ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年9号
特集
トラック事故は止まらない 交通事故防止のマネジメント

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2003 14 事故が経営に与える影響 トラック運送業者にとって交通事故は死活問題だ。
新聞記事として取り上げられるような重大事故を引き 起こせば、多額の事故賠償金の支払いを余儀なくされ るだけでなく、警察や監督官庁の検査やマスコミの取 材が入り、社会的な信用を失ってしまうからだ。
交通事故が原因で倒産したという話はあまり聞かな い。
しかし業績不振に事故が追い打ちをかけて倒産し たという例は少なくない。
倒産に至らなくても、重大 事故を起こせば会社の信用回復に最低三年は掛かる。
後始末にこれだけ苦労するのであれば、もっと事故防 止対策に力を入れておけばよかったと後悔する。
業界の会合では交通事故がよく話題に上る。
一部 の読者の方はこれまで耳にタコができるほど事故防止 の話を聞いてきたかもしれない。
しかし、「またか」と 思わず、本稿を通じて事故のリスクや恐さを実感して、 安全への認識を高めてほしいものだ。
最初に事故を起こすと莫大な費用が必要になるとい う例を紹介しよう。
交通事故の高額賠償金支払いの判例としては、? 画家(五七歳、死亡)三億八〇〇〇万円、?会社社 長(四〇歳、後遺症)二億九〇〇〇万円、?獣医(五 三歳、後遺症)二億九〇〇〇万円、?電気工(一七 歳、後遺症)二億三〇〇〇万円、?小学生(十一歳、 後遺症)二億円――などがある。
このように人身事故の賠償額は一億円を超えるケー スが少なくない。
高額賠償となると通常の保険では賠 償額が支払えなくなる。
過半数が赤字企業といわれる 中小企業にとっては命取りとなる金額だ。
トラック運送業の事故費はどうなっているのか。
残 念ながら業界統計は存在しない。
そこで全日本トラッ ク協会が毎年作成している「経営分析報告書」をベ ースに試算してみることにした。
事故に関係する費用を、事故賠償費と保険料と仮 定して計算すると、収入対事故賠償費比率は〇・三%、 保険料率は二・九%、総走行キロ当たり事故賠償費 は〇・五八円、保険料は五・八八円(一日に三〇〇 キロ走行すると合算で一九三〇円掛かる計算)となる。
その結果、一台当たりの事故費と保険料は年間で三 五万円と試算できた。
特に一〇〜五〇台規模のトラ ック運送業者では事故費の比率が高い。
一円でもコス トを下げたいトラック運送業者にとっては決して小さ くない数字である。
ロスマネジメントの大きな標的と 言える。
次に事故を起こすと会社側にも懲役刑が課せられる という例を紹介しよう。
昨年八月、三重県鈴鹿市で発生した追突事故は記 億に新しい。
東名阪自動車道の下り線で大型トレー ラーが車の列に突っ込み、七台の車両が破損、炎上し、 行楽中の家族五人が死亡、六人が重軽傷を負うとい う痛ましい事故であった。
居眠りをして追突した運転手には懲役刑が課せられ たが、同時に会社側も管理責任が問われた。
運行日 報やタコグラフの分析から、大阪―日立間を三日連 続して往復させるなど過労運転をさせていた実態が明 らかになったためだ。
最終的に裁判官は当時の上司で ある営業所長と車両係長に対し、「運行管理者として 運転手に十分な休養を取らせるなどの義務を果たして いない」として懲役刑を言い渡した。
トラック事業者には事業の許可(緑ナンバー)を与 える代わりに、安全確実で質の高い輸送サービスを提 供する義務が法律で規定されている。
これまでは違反 しても会社側は書類送検で済んでいたが、このように 交通事故防止のマネジメント 交通事故の責任を負うのはドライバーだけではない。
最近 ではトラック運送会社側の管理責任が厳しく問われるように なってきた。
多額の賠償金の支払いは経営危機に直結する。
トラック運送会社に必要なのは事故処理のノウハウではなく、 事故を未然に防ぐためのドライバー教育の徹底だ。
笠原維信 創造経営センター取締役コンサルタント事業部長(中小企業診断士) 特集1 トラック事故は止まらない寄稿 15 SEPTEMBER 2003 最近では実刑が課せられるようになった。
事業者の安 全に対する社会的責任と運行管理責任が厳しく問わ れるようになってきたと言えるだろう。
