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FEBRUARY 2002 14
花王――在庫と欠品率を同時に削減
九八年三月期を境に花王の在庫が急減している。
同社の社内資料によると、家庭品の在庫金額に関
しては九七年の下半期がピークで、その後、昨年
末までの三年間で三割以上減っている。 同時に約
〇・一三%だった欠品率は三年間で〇・〇四%ま
で下がっている。 一万件のオーダーに対して四件
しか在庫切れがないという計算だ。 一般に在庫削
減と欠品率の改善はトレードオフの関係にあると
言われるが、同社はその両立を実現した。
有価証券報告書を基に九〇年代の花王の在庫水
準を振り返ると、九〇年から九七年までは、ほぼ
横ばいが続いていた。 それが九七年以降、大幅に
削減されることになった理由を、同社の松本忠雄
取締役ロジスティクス部門統括は「九三年頃から
蓄積してきたデータを、九七年当たりからロジス
ティクスの効率化に活用できるようになったため。
長年の活動がようやく実を結び始めた結果だ」と
説明する。
同社のデータベースには現在、一テラバイト(テ
ラは一兆倍)という膨大な量の販売実績データが
蓄積されている。 「そんなゴミみたいなデータが本
当に必要なのかと、IT担当に文句を言われるほ
ど細かいデータまで貯め込んできた。 これによっ
て誰が、いつ、何をしたのか、過去のビジネスが
全て再現できるようになった」という。 このデー
タが需給調整の武器になっている。
ロジスティクス
部門は九八年に
独自の需要予測
システムを稼働さ
せている。 過去の
販売パターンを取
り出し、現在の
出荷量を当てはめることで、一〇〇〇以上に及ぶ
アイテム別の出荷量を予測するものだ。
日用雑貨品の販売実績は毎日の変動が極めて大
きい。 そのため花王といえども店別の売り上げを
正確に予測することは不可能だ。 しかし、全国三
〇カ所余りの同社の在庫拠点(ロジスティクス・
センター)単位で出荷量を見れば、かなりの精度
で予測の当たることが分かった。
そこでロジスティクス部門の予測した数値をイ
ントラネット(インターネットを利用した社内情
報ネットワーク)を通じて社内で共有する体制を整えた。 これによって、生産部門はその数値に基
づいて生産計画を立て、同様に営業部門では販売
計画を見直すようになった。
もっとも、需要予測システムの精度自体が改善
の決め手になったわけではない。 主力商品につい
ては従来の人手による分析でも同程度の精度は上
がっていた。 ただし、手作業ではどうしても時間
と手間がかかる。 回転率の低いB、C商品の予測
は後回しにされがちだった。 システム化によって、
そうした取りこぼしを排除したことで全体の精度
が底上げされた。
データベースを検索することで、欠品を発生さ
せた?犯人〞を、過去に遡って個人単位まで特定
できるようになったことも大きく効いている。 同
91/3 92/3 93/3 94/3 95/3 96/3 97/3 98/3 99/3 00/3 91/3 92/3 93/3 94/3 95/3 96/3 97/3 98/3 99/3 00/3
1.20
1.00
0.80
0.60
0.40
0.20
0
70,000
60,000
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
0
日雑3社(棚卸資産回転期間)
単位:カ月
日雑3社(棚卸資産額)
単位:カ月
花王
ライオン
ユニチャーム
花王
ライオン
ユニチャーム
(日用雑貨品)機能し始めた需要予測
花王の松本忠雄取締役ロジス
ティクス部門統括
※ライオンの決算は前年12月期
15 FEBRUARY 2002
社のロジスティクス部門では物流管理で一般に用
いられる「ABC(活動基準原価計算)」に代わり
「発生原因別コスト配布」と呼ぶ独自の物流コスト
管理分析を行っている。 物流コストを、それが発
生した活動ではなく、活動を発生させる要因を作
った部署に割り振る仕組みだ。
各部門には「発生原因別コスト配布」に基づく物
流費の明細を毎月送付している。 その費用は各部
門の経費として部門損益にも算入される。 目の前
に証拠を突きつけられれば、生産部門や販売部門
