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奥村宏 経済評論家
第17回 歴史に学ぶ 過剰資本の整理
OCTOBER 2003 54
竹中大臣がアメリカの言いなりになって過剰資本の整理を銀行に強要してい
る。 しかし、今の日本にそんな余裕はない。 断行すれば大不況が待っている。
昭和初年の金融恐慌の二の舞だ。 歴史オンチの経済学者にはそれが分からない。
アメリカの要求
竹中平蔵経済財政政策兼金融担当大臣がアメリカへ行っ
てマンキュー大統領経済諮問委員長やスノー財務長官、グ
リーンスパンFRB議長などと会って、小泉内閣の構造改
革に支持を得たと誇らしげに語っている。
アメリカは日本に対して早く銀行の不良債権を処理し、不
良企業(ゾンビ企業)を整理せよと要求してきたが、この要
求に応えて竹中氏は構造改革を進めていくと言うのである。
「日本はアメリカの言っている通りにすれば間違いない。 私
はアメリカの要人にコネがあり、アメリカから強い支持を受
けている」――。 これが竹中氏の言いたいところだが、これ
ではまるでアメリカの手先ではないか。
アメリカが日本に要求しているのは、日本経済の構造改
革ではない。 銀行の不良債権を処理することでゾンビ企業
を潰せ、と言っているのである。
そうすることによってアメリカ資本が日本企業を安く買い
取ることができるからである。 現にリップルウッド・ホール
ディングスのような、ハゲタカ資本が次々と、潰れた日本の
銀行や企業を買い取っている。
アメリカ資本はこうして日本企業を安く買収したあと、そ
の企業を再建して売り飛ばすか、それとも経営支配権を握
ったまま経営していく。 そのためには過剰資本を整理して、
日本の業界を整理することが必要である。
そこで竹中氏の金融庁は公的資金を注入した銀行に対し
て業務改善命令を出したが、銀行経営者はこれにショック
を受けている。 銀行とすれば竹中氏の指示に従って不良債
権を処理してきたが、そのために赤字になったのである。 そ
れに対して業務改善命令を出して、頭取の責任を追及する
というのだから怒るのは当然であろう。
「どこまでアメリカの言いなりになればいいのか」と彼ら
が反発するのもよくわかる。
三井、三菱と鈴木商店
「過剰資本の整理」――。 これはいつの時代にも出てくる
大きな問題だ。
第一次世界大戦で日本は大儲けをしたが、それによって
新興企業が次々と生まれた。 そこで戦後不況になると、こ
れらの新興企業を整理することが必要だという声が財界か
ら出てきた。
例えば鈴木商店がそうだが、新興資本の鈴木商店は三井、
三菱などの財閥にとって邪魔になる。 そこで当時「財界整
理」ということがしきりに叫ばれ、鈴木商店は一九二七年
の金融恐慌のなかで潰れた、というより議会で震災手形の
処理が問題にされ、それによって台湾銀行が潰れ、そのあお
りで鈴木商店が潰れたのである。 鈴木商店は現在の日商岩井の前身であることは言うまでもない。
この「財界整理」の考え方は当時の大蔵大臣、井上準之
助によって支持され、それが一九三〇年の金解禁へと進ん
でいった。 こんなことをすれば「嵐に向かって窓を開ける」
のと同じで、日本は大不況になると武藤山治鐘紡社長など
が反対した。 そして石橋湛山や高橋亀吉などが「金解禁反
対」を強く唱えたことは有名である。
一九二七年の金融恐慌がまだおさまっていない段階で、金
解禁を行えば大変なことになるのは分かりきっている。 しか
もちょうどそのとき、アメリカでは株価が大暴落し、一九二
九年の世界大恐慌が始まろうとしていた。
そのようなときにあえて「財界整理」によって過剰資本を
整理し、不良企業を潰していけばどんなことになるか。
この不安はズバリ当たって日本は一九三〇年から大不況
になる。 この一九三〇年に私は生まれたのだが、「不況の申
し子」であるだけにこの大不況は私にとって忘れられない事
件であり、いま竹中氏がアメリカの支持でやろうとしている
構造改革=過剰資本の整理はそれほど恐ろしいものである。
