*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
SEPTEMBER 2003 8
魔の一週間で死者一四人
真っ黒な煙を上げて炎上するトラック。 原型をとど
めないくらいに潰れてしまった乗用車。 ドライバーを
含めた多数の死傷者――。 今年の春以降、トラックに
よる重大事故が多発している。 連日のようにテレビや
新聞などのマスメディアが事故の様子を伝えている。
六月はとりわけ事故が多かった。 二一〜二八日の
七日間には集中して死亡事故が発生した。 全日本ト
ラック協会(全ト協)の調べによると、二一日午前零
時頃に愛知県小牧市の東名高速道路下り線で発生し
たワゴン車と大型トラックの追突事故を皮切りに、全
国各地でこの一週間に計八件の重大事故が起こり、ト
ラックドライバーを含めた計一四人が死亡、計三一人
が重軽傷を負った。 まさにトラック運送業界にとって
は「魔の一週間」となってしまった。
当初、業界では「マスコミが騒ぎ立てているだけ。
事故件数そのものは例年と変わらない水準で推移して
いる」(中堅トラック運送会社社長)と静観する姿勢
を示していた。 しかし、一週間という短い期間に大量
の死傷者を出す事故が相次いだのを受けて、態度を一
変した。 全ト協と特別積み合わせ業者の任意団体で
ある日本路線トラック連盟は七月四日に急遽、緊急
安全対策として東名高速・牧之原サービスエリアで
「追突事故防止の呼び掛け」を実施。 トラックドライ
バーたちに安全運転の徹底を訴えた。
しかし、その後も重大事故の発生は続いている。 七
月二日には長野県飯島町の中央高速上り線で大型ト
ラック二台が追突。 このうち一台が横転したところに
軽トラックなど五台が追突し四台が炎上。 死者一人、
重軽傷者四人を出す事故が発生した。 さらに一九日
には栃木県鹿沼市の市道交差点で大型トラックと軽
スピード規制も逆効果
今年に入って重大事故を起こしたトラック運送会社のほ
とんどが中小零細業者だ。 長引く不況と、規制緩和に伴う
過当競争の歪みが弱者を追い込んでいる。 いま現場ではいっ
たい何が起こっているのか? (刈屋大輔)
トラックが衝突、軽トラックの運転手が亡くなる事故
が起きた。
そして八月に入ってからも三日に愛知県弥富町の
国道で大型トラックなど三台が絡む事故が発生し、三
人が死亡。 盆休み前の十一日には山口県小郡町の中
国自動車道上り線で、大型トラック五台、バス二台
など計十二台が絡む事故が起こり、死者二人、重軽
傷者三六人を出す大惨事となった。 重大事故は一向
に収束する気配を見せていない。
警察庁によると、二〇〇三年上期(一〜六月末)の
高速道路における大型貨物トラックの死亡事故発生
件数は二九件。 前年同期の件数と変わらなかった。 た
だし、「死者は前年同期と比べ五人増えた」(交通局
交通企画課)。 一方、普通貨物トラックの死亡事故発
生件数は二七件で、前年同期比四件の増加だった。 普
通乗用車(前年同期比十二件減少)や軽自動車(同
六件減少)が着実に死亡事故を減らしているだけに、
トラックの数字は悪い意味で際立っている。 過去一〇年間、全死亡事故件数に占める「営業用
トラックによる死亡事故件数」の割合は微増を続けて
きた。 九三年の時点でその割合は六・六%にとどまっ
ていたが、九年後の二〇〇二年には八・四%にまで
拡大している。 そしてこのまま事故発生が続けば、二
〇〇三年は過去最悪を塗り替える可能性が高い。
「ドライバーに安全運転を呼び掛ける程度の対策で
は不十分。 ドライバーはもちろん、ドライバーを監督す
る立場にある運行管理者たちへの教育の中身も再確認
することが大切だ。 一連の事故を他人事だと流してし
まうから、事故が立て続けに起こる。 この先も重大事
故が続けば、トラック運送業界のイメージダウンは避
けられない」と静岡県トラック協会の副会長を務めて
いるハマキョウレックスの大須賀正孝社長は危惧する。
特集1 トラック事故は止まらない解説
9 SEPTEMBER 2003
運転マナーのズレた認識
乗用車を蹴散らして暴走するトラック――。 事故の
映像や統計データを見るかぎり、そんなイメージを思
い浮かべるかもしれない。 しかし、そうした認識は誤
りのようだ。 日本路線トラック連盟本部事務局の黒
川和彦次長は「トラックの運転マナーは年々良くなっ
ている。 実際に高速道路を走行してみれば、トラック
に対する印象はガラリと変わるはずだ」と主張する。
九六年以降、路線連盟は高速道路上で安全共同パ
