ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年1号
特集
世界水準のロジスティクス グローバル化が迫る新モデル

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2002 14 米国テロ後のSCM 二〇〇一年九月十一日の米国同時テロによって世 界中の物流が混乱したことは一般のマスコミにも大き く取り上げられた。
輸送機関がマヒしたことで日系企 業を含む多くのメーカーが工場の操業停止に追い込ま れた。
とりわけサプライチェーン・マネジメント(S CM)を旗印に部品在庫の圧縮に精を出してきた企 業ほど大きな影響を受けた。
これによって、行き過ぎ た在庫削減に対する見直しが進み、SCMの普及に 歯止めがかかるという指摘も目立った。
しかし、コンパックコンピュータの川瀬和明生産・ ロジスティクス統括本部長多摩事業所長は「リスクヘ ッジのために在庫を分散するというぐらいの話はある かも知れないが、在庫削減の方針自体を変更する企 業は、まずないだろう。
少なくとも当社の場合、テロ とは全く関係なく今後も在庫を削っていく。
それだけ 現在の環境は厳しい」という。
頭を悩ませているのは テロより、むしろIT不況とデフレ経済のほうだとい うわけだ。
米ウォルマートのスポークスマン、トム・ウイリア ム氏も「テロ後に政府規制が出ている間は確かに業務 にも支障が出た。
しかし、それも一時的なことで現在、 業務は全て通常の状態に戻っている。
我々がテロによ って被った被害は微々たるものだ。
(SCMの方針に も)全く影響はない」とテロの影響について説明する。
もちろん各社とも輸送機関の運行が不安定な間は 在庫を厚めに持つといった緊急措置は講じている。
し かし、今回のテロをきっかけに、従来の在庫政策の変 更やSCMの手を緩めようという企業は、本誌の取材 した限り皆無だった。
むしろ、テロに象徴される経済 環境の不確実性への対応を、新たにSCMに組み込 むことで、いっそう取り組みを強化しようとする動き のほうが目立っている。
そこで新たなキーワードとなっているのが「アダプ ティブ(Adaptive )」だ。
近鉄エクスプレス(KWE) は二〇〇一年一〇月、同社初の全社横断的な3PL 部門として「SCMセンター」を設置した。
これを機 に「アダプティブITロジスティクス」を3PLサー ビスのビジョンとして打ち出している。
「その意味は 二つある。
一つは個々の顧客に適応したITを提供す るということ。
もう一つは今日の不確実な経済環境の 下で、どんな変化が起きたとしても最適なロジスティ クス・サービスを提供するという意味だ」と鈴木信彦 SCMセンター所長は説明する。
アダプティブは本来、「適応した」という意味の一 般的な形容詞だが、「アダプティブ・エンタープライ ズ」「アダプティブ・サプライチェーン」「アダプティ ブ・ロジスティクス」などと使われる場合には特別な 意味を持つ。
すなわち、環境の変化に適応する柔軟な ネットワークとしての企業、サプライチェーン、そし てロジスティクスを指している。
昨年来の突然のIT不況では、それまでSCMの 先進企業として、他業界からもベンチマーキングの対 象になっていたような有力ハイテクメーカーが、大量 の不良在庫を抱え、巨額の損失を被っている。
これに より需要予測を始め重装備のITを駆使した在庫削 減手法に対する信頼は大きく崩れた。
さらに今回の同時テロは、中央による統制のきつい サプライチェーンの弱点を改めて認識させた。
中央集 権型組織では中央からの指示が滞った途端に全体の 活動がストップしてしまう。
現場が独自の判断で動く ことは許されないため、急な対応を迫られた時の対応 はどうしても後手に回る。
グローバル化が迫る新モデル SCMが新たな段階に入った。
