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ている。 ここ二〇年ほどで急成長した
反動か、直近の調査(二〇〇二年の商
業統計)では食品スーパーの販売額は
前回調査を五%ほど下回った。 それで
も約一六兆円というその販売規模は、
依然として食品の販売総額の四割近く
を占めている。 そして食品スーパーの
強さは今後も続く可能性が高い。
私がこのような判断を下している理
由は、次のような根拠に基づいている。
一つは食品スーパーが持っている生鮮
三品(肉、魚、野菜)の販売力の強さ
だ。 鹿児島大学の坂爪浩史助教授が農
林水産省のモニター調査を元にまとめ
た資料によると、野菜や鮮魚を買うと
きに「最もよく食品スーパーを利用し
ている」と回答した消費者の数は、全
体の約四割に上っている。 しかも、そ
う答えた回答者の割合は八〇年代以降、
とが伺える。
このような状況のなかで、食品の販
路として食品スーパーの存在感が増し
ロジスティクスの最適化は、自社の
どの製品が、どこで売れるかを考える
ことから始まる。 その意味でCLO
(ロジスティクス最高責任者)は、自
社のマーケティング戦略を理解してい
なければならない。 今回は、日本にお
ける食品の販売チャネルが、今後どの
ように変化していくかを考察する。
伸びる流通チャネルを見極める
あまり知られていないが、不況下の
日本で健闘し続けている巨大産業があ
る。 推定で五〇兆円近い市場規模を持
つ食品産業である。 経済産業省の「商
業統計」で正式に把握されているだけ
でも、「飲食料品小売業」の売上高は
四三兆円(九四年の調査)に上る。 し
かも、この数字は九〇年代半ばまで右
肩上がりで増え続けてきた。
その後、九七年の調査で四二・八兆
円と微減になったものの、九九年には
また四三・六兆円と増加。 二〇〇二年
に五年ぶりに行われた本格的な調査で、
再び四一・二兆円(速報値)と減った
が、最近の日本経済の状況を考えれば
悪くない数字といえるだろう。
食品のなかでも?調理済み食品〞の
好調が目立つ。 総務省の「家計調査」
によると、家庭における弁当や惣菜と
いった「調理食品」の支出は、八〇年
代以降、現在まで一貫して増加傾向に
ある。 すでに家計の全食費支出の十
一%を超えた(図1)。 中小事業者が
多い分野のため商業統計などにはあら
われにくいが、その市場規模は、すで
にドライグロサリー(加工食品および
日用雑貨品)と同水準になっているこ
味の素ゼネラルフーヅ 常勤監査役 川島孝夫
次はドライとチルドの物流統合
《第11回》
90,000
80,000
70,000
60,000
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
0
12.0
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0
図1 家計で存在感を増している調理済み食品
86
年
87
年
88
年
89
年
90
年
91
年
92
年
93
年
94
年
95
年
96
年
97
年
98
年
99
年
00
年
01
年
02
年
支出額(円/月額)
食品に占める調理済み食品の割合(%)
食品支出の合計(円)
調理食品の支出(円)
調理食品の割合(%)
※総務省の家計調査より
57 OCTOBER 2003
増え続けている(図2)。
消費者に選ばれているのには、それ
なりの理由がある。 食品スーパーの多
くは過去に肉屋や魚屋といった専業店
だったため、特定の生鮮品を扱うノウ
ハウを持つ。 これを土台としながら品
揃えを拡大してきているため、一部の
生鮮品に関する強みが、総合スーパー
とは異なる魅力として消費者に認知さ
れている。
もう一つの根拠は、食品スーパーの
経営のベースになっている生鮮三品が
生活に欠かせない商品であるというこ
とだ。 消費者の多くは、家計の支出を
抑えるために高価
な牛肉の購入を控
えるときにも、その
代わりに豚肉や魚
を購入する。 このた
め生鮮三品の需要
は
極
め
て
底
堅
く
、
これをベースとする
食品スーパーの経