トロールを展開してきた。 トラックの通行がもっとも
激しくなる深夜の時間帯にパトロール車を出動させ、
営業用トラックの走行状態をチェック。 「スピード超
過」や「車間距離不保持」など危険な走行が見られ
た場合には後日、トラックの所属する運送会社に指導
通知票を送付し、改善を促している。
ここ数年、指導通知票の発行状況に大きな変化が
見られるようになった。 危険走行が減り、代わって模
範走行の割合が拡大しているという。 路線連盟の資
料によると、九八年度は「スピード超過」による指導
通知票の発行が全体の約七割を占め、「模範走行」が
わずか二割にすぎなかった。 これが四年後の二〇〇二
年度になると、「スピード超過」が四割に減り、逆に
「模範走行」は五割にまで伸びた。
「同業者だからといってキップを切る基準を甘くし
ているわけではない。 むしろ昔よりチェックの中身は
厳しくなっている。 そんな中で模範走行のキップが増
えてきているのはトラックの走行が安定している証拠
だ」と黒川次長は力説する。
ただし、路線連盟のパトロール結果はあくまでも高
速道路上での数字だ。 現在、トラック運送業者の多
くは経費削減のため、高速道路の利用を極力控える
傾向にある。 そのことを踏まえると、必ずしも路線連
盟の分析結果にすべての営業トラックの?走り〞の実
態が反映されているとは言い難い。
ある業界関係者は「すべての緑ナンバートラックが
パトロールの対象に含まれるようになったとはいえ、
やはり路線連盟の場合は大手特積みが主な対象だ。 大
手のドライバーは会社の看板を背負って走行している
ため、無茶な運転ができない。 そのため、重大事故も
少ない。 問題なのはパトロールの網から漏れている中
小零細トラック運送業者のドライバーだ。 特に最近、
彼らの乱暴な運転が目立つようになってきている」と
指摘する。
実際、立て続けに起きた重大事故に中小零細の運
送業者が絡んでいるケースが少なくない。 六月二三日
に愛知県新城市の東名高速上り線で発生した死者四
人、重軽傷者十三人を出した事故(写真参照)を引
き起こしたのは静岡県を地場とする保有車両台数二
〇台前後のトラック運送業者。 そして七月三日に九州自動車道で発生した死者一人、重軽傷者二人を出
した事故を引き起こしたのも、福岡県の保有車両台
数二〇台前後の中小トラック運送業者だった。 全国
に約六万社あるトラック運送業者の九九%はこうした
中小零細業者で占められているとはいえ、あまりにも
中小零細業者による事故が突出している。
いま一体、中小零細業者に何が起こっているのか?
消えるプロドライバー
バブル崩壊以降、一般貨物のトラック運賃水準は
年を追うごとに低下、九五年を一〇〇とすると、現在
は九五の水準にまで落ち込んでしまった。 さらに輸送
量そのものの減少も続いている。 日通総合研究所が七
月に発表した「二〇〇三年度の経済と貨物輸送の見
2
4
6
8
9,000 10
93
6.6
7.3
7.7 7.8 7.5
8.0 8.2
8.7
8.1
8.4
94 95 96 97 98 99 2000 01 02
10,000
8,000
11,000
(件数) %
全死亡事故件数
(資料)警察庁交通局「交通統計」
営業用トラックによる
死亡事故件数の割合
死亡事故件数が減少する一方で
営業用トラックの占める割合は拡大している
6月23日発生した東名高速(豊川〜三ヶ日IC間)での事故。 大型トラックがブレー
キをかけずに渋滞の最後尾に追突した。 死者4人、重軽傷者13人の大惨事となった
[写真提供:共同通信社]
SEPTEMBER 2003 10
通し」とよると、二〇〇三年度下期のトラック貨物輸
送量は前年同期比で二・七%減となる見通しだ。 回
復の兆しはまったく見られない。
こうした「トラック不況」の影響をもろに受けてい
るのが中小零細のトラック業者だ。 全ト協の経営分析
によると、二〇〇一年度のトラック運送業者の営業
収益は前年度比で三・七%の減収。 経常利益は同五・
〇%の減益。 二年連続の減収減益となった。 長引く
不況により経営環境は悪化の一途を辿っている。
中小零細業者は同業他社との競争が激化している
影響で、タイトな配送スケジュールの要求される条件
の悪い仕事でも受注する。 荷主から課せられる遅延ペ
ナルティーを避けるため、ついついスピードを出して
しまう。 その結果、事故を引き起こすという悪循環に
陥っている。
それだけではない。 経営的に追い込まれた中小零細
業者はリストラ策の一環として、聖域であるとされた
