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OCTOBER 2003 24
大同団結へのアクセルとブレーキ
「とくに新しい展開がないため今回の取材依頼は辞
退したい」――。 二〇〇〇年九月に日本経済新聞の
一面を華々しく飾った、本田技研工業とヤマハ発動
機の国内での二輪車共配。 その後の状況を追いかけよ
うと取材を申し込んだが、広報担当者の返事はすげな
かった。
取材依頼に対して消極的なのも理解できる。 国内
の二輪車販売の落ちこみぶりは目を覆うばかりだ。 八
二年のピーク時に三二八万台あった出荷台数は、二
〇〇二年には七七万台まで落ちこんでいる。 最近は八
〇万台前後で下げ止まったかに見えるが、オートバイ
のユーザーである若年層が減っていることを考えると
今後、再び市場が急拡大する見込みは薄い。
国内首位のホンダと、二位のヤマハが二〇〇〇年に
完成車の共同輸送で合意した背景には、こうした市
場環境の変化があった。 両社は八〇年代前半に業界
トップの座を巡って熾烈な乱売合戦を繰り広げた経緯
を持つだけに、物流共同化への注目度は高かった。 だ
が現時点で両社の共配は、中国地方と九州の一部な
どごく一部のエリアで行われているに過ぎない。
発表時にスズキや川崎重工業といった三位、四位
メーカーの参加も拒まないと言っていた通り、九州の
一部エリアではスズキも共同輸送に参加している。 今
後、再び進展する可能性もゼロではないだろう。 しか
し、四国、北海道などへも拡大していきたいとしてい
た当初の思惑は完全に外れた。
国内の二輪車市場は、ホンダとヤマハだけで八割方
のシェアを握るほど寡占化されている。 両社の物流共
同化は、まさに?業界プラットフォーム〞の構築に向
けた試みだったといえる。 市場規模の縮小を受けて販
荷主が描く業界プラットフォーム
自動車業界/鉄鋼業界/出版業界
業界の大手同士が手を結ぶ物流共同化が相次いでいる。 企業を
取り巻く経営環境の悪化がこれを後押ししている。 しかし、計画
通りに実施できているケースは稀だ。 業界の慣習や勢力図を上手
く料理することができた場合にのみ道は拓ける。 (岡山宏之)
第2部
社網の全国統合などが進展していたことも、両社が物
流共同化に踏み切る恰好の条件になった。 ところが結
果は芳しくなかった。
いくつかの理由が考えられる。 企業文化やインフラ
の異なる会社が、物流を共同化すれば互いの活動は大
なり小なり制約を受ける。 さらに国内の二輪市場が縮
小したからといって、世界中で活動している二社にと
っては地域的な現象に過ぎない。 宿命のライバルと協
力関係を深めるほどの差し迫った必然性はなかったよ
うだ。
同じライバル企業同士でも、状況次第では共同化
は成立する。 現に四輪車の完成車輸送の世界では、そ
うした取り組みが進行中だ。 日産自動車と車両輸送
の契約を結んでいるゼロ(旧日産陸送)とトヨタ自動
車系のトヨタ輸送は、二〇〇一年から共同輸送を手
掛けて、すでにかなりの実績を積み上げている。
カルロス・ゴーン氏の改革にともない日産と資本関
係の切れたゼロは、独力で生き残るための経営効率化
を余儀なくされた。 だが極めて特殊な車両を使う上、
物量が決まっている完成車輸送の世界では、収益力
を高める選択肢は限られている。 すでに中古車輸送な
どで荷主の多角化を果たしていたゼロにとっては、な
おさらそうだった。 そこで目を付けたのが、トヨタ輸
送との物流共同化だった。
もともと共同輸送のための好条件は揃っていた。 生
産拠点の多くが中部地区に集中しているトヨタと、関
東地区に集中している日産ではモノの流れが逆だ。 ト
ヨタ車を積んで東に向かう車両が、帰路は日産車を積
んで西に戻れば互いに積載効率を高めることができる。
理屈の上では理想的な協力関係が成り立つ。
実際、この物流共同化は二社の間で順調に進んだ。
そればかりか業界全体を巻き込んで発展していき、二
