ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年10号
SCMの常識
需要と供給の同期化?

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SCMの常識 講 座 ▼講師 理論編・実践編とも 杉山成正 ベリングポイント ディレクター OCTOBER 2003 74 今回から、いよいよ具体的なサプライチェ ーン業務プロセスの設計の進め方について考 えていきます。
設計のステップはおおよそ以下の通りとな ります。
􀀀サプライチェーン診断 ?課題の抽出 ?改革テーマの決定 ?To ―Be業務プロセスの設計 ?効果の検証 ?To ―Be業務プロセス実現の障害の検討 ?実現のための組織の設計 ?マネジメントシステムの設計 ?情報システムの設計 まず今回は「􀀀サプライチェーン診断」か ら「?効果の検証」までを説明します。
■■サプライチェーン診断 サプライチェーンの業務プロセスの設計を 始めるにあたり、まず現行の業務プロセス(A s ―Is)を調査します。
たとえばサプライヤ ーからの部品の納期が二週間かかっている。
納 期遵守率が七〇%しかない、という事実をま ず把握することから始めます。
この段階で、望ましくない状況が明らかに なってくるはずです。
それが誰かの怠慢のせ いであるとか、組織としての努力が足らない とかという原因追求はさておき、望ましくな い状況が、皆の努力にもかかわらず、解決で きていないという事実を共有することにしま す。
このステップは、サプライチェーン診断と も呼ばれています。
その目的は自社のサプラ イチェーンの課題を正しく把握するための準 備です。
私のようなSCMコンサルタントは、 実は最初に顧客企業の担当者にお会いした時 からヒアリングという形でこの診断を少しず つ行っています。
そして本格的に調査を行う場合には、専用 のツールを用いることになります。
私の所属 するコンサルティングファームも独自に開発 したSCM診断ツールを準備しています。
ツ ールには、サプライチェーンの実際の姿を把 握するのに必要かつ十分な項目が質問表の形 で組み込まれており、これをうまく活用すれ ば、短期間でサプライチェーンの全体像を明 らかにすることができます。
■■課題の抽出 サプライチェーン診断によって、新しいビ ジネスモデルを実現するための課題が浮き彫りになります。
たとえば工場在庫を持たない ビジネスモデル、すなわち販売計画と連動し て生産計画を毎週見直し、市場の需要にあっ た製品のみを生産するというビジネスモデル を目指しているとしましょう。
このとき、前述のようにサプライヤーの部 品の納期が二週間、納期遵守率が七〇%であ れば、いくら需要予測を精緻なものにしよう が、肝心の部品が揃わないため、計画通りに 製品を作ることはできません。
つまり生産計 画が市場の需要にぴったり合っていたとして も、実際の生産は追いつかないわけです。
この課題の原因を整理してみましょう。
結 論から言えば、部品の納期が二週間もかかる ことも、納期遵守率が七〇%であることも、そ の原因は一つです。
サプライヤーには、その 需要と供給の同期化 ? 理論編 〈第5回〉 75 OCTOBER 2003 部品の注文がいつどの程度あるのか分からな いため、実際に注文をもらうまでは生産の準備にかかれないのです。
このステップで重要なのは、課題の相互関 係を整理し、課題つまり望ましくない状況が、 なぜ解決できないままなのかということを、多 面的に考えることです。
先の例では、サプラ イヤーの立場から考えてみることにより、課 題がより明確になるのです。
■■改革テーマの決定 課題が整理できれば、改革テーマは自ずと 決まってきます。
前述の例によれば、大きな 改革テーマとしては、「サプライヤーとのコラ ボレーションの実行」ということになります。
より具体的には「需要情報の共有と需要情報 を活用した納期短縮(一週間)および納期遵 守(納期遵守率一〇〇%)」が目標になりま す。
このような改革テーマは、調達だけでなく、 経営企画、商品企画、開発、生産、物流、営 業の各領域で設定されます。
そして最後に各 領域の改革テーマと全体の関係を見直し、そ こに矛盾や無理がないかをチェックします。
