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NOVEMBER 2003 16
改革の先陣を切った松下
「かつて松下は家電を販売するための最適な流通モ
デルを作って大成功を収めた。 これは家電業界で成功
したモデルというより、日本のビジネスモデルであり、
世界に誇るべきビジネスモデルだった」。 松下の田中
宰副社長は、かつて本誌のインタービューに応えてそ
う語った(本誌二〇〇二年七月号参照)。
確かに松下の作り上げた事業部制と、全国をくまな
くカバーする系列店による販売網は、同社の成長を強
力に後押しした。 同時に家電製品を日本中に普及さ
せて日本人の生活水準を向上させたことも事実だろう。
しかし、家電市場の需給関係が逆転してからは、重装
備のサプライチェーンのマイナス面ばかりが目立って
いる。
法政大学の矢作敏行教授は「(日本の戦後の流通制
度では)中間流通を足がかりにして、実は小売りを管
理するのがメーカーの最終目的だった。 ここには大き
く言えば、『自社製品の販売促進』と『価格の安定』
という二つの大きな目標があったはずだ」と指摘する。
実際、メーカーの流通支配に抵抗して?価格破壊〞
を挑んだダイエーは松下と三〇年越しの覇権争いを繰
り広げた。
当の松下の社内でも、八〇年代半ばから自社の流
通モデルに対する危機感が芽生えていた。 製品を見る
消費者の目が厳しくなり、家電製品のライフサイクル
がどんどん短期化していたことが大きかった。 大量生
産・大量消費という定石に陰りが見え始めていた。
これを受けて松下は九〇年代初めに当時、社内で
MTM(松下マーケットオリエンテド・トータルマネ
ジメントシステム)と名付けたサプライチェーン改革
に取り組んだ。 流通在庫をメーカーに引き上げるのと
松下電器産業をはじめとする家電メーカーは、戦後の高度
成長期に極めて日本的な多段階の中間流通を構築した。 だが
90年代に入ると、需給の変化と家電量販チェーンの台頭がメ
ーカー系列のサプライチェーンを直撃。 各社は販社と物流子
会社の位置づけを見直さざるを得なくなっている。
(岡山宏之)
家電業界に見る販社再編のスキーム
同時にリードタイムを短縮する――。 後にSCMで追
求することになる課題に家電メーカーの先陣を切って
挑んだ格好だった。
しかし、MTMプロジェクトは目に見える成果を上
げることもなく終息してしまう。 当時の松下は過去の
華々しい成功体験を否定するにはまだ早すぎた。 事業
部や営業、販社といった流通を構成する各組織は個
別最適から脱することができなかった。 インターネッ
トの普及した現在とは異なり、ITによる各部門の情
報共有が容易ではなかったことも大きかった。
結局、松下が流通モデルの見直しに本腰を入れたの
は、それから約五年を経た九七年のことだ。 その後の
約四年間の変革は凄まじかった。 まず量販店向けと系
列店向けの営業部隊を明確に分離した。 同時に全国
八カ所に松下ロジスティクス・マネジメント(LM)
という物流子会社を設立。 それまで各地の販社が個
別に持っていた二次物流(販社の物流拠点〜販売店
までの物流)の機能を、倉庫や車両などの資産や人材
ごと新会社に集めた。
この体制が落ち着いた二〇〇一年一〇月には、全
国二十二社の家電販社を松下ライフエレクトロニクス
一社に統合。 系列店向けの中間流通を一気に整理し
た。 物流面でも、それまで一次物流(工場〜販社の
物流拠点)だけを担っていた松下物流と、四年前に
設立した松下LM八社を統合して、新たに松下ロジ
スティクスを発足。 松下グループのロジスティクス戦
略全般を担う組織として位置づけた。
地域別・階層別に分かれていた中間流通を統合す
ることで連結ベースの在庫を減らし、川下の動きに即
応できるサプライチェーンを実現することが狙いだ。
そこで物流の実務を担う松下ロジスティクスは、社内
に約七〇〇台のトラックを保有している。 この重いリ
第3部
17 NOVEMBER 2003
特集
ソースを有効活用できるかどうかが、今後の松下の中
間流通の競争力を左右することになる。