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流を手掛けている運送会社を使うと、営業情報が漏
れるのではないかと危惧する雰囲気があった」
メタルワンには系列の販売会社および加工会社が全
国に約七〇社ある。 薄板や鋼管といった事業ごとに、
地区単位の関連会社を持ってきた結果だ。 しかも従
来は三菱商事と日商岩井がそれぞれ別の系列を形づ
くってきたため、統合後のメタルワンの関連企業の間
には業務の重複などによるムダが明らかだった。
本来であれば、二つの企業組織が合併すれば、物流
やITなど間接業務の見直しは当たり前だ。 しかし、
メタルワンの場合は、そう簡単ではなかった。 鉄鋼専
門商社になったとはいえ、二兆円以上の規模を持つ同
社の社内組織は複雑だ。 営業部門だけをみても、薄
板部や自動車鋼材部、条鋼建材部といった具合に事
業単位に細分化されている。
しかも社内で物流管理を一元的に手掛けている部
署はない。 国際部門については輸出入に関する船会社
との折衝窓口などを担う「運輸保険ユニット」があるが、国内については各事業部が商流から物流までをそ
れぞれ管理する体制になっている。 加えて前述したよ
うなしがらみがあるため、たとえ系列企業であっても
物流共同化のような組織横断的な活動は難しいとい
うのが過去の実態だった。
もっとも日商岩井の旧・鉄鋼事業部では、事業統
合前の昨年の段階から、系列企業間の物流共同化の
可能性を模索していた。 それが新会社に移行したこと
で、一気に物流共同化を進めやすい環境が整った。
「ライバル関係にあった二社がメタルワンとして一
つになった。 当然、子会社にとっても、過去に競合し
ていた企業と切磋琢磨して効率を高めなければならな
い状況が生まれた。 我々としても、そうしなければ生
き残れないと強く訴えている」とメタルワン営業戦略
社が手を結んだ直後には、ホンダやマツダなども巻き
込んで交通の便の悪い地域への完成車輸送を共同化
した。 トヨタ輸送とゼロの取り組み自体も、最近にな
ってさらに対象エリアを拡大しようと検討している。
二輪車で拡大しなかったトップ同士の共同輸送が、
四輪車では上手くいった理由は何だったのか。 四輪車
の輸送に使う特殊車両を多数、保有しているのは完
成車メーカーの系列企業だけだ。 なかでもトヨタ輸送
とゼロの保有台数は突出している。 そこに日産の系列
解体が起こり、ゼロは独力で生きていくことになった。
純粋に資本効率だけを考えて効率化を追求し始めた
ことが、ライバルとの共同化につながったのである。
過去の?しがらみ〞を断ち切る
今年一月、三菱商事と日商岩井は鉄鋼部門を分社
統合し、メタルワンという新会社を設立した。 大型再
編の続く鉄鋼流通の世界でも、メタルワンの二兆一〇
〇〇億円という売上規模はひときわ目立つ。 川上に
位置する鉄鋼メーカーの大再編と、自動車産業を始
めとする川下産業のコスト削減要請の高まりが、流通
分野の再編を後押しした。
そのメタルワンは現在、従来の鉄鋼業界の常識では
考えられなかった取り組みを進めている。 系列の販売
会社や加工会社などを対象に、物流共同化を仕掛け
ているのである。 歴史が長いだけに業界体質も古い鉄
鋼業界では、長年の付き合いや系列といった企業間の
?しがらみ〞が多い。
今回の物流共同化プロジェクトを担当しているメタ
ルワン営業戦略部の木村肇戦略推進室課長代理はこ
う解説する。 「ある販売会社の得意先は、その販社と
関係の深い運送会社が商品を持ってくることを期待し
ている。 こうした過去のしがらみに加えて、他社の物
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部の亀川洋介戦略推進室室長代行は説明する。
実際、メタルワンは、物流共同化を全国に拡大して
いこうと考えている。 その第一ステップとして今年一
月から関東の鉄鋼流通事業者が集中している浦安地