もロジスティクス部門の声に耳を傾けざるを得な
い。 その上で、一つひとつボトルネックを潰して
いくという地道な改善の積み重ねが、在庫回転率
と欠品率を同時に向上させるという離れ業を可能
にした。 同社の改善がシステムの稼働後に一気に
進んだわけではなく、半期ごとに段階を踏んで効
果が大きくなっているのはそのためだ。 ライオン――LOCOS後の踊り場に
日雑業界大手三社の在庫回転期間には大きな開
きがある。 それぞれのビジネスモデルの違いを反
映したものだ。 販社を通して事実上、小売りと直
接取引している花王の数字には中間流通の在庫ま
で含まれている。 これに対して卸を使うライオン
とユニ・チャームの数字は純粋なメーカー在庫だ。
そのため、三社の在庫回転期間の差をそのまま在
庫水準の違いとして評価することはできない。
ただしライオンが九〇年代初頭から九六年にか
けて、他の二社のトレンドとは異なり一貫して在
庫回転率を向上させている点は注目に値する。 同
社が九二年四月に立ち上げた改革部隊「LOCO
S推進部」の活動成果と言える。 「LOCOS」と
は「ローコスト・サプライ・システム」の頭文字
からとった造語で、その取り組みは現在のSCM
を先取りしたものだった。
LOCOS推進部は生産、営業、物流、企画開
発、研究開発部門の五つのチームを下部組織に持
つ全社横断的部門として組織された。 そこでは拠
点集約やアイテム数の削減、取引条件の見直し、
需給調整の強化などの改革が相次いで実施に移さ
れた。 その結果、在庫水準は約三割低減し、一〇
〇億円規模のコスト削減を実現したとされる。
しかし九七年を境に、同社の在庫水準は増加に
転じている。 九六年三月期に売り上げが激減。 そ
の後も好転しないことから、規模確保のために在
庫を積み増す傾向にあることが窺える。 同社のS
CMは現在、LOCOS後の「踊り場」にさしか
かっている。 もともと収益性に課題を抱えている
だけに、遠からずビジネスモデル自体の見直しが
必要になりそうだ。
ユニ・チャーム――NPSからSCMへ
一方、ライオンとは対照的にユニ・チャームは、
企業規模こそ他の二社に劣るものの、生理用品・
紙おむつの分野に特化し、ニッチ市場で最大シェ
アを握ることで、経常利益率で一〇%近い収益性
を維持してきた。
同社はかんばん方式に基づく「NPS(ニュー・
プロダクション・システム)研究会」のメンバー
企業としても知られている。 絞り込んだアイテム
を受注生産に近い形で供給する独特のロジスティ
クスは高い収益性の支えとなってきた。 実際、在
庫水準は他の日雑メーカーと比較して極端に低い。
その反面、同社には「欠品が多い会社」という悪評が根強いのも事実だ。 有価証券ベースの支払
い物流コストも高水準で推移している。 さらに九
三年以降は在庫が急増。 それに伴い支払い物流費
を増加させている。 九六年には六〇億円を投じて
千葉県に大型物流センターを建設。 拠点の集約を
進めたが効果は上がらなかった。
現在、同社は社内にSCM本部を設置し、最新
の需要予測システムをベースにしたSCMの強化
に動いている。 過去の売り上げ実績と卸の出荷デ
ータから将来の需要を予測。 生産計画に反映させ
るというアプローチだ。 事実上、注文に応じた「一
個流し」を基本とするNPSからSCMへ転換し
た格好だ。
特集
1.2
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0
花王の家庭品の在庫金額と欠品率の推移
在庫
欠品率
在庫金額比率(
97
上期基準)
自動品件数欠品率(%)
0.24
0.20
0.16
0.12
0.08
0.04
0
97
上
97
下
98
上
98
下
99
上
99
下
00
上
00
下
01
上
12
月
FEBRUARY 2002 16
アサヒ――シェア拡大と共に在庫減少
ビール三社の棚卸資産回転期間の推移で、とり
わけ目を引くのはアサヒビールの動きだ。 九〇年
十二月期の時点では〇・九三カ月と三社中最も高
い水準にあったが、その後は徐々に短縮化が進み、
九七年十二月期にはキリンビールにほぼ並んだ。 九
二年十二月期以降のグラフの動きは「スーパード
ライ」で国内販売シェアをじりじりと伸ばしてき
たアサヒの躍進ぶりを物語っている。