新たなモデルを模索するソニー
ライバルのソニーも、過去五年の間に松下と同様の
中間流通の再編を進めてきた。 ただしソニーの場合、
過去に松下ほど強い系列を形づくってこなかったこと
もあって、再編のスキームはずっと分かりやすい。
従来のソニーのビジネスモデルは「販社で在庫を持
ち、リスクを前線で飲み込むというものだった」(ソ
ニー幹部)。 市場が成熟してきた八〇年代後半以降、
在庫リスクに悩まされてきたのは、ソニーも他の家電
メーカーと同じだ。 そのために九〇年代半ばからSC
Mに本腰を入れ始め、需要予測を始めとするITの
高度化を着々と進めてきた。
九七年四月には全国八社の販社を統合してソニー
マーケティングを発足。 このときに、すでに国内の中
間流通を抜本的に刷新する意向を持っていた。 全国
に構えていた流通倉庫に販社が保管していた製品在
庫を、工場倉庫に集約。 製品としてではなく部品とし
て在庫を持つことで在庫負担を減らすというアプロー
チだ。 しかし現実には、二〇〇二年までソニーの在庫
が目に見えて減ることはなかった。
同社がSCMの動きを一気に加速するきっかけにな
ったのは、二〇〇一年四月のソニーEMCSの発足
だった。 独立法人だった全国の製造事業所(工場)を
ソニーEMCSに統合。 さらに従来は販社で管理して
いた中間流通における製品在庫の管理までを、ソニー
EMCSが担う体制に変更した。 このときソニーマー
ケティングは、その名の通りマーケティング機能を担
い、川下の販売情報を吸い上げてくる会社として位置
づけられた。
従来、販社の指示で中間流通における製品倉庫を
管理してきた物流子会社、ソニーロジスティックスの
役割も大きく改めた。 二〇〇三年四月に同社とグル
ープの調達業務を手掛けてきたソニートレーディング
インターナショナルを合併。 ソニーサプライチェーン
ソリューション(ソニーSCS)として再出発したの
である(本誌二〇〇三年四月号参照)。 ソニーSCS
は戦略面を担うソニーEMCSと連携をとりながら、
調達から製品配送にまで至るグループ全体のサプライ
チェーンの管理を手掛ける。
合併前のソニーロジスティックスの役割は需給ギャ
ップを埋めるために抱えていた製品在庫の管理がメー
ンだった。 だが在庫を極力、持たないようにするとな
ると、中間流通での在庫管理業務そのものが不要にな
る。 通過型のセンターを管理するだけであれば重たい
管理組織は必要ない。
実際、ソニーEMCSの発足後、ソニーグループが
エレクトロニクス事業で抱える在庫は急速に減った。 二〇〇一年と二〇〇二年の第一四半期を比べると、棚
卸し資産の金額は三〇〇〇億円近く減少している。 さ
らに現在、ソニーマーケティングが中心になって、受
発注からロジスティクス管理までをカバーする情報シ
ステムの作り込みを進めている。 来年にかけて段階的
に導入していく方針だ。 これが本格的に稼働すればソ
ニーの新しいSCMが見えてくるはずだ。
組織の再編を繰り返す日立
松下やソニーと違って、日立製作所や東芝などの総
合電機メーカーにとって家電事業は一事業部門に過
ぎない。 家電事業を取り巻く環境の厳しさは同じでも、
家電しか生きる道がないのか、多くの事業の一つとし
て位置づけるのかで再編の形は違ってくる。
●大手4社の家電流通に関する組織形態の変遷
97年
家電事業本部にLEC本部を設置し、全国各地の販
社から量販店向け営業と物流(二次物流)を分離。
全国8カ所に松下ロジスティクス・マネジメント
を発足し、各地の販社が有していた二次物流の機
能を新会社に統合。
松下ライフエレクトロニクスを発足し、国内の
家電関連販売会社22社を統合。
松下ロジスティクスを発足し、松下物流(一次
物流を担当)と松下ロジスティクス・マネジメ
ント(二次物流を担当)を新会社に統合。
ソニーマーケティングを発足
し、国内8社の販売会社を新
会社に統合。
ソニーEMCSを発足し、製
造管理会社として全国の国内
工場を傘下に。
ソニーロジスティクス(物流子会社)とソニートレー
ディングインターナショナル(調達子会社)を合併し
て、ソニーサプライチェーンソリューションを発足。