需要予測に対する期待 が裏切られたことで、マネジメントの矛先はITの活用から 競争力のあるネットワーク組織の構築へと移った。
そこで は「アダプティブ」が重要なキーワードになる。
第1 部 15 JANUARY 2002 どんなにIT武装を強化しても需要予測は結局、当 たらない。
また予測できない変化に頻繁に直面する現 在の環境下で、対応の遅れは致命傷にもなりかねない。
アダプティブは、こうした既存のSCMの課題を克服 するコンセプトとして期待されている。
倉庫管理システム(WMS)の大手パッケージベン ダー、米EXEテクノロジーズは現在、「アダプティ ド・インベントリー・マネジメント(Adapted Inventory Management: AIM)」をコンセプトに 新しいサービスを展開している。
(本号二〇頁参照) 環境の変化に対して人間が判断を下すのではなく、シ ステムで自動的に適応させることが狙いだという。
一つひとつは単純な機能を持っているに過ぎないソ フトウェアでも、それをネットワーク化することで、 全体としては複雑な環境に適応することができるとす る「エージェント理論」に基づいたソリューションだ。
エージェントとは一般に「代理人」、もしくは「行為 の主体」という意味だが、AIMでは「シンプルな機 能を持った個々のソフトウェア」がそれに当たる。
同じことを人間の組織に当てはめると、個々の現場 や作業チームといった数人規模の小さな組織の一つひ とつがエージェントということになる。
そして、小さ なエージェントがたくさんつながりあったネットワー クが一つの企業であり、さらに企業という中規模のエ ージェント同士がネットワーク化されたものとして、 サプライチェーン全体をデザインした時、アダプティ ブ・サプライチェーンができあがる。
そこでは、意志決定の判断が全て個々のエージェン トに委ねられる。
つまり現場の作業チームに具体的な 仕事の進め方について全て任せてしまう。
環境の変化 にも、その場で判断させる。
リアルタイムで意志決定 していくことになるから環境適応のスピードは最大に なる、という理屈だ。
同時に、一つのエージェントが何らかの理由で活動 をストップした場合でも、同じ機能を持つ他のエージ ェントが自律的に判断して、代わりにその役割を果た すネットワーク構造になっているので、中央からの指 示がなくても全体を機能させることができるという。
何だか狐につままれたような気がするかも知れない。
しかし、アダプティブやエージェント理論という言葉 を意識してはいなくても、実際には多くの日本企業が 既にそれに直面している。
とりわけ、その存在意義を 親会社から厳しく問われている今日の物流子会社を 考える上で、アダプティブというコンセプトは今後の 方向性を与えてくれる有効な指針となる。
ビジネスモデルを淘汰する 三洋電機グループには現在、二つの物流子会社が ある。
一つが一九七一年に三洋電機の物流部門が分 社化する形で設立された三洋電機ロジスティクスだ。
このところベスト電器、マツヤデンキといった家電量 販店向け一括物流事業を相次いで受注しており外販 比率が急上昇している。
二〇〇一年三月期の売上高 は三八三億円。
二〇〇三年までに株式を公開する計 画で現在、その準備を進めている。
同社のほかにもう一つ、グループにサンヨーロジテ ックインターナショナルという物流子会社がある。
二 〇〇〇年四月に設立した新会社で、三洋電機の販売 部門、三洋セールス&マーケティング(三洋S&M) が一〇〇%出資している。
三洋製品の国際物流が当 面の役割だが、独立の狙いは3PL事業による外販 強化にある。
三洋電機ロジとは正面からバッティング することになる。
グループ内に二つの物流子会社を持つことの葛藤に コンパックコンピュータの川 瀬和明生産・ロジスティク ス統括本部長多摩事業所長 近鉄エクスプレスの鈴木信彦 SCMセンター所長 JANUARY 2002 16 ついて、三洋S&Mの内藤光昭経営企画室長は「確 かに同じグループである以上、物流子会社同士で棲み 分けさせたいという気持ちは皆持っている。