一方、追われる立場であったキリンも、この一
〇年間着実に棚卸資産回転期間を縮めてきた。 九
〇年十二月期の〇・五六カ月に対し、九九年十二
月期は〇・三七カ月だった。 これに対して、サッ
ポロビールは過去十年間、〇・六〇カ月から〇・
九〇カ月の間で上下動を繰り返してきた。 九九年
十二月期は〇・八九カ月。 上位二社に大きく水を
開けられた格好となった。 この差が収益面にも表
れており、経常利益率はキリン五・九%、アサヒ
六・三%に対し、一・三%と低迷している。
ただし、ビール業界の場合、必ずしも「棚卸資
産=ビールの製品在庫」とは言い切れない面もあ
る。 各社の主力商品がビールであることは間違い
ないが、近年ではワイン、洋酒、清涼飲料水など
ビール以外の扱いが増えつつあり、その部分の在
庫が棚卸資産としてカウントされていることが回
転期間を押し上げる要因にもなっているからだ。
海外からの輸入品であれば半年〜一年分の在庫
を持つのが一般的だとされるワイン。 需要のピーク
を迎える夏場の数カ月前に委託生産先の生産ライ
ンを抑えることが必要で、需要予測が大きく外れ
ても生産に急ブレーキを掛けにくい清涼飲料水。 こ
の二品はビールに比べ在庫が溜まりやすい商品だ
と言われている。 三社はいずれも総合飲料メーカ
ーを目指しており、今後は年を追うごとに棚卸資
産回転期間も上昇していくという公算が大きい。
サッポロ――ワイン在庫が増加
サッポロの大川幹雄ロジスティクス事業部長は
棚卸資産回転期間の推移について、「当社は他の
二社に比べ、ワインや清涼飲料水の事業構成比率
が高い。 この部分の製品在庫を多く抱えているこ
とが回転期間の上昇に直結している。 主力商品で
あるビールの製品在庫だけを見れば、他の二社と
さほど変わらない水準にあるはず」と説明する。
一方、九七年十二月期以降、棚卸資産回転期間
が再び上昇傾向にあるアサヒの島崎市朗SCM推
進部プロデューサーも「スーパードライの販売の
伸び率が鈍化していることも一つの要因だが、そ
れ以上に洋酒などビール以外の商品の製品在庫が
増えていることが大きい」と指摘する。
実際、三社共通の物差しである主力商品のビー
ルに限定して、在庫水準を比較した場合、その差
はほどんどない。 九〇年代前半までは、各社のビ
ール在庫の持ち方にバラツキが見られたが、四、五
年前からは三社横一線の状態が続いている。 各社
の物流担当者も「ビールの製品在庫(社内在庫)は
四〜五日分で落ち着いている」と口を揃える。
現在、ビール業界の標準となっている社内在庫
90/12 91/12 93/12 94/12 95/12 96/12 97/12 98/12 99/12
1.00
0.90
0.80
0.70
0.60
0.50
0.40
0.30
0.20
0.10
0
70,000
60,000
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
0
ビール3社(棚卸資産回転期間)
単位:カ月
ビール3社(棚卸資産額)
単位:百万円
キリンビール
アサヒビール
サッポロビール
キリンビール
アサヒビール
サッポロビール
92/12 90/12 91/12 92/12 93/12 94/12 95/12 96/12 97/12 98/12 99/12
(ビール)流通在庫の削減が焦点に
17 FEBRUARY 2002
水準四〜五日台という数字に、真っ先に到達した
のはキリンだった。 同社はすでに七〇年代後半に
は四日台の在庫で商品供給する体制に移行してい
たという。 物流本部の野上卓担当部長は「当時は
完全な売り手市場で、ラガーが飛ぶように売れた
時代。 全国に一五の工場を構え、消費地直結の供
給体制を敷いていたため四日台という在庫水準で
コントロールすることができた」と述懐する。
これに対して、アサヒ、サッポロの二社は当時、
一〇日前後の製品在庫でのオペレーションを余儀
なくされていた。 二社の工場数はキリンの半分以
下。 全国の得意先にくまなく製品を供給するため
には、どうしても在庫を多めに持つ必要があった。
「商品が全然売れないので、社内在庫だけでなく、
卸、小売りの流通在庫も多かった。 在庫が膨らめ
ば商品の鮮度は当然落ちる。 鮮度が悪いから売れ