■■To―Be業務プロセスの設計 さて、いよいよTo―Be(あるべき)業務 プロセスの設計に入ります。
先に決めた改革 テーマに沿って、それを実現できる新しい業 務プロセスを決めていくわけですが、ここで 注意すべき点が二つあります。
いずれも、目 の前の現実に引きずられて、To―Beの議論 が横道にそれないための注意点です。
?改革テーマとして決めたことの実現性につ いて疑わないこと ?現在の組織、役割分担を前提としないこと 確かに「サプライヤーの納期遵守率一〇 〇%を実現する」という目標は、非常に大き な挑戦と思えるかも知れません。
しかし、そ の実現性を疑ってかかると、As ―Isと対し てかわらない業務プロセスしか設計できなく なってしまいます。
現状に引きずられてしま うわけです。
そうではなく、目標から逆算して、それを 実現できる業務プロセスをゼロベースで設計していく。
つまり納期遵守に必要な需要情報 を確実に提供するための業務プロセスを設計 し、同時にサプライヤーの納期管理機能を強 化する方法を考えるというアプローチが重要 です。
また現在の組織、役割分担にとらわれると、 「この業務をできる人はいない」「こんな判断 をできる人はいない」「適当に偉い人に集まっ もらって合意してもらおう」という結果にな りかねません。
SCM改革では、組織と役割分担の見直し がまず避けられません。
To ―Be業務プロセ ス設計において、現在の組織、役割分担を前 提とする必要は全くないのです。
「誰が」ということよりも先に、「この業務・ 需要予測/販売計画 需要連鎖計画 生産計画・スケジューリング 販売計画/供給計画 供給連鎖計画 販売管理 物流管理/在庫管理 生産管理在庫・購買管理 LT:リードタイム 安全在庫水準(例)=安全係数×需要予測偏差×√(計画〜納入までの期間※1) 計画LT 計画LT 需要予測 精度 計画系 連携 計画/実行 サイクル 連携 連携 計画/実行 サイクル 販売LT 物流LT 生産LT 調達LT 実行系 ※1)計画〜納入までの期間の定義は、サプライチェーン上のどこに在庫を配置するかによってかわります。
  物流センタ安全在庫の一例:計画サイクル+計画LT+生産LT+調達LT OCTOBER 2003 76 本編で述べたような複数の「望ましくない 状況」は、実は相互に連鎖しています。
例えば次のように、 開発部門 「当社の商品企画は顧客のニーズを つかみきれていないし、長期的な戦略も定ま っていない。
だから競合他社の新商品情報に よって商品開発の方針が変わったり、急な仕 様変更が発生してしまうんだ。
急に仕様変更 を言われても、開発部門の対応にも限界があ る。
たとえ数字の上では少しの性能向上であ っても、技術的にはクリティカルな差である こともある。
しかし、仕様の変更にあわせて 発売時期の見直しが議論されたためしがない。
精神論でガンバレと言われても品質を保証す るには一定の開発期間は必要だ。
結果的に、 仕様を変更すると発売時期は見直さざるを得 なくなる」 営業部門 「直前に新商品の発売を延期される 悪魔のサイクル 改革の現場から 実践編 と、営業にとっては大打撃だ。
見本市への出 展やプロモーションを計画してきたのに商機 を逃がしてしまう。
いつも新商品の発売が遅 れるから、新商品が出ると言われても、流通 チャネルは旧商品の在庫を思い切って減らす ことができない。
だから、旧商品を売り切る までの間、新商品は在庫として倉庫に眠って しまい、市場に出回るのがさらに遅くなる」 商品企画部門 「競合他社の新商品が先に出回 この意思決定は、○○に責任を負う立場の人 がするべき」というルールを明確にしておく べきです。
逆に?○○〞の部分が明確にでき ない業務(機能)は、目的と内容があいまい なのではないかと疑ってみる必要があるでし ょう。
ひと通りTo ―Be業務プロセスの設計がで きたら、設計内容のチェックをおこないます。
まず各業務(機能)のインプットとアウト プットの関係に合理性があるか、つまり業務 内容に理屈の上で破綻がないかを検証します。
たとえば、販売実績情報と新商品の発売計画 情報がない状態で、販売計画を立案するよう な設計になっていないかを確認します。
次にプロセスの整合性の確認です。
