ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年9号
特集
失敗に学んだ物流 『スペース生産性』で思想が転換した

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2003 18 丸田芳郎の物流哲学 物流技術一筋の私に対し、花王のマーケティングの 確立者として知られる佐川幸三郎元会長が、次のよ うに励ましてくれたこともあります。
「マーケティング でいくら金を使っても真似されたら終わり。
しかし、 仕事の仕組みというのは簡単には真似できない。
それ にお金をかけていかないとダメだね」 その言葉通り、私は花王に入社してから三〇年近 くにわたり、物流エンジニアとして思う存分、腕を揮 うことができました。
実際、花王は日本で最も物流合 理化に意欲的な会社だと思います。
その社風を作った のは、丸田芳郎元社長であり、また亡くなった佐川元 会長でした。
一九八六年に花王の川崎ロジスティクスセンターを 作った時のことです。
丸田さんがバラピッキングの現 場を視察して私に言いました。
「田中くん。
パートさ んがやっている、このバラピッキングの仕事を自動化 してくれ。
ご婦人に夜遅くまで、こんな仕事をさせる ものではない」 社長命令とはいえ、私は反論しました。
「いや社長、 このほうが安いんです。
バラピッキングを人手で処理 しても、オリコン一つあたりのコストは二〇〜三〇円 です。
自動化するとなると大変です。
そんな技術は存 在しないので、一から機械を開発しなければなりませ ん。
大変なお金がかかります」 しかし丸田社長は首を縦に振りません。
「僕はでき る、できないを言っているんじゃない。
やってくれと お願いしているんだ。
お金は会社で用意する。
それは 経営者の責任だ」と私を叱責しました。
経営者にそこ まで言われて意気に感じない技術者はいないはずです。
その使命をやっとのことで実現したのが九六年に堺 花王の中興の祖、丸田芳郎氏の命を受け、物流センター開発のスペ シャリストとして同社の物流合理化の陣頭指揮を執ってきた。
取得し たマテハン特許は日本最多。
1日6万ケースを処理する岩槻物流セン ター。
そしてバラピッキングを完全自動化した堺ロジスティクスセン ターは、その象徴とも言える拠点だった。
田中信博 中央ロジスティクス・エンジニアリング代表 元花王物流技術室室長 ロジスティクスセンターに導入したピッキングロボッ トでした。
完成した時、既に丸田さんは引退していま した。
そして、その頃には花王の経営陣の物流合理化 に対する考え方が変わっていました。
重装備のマテハ ン機器が否定されるようになっていたのです。
例えば当時の経営陣の一人は、自動倉庫など作る から在庫が増えるんだと考えていました。
しかし在庫 量を決めるのは本来、生産活動でありマテハンは関係 ありません。
そう申し上げると「そんなことは始めて 聞いた」とおっしゃる。
そうしたマテハンに対する基 本的な誤解もあったようです。
それでもピッキングロボットなどは、コストパフォ ーマンスだけを考えれば重装備に過ぎるのは事実でし た。
そして何より大きいのが流通の変化でした。
花王 の物流インフラはあくまで花王が設計したサプライチ ェーンに基づいたものです。
しかし、九〇年代も中頃 に入るとイトーヨーカ堂を始めとして、メーカースタ ンダードの物流にノーを言う取引先が増えてきました。
顧客のスタンダードに合わせた納品サービスを要請さ れるようになったのです。
花王の物流効率は自分で決めたスタンダードで納品 できていたから成り立っていたものです。
そこに顧客 ごとの複数のスタンダードを持ち込めば当然、生産性 にブレーキがかかります。
しかも、それまでの物流の 完成度が高いほど、変化に対応することは難しくなり ます。
もちろん物流の環境は常に変化するものです。
使い にくくなった点があればそれを直していけばいい。
同 じハードでもソフトを入れ替えれば変化に対応できま す。
それが物流の技術です。
しかし当時の私には、新 しい環境に対応した技術を実現する場所は残されてい ませんでした。
特集2 失敗に学んだ物流 『スペース生産性』で思想が転換した Keyword 物流センター開発 19 SEPTEMBER 2003 会社の方針転換をうける形で、私の管轄していた物 流技術室は九六年に閉鎖されました。
花王の物流エ ンジニアも世代交代の時期に差し掛かっていることを 感じました。
私が技術屋として花王で自由に仕事をす ることができた時代は終わりました。
九八年に私は自 由定年制を利用して花王を退社し、物流エンジニアと して独立しました。
花王の物流合理化の歴史 私は花王の物流技術者の第一世代だったと言えま す。
私が花王に入社した昭和四四年当時、専務だっ た丸田さんは既に物流の重要性を周囲に説いていまし た。
日本に「物的流通」という言葉が入ってきて間も ない頃でした。
その頃の花王は従来の卸に代えて、メーカー販社を 一気に全国展開しようとしていました。
流通が多段階 になるほど効率は悪くなる。
メーカーが販社を持ち、 直接小売りに卸す形にすることで大幅にコストは下が る。