事故防止マネジメントの難しさ では一体、どうやって事故を未然に防げばいいのか。
交通事故防止をマネジメントするのは決して簡単では ない。
その理由は大きく分けて三つある。
まず、事故の範囲が広くて定義が難しい。
自動車 事故には人身事故、車両事故、荷物事故、建物施設 破損事故があり、被害者と加害者の双方にそれらが 当てはまる。
第二に職種や業態によって事故防止対策が異なっ てくるという点。
長距離大型車輸送と近距離小口輸 送、また倉庫を主体とする事業者なのかどうかで、実 行すべき事故防止対策は違う。
石油、建築材料、食 品など輸送品目ごとに専用車や特殊車があり、輸送 技術や車両管理、安全管理も専門化している。
そも そも輸送部門と倉庫部門では事故の分類が異なる。
交通事故は公道で起こるものだ。
移動という作業、 公道という開放性、時間が不定期、他の自動車や歩 行者の存在、天候気象条件、道路状況など外部の複 雑な要因が絡み合う。
予見できない偶然ともいえる要 因が多い。
経営者の目の届かぬ社外の遠隔地で運送 行為は行われるため、いくら会社で安全運転規則を決 めて教育しても現場でそれが実行されるかどうかはド ライバー次第という側面がある。
このため安全管理、 労務管理が難しい。
これが三つ目の理由だ。
このように運送業は事故リスクの多い職種だからこ そ、本来は安全管理に力を入れていくべきなのである。
「物流業に事故はつきものだ」という意識は払拭して ほしい。
実際、規模や職種を問わず、安全管理をしっ かりやっていて、無事故企業として評判の高い企業も 少なくない。
営業車(緑ナンバー)と自家用車(白ナ ンバー)の違いは、事故防止への取り組みの違いであ る。
努力すれば必ず事故は減る。
事故防止の基礎は事故の実態分析、原因分析であ る。
どんな事故が、どんな原因で、どの部門で、いつ 発生したのか、その実態を把握することが肝心だ。
そ して事故防止はあくまで現場主義で、データに基づい て具体的に行うべきだ。
基本データとなるのは次の二 つである。
1 事故費調査表の作成と活用 一般的な会社では会計上、経費として計上するも のだけを事故費と捉えている。
具体的には見舞金品、 慰謝料、弁償金などの事故賠償費である。
これらは実際に目に見える支出であり、わかりやすい。
しかし、 トータルの事故費を掴むには、間接的な損害も折り込 んでおく必要がある。
具体的には休車による機会損失、事故処理に時間 を費やした場合の人件費などが相当する。
さらには、 事故によって荷主との信頼関係が崩れる可能性もある。
これらを合理的な方法によって数値化することで、事 故に関連する費用(損害)が見えてくる。
トータルで こんなに事故費が掛かったとわかると、ロスの削減に も強いインパクトを与える。
損保協会からの委託で、事故費と安全対策費の実 態調査を行ったとき、使用したのが図1の分類である。
七社三一件の事故事例を分析した結果、一件平均の 直接損害額七三万一〇〇〇円、間接損害額一〇万一 〇〇〇円(直間比率一四%)という結果だった。
間 接損害では休車損失が大きいという点に注目が集まっ た。
●財物損害 車両, 荷物,建築物,施設などの損害(こちらの損害) ●人身損害 ドライバーや同乗者の受けた損害(こちらの損害) ●賠償損害 相手に加害して、対人賠償・対物賠償を負った損害 ●事故処理経費 交通費,通信費,見舞品代,香典,訴訟弁護士費用等 ●賃金ロス 入院,自宅療養,通院の賃金,現場処理,示談,対策会 議等の人件費等 ●収益低下 休車損害,代車料,休業損害,行政罰による損失等 ●数値化不能損害 信用失墜による荷主喪失,企業イメージの低下,労働意 欲低下等 直接損害 間接損害 図1 事故費の内訳 かさはら・これのぶ 1939年生まれ。
62年東京大学 教養学部卒。
同年、積水化学工業に入社。
66年同社退 社後、創造経営センターに入社。
現在、同社取締役コ ンサルティング事業部長。
中堅・中小企業のゼネラル コンサルタントとして全国各地で講演活動などを行っ ている。
主な著書に「トラック経営革新」(日本創造経 営協会)、「共生と創造の組織づくり−ホロニック・マ ネジメントの展開」(中央経済社)などがある。
PROFILE SEPTEMBER 2003 16 2 事故報告書の作成と活用 事故報告書は誰が、いつ、どこで、どういうかたち で事故を起こしたかを記すもので、自責他責の明確化、 原因は本人か相手か、天候・道路状況か、などを図 入りで具体的に記述するものである。
