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OCTOBER 2003 78
コストダウンより「物流利益」
営業っていうのは本当に難しいな。
お客さんが「物流通業」に期待しているのは
コストダウンだ。 物流センターの運営と配送を
一括して丸投げすることで、従来よりも物流コ
ストを大幅に下げる。 それを実現できれば、い
くらでも仕事が集まる。
ただし、セールスの仕方を間違うと取りこぼ
してしまう。 大切なのはお客さんに対する気配
りだ。 ゴマをすれ、と言っているわけではない。
お客さんが気持ちよく仕事を任せてくれるよう
な細かい気遣いを忘れてはならないという意味
だ。
コストダウンという言葉は響きはいいが、本
当はあまり使わないほうがいい。 コストダウン
を前面に押し出したイケイケの営業だけではダ
メ。 コストダウンできるということは、それまで
コスト高の状態だったということだ。 そのため
お客さんは、コストダウンを提案されると「あ
なたたちには実力がない」と言われていると受
け取ってしまう恐れがある。
物流通業の仕事はもともとお客さん側が自分
たちで手掛けていた物流の仕事を奪うことにな
る。 仕事を失ってしまい、リストラされる社員
がいるかもしれない。 こうした負の部分の存在
もきちんと意識しておくべきだ。 「コストダウン
できれば、文句はないだろう」といったような
態度では相手の心は掴めない。 言葉選びもそう
だが、お客さんに対する気配りというのはどん
な仕事であっても大切なことだ。
ウチではセールスの際、コストダウンという
言葉をできるだけ使わないようにしている。 そ
の代わりに「物流利益」という言葉を使ってい
る。 なかなかいい言葉でしょう? コストダウ
ンだとマイナスだけど、利益というとプラスの
イメージが湧いてくる。 「物流通業で一緒に物
流利益を増やしませんか」――。 これが口説き
文句だ。
物流コストは経費だ。 これを無くせば利益に
変わる。 要するにコストダウンというのは利益
の増加を意味しているわけだ。 だから物流利益。
物流コストは下げるものだが、物流利益は上げ
るもの。 下げるよりも上げるほうが努力するときに楽しいでしょう? どんなに難しいことで
もやってやるぞ、という気持ちになる。 お客さ
んと一緒になって物流利益を上げていくのが物
流通業の狙いだ。
仮に物流コストを一億円減らすことに成功し
たとする。 それは一億円の利益アップに相当す
る。 本来、利益を一億円上積みするためにはど
れだけ売り上げを伸ばせばいいのか。 一億円の
何倍もの売り上げアップが不可欠だ。
これに対して、経費のほうを減らすのはそん
なに難しいことではない。 頭を使えばいい。 ア
イデアさえあれば、いくらでもコスト削減でき
る。 営業で売り上げを伸ばすことよりも少ない
第7回「
口
説
き
文
句
を
間
違
え
る
な
」
お客さんが求めているのは、何といってもコストダウンだ。
ただし、営業の口説き文句は別にある。 コストダウンの提案
には負の側面がある。 相手の気持ちに立たないと、お客さん
に心を開いてもらうことはできない。 ウチのやり方を教える
よ。
大須賀正孝ハマキョウレックス社長
――ハマキョウ流・運送屋繁盛記
《前回までのあらすじ》
ヨーカ堂の仕事を受注した
後、物流センター運営の依頼が殺到した。 ただし闇雲
に引き受けるわけにはいかない。 きちんと利益の出せる
仕事だけを選ばなければならない。 「収支日計表」を使
って赤字仕事かどうかを見極めていった。
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労力で利益を増やせる。
まずは徹底的に調べる
ウチの会社はこれまでに物流センターを約三
〇カ所立ち上げてきた。 対象は小売り、問屋、
メーカー。 扱い商品も食品から医薬品、医療器