日立コンシューマ・マーケティング(日立
H&Lの100%子会社)を発足し、全国
の家電販社(9社)、システム会社(6社)、
サービス会社(8社)を統合。
東芝ライフエレクトロニクスを
発足し、全国12社の地域家電
販社を統合。
東芝コンシューママーケティングを発足して、家電事業を東芝
から分離。 ここに東芝ライフエレクトロニクスを統合。 さらに
新会社の傘下に、国内工場を統括する東芝家電製造と、照明機
器事業の東芝ライテック、空調機器事業の東芝キヤリア、一次
電池事業の東芝電池の4社を配置。
2001年10月
97年4月 2001年4月 2003年4月
国内家電販売の管理会社、日立家電を
日立製作所に吸収合併し、家電事業に
おける製品企画から販売・サービスに
至る一貫体制をスタート。
95年4月 2003年4月
2001年8月 2003年10月
日立ホーム&ライフソリュー
ションを発足し、家電事業を
日立製作所から分離・独立。
2002年4月
松
下
ソニー
日
立
東
芝
NOVEMBER 2003 18
日立グループの家電事業の再編の経緯は他社に較
べると分かりにくい。 日立の家電チャネルは従来、マ
ーケティングを統括する日立家電と、地域営業を担当
する地域販社の三重構造になっていた。 このうち日立
家電を九五年に製作所に吸収した。 家電事業の組織
再編という意味では、この時点では同業他社に先行し
ていたわけだ。
ところがその後、二〇〇二年四月に日立ホーム&ラ
イフソリューション(H&L)を設立して、製作所が
持っていた本部機能も含めて家電事業すべてを分社
化することになる。 その上で家電の製造子会社だけを
日立H&Lから切り離して、製作所の一〇〇%子会
社とした。
翌二〇〇三年四月になると、今度は日立H&Lの
一〇〇%出資で日立コンシューマ・マーケティング
(日立CM)を発足。 地域に展開していた家電販社九
社とシステム会社六社、サービス会社八社を統合した。
この結果、製作所本体からは一切の家電事業が実質
的に切り離されることになった。
九五年から現在に至るまで、日立の家電事業をと
りまく基本的な状況は同じだ。 にもかかわらず、一度
は本体に吸収した家電事業を、再び丸ごと切り離すと
いう組織変更を繰り返したのはなぜか。 そこには総合
電機メーカーならではの事情があった。 日立H&Lの
橋本哲郎物流システム部長は次のように説明する。
「日立製作所のなかで事業グループ単位で仕事をし
ていたときには、儲かっている事業もあれば、赤字を
出している事業もあって互いにもたれあう部分があっ
た。 実際、過去には家電事業が半導体事業を支えて
いるような時代もあった。 これを事業グループごとに
切り出して各事業の採算をはっきりさせる必要があっ
た」
もちろん日立製作所の事業部として活動していたと
きから、家電事業そのものの収支はきちんと把握でき
ていた。 しかし、ある事業部が儲かっていないからと
いって、給与水準や賞与などを全社平均に較べて著し
く抑制するのは労働組合が同じという点からも難しか
った。 つまり製作所の一事業部門として活動している
限りは、どうしても事業単位の採算があやふやになり
がちだった。
物流管理にも問題があった。 業界きっての実力派と
される日立物流をグループに有しながら、その強みを
活かしてきたとは言い難い。 過去に各地の家電販社が、
独自の物流子会社としてハイフレックスを作り、その
下請けとして日立物流を位置づけてきたことからも明
らかだろう。 将来的にハイフレックスは清算する方針
というが、これも家電事業の採算が明確になれば加速
せざるを得ないはずだ。
日立H&Lは発足した初年度から想定外の赤字決
算を余儀なくされた。 日立グループにとって家電事業
は一事業部門に過ぎないが、家電製品そのものは消費
者が最も頻繁に目にする日立ブランドの?顔〞でもあ
る。 家電事業会社の独り立ちはグループ全体にとって
も避けられない課題になっている。
周辺事業まで集約した東芝
「当社の動きは競合他社に較べると早いと思う。 東
芝の家電事業はこのままではダメだ。 独立会社として