本人の反省(言 い訳でなく)、管理者のコメントを入れる。
そして、こ れを事故対策委員会で検討する。
最近「失敗学」が注目されている。
失敗に学び、再 発を防止するという狙いである。
「こうすべし」とい うよりも「こうしたから失敗した」という話のほうが 教訓になる。
報告書とコメントの二つをまとめて、年間の事故集 計を行い、次年度の安全計画に活かす。
これを繰り返 し行っていくと、おおよそ三年で効果が出てくる。
事故防止のマネジメント 1 自動車事故の要因(4つのM)と 災害連鎖の考え方 一般に自動車事故の要因として、四つのM(MAN, MACHINE, METHOD, MANAGEMENT )が挙げ られる。
事故の統計では脇見運転、左右方向確認不 良、スピード違反、信号無視などが挙げられているが、 これらは運転の状態を示している。
本当に事故の原因 を掴もうとする場合には、その背景にある要因を検討 し、それに対して手を打つ必要がある。
これが「災害 連鎖」の考え方である。
事故発生の要因には大きく分けて人的要因、物的 要因、環境要因の三つがある。
業務用自動車事故の 原因統計をみると、その九〇%が人的要因であるとい う結果が示されている。
そして事故の要因は、乗務員 と安全管理体制の問題に分けてみることができる。
安 全管理体制の責任は経営者と安全管理者にある。
つ まり、事故の責任は人にあり、乗務員、管理者、経 営者という三層の人が協力して、事故防止システムを 構築しなければならない。
事故処理型の対策から、予 防型の対策への転換といってもよい(図2)。
2 事例に見る事故防止の実際 事故防止システムの体系は、経営者の経営方針に おける安全方針の提示、各部門・職場における安全 計画の設定、階層別の安全教育と組織づくり、月間・ 週間・毎日の実行、事故防止委員会での実績検討、年 間の評価、成果配分、という安全管理のサイクルを回 し、トップから現場まで一体となって取り組むことで ある。
T社は首都圏に二つの営業所と二つの物流センタ ーを持つ、従業員一二〇人、車両八〇台の会社であ る。
生鮮食品や繊維雑貨、冷凍食品などの輸送を手 掛けている。
規模の拡大に伴い、年を追うごとに安全 管理が手薄になっていた。
そこで安全管理に力を入れ ることになり、我々はその支援を一〇年間実施した。
まず改善はトップから始まる。
朝六時半に出勤して 挨拶と清掃を行い、さらに早朝会議をトップ管理者が 率先して開くようにした。
5Sを中心とする改善が進んだところで、安全を目 的とする業務改善の推進とそのためのドライバー、倉 庫作業員の教育を実施した。
部門管理者を中心とす る事故防止活動の主なものは、 1 スピード管理 2 事故防止委員会の設置 3 無事故コンクールの実施 4 表彰罰則規定 5 小集団(HQM)活動 人身事故 車両事故 荷物事故 器物破損 事故の区分 図2 業務用自動車の事故の原因 事故の状態 運転の状態 事故の要因 乗務員と安全管理体制 接触 追突 衝突 転落 火災 運転操作不良 スピード違反 酒酔い運転 脇見運転 追越不適当 一時停止違反 信号無視など 制御装置等不完全 滑 走 人的要因 ●うっかり型 ●違反型 物的要因 ●車両欠陥 環境要因 ●道路条件 ●労働条件 安全管理体制 ●採用・育成 ●教育訓練 ●日常管理 ●職場の   乗務員 ●職務能力 ?知能(あたま) ?体力(からだ) ?技能(うで) ●人間性 ?人柄 ?生活行動 ?家庭人間関係 結 果 原 因 真 因 事故統計を見ると、事業用自動車の重大事故発生 件数は三七〇〇件(うち七〇%がトラック)、死者一 四九三人、負傷者五〇三一人(平成十二年度)であ り、横ばいの状態となっている。
事故は減少していな い。
交通安全は大きな社会問題であり、トラック輸送 業界の役割と責任は大きい。
全日本トラック協会の「中小企業経営基盤強化対 策ビジョン調査報告書」(二〇〇三年一月)では、重 点施策の一つに環境・安全対策を取り上げ、次のよ うな施策を展開する方針を打ち出している。
1 ドライバー教育の徹底 2 車両点検整備の徹底 3 運行管理の徹底 4 事故防止キャンペーンの実施国土交通省では、一歩進んで今年六月から、「安全 性評価事業」を始めた。