業務 (機能)のインプット、アウトプットのつながりとタイミングをチェックします。
■■効果の検証 To―Be業務プロセスの設計が完了したら、 当初目標とした効果を得ることができるかど うかを様々な角度から検証してみましょう。
たとえば安全在庫水準は需要予測精度だけ で決められるものではありません。
サプライ チェーン計画サイクル、計画リードタイム、調 達リードタイム、生産リードタイム、物流リ ードタイムの全ての面がクリアできていない と、当初の目標期間内に収めることができな くなってしまいます( 図1参照 )。
今日のSCM改革では、よく「計画の週次 化」、つまり週に一回需要と供給の計画を見 直すことを目標におくことがあります。
しか し通常は一週間のうち工場の稼働日は五日で す。
さらに休日のある週、工場が海外にある 場合の時差などを考えると、一週間といって も正味、計画に使える時間は意外と短いので す。
したがって、複数のマネジメントレベルで 繰り返し行われる部門間調整業務など、As ―Isの業務プロセスに多く見られるムダな業 務は、この効果の検証のプロセスの中で削ぎ 落としていく必要がでてきます。
77 OCTOBER 2003 講座SCMの常識 るとシェアを奪われ、ますます顧客のニーズが つかみにくくなる。
顧客ニーズがつかみにくく なればなるほど、商品企画は難しくなる」 このように、「望ましくない状況」が連鎖し て悪循環を繰り返していることから、私はこれ を「悪魔のサイクル」と呼んでいます(図2参 照)。
開発部門の人も営業部門の人も、自分 たちは一生懸命に課題に対応しており、相手の協力が足りないために課題が解決できない のだと考えています。
営業部門 「新商品の発売が計画通りできたた めしがない。
たまに予定どおり発売したかと 思えば、品質の問題を起こす。
どっちにして も、我々が尻拭いをしなければならない。
顧 客のニーズを把握しろと言っても時間がたり ない」 開発部門 「最初から無理な開発計画を押し付 けてきておいて、しかも途中で仕様を平気で 変更してしまう。
競合他社を追っかけるよう な受身の姿勢を続けていては、本当に良い商 品は作れない。
じっくりと腰を据えて、技術 力を活かした商品を作れないのか」 どちらも相手(関連部門)が変わらなけれ ば自分たちだけ変わっても意味がないと感じ ています。
これではSCM改革は進みません。
お互いに悪魔のサイクルの鎖にがんじがらめ にされている状況を確認し、つぎに「どこか ら、何をどのように、変えていくか」、「それに よって、いかに悪循環を断ちきっていくこと ができるのか」を皆で話しあい合意する必要 があります。
しかし、いったん話し合いがこじれた後で は、感情論も入って事態の収拾が難しくなり ます。
そこで実際のワークショップでは「悪 魔のサイクル」のどの鎖から断ち切っていく のか、事前にメンバーの合意を得ておくと良 いでしょう。
このケースの場合、新商品の開発から発売 までの期間を短縮するのか、商品開発管理を 強化し、確度の高い発売時期を設定していく ことにするのか、問題解決の突破口をあらか じめ決めておくのです。
こうしたプロセスがな ければ、どうしても現状にとらわれてしまい、 あるべき姿としてのTo ―Be業務プロセスを 設計することは難しくなります。
市場・ユーザー 情報の不足 開発途中での 仕様変更 市場対応に追われる 「悪魔のサイクル」 精神論的計画 品質問題 競合他社に 後れをとる 顧客ニーズ情報・ 商品企画力の不足 新商品売上伸び悩み 開発遵守・ 品質維持が困難 新商品発売の 延期と混乱 すぎやま・しげまさ機械電子メーカー、日系シ ンクタンクを経て、2002年にべリングポイント 入社。
SCM戦略の策定と推進、SCMシステムの 導入のコンサルティングに従事。
現在、同社ディ レクター。
著書に「図解サプライチェーンマネジ メント」(日本実業出版社・共著)、「ERP〜 SAP R/3〜によるSCMシステム構築技法」 (ソフトリサーチセンター・編著)、「図解でわか るビジネスモデル特許」(日本能率協会マネジメ ント・共著)。
中小企業診断士。
AGI認定TO Cコンサルタント”Jonah” PROFILE

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