しかし、 そんな綺麗事は、もはや通らない。
顧客のために必要 とされないのなら、結果として淘汰されても仕方ない」 と突き放す。
それは何も物流子会社に限った話ではない。
三洋 S&M自身も実は全く同じ立場に置かれている。
三 洋S&Mは二〇〇一年の一〇月に三洋電機の貿易部 門・三洋電機貿易と、家電製品の国内販社、三洋ラ イフ・エレクトロニクスが合併して誕生した販社組織 だ。
他の家電メーカーの販社組織と同様、三洋S& Mも現在、背水の陣でビジネスモデルの転換に臨んで いる。
これまで家電販売の中心チャネルだったメーカー系 列の専門店は、コジマやヤマダ電機、ヨドバシカメラ といった家電量販店の価格攻勢に食われる形で年々、 シェアを落としている。
同時に大手量販店はメーカー の事業部(カンパニー)との直接取引を指向している。
卸である販社にとって、「中抜き」が進んでいるので ある。
家電産業の構造が大きく変わろうとするなかで、三 洋S&Mは自らの存在理由を町の家電専門店向けの SCMに見いだそうとしている。
それためにはグルー プ内に摩擦を生むことも厭わない。
三洋S&Mが系列 専門店に配布している「サンヨー・ベスト・セレクシ ョン」というカタログには三洋製品ではなく、ビクタ ーやアイワ、三菱電機といったライバルメーカー、さ らには米国のGEやフランスのRCA、ドイツ・ケル ヒャーといった世界中の家電製品が掲載されている。
「大手家電量販店と同じ商品を販売している限り、 小規模な専門店の勝ち目は薄い。
しかし、世界に目を 向けてみれば、デザイン家電や高級な健康家電など日 本に入ってきてない魅力的な商品はいくらでもある。
こうした商品を海外から調達し、小売店に提供するグ ローバル・ロジスティクスに、卸としての当社の新し い役割を求めている」と内藤室長。
サンヨーロジはそ のための戦略子会社という位置づけだ。
三洋電機以外の製品を系列店で販売することについ て、社内で異論がないわけではない。
現在、目指して いる新しいビジネスモデルが有効に機能するという保 証もない。
しかし、従来のように、事前に綿密な事業 化調査と収益予測をした上で一つのモデルに全資源を 投入するのではなく、複数のビジネスモデルを平行し て走らせ、残ったものに投資を集中するというアプロ ーチはアダプティブ・モデルの定石の一つとされる。
SCMの圧力 これまでのサプライチェーンには「チャネル・キャ プテン」とも呼ばれる事実上の支配者的な企業や組織 が常に存在した。
全ての情報はチャネル・キャプテン に集中し、そこで判断され、意志決定された活動計画 に基づいて、サプライチェーン全体が足並みを揃える 中央集権的なモデルだった。
日本の家電産業では、チャネル・キャプテンの役割 をメーカーが果たしてきた。
メーカーは自社製品を流 通させるために、自ら物流機能を持ち、販社を構え、 自社製品だけを販売する系列小売店を全国に配備し た。
その結果できあがった垂直統合の徹底されたサプ ライチェーンは、右肩上がりで需要が増え続ける時代 には上手く機能した。
しかし今日、その前提は崩れている。
大手量販店は メーカーの既存チャネルを必要としないだけでなく、 SCMの名の下、自社に都合の良いモデルをメーカー ●垂直統合は解体され、モジュール化された組織が新たな組み合わせを模索する 三洋電機グループの組織の変化(概念図:本誌作成) マルチ メディア 三洋電機 ホームアプ ライアンス 産機 システム セミ コンダクタ ソフト エナジー 三洋セールス&マーケティング 三洋ライフ・ 三洋電機貿易 エレクトロニクス サンヨーロジテック インターナショナル 三洋電機貿易 三洋電機 ロジスティクス 海外現法 系列販売店 海外現法 販売店 量販店 三洋電機 ロジスティクス 生産 中間流通 物流 販売 17 JANUARY 2002 に要請する。