ドライバーの賃金カットを断行。 さらに人件費の安い
アルバイトドライバーの雇用も積極化してきた。 とこ
ろが、それがトラックドライバーの質の低下を招いて
しまった。 道路の特徴や運転のノウハウを知らないド
ライバーがハンドルを握る機会が増えたため、事故が
増える傾向にあるのだ。
実はプロドライバーの減少は中小零細業者に限った
ことではない。 大手の特積み業者でも同様の問題を抱
えている。 大手の場合は、将来的に発生するプロドライ
バーの減少が懸念材料となっている。 近年、長距離を
走る幹線輸送トラックのドライバーの高齢化が加速し
ているのに対して、若返りが思うように進んでいない。
かつて路線ドライバーは物流業界の花形商売だった。
ところが、最近は路線ドライバーを志向する若者がほ
とんどいない。 そのため、年配のドライバーに長距離運
行を任さざるを得ない。 誰しも年齢と共に体力が落ち
疲れやすくなる。 判断力も鈍くなってくる。 このまま世
代交代が進まなければ、路線トラックの事故も増えて
いく可能性が高い。
こうして日本の道路からプロドライバーが消えてい
けば、当然、事故発生のリスクは高まっていく。 この
まま放置しておけば、「営業用トラックによる死亡事
故件数」の割合は拡大を続け、毎年のように過去最
低の記録を塗り替えていくだろう。
本来であれば、事故問題はドライバーへの安全教育
の徹底などトラック業者の自助努力によって解決して
いくのが理想だ。 しかし、中小零細の経営者は度重な
る賃金カットなどにも耐えてハンドルを握ってくれる
ドライバーに対して、きついことを言えなくなってき
ているというのが実情だ。 現段階では大幅な改善は期
待できない。
米国では八〇年にトラック運送の規制が緩和されて
以降、市場への新規参入が相次いだ。 これに伴い、ト
ラックによる重大事故が一気に増え、社会的な問題に
まで発展した。 しかし、米国の場合、事業規制の緩和
と並行して安全規制の強化策を推進したため、事故
件数は次第に減少していく動きが見られた。
競争規制の緩和が、社会的規制の強化と両輪にな
ることは規制緩和政策の定石とも言える。 しかし日本
では九〇年の物流二法によって競争規制が緩和され
ても、社会的規制の強化については一〇年にわたって
有効な対策を打たずに放置してきた。 それが今回の一
連の重大事故を発生させた遠因にもなっている。
ここにきて行政もようやく重い腰を上げ始めた。 今
年九月から車両総重量八トン以上の大型トラックに、
最高速度を時速九〇キロに制限するスピードリミッタ
ーの装着を義務付ける。 規制の狙いはもちろん、重大
スピード超過
67.3%
スピード超過
42.3%
車間距離
不保持
0.9%
車間距離
不保持
0.4%
危険な追越
0.3%
危険な追越
0.2%
通行区分
不適当
2.1%
通行区分
不適当
0.5%
その他
6.3%
その他
1.3%
模範走行
模範走行 23.1%
55.3%
2002年度 98年度
●路線連盟が実施する「安全共同パトロール」によると“トラックの暴走”は年々減っている
指導通知票の発行状況
11 SEPTEMBER 2003
事故の発生を防止することだ。
警察庁では「欧州では一〇年ほど前からスピードリ
ミッターの装着を義務付けて、大きな成果を上げてい
る。 日本での重大事故の発生原因はスピード超過が
圧倒的に多い。 リミッターは事故を減らしていくのに
とても有効なはずだ」(交通局交通企画課)と期待を
寄せている。
しかし、肝心のトラック運送業者の間ではリミッタ
ー規制による事故防止の効果を疑問視する声が上が
っている。 例えば、高速道路での走行。 これまでのよ
うな追い越し行為がなくなり、トラックが法定制限速
度である八〇キロで列をなして走るようになると、か
えって危険度が高まる恐れがあるという。
交通事故問題に詳しい日本ハイウエイセーフティ研
究所の加藤所長は「運転にメリハリがなくなり、逆に
危険。 居眠りをしてしまうドライバーが増えてしまう
のではないか。 抜いた、抜かれたという緊張感のある
運転のほうがむしろ安全だ。 スピードリミッター装着
が吉と出るか、凶と出るか。 私はこうした速度規制よ
りもドライバー教育を強化したほうが事故防止につな
がると思う」と警鐘を鳴らす。
悪質業者を市場から追い出せ
行政側の思惑通り、スピードリミッターがトラック
による重大事故を防ぐ特効薬となるかどうかは蓋を開
けてみるまで分からない。 今春以降多発している重大
