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DECEMBER 2003 22
外部化を徹底して本業に集中
ネットワーク機器最大手のシスコシステムズは、典
型的な「バーチャルカンパニー(仮想企業)」として
知られている。 年商約二兆円を誇る大規模メーカーで
ありながら、自らは研究開発に特化し、生産から顧客
への納品に至るサプライチェーンの全てのプロセスで
自動化とアウトソーシングを徹底している。
顧客からの注文は大半がインターネット経由。 それ
をシステムで自動処理して、生産委託先の世界各地
のEMS(Electronics Manufacturing Service:
電
子機器の受託製造会社)に送信する。 EMSは注文
情報を即座に生産計画に落とし込む。 完成した製品
は3PLの手によって、工場からの国際輸送、通関、
顧客への納品まで処理される。
全ての業務を事前に決めたルールに従って、EMS
や3PLなどのパートナーが代行している。 実際、過
半数の取引はシスコのスタッフが全く関与しないまま
完結する。 このビジネスモデルが日本市場でも踏襲さ
れている。 日本市場向け完成品のロジスティクスでは、
近鉄エクスプレス(KWE)がパートナーだ。
シスコが生産を委託するEMSの工場は、製品ごと
に米国やメキシコ、タイ、マレーシアなどに分散して
いる。 これらの工場から製品が出荷される時点から、
日本国内の顧客に納品するまでのロジスティクスを、
KWEが一手に担っている。 その業務範囲は従来の
物流業の枠を大きく超えている。
成田空港の南東約四キロメートルに位置するKW
Eの成田ターミナル。 同社が総額一二〇億円を投じ
て建設した先端拠点だ。 五階建て延べ床面積約四万
平方メートルは成田地区最大規模を誇る。 このうち四
階の全てと三階の一部を合わせた約一万平方メートル
2002年6月、近鉄エクスプレス(KWE)の成田ターミナル
に「シスコシステムズ品質センター」が稼働した。 世界各地
の工場から出荷された製品を日本に輸入し、出荷検査を経て
顧客に納品、さらには納期の問い合わせに至るまで、日本市
場向けの完成品のロジスティクスは全てKWEが代行している。
(大矢昌浩)
日本にロジスティクス担当者はいらない
を、「シスコシステムズ品質センター」が占めている。
ターミナル四階の様子は精密機械工場そのものだ。
静電気防止加工を施した床には製品の搬送フローを
指示する幾層ものラインが色分けされて描かれている。
温度管理、空調、防塵の行き届いた作業エリアでは、
KWEの制服を着たスタッフが製品の受け入れ検査か
ら外観検査、高温検査や絶縁耐圧検査などを処理し
ている。
本格的な製品検査まで代行
一連の製品検査には高度なスキルが要求される。 従
来であれば専門工場でなければ処理できなかった作業
だ。 KWEの檜山宣継新宿営業所主任は「パソコン
のキッティング程度なら当社も経験はあったが、この
ケースのように通電試験を含む精密機器の本格的な
検査となると初めて。 物流企業としては過去に例がな
いはずだ」と説明する。
検査をパスした製品は三階の作業スペースに搬送し、
そこで日本語のマニュアルを同梱して、シスコの販売
代理店に発送する。 三階にはこの他に、「シスコロジ
スティクスサポートセンター」と名付けたコールセン
ターも設置されている。 シスコの顧客や販売代理店か
ら主にメールで寄せられる納期や在庫の問い合わせに
対して、KWEのスタッフがパソコンで現状のステー
タスを確認して返答する。
そこで利用している在庫管理システムはKWEがシ
スコのために構築したものだ。 グローバルな在庫情報
を一元管理するKWEの「UWS
(
Unified Warehouse
Management System
)」と呼ぶ情報システムを、シ
スコ向けにカスタマイズした。
品質センターを管理するシスコの小林力品質本部
品質向上推進部担当課長は「センターの実務につい
シスコシステムズ&近鉄エクスプレス
日本の3PL 成功事例に学ぶ上手な活用法
特集
23 DECEMBER 2003
てはKWEに一任している。 リモートで細かい内容は
随時チェックしているが、私自身がセンターに顔を出
すのは週に一度ぐらい。 センターの見学を希望する販
売代理店を案内する程度だ」と説明する。
二〇〇三年度、シスコは一三六八億円を日本市場
で売り上げている。 しかしロジスティクスを管理する
スタッフが実は日本には一人もいない。 KWEが直接
業務を報告する相手はシスコの米国本社であり、組織
上、KWEを管理する立場にあるのはシンガポールに
常勤するアジアパシフィック地区担当の「サプライチ
ェーン・ロジスティクス部門」だ。
小林担当課長が所属する品質本部品質向上推進部
は、EMSで生産した製品の品質管理が本来の役割
だ。 社内的な評価も不良品の発生率や返品率などが
基準になる。 ロジスティクス担当者が他にいないため、
輸送トラブルによる納期の遅れや物流上のクレームで
