ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2003年11号
メディア批評
権力者にひたすら弱い日本のマスコミ被害者の声に耳を傾けて体質を改めよ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

佐高信 経済評論家 41 NOVEMBER 2003 私は新聞記者の必読書は河野義行著『「疑惑」 は晴れようとも』(文春文庫)だと思っている。
河野は警察と新聞(テレビを含むマスコミ) によって松本サリン事件の真犯人とされ、極 限状態にまで追いつめられた人である。
権力を持つ者には弱く、持たない者には強 くなる両者の体質をこれほどあからさまにし た事件もなかった。
私は河野と対談したことがあるが、河野の ような冷静で強靱な精神の持ち主でなかった ら、逮捕されるか、自殺してしまっただろう。
同じ過ちを繰り返さないために、まず、新 聞記者はこの本を手に取り、繰り返し読むべ きだと思うのだが、その体質はまったく改ま っておらず、第二、第三の「河野事件」が生 み出されている。
ジャーナリストの大谷昭宏は『月刊社会民 主』の一〇月号で、河野と同じように警察と メディアに痛烈な挑戦状を叩きつけた三笠貴 子の『お兄ちゃんは自殺じゃない』(新潮社) を紹介する。
三笠は若きルポライターだが、この本によ って「黒田清記念JCJ新人賞」を受けた。
JCJとは「日本ジャーナリスト会議」の略 称で、大谷は師である黒田の名前を冠したこ の賞の審査員となっている。
しかし、八月一五日のこの賞の授賞式は、 大谷にとって、「何とも皮肉、そしてちょっぴ りやり切れない」ものとなったという。
なぜか? 三笠の兄の車が、無人のまま徳島県阿南市 で発見されたのは一九九九年十二月。
車のあ ちこちに故意につけられたと思われる傷があ ったのに、阿南署の反応は、女とラブホテル にでも入っているのではないか、だった。
その後、遺体が発見されたが、警察は遺体を 解剖する前に、早々と自殺と断定してしまう。
「お兄ちゃんは決して自殺をするような人じ ゃない」 海上自衛隊員だった兄をこう判断した三笠 貴子は、いくら訴えても動かない警察に絶望 し、自分一人で真冬の現場を聞き込みに歩く。
家族で事件の目撃者に三〇〇万円の懸賞金も 用意した。
これは税金の二重払いのようなも のではないだろうか。
税金で雇っている警察 が動かないから、自分で聞き込みに歩くだけ でなく、懸賞金まで用意しなければならない のである。
大谷にとって「皮肉でやり切れなかった」 のは、舞台が新聞記者としてのスタートを切 った徳島であるだけでなく、授賞式でスピー チに立った彼女の言葉が自らをも突き刺した からだった。
警察からは厄介者扱いされた三笠は一縷の 望みを抱いて、膨大な資料をそろえ、地元の 記者を一人ひとり訪ね歩く。
しかし、答は、 「当局が殺人事件と認めたら書きましょう」 だった。
その経緯を涙ながらに話した彼女は、壇上 で大きく息を吸って続けた。
「言葉が悪いことは許して下さい。
でも、こ れが私が記者のみなさんに抱いた思いなので す。
お前らジャーナリストと違うんか。
そんな ペンなら折ってしまえ」 この言葉にジャーナリストやその卵で埋ま った会場は静まり返ったという。
「事件記者は警察の広報ではないはずです。
私たち家族のように苦しい思いをする人をこ れ以上つくらないためにも、メディアに属す る人は小さな声しか出せない人の声なき声に 耳を傾けてほしいのです」 松本サリン事件でも警察のメンツがあそこ まで河野を追いつめた。
その片棒をかついで いたのはメディアだった。
メディアはまさに 共犯者だった。
あの事件がまったく教訓とされていない。
「そんなペンなら折ってしまえ」と叫ばなけ ればならない人がこれからも続くのか? 権力者にひたすら弱い日本のマスコミ 被害者の声に耳を傾けて体質を改めよ

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