区の系列六社を対象とする物流共同化を検証中だ。 ま
ず、過去のある時期の六社の出荷実績データを三日分
集め、これを一元的にコントロールして共同化した場
合の効果を試算した。
調査対象とした六社は、扱い品種も違えば事業規模
も異なる。 物流子会社を持つ会社も二社含まれている
が、大半は昔ながらの紙ベースの業務処理をいまだに
している。 しかも三日分といっても六社を合計すると
一日平均一二五〇トンの物量を動かしており、データ
を集めて分析するだけで約三カ月を要した。
それでも結果は苦労の甲斐のあるものだった。 「机
上の計算ながら、従来より一五%から二〇%は車両
を減らせるという結果が出た。 品種の異なる鋼材を積
み合わせるとなると現実にはかなりの制約を受ける。
だがシミュレーションを手掛けたのは鋼材輸送に精通
した運送会社の配車マンだ。 共同化の効果は明らかだ
った」(メタルワンの木村課長代理)
この検討結果を受けて意を強くした同社は現在、浦
安地区の六社を対象とする物流共同化を実際に具体
化する第二ステップへと進んだ。 そして六社分の輸送
業務を一元的にコントロールする集中配車センターを
設置し、共同配送の新たなモデル構築を進めている。
「六社の年間物流費は計七、八億円。 その一五%とい
うことは約一億円のコスト削減が見込める計算だ。 今
年中に問題の洗い出しを済ませ、来年は実際の効果
を出したい。 この取り組みを全国に拡大していけば、
二〇億円程度のコスト削減の可能性がある。 我々が
目指しているのは鉄鋼業界の菱食になることだ」と亀
川室長代行。 過去にほぼ手付かずだった分野に、メス
を入れる効果は大きい。
業界プラットフォームの理想像
歴史的に物流の共同化が遅れていた鉄鋼業界とは
対照的に、過去の経緯から極めて高度な業界プラット
フォームを持つのが出版業界だ。 日本出版販売(日販)
とトーハンという二大取次による流通の寡占化は有名
だが、実は出版業界には、この二社ばかりか全取次が
完全に相乗りしている共同輸送ネットワークがある。
出版物の一般的な流通経路は、出版社〜取次〜書
店だ。 全国四〇〇〇社以上の出版社と、二万店以上
の書店を結ぶ取次の役割は大きい。 書店の店頭に本
がなくとも、タイトルと出版社さえ分かれば、いずれ
一冊の本が無料で書店まで届く。 時間がかかるといっ
た批判も多いが、日本全国にくまなく本を行き渡らせ
るうえで有用な機能であることは間違いない。 業界ぐ
るみの共同輸送ネットワークがこれを支えている。 これまで取次業界トップの座を争ってきた日販とト
ーハンは、書店への送品業務や、売れ残った本を処理
する返品業務を巡っても効率化競争を繰り広げてきた。
なかでも出版社の主な収益源でもある週刊誌や月刊
誌、コミックなどの返品処理の効率化は、出版業界の
命運すら左右しかねない重要な課題だ。
現在、雑誌の返品率は三〇%前後ある。 もともと
返品を前提とする委託販売制度を採用しているため、
返品の発生自体は避けられない。 だが俗に業界の許容
範囲と言われる?雑誌は二〇%〞という数字に比べ
ると、現状は完全に高止まりの状態にある。 これを是
正することは出版業界に共通する悲願でもある。
この雑誌の返品率の適正化を最大の狙いとして、業
界最大手の日販は二〇〇一年に大胆な物流共同化に
メタルワン営業戦
略部戦略推進室の
亀川洋介室長代行
メタルワン営業戦
略部戦略推進室の
木村肇課長代理
●浦安地区で進む共同配送・集中配車スキーム
グループA社
(建材・条鋼)
グループB社
(建材・条鋼)
●各社の輸送オーダーを一手に受領
●共同配送をベースとした最適配車
●配車支援システムの導入
グループC社
(薄板)
グループD社
(薄板)
グループE社
(棒鋼・厚板)
グループF社
(鋼管)
B社起用
輸送協力会社
C社起用
輸送協力会社
A社輸送子会社 D社輸送子会社 E社起用
輸送協力会社
F社起用
輸送協力会社
A社輸送子会社