小林担当課長が矢面に立たされることもある。 しかし、
品質向上推進部にとってロジスティクスはいわば本業
ではない。
品質向上推進部からKWEに対して、通常は口を
はさむこともない。 中核機能ではない仕事、外部化で
きる仕事は全てアウトソーシングして、自らは本業に
集中する――同社の基本方針となっているコア・コン
ピタンス経営を、日本市場向けのロジスティクスでも
貫いている。
もっとも3PLに本格的な出荷前検査を任せたの
は、同社としても日本が初めてだ。 製品検査は工場か
ら出荷する時点でEMSが既に行っている。 本来なら
改めてチェックする必要はない。 実際、日本以外の地
域では、EMSから出荷した製品を、そのまま3PL
が顧客に納品している。 それで不良が発生しても、す
ぐに代替品を納品すれば顧客の納得は得られる。 シス
コが主力とするハブは、インターネットのアドレスを
複数のパソコンで共有するための分配機だ。 パソコン
に代表されるIT関連ビジネスでは、不良品の発生に
よる返品は日常茶飯事とも言える。 しかし品質に厳し
い日本の顧客には、それが通用しない。
日本向けにビジネスモデルを修正
手厚いアフターサービスが求められる日本では販売
方式にも修正を加えている。 欧米では最終ユーザーへ
の直接販売が基本だ。 これに対して日本では国内のI
Tソリューション・ベンダーと販売代理店契約を結び、
間接販売方式をとっている。 そのためこれまでは、E
MSの工場から出荷した製品を販売代理店に納品し、
そこで検査を行った上で最終ユーザーに納品するとい
うフローになっていた。
しかし、この体制では販売代理店によって検査精度
にバラツキが出てしまう。 品質向上推進部にとっては
看過できない問題だった。 不良が発生した原因を分析し、それをEMSにフィードバックすることが品質向
上推進部の最も重要な機能だ。 しかし肝心の検査精
度が不安定では、分析の信頼性が怪しくなる。
折しも、ハブやルーターの市場は九〇年代後半から
成熟化の色合いが濃くなってきていた。 二〇〇一年の
ITバブル崩壊が、それを決定的なものにした。 シス
コにとって黙っていても売れた時代は終わり、サービ
スや品質の持つ重みは格段に高まった。
こうした市場環境の変化を受けて日本法人の品質
本部は、販売代理店を検査業務さらには物流業務か
ら解放し、シスコ側で一括して製品検査を行ってしま
う計画を米国本社に提案した。 販売代理店に代わっ
てシスコが検査コストを持ち出しで負担することにな
る。 それでも品質改善を重く見たトップの判断で提案
通電試験を含む本格的な検
査がKWEの手によって進
められている
成田ターミナル4階に「シ
スコシステムズ品質センタ
ー」が設置されている
成田ターミナルの建設には約120億円が投じ
られた
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は了承された。
これによって検査コストをシスコ側で負担すること
は決まったものの、現場のオペレーション業務を自社
スタッフで処理するという発想は、同社にはない。 早
速、プロジェクトチームが組織された。 メンバーは米
国本社のプロジェクトマネージャーおよび品質部門担
当者、そして小林担当課長を含めた日本の品質部門
担当者たち。
プロジェクトのテーマはロジスティクスではなく、
あくまでもアウトソーシングの活用を前提としたプロ
セス改革だ。 その目的も物流コストの削減やロジステ
ィクスの効率化に主眼を置いているわけではない。 検
査レベルを一定に保つことで、不良品発生の原因分
析の信頼性を高め、それをEMSにフィードバックし
て、生産の品質を向上させることが狙いだ。
本来、検査業務の委託先としては3PLより専門
業者のほうがスキルや信頼性は高い。 しかし、輸入し
た製品をいったん専門業者の検査工場に移し、そこか
ら改めて出荷するとなると、リードタイムが一日程度
は長くなる。 そこで全ての処理を3PLの拠点で一括
処理することにした。 結果的に「日本にロジスティク
ス担当者の全くいない状態で、日本国内の3PLプ
ロジェクトを進めることになった。 不安といえば、そ
れが一番大きかった」と小林担当課長は振り返る。
具体的なパートナーとしては当初からKWEを想定
していた。 コンペは行わなかった。 KWEとは日本法
人の設立以来のつき合いがあり、シスコのロジスティ
クスをよく理解していた。 加えて「KWEの成田ター
ミナルの立地と設備は大きな魅力だった。 他に比較す
る候補を考えられないほど、条件が揃っていた」と小
林担当課長。
KWE側ではロジスティクスから検査まで一括して
請け負うことの優位性をアピールした。 空港から保税
輸送で成田ターミナルに到着した製品は、検査段階が
進むごとにシリアルナンバーも変わっていく。 また品
質管理の結果、工場に送り返すことになった不良品は
インボイスを切らずに返品することになる。 検査業務
をKWEに委託するロジスティクス業務の一貫として
位置付けることで、こうした複雑な管理も処理しやす
くなるという提案だ。