具、衣料品までと多岐に渡る。 もともとはドラ
イ商品の扱いが中心だったが、最近では定温セ
ンターも稼働させている。
やさしい仕事はひとつもなかった。 毎回、緊
張の連続だった。 オレには似合わない言葉かも
しれないが、勉強の繰り返しだった。 しかし、や
ればやるほど色々な業界のことが分かってくる
ようになるので苦痛ではなかった。 むしろ楽し
かった。 学校の勉強にもこのくらい熱心に取り
組んでおけばよかったな。
小売りなら小売りといった具合に、業種ごと
にセンターの運営方法には特徴がある。 ただし、
A社向けセンターでのノウハウを、そのままB
社向けセンターに転用できるケースはほとんど
ない。 会社によってオペレーションのルールは
まったく異なる。 センター立ち上げはいつも白
紙からのスタート。 もちろん手間も時間も掛か
った。 ウチの場合、最初にお客さんの仕事の内容を
徹底的に調べることから始める。 その内容は物
流のことだけではない。 お客さんの業界が現在、
どういう環境に置かれているのか。 ライバル企
業の物流の仕組みはどうなっているのか。 お客
さんにとっての顧客企業は物流に対してどうい
うニーズを持っているのか。 こういったことを
全部調べていくわけだ。
コンサルってやつ? お客さんと一緒になっ
て色々なことを勉強していくんだ。 相手の会社
の社員になったつもりでコンサルする。 物流通
業はお客さんの立場になって、細かい部分まで
コンサルできれば、必ず成功する。
特にお客さんの物流についてはとても細かい
部分にまで踏み込んで調査するようにしている。
配送先の数、一日当たりの出荷件数、出荷トン
数などのデータは、可能な限りお客さんから提
供してもらう。 足りないデータがある場合には、
すでに稼働している別のセンターに出向いて自
分たちでデータを入手する。 センターを持って
いない場合には、同業種のセンターのオペレー
ションを徹底的に研究して感触を掴んでおく。
データ収集の段階で手を抜くと、間違ったデ
ータを基にセンターの規模や作業員の数を決め
てしまうことになり、あとで取り返しがつかな
いことになる。 オペレーションが混乱すればお
客さんに迷惑が掛かるし、ウチも赤字になって
しまう。 きちんと調査を済ませてから、お客さ
んに見積書を提出して契約を交わすことが大切
だ。
もちろん調査にはそれなりに時間が掛かる。
調査チームを派遣してデータ分析の作業を済ま
せ、センターを立ち上げるまで最低でも四カ月
は必要だ。 お客さんから提供されるデータがき
ちんと揃っていない場合には一年以上掛かるこ
ともある。 ものすごく根気のいる仕事だ。
現在、ウチは調査チームのメンバーを六人用
意している。 彼らは新しい案件が持ち上がると、
まずお客さんのところに出向いてデータの分析
作業に取り掛かる。 そして分析結果を基にお客
さんと詳細を詰めて契約を交わす。 その後、セ
ンター立ち上げチームにバトンタッチして、具
体的な作業に入っていくという手順で仕事を進
めている。 開発チームのメンバーは六人くらいがちょう
どいいな。 メンバーが多すぎるとコストばかり
掛かる。 メンバーが多ければ、たくさん仕事が
取れるわけでもない。 このくらいの人数でも年
に七〜八カ所センターを立ち上げていくことは
可能だ。 実際、現在は一人が一〜二件の案件を
メーンで担当して、互いにサポートし合いなが
らプロジェクトを進めていくという体制を敷い
ている。
素人登用のススメ
センター立ち上げチームのメンバーは社内公
人に対する気配りの大切さは母親か
ら教わった
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募で決めるようにしている。 必ず手を挙げさせ
てメンバーを構成するようにしているのは、や
る気のない社員をメンバーにすると、プロジェ
クトがうまくいかないからだ。 これに対して、自
分から手を挙げた社員は立候補した手前、何と