営は他の業態に比
べて景気変動の影
響を受けにくい。
具体的な事例を
挙げて食品スーパ
ーの強さを説明し
よう。 大阪を中心
に二〇数店舗を運
営している光洋と
いう小売りチェーンがある。 年商は約
三五〇億円。 鮮魚店を前身とし、売り
上げの約六割を生鮮三品で稼いでいる。
他に惣菜や日配品などチルド食品の売
り上げが三割弱あり、ドライグロサリ
ーのそれは一割強に過ぎない。 典型的
な食品スーパーである。
マーケットの変化に対応する
光洋はこれまで、大手総合スーパー
や生協を向こうに回しながら順調に業
績を拡大してきた。 彼らの強さを端的
に示すのが刺身の品揃えだ。 鮮魚店出
身のオーナーが自ら育成した?目利き〞
たちが商品を仕入れてくるだけに、鮮
度と品質の良さには昔から定評がある。
さらに同社の販売力を高めたのが、独
自の小分けパックによる販売だった。
大手スーパーが刺身を、盛り合わせ
や五切れ、一〇切れ程度の単位でパッ
ク販売しているのに対して、光洋は二、
三切れに小分けした刺身を単品ごとに
売っている。 手間がかかっているだけ
に、一切れ当たりの単価は他店より明
らかに高い。 にもかかわらず、この小
分けパックの売れ行きは抜群にいい。
現在の日本では五〇才前後の人口が
相対的に多くなっている。 そして今の
日本で最も強い購買力を持っている世
代は、この五〇才を中心とする高齢者
層だ。 特に子供が独立している夫婦二
人だけの世帯などでは、多少は高価で
も、好きなものだけを幅広く食べたい
というニーズが強い。
こうした人たちは、かつて高度成長
期に新興小売りチェーンの安売りに飛
びついた世代でもある。 だが、もはや
彼らにとって単品の大量販売は魅力的
なものではない。 賞味期限の長い加工
食品ならまだしも、食べ残せば廃棄す
るしかない生鮮品を、安いからといっ
て大量に買う人などいない。
光洋が手掛けている刺身の小分け販
売は、こうした有力購買者層のニーズ
にぴったりと合致していた。 だからこ
そ光洋の刺身は高くても売れるし、こ
れが店の競争力につながった。 他社が光洋のやり方を真似しようとしても、
鮮魚を仕入れる目利きの存在や、これ
を消費者ニーズに対応しながら臨機応
一般
小売店
その他・無回答
その他・無回答
小売市場
デパート
総合スーパー
食品スーパー
CVS
生協
農協
専門店
総合点店
スーパー
マーケット等
一般
小売店
専門店
総合点店
小売市場
デパート
総合スーパー
食品スーパー
CVS
生協
農協
スーパー
マーケット等
野 菜
鮮 魚
資料:農林水産省『食料品消費モニター調査』各年次版。
注1)「日常、食料品を購入する場合、最もよく利用するのはどのタイプの店ですか」と
いう回答数(単記)集計したもの。
図2 消費者から選ばれる食品スーパー(鹿児島大学・坂爪助教授の資料より)
31.3 34.9 34.6 30.8 26.0 23.7 19.7 16.3
16.3 12.8 13.7 6.4 7.1 6.5 4.9 4.3
8.4 6.9 7.6 6.5 5.1 3.4 3.6 2.7
0.5 0.2 0.1 0.5 0.3 0.4 0.5 0.9
15.9 16.1 16.6 20.2 19.5
32.7 26.0 29.1 32.7 33.2 39.1
0.4 0.1 0.1 0.0 0.0
6.1 7.7 10.8 10.9 11.4 11.6
1.5 1.8 2.3 2.4 3.6 2.8
35.9 39.9 40.3 51.8 58.4 62.7 68.4 73.0
7.7 5.3 5.3 4.0 3.1 3.3 3.0 3.0
39.4 34.7 37.4 32.5 29.6 24.8 18.4 14.2
9.9 7.0 7.0 2.3 3.3 3.2 3.2 2.4
8.8 7.4 6.5 7.0 5.0 4.7 3.2 2.8
1.3 1.3 0.8 1.0 2.1 2.2 2.9 2.7
18.0 17.3 19.5 23.7 22.1
33.2 25.2 27.6 29.1 31.8 40.2
0.3 0.1 0.0 0.0 0.0
11.2 11.6 12.5 13.1 14.5 14.0