経営が成り立つかどうかの瀬戸際に立たされている。
そういう意識の下に、かなりのエネルギーを費やして
事業再編を進めてきた結果だ」。 今年一〇月に発足し
た東芝コンシューママーケティングで物流統括責任者
を務める清水英範執行役員は、東芝グループの家電
事業の現状をこう説明する。
日立ホーム&ライフソリュ
ーション・物流システム部
の橋本哲郎部長
19 NOVEMBER 2003
東芝は二〇〇一年四月にカンパニー制を導入して、
家電を含むコンシューマ関連事業を照明子会社なども
含めて大括りにした。 同年一〇月には、全国に展開し
ていた地域販社を統合(沖縄など一部を除く)して東
芝ライフエレクトロニクス(LE)を発足。 さらに今
年一〇月になると、東芝本体のなかにあった家電機器
カンパニーを完全に分社・独立して、これを東芝LE
と合併。 新たに東芝コンシューママーケティング(東
芝CM)としてスタートを切っている。
これによって東芝の家電事業は本体からは完全に切
り離され、事業単体での採算を厳しく問われることに
なった。 ここまでは日立グループが進めてきた家電事
業再編の動きと重なるが、東芝の場合は製造部門ま
で東芝CMの傘下に置いている。 さらに照明機器事
業を手掛ける東芝ライテックや、空調機器事業を手
掛ける東芝キャリアなど、家電事業の周辺に位置する
事業まで新会社に一体化した。 競合他社に較べて規
模で劣る家電事業の厳しさを見越して、複数の周辺
事業を一括りにしたのである。
再編効果への期待は大きい。 東芝の家電事業では
一連の組織再編とは別に、九〇年代後半から数年を
費やして中間流通の効率化を進めてきた。 かつて全国
に一六カ所あった家電販売用の物流拠点を集約し、現
状では六カ所まで減らした。 まだ計画段階ながら、最
終的には東西二カ所だけで全国をまかなうことを目指
している。
もっとも東芝CMが新たに照明機器事業などを統
合して発足したことで、同社の現在の中間物流拠点
は、集約中の家電事業の拠点六カ所に、東芝ライテ
ックなどが単独で持っていた物流拠点を加えると、再
び全国で計一六カ所に分散してしまった。 これを現在、
改めて東西二カ所体制にまで集約できないかと検討し
ている。
「東芝LEのときに較べると新会社の物量は一・五
倍から一・八倍程度になる。 この物量増をオペレーシ
ョンの強化に使いたい。 物流拠点が東西二カ所とはい
っても、他に全国十一カ所の工場隣接倉庫は残る。 工
場倉庫に回転率の低い製品だけを置き、東西二カ所
の拠点には回転率の高い製品だけを置くのが理想だ。
そうなれば東西二カ所の物流拠点に広大な保管スペー
スを用意する必要もなくなる」(清水執行役員)
現状では、この構想は検証を続けている段階だ。 し
かし、東芝の家電事業が、可能な限りオペレーション
効率を高めようとしているという意志は明確に伝わっ
てくる。 現に過去には馴れ合いがちだった東芝物流と
の業務分担についても、新会社では冷徹にコスト効率
を判断するように変える方針だ。 そのために東芝CM
の社内に物流管理専任の部隊を作り、従来は東芝物
流に任せきりだった協力物流業者の管理にも共同であ
たろうとしている。
一連の効率化を進めることで、約七六〇〇億円の
事業規模を持つ東芝CMは、初年度から二%程度の
利益を確保することを目指している。 さらに三年後に
は、この利益率を五%まで高めたい考えだ。 いま物流
分野で進めている効率化が、この業績を実現するうえ
で極めて大きな役割を担うことになる。
家電製品は基本的に購入時の一回限りしか商取引
が発生しない。 家電業界には現在、この一回限りの売
り切りから脱却するため、ネット家電の可能性を模索
する動きが慌ただしい。 だが将来的な可能性は大きく
とも、ネット家電の市場がここ一、二年で急速に立ち
上がるとは思えない。 それよりも現在のビジネスモデ
ルを理想的な姿に近づけて、ライバルに対する競争優
位を確保する方が先決だ。
特集
東芝コンシューママーケテ
ィングの清水英範執行役員
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