量販店と中小雑貨店の価格差も抑えることができ る。
しかも市場の声が直接、メーカーの耳に入るよう になる――それが丸田さんの発想でした。
そこで地域ごとに販社を作ったのはいいが、物流ま で手が回らない。
そこから花王の物流が出発点しまし た。
他に経験者もいなかったためでしょう。
新卒で入 社した私に、いきなりセンター計画という大きな仕事 が命じられました。
当然、社内には物流のノウハウな どありません。
上司に聞いても「物流のことはさっぱ り分からん。
外へ勉強に行ってこい」という。
当時、物流先進企業として知られていた薬品メーカ ーの三共や学研に見学に行きました。
そして花王の販 社の現場を回りました。
ピッキングから出荷、納品と いった業務を実際に体験し、納品のトラックに同乗し て作業を分析しました。
一軒あたり何品種を降ろし、 どのように検品するのか。
それにどれだけの時間がか かるのか。
流通センターは単に倉庫を建設するのとは違います。
ビジネスモデルをもとに必要な機能を定義し、そこか らレイアウトに落とし込んで、機能を実現しなければ なりません。
しかし会社には財務や販売のデータはあ っても、物流データなどありません。
全て一から現状 を把握する必要がありました。
昭和四五年十二月に最初の流通拠点、「港北流通セ ンター」ができあがりました。
各地の販社担当者が 次々に見学に訪れました。
彼らは地元に戻り、港北セ ンターのコピー版を各地に建設していきました。
わず か数年で全国一三〇拠点が一気にできあがりました。
工場からセンターへの物流は大型車標準でパレット単 位にするというルールもこの時にできあがったもので す。
その後、およそ一〇年を経て、今度は在庫削減という新たな目標に直面しました。
拠点集約の時代の始ま りでした。
例えば関東地区には十三カ所も在庫センタ ーがありました。
しかも物量の増加によって各センタ ーはパンク。
しかたなくセンター周辺の営業倉庫を借 庫している状態でした。
それを一つにまとめようとい うことから、埼玉県岩槻に大規模な物流センターを建 設することが決まりました。
十三カ所を一カ所に集約するということは、単純に はそれまでのセンターの十三倍のオペレーションの負 荷が一カ所に集中することになります。
当然、機械化 が必要です。
会社側からもどんどん技術開発するよう にとの指示が下りました。
結局、岩槻では六〇件を超 える物流関連特許を取得することになりました。
投資総額六二億五〇〇〇万円をかけた岩槻物流セ たなか・のぶひろ元・花王物流技術室長。
1969年、花 王入社。
70年に稼働した港北流通センターを皮切りに、川 崎・岩槻ロジスティクスセンターなど、30年近くにわたり、 花王の物流エンジニアリングを担ってきた。
花王時代の特許 出願は160件余り。
94年、経営工学部門技術士資格取得。
98年に独立。
中央ロジスティクス・エンジニアリングを設立。
同社の代表として現在、物流計画、エンジニアリング、物流 診断などのコンサルタントを手掛けている。
PROFILE SEPTEMBER 2003 20 ンターは一九八七年に完成しました。
機械化という面 では我ながらよくできたセンターだと思います。
店別 のピッキングまで含めた機能を持ち、十三カ所・計四 〇〇人で運用していた業務を一五〇人で回すことがで きました。
生産性は大きく向上し、一日六万から一〇 万ケースを効率よく処理する比類のないセンターでし た。
そんな岩槻センターに、佐川元会長が視察に来たこ とがありました。
そして私に次のように言いました。
「キミ、スペース生産性というものを考えたことがあ るか。
もっと潜水艦みたいなセンターを作るんだ」。
海 軍出身の佐川さんと違って私は潜水艦など見たことも ありません。
しかし、もっとコンパクトなセンターに しろと言いたかったんだと思います。
成功体験を否定する 「スペース生産性」という言葉は、その後、花王を 退社し独立することになってからも、ずっと私の頭を 離れませんでした。
花王時代を通して、私は物流の生 産性として「スピード」を重視していました。
「スペ ース生産性」の問題を本当に理解することは、昔の自 分を否定し、岩槻物流センターという、私にとっての 成功体験をひっくり返すことを意味していました。
それを完全に吹っ切ることができたのは二〇〇〇年 八月のことでした。
私は食品メーカーのセンター建設 の相談を受けていました。
そのメーカーでは、かつて パレット中心だった物流が小口化し、今ではフェース 単位(パレット積みの一段分)以下の物流が過半を 占めるようになっていました。
フェース単位以下の自動化を求められたので、花王 時代のフェースピッカーと流動棚を組みあわせた特許 技術を紹介しました。
ところが担当者は、「その発明 は知っているが、食品の先入れ先出し原則を破るので 使えない」と言われました。
フェース単位を中心に出 荷するため、流動棚保管分が取り残されて「先出し」 されなくなることを指摘したものでした。
結局これをきっかけに私は新たに先入れ先出しの可 能なピッキングシステムを発明することができたので す。
コンパクトピッキング装置とデマンド仕分けから なり、一四件の特許出願をしました。