配車担当
D社輸送子会社
配車担当
集中配車センター
効率的配車
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踏み切った。 業界三位の大阪屋、同じく四位の栗田
出版販売ら取次五社に、講談社、小学館といった大
手出版社も加えて、返品処理の共同事業に乗り出し
たのである。 二〇〇三年四月には上記の七社が出資
する新会社、出版共同流通を発足。 約八〇億円を投
じて返品処理業務のための物流拠点「蓮田センター」
を新設した。
その狙いを日販の古屋文明常務は次のように説明
する。 「返品率を下げるには、返品情報をリアルタイ
ムで正確に掴み、これを販売に活かしていく必要があ
る。 だが従来の仕組みのなかでは、十分な対応はでき
ていなかった。 書店さんにとっても負担の大きい返品
業務の作業を軽減し、さらに返品処理コストの低減を
図る必要があった。 大阪屋さんも栗田さんも同じよう
なニーズを持っていたため、一緒にやりましょうとい
う話になった」
取次業界の大手五社が手を結んだ結果、出版流通
市場に占める新会社のシェアは五割を超えた。 これに
よって、すでに同様の返品処理センターを運営してい
る業界二位のトーハンと、完全に業界を二分する構図
ができあがった。 一見すると、業界の二大勢力が効率
化を競い合うという、理想的な競争状態が生まれたか
に思える。
しかし、現実はもう少し複雑だ。 返品処理の効率
化を競う一方で、前述した通り取次各社は同じ共同
輸送ネットワークに相乗りしている。 業界団体の日本
出版取次協会(取協)が実質的にコントロールしてい
るこの共同輸送では、日本全国にハブ&スポーク方式
の輸送網を張り巡らしている。 あるエリアを特定の物
流事業者一社が担当する仕組みで、全国を二〇、三
〇社程度の物流業者が分担してまかなっている。
この共同輸送ネットワークは一九五〇年代から構
築が始まった。 それ以前は鉄道を利用していたのだが、
運賃と利便性という二つの理由から徐々に路線トラッ
クの利用へとシフトしていった。 そして取協と路線ト
ラック業者が共同で全国の輸送ダイヤグラムを策定し、
互いに業界団体を窓口として?基準運賃〞まで定め
るという体制ができあがった。
その後、業界ぐるみで運賃を決めているのではない
かと批判されることを恐れ、表面的には「各取次と各
運送業者が個々に交渉するもの」と改めた。 だが現実
には、物量と輸送距離に応じてほぼ業界一律で動いて
きたようだ。 そして、この構図は、およそ半世紀を経
た現在に至るまで大枠では変わっていない。
独占禁止法などの精神に照らせば、問題を指摘さ
れても不思議のない状況といえる。 にもかかわらず、
出版事業の特殊性と、実際に低コストで効率的に運
営されていることから、これまで表立って問題視され
ることはなかった。 しかし、そこに硬直性があること
は否めない。
このことは出版流通に詳しいある運送業者の、「昔
は出版の仕事は儲かった。 最近でこそ運賃が安くて儲
からないが安定していることに変わりない」というコ
メントからも伺える。 実際、出版流通を担う運送業者
の顔ぶれは長年にわたって、かなり固定化している。
「著しく非効率な場合は当然、見直していくが、ある
エリアの輸送業者を変えることは日販の一存ではでき
ない」(日販の安西浩和王子流通センター所長)
同業種の物流共同化を突き詰めていくと、業界イ
ンフラとしてのプラットフォーム事業がみえてくる。
主要メンバーが大同団結するほど共同化の果実は大き
くなるが、そこで停滞を招くようでは意味がない。 高
度に完成された出版流通の現実は、物流共同化のある
べき姿を考える格好の材料といえるだろう。
日本出版販売の
古屋文明常務取締役
日本出版販売の
安西浩和王子流通
センター所長
●出版共同流通の「蓮田センター」
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