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歴史オンチの経済学者
いま過剰資本やゾンビ企業の整理といえばすぐ出てくるの
がゼネコンであり、不動産、そしてスーパーだが、例えばダ
イエーを潰せばどういうことになるか。 それは社会不安を起
こし、大変なことになるのは分かり切っている。
そこで小泉内閣といえどもダイエーを潰すことはできなか
った。 熊谷組もそうだし、その他のゼネコンや不動産もみな
同じである。 これらを潰せば、それはすぐに銀行にはね返っ
て銀行が潰れるかもしれない。
このように今の日本では過剰資本の整理をするだけの余
裕がなくなっているのである。 昔の財閥に代わって、銀行が
日本経済の主柱になっているが、その大銀行に過剰資本の
整理をするだけの力がなくなっているのである。
金融庁の業務改善命令に大銀行が反発しているのはそう
いう背景があるからだ。 アメリカの要求している過剰資本の
整理を進めれば銀行自体が危ないのである。
このことを知ってか知らないでか、アメリカに行ってマン
キュー大統領経済諮問委員長などに言われて、「ハイハイ、
過剰資本の整理をやります」と言うのである。 それが日本経
済にどういうことをもたらすのか、ということが全く分かっ
ていない。
マンキューが日本のことが分からないのは当然だが、その
経済学者であるマンキューの言う通りにやろうとしているの
が、「経済学者」を自称する竹中平蔵氏である。
マンキューなどのアメリカの経済学者に共通していること
は、全くの「歴史オンチ」ということであるが、その点は竹
中氏などの日本の「経済学者」にも共通している。
この際、一九二七年の金融恐慌、そして一九三〇年から
の昭和恐慌について、彼らは少し勉強してみてはどうか。 古
来、「歴史を忘れる者は歴史によってシッペ返しを受ける」
と言うではないか。
昭和恐慌の教訓
昭和初年の金融恐慌の中で、なぜ三井、三菱などの財閥、
そして井上準之助蔵相などはあえて「財界整理」を唱えた
のか。 これは極めて簡単で、鈴木商店に代表されるような新
興資本によって財閥の利益が浸食される。 これを整理する
必要があると考えたからである。
そこであえて不況によって過剰資本を整理することが必要
である。 金解禁をすれば不況になることは分かり切っている
が、それによって大手術をすることが必要だと考えたのであ
る。 もちろん金解禁で不況になれば三井、三菱などの財閥も
影響を受けるが、彼らはそれに充分耐えられると思っていた。
事実、一九三〇年からの昭和恐慌によって三井、三菱な
どの財閥も影響を受けたが、しかしやがて満州事変が起こり、
日本は軍需景気になっていく。 「財界整理」をしておいたお
かげで、その後もうまくいったというわけだ。
しかし、この昭和恐慌によって日本の農村は大打撃を受
け、娘の身売りが横行した。 そして街には失業者が溢れ、人
びとは生存を脅かされるようになった。
そこで右翼や軍人による財閥攻撃が強くなり、これがやが
て「二・二六事件」へとつながり、井上準之助をはじめ政
治家や財閥の経営者が暗殺された。
小泉首相や竹中大臣はこのような歴史を知っているのだ
ろうか。 過剰資本の整理がいかに大変なことか、ということ
が分かっているのだろうか。
なにより重要なことは、昭和初年の恐慌では、財閥は多
少の影響を受けても十分やっていける。 そして過剰資本の
整理をすれば、あとは自分たちにとってプラスになるという
自信があった。 しかし今の日本で、そのような自信を持つも
のがいるのだろうか。 今はもちろん財閥はなくなっているが、
しかしそれに代わって生まれた企業集団はそのような自信を
持っているのだろうか。
おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 主な著書に「企業買収」「会
社本位主義は崩れるか」などがある。
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