協力工場の品質向上を実現
二〇〇二年六月に品質センターは稼働した。 当初
は対象機種を絞って、月間輸入台数の約一〇%を占
める中心機種から検査業務を開始した。 その後は返
品率が高い機種や今後の成長性が見込まれる戦略商
品を中心に、一機種ごと段階的に検査対象を増やし
ていった。
効果は徐々に現れた。 検査品質が安定したことで、
不良品発生の原因分析は格段に向上した。 それを品
質向上推進部は、出荷元のEMSに繰り返しフィー
ドバックした。 小林担当課長は「自分たちのミスの原
因を詳細に指摘されるのだから、EMSにとって日本
からのレポートのインパクトは大きいだろう。 しかし、
それによって工場側の品質に対する意識は確実に高ま
った。 それが返品率と不良品発生率の大幅な低下と
なって現れている」という。
計画当初は稼働一年後までに十数機種を検査対象
に加える予定だった。 しかし、実際には稼働から約一
年四ヶ月を経た現在も六機種に止まっている。 予想し
た以上にEMSの品質管理レベルが向上しているため
だ。 日本からの分析レポートに喚起される形で工場の
意識が変わったことで、検査対象の機種だけでなく、
それ以外の機種にまで波及効果が拡がっている。 つま
顧客の問い合わせに対応する
コールセンター業務もKWE
が担っている
検査をパスした製品に日本語マ
ニュアルを同梱して発送する
日本の3PL 成功事例に学ぶ上手な活用法
特集
25 DECEMBER 2003
り日本で再検査する必要のある機種自体が減っている
のだ。
ただし課題も残されている。 販売パートナーのプロ
セス改革は進んでいない。 シスコ側で検査する機種に
ついては本来、販売代理店側での検査業務は不要に
なる。 物流上も、そのまま最終ユーザーへ直送するこ
とが可能になる。 それによって浮いたリソースは本来
の販売活動に投入して欲しい。 それが販売代理店に
対するシスコ側の期待だった。
しかし、現状では販売代理店のほとんどが従来通り
の再検査を行っている。 改善されたとはいっても不良
品率はゼロにはならない。 そのため日本市場の販売パ
ートナーは、検査プロセスの廃止になかなか踏み切れ
ない。
このような不良品やミス率の改善活動は一定の値を
超えると、それ以上に精度を高めるメリットより、そ
のために必要となるコストのほうが大きくなってしま
う。 そのため一定の範囲内に納まるミスは許容したほ
うが合理的だ。 しかし、日本の場合は理屈だけでは通
らない。 品質へのこだわりは、良かれ悪しかれ日本人
の特性だ。
さらに日本企業の場合、プロセス改革に伴う雇用
問題もブレーキになる。 もはや必要のないプロセスで
も、そこに従事してきた既存スタッフの配置展開が可
能でない限り、改革を実行に移すことは難しい。
日本企業のサプライチェーンは、資本関係や雇用慣
習によって、がっちりと固定化されている。 これに対
してシスコはアウトソーシングをフル活用し、常に適
切なパートナーと結びつくことで、環境変化に応じて
柔軟にサプライチェーンを組み替えることを旨として
いる。 「アダプティブ・サプライチェーン」と呼ばれ
る。 このモデルによってシスコは、自社の資産を増や
さずに、九〇年代のわずか数年で二〇倍以上という事
業規模の急拡大を成し遂げている。
アダプティブ・サプライチェーン
そこでは3PLも大きな役割を果たした。 基本的に
シスコは完成品のロジスティクスを、米国エリアはメ
ンローロジスティクス、欧州をUPSロジスティクス、
アジアパシフィックをバックスグローバルに委託して
いる。 そのため日本のKWEはシスコの米国本社の他、
バックスグローバルにも在庫情報や業務を報告する立
場にある。 また補修用部品はフェデラルエクスプレス
がパートナーになっている。
これらの3PLは、高度なロジスティクス・サービ
スを提供するのと引き替えに、シスコの事業規模拡大
による恩恵にも与っている。 ただし、シスコのパート
ナーに安住はあり得ない。 荷主企業のアダプティブな
サプライチェーン対応は、パートナーの3PLにとっ
て既存の取引を環境次第で突然、解消されてしまう危険性を意味している。
実際、シスコの小林担当課長は「今回のプロセス改
革の最終的なゴールは工場の生産品質が上がって日
本側が要求する品質を、再検査することなく維持でき
るようになること。 つまり、この成田ターミナルでの
検査業務が必要なくなることだ」という。 プロジェク
トが最終目標を実現すればKWEは仕事を失うことに
なる。
KWEの檜山主任も「そのことは当社も十分、承
知している。 シスコさんに限らず3PLビジネスのリ
スクは決して小さくない。 しかし、リスクに見合った
やりがいもある。 実際、シスコさんとの取引で得たノ
ウハウは当社の大きな財産になっている」と覚悟を決
めている。
シスコシステムズの小林
力品質本部品質向上推進
部担当課長
近鉄エクスプレスの
檜山宣継新宿営業所主任
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