してでもプロジェクトをやり遂げようとする。
開発チームは調査結果を基にどのようなセン
ターを造ればいいか、ある程度の答えは用意し
てくれる。 しかし、その通りに作業を進めてい
けば、必ずうまくいくとは限らない。 センター
立ち上げチームのメンバーには成功させるため
の知恵が求められる。 その際に役立つのはこれ
までの経験だ。 どんなアイデアでもいい。 メン
バーたちには過去のセンター立ち上げで得たア
イデアをどんどん出してもらうようにしている。
小売りのセンターでのノウハウがメーカー向
けセンターに役立つこともある。 食品のノウハ
ウが衣料品でも活用できることだってある。 気
がついたことは何でもいいから提案してもらう
べきだ。 物流センターの運営にはこれといった
マニュアルが存在しない。 だからこそ、メンバ
ー一人ひとりのアイデアがとても重要になって
くる。
ただし、同じ業種のセンターを立ち上げる場
合、絶対に他社の情報を相手に漏らしてはなら
ない。 ノウハウとして蓄積したものを社内で活
用するのは構わないと思う。 しかし他社の情報
をウリにして相手の気をひくようなことをして
はダメだ。 どちらの相手とも信頼関係が築けな
い。
センターでのオペレーション方法の大枠が決
まったら、次は実際にオペレーションを担当す
る作業員を集める。 作業員は現地採用が基本だ。
その時に大切なのは物流に詳しくない人材を選
ぶこと。 詳しい人ではなくて、詳しくない人だ。
反対じゃないかって? いや詳しくない人を採
用していくべきなんだ。
確かに物流に詳しい人のほうが教育は楽だ。
しかし、詳しい人は物流に対する固定概念みた
いなものが身体に染みついてしまっているため、
現場改善のアイデアが浮かんでこないことがあ
る。 これに対して、素人さんはいいぞ。 オレと
かプロジェクトメンバーの社員たちが気がつか
ない部分にまで目が届いたりするからな。
中国物流は分からんゾ
最近は日本に限らず、中国でもセンター運営
をお願いしたい、という声が寄せられるように
なってきた。 日本でのセンター運営の仕組みを
そのまま中国に持ち込みたいという依頼だ。 生
産拠点の移管が進むにつれ、こうしたニーズは
ますます増えていくのは間違いない。 物流通業
に力を入れていく会社は中国の物流の動向もき
ちんと掴んでおく必要があるだろう。
すでにウチの会社は中国に物流センターを置
いている。 場所は上海。 衣料品の検品センター
だ。 中国で生産された衣料品を検品して日本に
供給するという仕事を請け負っている。 従来、
中国と日本で計二回実施していた検品作業を、
中国での一回に改めることで、物流費を抑える
のが目的。 実際、お客さんは中国のセンターで
の検品に切り替えたことで、物流コストの大幅
削減に成功している。
ここ数年、日系物流企業の中国進出が相次い
でいる。 日本の物流市場に比べ、中国の物流市
場は今後の成長が期待できるからだ。 しかし、
オレ自身は中国に本格進出するのはまだ早いと
物流センターの作業員は「物流の素人」
を採用すべき。 プロが気づかない現場
改善アイデアを提案してくれる
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見ている。 確かにニーズはある。 だが、なかな
か儲からない。 進出企業のなかには、「今は種蒔
きの時期」と割り切っている企業もあるが、そ
の判断は正しくないような気がする。
中国の運賃は日本の一五分の一から一〇分の
一程度にすぎない。 仮に利益を出したとしても、
それを日本に持ち帰るのは法律上簡単ではない。
元を円に換金すれば手元に残るのは少額だ。 つ
まり一生懸命仕事をしてもお金にならないのだ。
儲からない仕事をやるのはイヤだ。 ウチには何
年も種蒔きを続けられるような余裕などない。
日本の物流センターを統廃合して、中国に置
く物流センターから商品をすべて供給する体制