この発明により 「スペース生産性」を重視した物流センターが初めて 実現できるようになりました。
その詳細は特許庁のホームページに譲りますが、一 連の新しい技術を発明していくなかで、長年にわたり 頭から離れなかった「スペース生産性」について、私 は一つの解答を得たように思います。
すなわち「投入 スペースに対する出荷量」で、センターの生産性を評 価するという発想です。
物流センターのコストは大きく四つの要素から構成 されます。
「?スペース」、「?設備」、「?人件費」、「? 情報」です。
通常、センターの計画段階では、このう ちの「?設備」と「?人件費」を中心に投資を判断 しています。
しかし、その後のセンターの運営に最も 大きな影響を与えるものが、「?スペース」について の意思決定であることに、ようやく本当の意味で気付 いたのです。
もともと地価の高い日本では、センターのコスト構 成のうち、スペースコストの割合が一番高く、全体の 三六%を占めています。
他は設備コストが一九%、人 件費が二九%、情報が二〇%という内訳です。
このう ち設備コストと人件費は、実はスペースを圧縮するこ とによって付随的に圧縮されます。
逆に、出荷量が小 さいのに大きなスペースを用意してしまうと後からで は修正できません。
21 SEPTEMBER 2003 もちろんスペースコストの安い地域では、違ったア プローチもあり得ます。
日本の都心部の倉庫料が一坪 三〇〇〇円〜六〇〇〇円であるのに対して、例えば 中国の賃料はその七分の一のレベルです。
しかし、少 なくとも日本の消費地では、スペース生産性を重視し た高密度化が、物流センターの生産性のカギを握って いるのです。
それまで私がセンターの生産性を測るのに重視して いた「スピード」とは、一人一時間当たり、どれだけ 多くの処理ができるかという評価基準です。
物流条件 が大きく変わらない環境であれば、それで通用しまし た。
しかし、多頻度小口化が進み、しかも顧客からの 多様な納品サービスを求められるようになった今日、 処理スピードはモノサシとして適切とは言えなくなり ました。
例えば一〇〇〇アイテムを扱うことを対象に作られ たセンターで一万アイテムを扱うことになれば、同じ 一〇アイテムをピッキングするにも、作業の「濃度」 は一千分の一〇から一万分の一〇に低下します。
ピッ キングの処理スピードも、それだけ低下してしまいま す。
アイテムやオーダーの内容が目まぐるしく変化す る今日の物流において、一定のピッキング濃度など、 もはや期待できません。
現在の私は物流センターの生産性を、具体的には 「一ケースあたりのスペースコスト=一坪あたり倉庫 料(円/坪・日)/一坪あたり出荷量(ケース/坪・ 日)」で評価しています。
目安として判断基準も作り ました(下表)。
最高ランクで一ケースあたりのスペースコストは四 〇円です。
一ケースの商品金額を五〇〇〇円とすると、 コスト比率は一%を切っています。
このレベルに達し ているのは日本でも花王や菱食などの物流先進企業に 限られます。
物流をビジネスモデルの中核として位置 付けた企業にしか実現の難しいレベルです。
「ワール ドクラス」と名付けました。
「標準」は六七円と弾きました。
一日五〇〇〇ケー ス以上を出荷する規模を持つセンターで運営のバラン スが良好な場合で、このレベルです。
それでも「ワー ルドクラス」とはかなりの開きがあります。
一〇〇円 を超えるような場合は、高額品や小規模物流でもない 限り、改善が急務になります。
物流技術者の新たな課題 現在、私は物流エンジニアとして、このスペース生 産性を軸にしたセンター計画のコンサルティングを行 っています。
振り返ると「スペース生産性」という言 葉が、私の物流キャリアの転換点になったことが分か ります。
メーカースタンダードから顧客スタンダードへ、納 品サービスの決定権がサプライ側からデマンド側に移ったことで、今日の物流は新しい課題に直面していま す。
その対策として、在庫拠点を集約し、各地に在庫 を持たないTC型(トランスファー型)センターを設 け、顧客ごとの要望に対応するというモデルが有望視 されています。
確かに在庫拠点とは別にTCを作るというアプロー チは、一つの解答になり得ると私も考えます。
しかし、 現状のTCを見る限り、必ずしも上手くいっていると はいえないようです。
モデルを実際のレイアウトに落 とし込むところでの失敗が目立ちます。
顧客の要望に 合わせて効率よく処理するための「仕組み」が必要で す。
そこにこれからの物流エンジニアの役割があると 考えています。
5 ◎ ワールドクラス 物流をビジネスモデルの中核に位置付け 40円/ケース 4 ○ 良好 サービルレベルの標準化を意識 50円/ケース 3 ─ 標準 運営のバランスが良好 67円/ケース 2 △ 要改善 システム化不十分、滞留放置 100円/ケース 1 × 発展性なし システム投資計画の失敗 200円/ケース レベル 評価 スペースコスト※ ※1ケースあたりのスペースコスト= ●スペースコストで生産性を評価する 1坪あたりの倉庫料(円/坪・日) 1坪あたりの出荷量(ケース/坪・日)

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