ないという悪循環が続いていた」とアサヒの河原
英一SCM推進部長は当時の様子を振り返る。
ところが、九〇年代に入るとキリンの優位性は
徐々に崩れていった。 八七年に「スーパードライ」
を発売し、シェアを急激に伸ばしてきたアサヒが
製品在庫の圧縮に本腰を入れ始めたからだ。 九三
年三月、アサヒは全社プロジェクトとして「フレ
ッシュマネジメント委員会」を発足。 ビールの鮮
度を向上させるため、従来一〇日前後で推移して
きた製品在庫を五日にまで減らす目標を打ち出し、
実際に九六年までにそれを達成した。
プロジェクト立ち上げから約三年の間にアサヒ
が進めた具体策の一つは工場直送率の引き上げだ
った。 配送センターを経由せず、直接、卸や小売
りに製品を届ける。 これによって、全国に約四〇
カ所あった配送センターを徐々に廃止、同時に製
品在庫も減らしていった。 在庫水準は九六年以降、
四日台を維持しているという。
一方、サッポロもほぼ同じ時期に、キリン、ア
サヒへの対抗手段として工場直送化に乗り出している。 「市場がアサヒの鮮度を基準にするようにな
った。 当社だけが鮮度の悪い製品を供給するわけ
にはいかないということで、同じように工場直送
率の引き上げに取り組んだ。 黒ラベル、エビスな
ど主力商品については九七年以降、四日台という
製品在庫水準をキープしている」とロジスティク
ス事業部の荻野芳則課長代理は説明する。
キリン――流通在庫にメス
ビール業界ではキリンが七〇年代後半に設定し
た製品在庫水準にアサヒ、サッポロが九〇年代後
半に追いつくという流れで、?四日台〞という業界
標準が確立された。 配送センターの数もキリン一
六カ所、アサヒ二二カ所、サッポロ二四カ所とほ
ぼ拮抗している。 現在、各社は需給調整機能の強
化によって、さらなる在庫削減に挑んでいるが、
「ビールに関して言えば、四日台というのは限界の
水準。 これ以上は下がらないし、欠品防止という
意味では下げる必要もないのではないか」(キリン
の篠岡方長取締役)というのが共通認識だ。
むしろ、今後はメーカー在庫よりも川下部分で
ある卸、小売りといった流通段階での在庫をいか
に減らしていくかに焦点が移る。 実際、流通在庫
にメスを入れる動きも出てきており、アサヒでは特
約卸との間でCRP(連続自動補充プログラム)を
構築し、販売データを基に需要予測を立て、卸の
適正在庫水準に応じて製品を自動的に補充するこ
とで、流通在庫を削減する取り組みを進めている。
こうしたメーカー側による流通部分での効率化
策の推進は、二〇〇三年に控えている酒販免許の
自由化を睨んだものでもある。 すでに酒販店から
コンビニ、量販店へとビールの販売チャネルの主
体は変化しつつあるが、免許自由化でこの流れが
より一層加速するのは必至。 ビールを扱う小売り
は増加し、なおかつ多様化すると見られている。
もっとも、この免許自由化が「メーカー側の在
庫政策に影響を及ぼすとは考えにくい」(アサヒの
河原SCM推進部長)。 むしろ、影響を受けるのは
卸サイドであるというのが業界内での見方だ。
現在、中堅クラス以上の卸はだいたい三〜五日
分の製品在庫で運営していると言われている。 そ
れが免許自由化でビールを扱う小売りが増えるこ
とによって、欠品を恐れる卸が在庫をこれまでよ
りも多く持とうとするのではないか、と懸念され
ているのだ。 そうなると、メーカー側が四日台で
製品在庫をまわしても、結局卸段階で在庫が滞留
して、消費者に鮮度の高い商品が届かなくなってしまう。 八〇年代に逆戻りする恐れもあるわけだ。
キリンの篠岡取締役は「流通在庫の問題をメー
カー主導で解決するのか、それとも流通任せにす
るのかという判断は営業戦略とも絡んでくる話。 慎
重に進めたい。 大事なのはメーカー、卸が鮮度の
高いビールを消費者に提供するという目標を共有
し続けることだ」と説明する。
いずれにしても、今後ビール各社には流通在庫
を含めたサプライチェーンの全体最適化に向けた
取り組みが要求される。 部分最適から全体最適に
目を移さなければ、八〇年代後半から九〇年代後
半にかけての各社の在庫削減への努力が、ビール
の泡ならぬ水泡に帰す可能性もあるからだ。
特集
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