これは、企業が「安全性評 価申請書」を出すと、安全性評価委員会が審査して 「安全性優良事業所」の認定をするというものである。
安全性評価項目は次の通り。
1 安全性に対する法令の順守状況(四〇点) 2 事故や違反の状況(二〇点) 3 安全性に対する取り組みの積極性(二〇点) こうした外部第三者の企業評価は、さまざまな業界 に広がっている。
品質・環境ISO、日本経営品質 賞、医療福祉機関への第三者評価などである。
自社 の安全管理の自己診断にも役立つので是非、取り組 むべきだ。
17 SEPTEMBER 2003 である。
なかでも小集団活動における各班のヒヤリ・ ハットの件数把握と対策、KYT(危険予知トレー ニング)は大きな成果を上げた。
ヒヤリ・ハット件数 は三割減少し、交通事故は大幅に減った。
近隣の同 業者も巻きこんで安全競争や家族の安全文集作成な ども行っている。
現在、T社の事故防止活動の体系 は図3のようになっている。
事故防止をめぐる最近の動向 まず、安全について荷主や外部からみた格付け評価 の気運が高まり、「安全は経営品質である」という認 識が広がっている。
荷主は物流業者の評価表を持って いて、納期遅延、事故、ドライバーのマナー、洗車状 況などを日々チェックしている。
事故多発企業はそのデータを基に取引を打ち切られ てしまう。
従って、事故防止は目先の事故クレーム対 策を並べるのでなく、トップが関与してどう組織的に マネジメントしているかどうかが問題となる。
運送業 者からみれば、荷主信用を高めるための「攻めの安全 管理」への転換である。
守りに強いと攻めにも強い。
安全管理のしっかりしている企業は比較的業績も堅 調だ。
次に、ITを活用した事故防止システムの革新であ る。
デジタコ、携帯電話、GPSなどの情報機器を活 用した業務改善、サービスの向上が進んでいるが、こ れを安全、事故防止のツールにも役立てようという取 り組みである。
タコグラフのチェックは運行管理者の大事な仕事だ。
例えば、デジタコの導入によってスピードオーバーは 一目で分かるようになる。
チェックの手間が省けるこ とで、本来の教育とコミュニケーションに時間を割け る。
?社長又は管理者面接 ?同乗者教育(1週間前後) ?一声運動 ?日報によるスピード管理 ?スピード状況の一覧表の作成 ?個別面談 ?管理者又は配車係による面談指導 ?乗車停止 ?年間事故記録簿の作成 ?事故種類別、月別、時間曜日別、班別の集計 ?運輸会議 ?班長会議 ?事故対策委員会 ?他社との無事故競争 ?無事故手当の支給 ?無事故表彰 ?運行管理者試験の受講 経営計画書に基づき、経営理念・基準創造行動等を説明し、会社の方針を理解させる。 優秀ドライバーとの同乗により「添乗指導票」に基づき評価、指導する。 出発時に安全運転をお願いする。夜間や早朝も夜勤者が一声かける。 日報を受け取った際に最高速度を確認し注意を与える。 車番別に毎日一般道と高速道のスピードを一覧表に記入し、一週間ごとに貼り出す。スピード が落ちない場合は赤線をひく。 スピードが落ちないドライバーには運転部長又は配車係が面接、指導する。 「事故報告書」作成後、それに基づき面談し認識が浅い場合は指導する。 車に乗せずに草むしりなどの業務をさせる。仕事はフリー車・傭車で対応。 全事故を日付順に一覧にし、年度末に成果と反省の資料として活用する。 全事故を左記のように集計し、来期の経営計画書を作成する際に活用する。 スピードの一覧表によりドライバー各自の状況を把握し、変化の確認を行う。スピードが落ち ないドライバーに対しての指導の方法を確認する。 車両分析表に基づいて自分の班員及び全体的な効率を中心に話しあう。 委員会メンバーと事故者が話し合い、同じミスを繰り返さないように指導する。事故後の教育 になるが、各人の意識改善のために開催している。 今年3月までは車両事故中心、4月以降は荷物事故もチェックし、お互いに啓蒙し合っている。 この間、社速の取り決めや「安全は家族の願い」作文集を作成。作文集は経営計画発表会で朗読。 毎月無事故者に手当の支給を行う。 3年継続の無事故者に経営計画発表大会の中で表彰する。 管理者から始まり、ドライバーの中で希望者には会社負担で受講させている。 入社時 図3 日常管理 会議・研修 報酬時 事故処理 ・後始末 事故防止の体系(T社事例)

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