巨大化した購買力を前にして、メーカー はそれに従わざるを得ない。
内藤室長は「当社にとっ てSCMは内部的要因ではなく、顧客からの圧力とし て直面した課題だった」と振り返る。
それを痛感させたのが米ウォルマートとの取引だ。
カラーテレビや白物家電など、価格競争に陥っている 成熟商品に関して、ウォルマートは商品ラインごとに 扱いアイテムを一つに絞るという商品戦略をとってい る。
ローコスト・オペレーションを徹底するためだ。
メーカーにとって同社との取引は通常とは全く異な るモデルになる。
卸値は基本的にウォルマートの指し 値。
メーカーの原価を知り尽くしているため、維持で きるぎりぎりのラインを提示してくる。
さらに取引が 始まると品番ごとのウォルマートの収益をメーカーは システム上でリアルタイムに共有する。
赤字になって いる商品は指摘される前にメーカーが自律的に対応す ることになる。
日々の発注はない。
ただし毎日、大型トレーラーが 工場に集荷に来る。
メーカーはシステム上で確認した ウォルマートの在庫量を基に必要な台数をトレーラー に積み込む。
いわゆる「VMI(ベンダー主導型在庫 管理:Vender Managed Inventory )」だが、実際に 主導しているのは完全にウォルマート側だ。
このモデ ルを同社は一〇年以上も前に確立している。
物流子会社のモジュール化 九〇年代の後半になると日本の量販店もSCMを 意識した取り組みを始めるようになった。
しかし、具 体的なモデルは企業によって異なる。
メーカーは顧客 の数だけサプライチェーンを用意することを迫られた。
従来の固定化したサプライチェーンはメーカーにとっ て販売力を支える「強み」から、コスト負担の重い 「足かせ」に変わった。
新たな環境に対応するため、これまでチャネル・キ ャプテンを務めてきた全てのメーカーが現在、既存の サプライチェーンをいったん分解し、変化に柔軟に適 応できるネットワークに再編しようとしている。
垂直 統合によって固定化したサプライチェーンを、自律的 に判断するエージェントが自由に結びつき、かつ離れ るアダプティブなネットワークに転換するわけだ。
工 場のEMS(電子機器の生産受託サービス)化や、総 務経理部門に多く見られるシェアード・サービスも、 そのためのテクニックといえる。
物流子会社もまた、親会社以外のあらゆる組織と、 必要に応じていつでも結びつくことのできるエージェ ントとして、ビジネスモデルを整える必要がある。
具 体的には、明確なサービスメニューとインターフェー スの標準化された情報システムを用意しなければなら ない。
実際、サンヨーロジが分社化してすぐに取り組 んだのが、3PLサービスの開発とWMSパッケージの導入だった。
「既存のシステムはいわば三洋電機の物流だけに特 化した手作りに近いシステムで、外販には合わない。
外部荷主とのシステム的な接続やウェブを使った在庫 照会ができる状態にするために、パッケージを導入す ることにした」とサンヨーロジの清水洋一関西流通セ ンター所長はその狙いを説明する。
EXEの「Exceed 」、 シーネットの「ヒマラヤ」、フレームワークスの 「 Logistics Station 」などのパッケージを比較検討して、 最終的に「Logistics Station 」を選択した。
その理由 は「柔軟性があり、将来的な展開の可能性が高いもの を選んだ」と清水所長。
パッケージの導入をわずか二 カ月で済ませ現在、グローバル3PLサービスに向け た提案力の強化を急いでいる。
サンヨーロジの清水洋一関 西流通センター所長 サンヨーロジテックインターナシ ョナルは会社設立に合わせて、 WMSパッケージを導入した (写真は関西流通センター) 三洋S&Mの内藤光昭 経営企画室長

購読案内広告案内