ば誰も動きません。
そういうものです」 大先生の言葉を、社長が引き取った。
「望ましい方向に社員が動くように動機付けるた めの、基本的な構造が欠如していたわけですね。
倉 庫に限らず、それは全社的に言えることかもしれま せん。
帰ったら、全社を総点検してみたいと思いま す。
ご指導ありがとうございました」 (次号に続く) *本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究所 入社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手 にとるようにIT物流がわかる本』(かん き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

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