1.0 1.1 1.1 1.2 1.1 0.4
34.9 44.6 45.4 56.3 58.6 62.9 71.1 76.7
5.8 5.1 2.9 0.9 1.4 2.2 1.3 1.3
年77 81 84 87 90 93 96 2000
(単位:%)
OCTOBER 2003 58
変に刺身にさばける人材などが不可欠
のため、一朝一夕には追いつけない。
鮮魚は特に職人芸に頼る傾向の強い
商材だが、肉や野菜でも生鮮品の販売
には少なからず同様の難しさがともな
う。 ある地域の食品スーパーが、後発
の大規模チェーンに負けずに業績を伸
ばしているケースでは、たいてい生鮮
三品の扱いで強みを発揮している。 こ
のような理由から、私は食品スーパー
の強さは一過性のものではないと判断
している。
生鮮三品は次世代の物流課題
しかし、生鮮品の扱いに秀でている
一方で、食品スーパーの多くは共通す
る経営課題を抱えている。 店舗に商品
を供給するオペレーションが未熟で、
ここでの非効率のために、生鮮分野で
得た利益の多くを浪費してしまってい
る企業が少なくないのである。
典型的な食品スーパーの売上構成は、
生鮮三品で約六割を売り上げ、調理済
み食品や日配品で約二割、そして残り
約二割を加工食品や日用雑貨品で稼い
でいる。 そして一店あたりの販売規模
が小さく、既存の商店街などに立地し
ていることの多い食品スーパーは、店
舗への商品の納品回数を可能な限り減
らしたいというニーズを持っている。
ところが現実に理想的な納品業務を
実現できている食品スーパーは数少な
い。 このことは食品スーパーの側の問
題というより、日本の中間流通が歴史
的に抱え込んでしまった問題といった
方が正しい。 過去の日本では加工食品
や日用雑貨といった業種ごとの縦割り
構造が顕著だったため、中間流通も業
種ごとに発展してきた。
さらに惣菜などの調理済み食品では、
大半は地場の中小企業が直接、店舗に
持ち込むという取引形態をとってきた。
日配品(乳製品や納豆、豆腐など)に
ついても、牛乳のように高レベルのオ
ペレーションを行っている製品も一部
にはあるが、基本は取引先ごとに店舗
に直送する体制のまま現在に至ってい
る。 食品スーパーの側に立って考える
と、何とも非効率な話だ。
食品スーパーにとって売上構成比の
小さい加食と日雑が、いまだにまった
く別々に納品されていることも、顧客
ニーズに応えた行動とはいえない。 そ
れぞれの業種が個別にオペレーション
の高度化を追求してきた段階は、もは
や過去のものと考えた方がいい。 細分
化された中間流通が統合されていくのは、時間の問題だろう。 このように考えていくと、食品スー
パーの求めている中間流通の機能、言
い換えれば供給側が備えるべきロジス
ティクスの機能が見えてくる。 まず第
一に、加食と日雑が別々に動いている
ような現状の中間流通は、近いうちに
見直さざるを得ない。 そもそもこの二
つは欧米ではドライグロサリーとして
同一分野に括られている。 一緒に扱う
のが常識だ。
次のステップでは、このドライグロ
サリーと、温度管理を必要とする調理
済み食品の物流統合が進むと私はみて
いる。 これを実現できれば、典型的な
食品スーパーにとっては、店頭の三〜
四割の商品を同じ物流ネットワークで
扱えるようになる。 そうなれば食品ス
ーパーの経営に与えるインパクトは極
めて大きい。
そして、ここまでやって初めて、生
鮮三品の物流をどうするかという課題
が現実的なものになる。 逆に言えば、
ドライグロサリーの物流すら統合でき
ていない現段階で、圧倒的に物量の多
い生鮮三品の物流効率化に手を出すの
は、有力な中間流通業者にとっても無
謀な話でしかない。
過去に国策がらみでインフラ整備が
進められてきた生鮮三品の流通は、民
間企業がすぐに肩代わりできるほど簡
単なものではない。 食品スーパーにし
ても、一部の戦略商品を除けば、当面
は既存の卸売市場などの利用を中心に
考えざるを得ないはずだ。
そうでなくとも鮮魚は臭いがあるた
め、他の荷物と混載するのが難しい。
あるいは箱入りの果物などでは混載も
可能かもしれないが、果物だけでトラ