に改めようとしている企業もある。 確かにセン
ターの数を減らし、なおかつ人件費の安い作業
員を使ってオペレーションすれば、物流コスト
は大幅に下がる。 考え方は間違っていない。
しかし、大きな問題点が一つある。 中国から
日本までのリードタイムだ。 現在、日本では発
注日の翌日納品、さらに発注日の当日納品が求
められている。 中国の物流センターからの供給
でこうしたニーズに応えるのは無理。 画期的な
高速運搬船でも開発されない限り、二国間のリ
ードタイムを短縮するのは不可能だ。 結局、日
本にも物流センターを用意しておかなければな
らない。
ビッグチャンス到来
物流通業の新たな市場として中国に目を向け
るのは大いに結構。 しかし、その前に日本国内
で取りこぼしている領域がないかを再確認すべ
きだ。 実は日本にも手つかずの部分がまだたく
さん残っている。 川上と呼ばれる調達物流の部
分もそのうちの一つだ。 小売りを中心とした川下の物流はこの一〇年
でかなり効率化が進んだ。 コスト削減の余地は
残されていないとも言われている。 これに対し
て川上、調達部分にはまだまだ余裕がある。 懐
にも余裕があったからこれまで物流に無頓着で
いられた。
しかし、今は違う。 守秘義務があるから詳し
いことは説明できないが、調達物流関連の案件
がかなり増えつつあるのは確かだ。 メーカーや
小売りが取引ベンダーの軒先まで商品を取りに
行く。 この部分の配送の仕事を肩代わりする。
さらに集荷した商品をメーカーの生産ラインに
供給するためのセンターの運営も委託したいと
いう依頼だ。
メーカーや小売りの調達物流はこれまでベン
ダー任せだった。 そしてベンダーが仕立てる配
送トラックの積載率はそれほどよくなかった。 そ
れならば、共同集荷することでトラック一台当
たりの積載効率を高めて物流コストを下げよう。
それが「取りに行く物流」の狙い。
ウチの会社はこれまで川下の物流をメーンの
ターゲットとしてきた。 しかし、これからは調
達のほうにも目を向けていくつもり。 川下のノ
ウハウは川上の物流にも十分活かせる。 ビッグ
チャンスだ。 今後も物流通業の拡大を維持でき
ると確信している。
ところが最近、どうも様子がおかしいセンタ
ーが出てきた。 利幅が減ったり、赤字運営に転
落してしまっている。 責任者に原因を尋ねても
「一生懸命頑張って仕事しています」という答
えしか返ってこない。
そんなはずはない。 ウソだ。 どんなに調子の
いいことを言ってもオレは騙されないぞ。 数字
はウソをつかない。 何か現場で問題を抱えてい
るに違いない。 このまま放置しておけば、えら
いことになりそうだ。
そろそろ現場が弛んでくる頃かもしれない。
物流通業を本格化してから一〇年近くが経つ。
この辺りで一発、現場に気合いを入れておくか。
現場の責任者にカツを入れてもダメだ。 現場で
働く末端の社員たちの生の声を聞いておく必要
がありそうだ。
よし。 社員全員が参加する研修会を開くこと
にしよう。 講師はオレ。 もう一度物流通業の基
本を叩き込んでやる。 せっかくやるなら楽しい
ほうがいい。 温泉、宴会付の研修会なら文句は
ないだろう。
(以下、次号に続く)
おおすか・まさたか
一九四一年静岡県
浜北市生まれ。 五六年北浜中卒、ヤマハ
発動機入社。 青果仲介業などを経て、七
一年に浜松協同運送を設立。 九二年に現
社名の「ハマキョウレックス」に商号変
更した。 二〇〇三年三月に東証一部上場。
主要顧客はイトーヨーカ堂、平和堂、フ
ァミリーマートなど。 流通の川下分野の
物流に強い。 大須賀氏は現在、静岡県ト
ラック協会副会長、中堅トラック企業の
全国ネットワーク組織であるJTPロジ
スティックスの社長も務めている。 ちな
みにタイトルの「やらまいか」とは遠州
弁で「やってやろうぜ」という意味。
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