事故には乗用車が主因となっているケースも多い。 乗
用車に対する規制は従来のままで、トラックに対する
規制だけを強化することで、かえってスムースな運行
を妨げる可能性は否定できない。
重大事故を減らしていくための抜本的な対策はない
のか。 九〇年の規制緩和以降、トラック運送業者の
数は右肩上がりで増え続けてきた。 現在、その数は約
六万社に達している。 中には運行管理やドライバー教
育の徹底、法令の遵守などを怠っている悪質なトラッ
ク運送業者も少なからず存在する。 それを市場から排
除することは不可能だろうか。
監督官庁として業界との結びつきが強い国土交通省
に、トラック運送業者を篩(ふるい)に掛ける役回りを
期待することはできない。 むしろトラック運送サービ
スを利用する荷主企業による淘汰が、最も現実的な対
応策だろう。 荷主や元請け運送会社が実運送会社の質
を判断することができれば、暴走を繰り返す悪質な業
者は自然と市場から姿を消していく。
トラック運送業者を選別する際、荷主側にとって有
効なツールとなりそうなのが全ト協が準備を進めてい
る「安全格付け制度」だ。 トラック運送業者が展開し
ている交通安全対策などを事業所単位で評価。 一定
の基準をクリアした事業所を「安全性優良事業所」と
して認定、公表するというものだ。
全ト協では七月からトラック運送業者の申請受付
を開始。 同月一〇日までに二七四三事業所の申請を
受理した。 現在、申請書類を精査する作業を進めて
おり、早ければ今年十二月末までに第一回目の「安
全性優良事業所」の公表に踏み切る方針だという。
しかし残念ながら、すでに荷主企業側からは評価実
施機関がトラック運送業者の身内であるため、適正な
評価が下されないのではないか、と制度そのものの信
憑性を疑問視する声も上がっている。 これで事故防止
の監視役となるはずの荷主側がやる気を失ってしまえ
ば、「安全格付け制度」は単なるトラック運送業界に
よるマスターベーションに終わる可能性がある。 トラ
ックによる重大事故はなくなるどころか、かえって増
え続けることにもなりかねない。
NO 発生日時 発生場所 事故概要 備考
1
2
3
4
5
6
7
8
6/21(土)
午前0時20分頃
愛知県小牧市上末
東名高速下り線
(小牧JCT〜小牧IC間)
ワゴン車が分離帯に接触し横転したところに、大型トラックが追突。 ワ
ゴン車に乗車の4人が死亡、トラック運転手が負傷。
死者4人
負傷者1人
6/21(土)
午後9時25分頃
水戸市島田町
国道51号線
大型トレーラーが乗用車の移動作業中のレッカー車に追突。 トレーラー
運転手が業務上過失致死傷と道交法(酒気帯び)の疑いで現行犯逮捕。
死者2人
重傷者1人
6/23(月)
午後11時10分頃
愛知県新城市
東名高速上り線
(豊川〜三ヶ日IC間)
トンネル清掃作業による渋滞の最後尾に大型トラックがブレーキをかけ
ずに追突。 12台が巻き込まれ、車6台が炎上。
死者4人
重軽傷者13人
6/24(火)
午前8時20分頃
熊本県人吉市
九州自動車道下り線
(人吉IC〜えびのIC間)
路側帯に停車中の乗用車に大型トラックが追突し、2台とも炎上。 トラ
ック運転手が業務上過失致死の疑いで現行犯逮捕。 死者1人
6/25(水)
午前7時20分頃
愛知県音羽町
東名高速下り線
(豊川IC〜音羽蒲郡IC間)
事故渋滞中の最後尾に大型トラックが追突し、8台巻き込まれる。 死者1人(当該運転手)
負傷者10人
6/27(金)
午後7時55分頃
港区海岸
首都高速11号線上り
(レインボーブリッジ付近)
大型トレーラー(タンク車)が、渋滞最後尾に止まっていたワゴン車に
追突し、車8台の関係する追突事故となった。 トレーラー運転手を前方
不注意の疑いで現行犯逮捕。
負傷者4人
6/28(土)
午前0時頃
大分県玖珠町戸畑
大分自動車道下り線
小型四輪駆動車に大型トラックが追突。 小型四輪駆動車が弾みで中央分
離帯に衝突し、助手席に乗車していた1人が死亡、運転手が軽傷。 前方
不注意が原因とみられる。
死者1人
軽傷者1人
6/27(金)
午前1時45分頃
足立区足立
首都高速中央環状線外回り
工事規制のため減速していたタクシーに大型トラックが速度を落とさず
追突。 タクシーの乗客1人が死亡、タクシー運転手1人が重体。 トラック
運転手を道交法違反、業務上過失致死の疑いで逮捕
死者1人
重体1人
出典)全日本トラック協会
●わずか1週間で死者14人、重軽傷者31人。 6月21〜28日は「魔の1週間」となった
|