ック一台を満載にできる現状では緊急
の課題ではない。
食品スーパーのオペレーションにと
って近い将来の物流課題は、間違いな
くドライグロサリーと調理済み食品
(チルド物流)の統合にある。 そして、
こうした顧客ニーズを実現できる中間
流通業者が、いずれ食品スーパーの有
59 OCTOBER 2003
力取引先として浮上してくる可能性が
高い。
実際、すでに有力な事業者は、こう
したニーズに応えられる体制を着々と
整えつつある。 全国規模の物流ネット
ワークを持ち、それなりの経験も積ん
できた大手加食卸は現在、チルド物流
の強化に躍起になっている。 近年、大
手加食卸による定温物流業者との業務
提携や企業買収が相次いだのも、その
表れとみて間違いない。
チルド物流への意外な参入者
もっとも日本におけるチルド物流の
現状は、過去の非効率な状況からよう
やく一歩を踏み出そうとしている段階
に過ぎない。 チルド物流の世界で定評
のある大手卸といえども、自らドライ
グロサリーとの物流統合を主導するほ
どの力は持っていない。
そんな中で、最近では意外なプレイ
ヤーが食品のチルド物流に触手を伸ば
している。 自動車メーカーをはじめと
する大手製造業者がこの分野のビジネ
スに興味を示しているのである。 実際、
トヨタ自動車は日配品を扱う食品卸に
出資しているし、本田技研工業はある
酪農団体に乳製品を扱うための物流施
設を提供している。
トヨタやホンダにとっては、生産の
海外移転によって空いた工場用地など
を有効活用したり、伸びる産業に肩入
れすることで本業との相乗効果を狙う
といった思惑があるようだ。 こうした
動きが今後どのように進展していくか
は不明だが、チルド物流のビジネスが
それだけ有望視されている証拠といえ
るだろう。
先進的なロジスティクス機能を誇る
一部のコンビニチェーンの動向からも、
チルド物流への高いニーズが伺える。
過去にコンビニチェーンは、小規模の
店舗への納品を効率化するため一括物
流の構築に注力してきた。 同時に惣菜
や弁当を主力商品としてきたため、温
度管理を要するチルド物流ネットワー
クの構築でも先行した。 最近では、製
造から販売まで厳密に温度管理できる
ことを武器に、独自製品の開発に余念
がない。
例えば、味の素ゼネラルフーヅが作
っている飲料でも、常温で流通させて
飲むときだけ冷やす製品と、製造から
消費までを常に五度前後で定温管理す
ることを前提に作っている製品とでは、
製造工程が根本的に異なる。 前者が熱
による殺菌処理を施しているのに対し、
後者は低温殺菌を行っている。 低温殺
菌による製品は豊かな風味を残せると
いう強みを持つ反面、温度管理などの
オペレーションが圧倒的に難しい。
コンビニチェーンが、最近の不況下
にあっても業績を伸ばし続けている背景には、こうした商品供給システムの
優位性がある。 同じように中小規模の
店舗を展開する食品スーパーが、コン
ビニと同様の効率的かつ高レベルの商
品供給体制を望むようになるのは、し
ごく当然の話といえる。
景気の変動に強い食品産業、そこを
強みに業績を伸ばしてきた食品スーパ
ー、高齢化する日本市場、未整備のチ
ルド物流――。 こうした事柄から導き
出されるのは、日本の食品流通が現在、
歴史的な転換期にあるという結論だ。
CLOは、こうした前提に立って自社
のロジスティクス戦略を構想する必要
がある。 (
か
わ
し
ま
・
た
か
お
)
66年
大
阪
外
語
大
学
ペ
ル
シ
ャ
語
学科卒業・米ゼネラルフーヅ(GF)に入社し人事部
配属、73年GF日本法人に味の素が50%を出資し合弁
会社「味の素ゼネラルフーヅ(AGF)」が発足、76
年AGF人事課長、78年情報システム部課長、86年情
報物流部長、88年情報流通部長、90年インフォメー
ション・ロジスティクス部長、95年理事、2002年常
勤監査役に就任し、現在に至る。 日本ロジスティク
スシステム協会(JILS)が主催する資格講座の講師
や敬愛大学経済学部講師などを多数こなし、業界の
論客として定評がある。
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