ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年2号
特集
在庫は減ったか 実践から学んだ日本型在庫管理法(前編)

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

25 FEBRUARY 2002 実践から学んだ日本型在庫管理法(前編) 在庫には「金額」と「数量」という2つの側面がある。
そ れを見落とすと在庫管理は失敗する。
しかし、在庫管理の教 科書をいくら読んでも具体的な方法論は見つからない。
日雑 大手のライオンは、そこから出発して全くオリジナルな在庫 管理システムを構築した。
その開発担当者が体験から学んだ 在庫管理論を2回にわたり解説する。
ライオン流通機能開発センター関口寿一 副主席部員 掛け声倒れのキャッシュフロー経営 企業経営は基本的に財務会計に基づいて運営され ています。
会計上、在庫は投資とイコールです。
売り 上げが伸びなかった場合には、在庫を積み増すと見か け上は利益になります。
逆に在庫を削減するというこ とは、見かけの利益を減らすことになってしまいます。
そのため、企業経営者というものは経営実態以上の 評価を得ようと在庫を増やそうとする傾向がある。
私 はそう疑っています。
実際、あちらこちらの物流セン ターを覗いてみると、とっくに商品価値の無くなった 在庫を資産価値を持つものとして後生大事に抱えてい る光景をよく見かけます。
本来であれば、時間の経過と共に在庫の商品価値 は無くなっていきます。
当然、それだけ棚卸資産から 除去しなければならないはずです。
しかし、そうする と損金が発生して、業績の足を引っ張ってしまう。
そ のために処理しないで資産のまま計上しておくわけで す。
結果はキャッシュフローに影響します。
在庫の分だ けキャッシュがないわけです。
本来なら、それによっ て経営者は悪い評価をされなくてはならないのですが、 在庫は過去の営業活動の所産であり、現時点で支払 い経費が発生しているわけではありませんので、資金 繰りに窮していない限り、問題が顕在化しないという 側面があります。
日立製作所、東芝、富士通といった、日本を代表 する大手電機メーカーが軒並み一千億円以上の赤字 を計上するという異常事態が、連日のようにマスコミ を賑わしています。
ほんの一年前には我が世の春を謳 歌していた業界とは思えない極端な変わり様です。
なぜこんなになってしまったのか。
前期の利益はい ったい何だったのだろうか。
素朴な疑問を持つと同時 に、物流マンとして興味が沸いてきます。
大きな原因 の一つとして、キャッシュフローと在庫に対する誤っ た考え方があるのではないかと思えるからです。
今までのように物の価値が継続的に上がっていく時 代の評価尺度では在庫は確かに「善」でした。
つまり、 在庫は時間と共に価値が減ることのない立派な資産だ ったのです。
そのためメーカーは、大量の在庫を抱え ることになろうとも、ローコストをキーワードに大量 生産を追求しました。
また、流通業では一般に在庫の量よりも、「交差比 率(粗利益率と在庫回転の関係)」を管理上のテーマ としてきました。
粗利益率が高ければ良しとされ、在 庫回転率そのものは、それほど大きな問題として捉え られてこなかったように思います。
つまり在庫を減ら すモチベーションがなかったわけです。
ところが、我々が今まで経験してきた「インフレ」 の時代が終わり、現在のような「デフレ」の時代にな ると、全てが逆転してしまいます。
物の価値が時間の 経過とともに、どんどん下がってしまう、いわば「減 価経営」の時代になったのです。
とりわけ半導体産業は短期間で急激に価格が下が り、作れば作るほど赤字が膨らむといった状況に直面 しています。
しかし、急には生産は止められないと、 為す術もなくとまどっている間に、手持ちの在庫がど んどん値下がりしていく。
赤字が赤字を増幅させ、重 く経営にのしかかる。
そして今期、一気に表面化して しまった、ということではないでしょうか。
なぜ、そうなるまで対処できなかったのか。
それは やはり「減価経営」ということが、頭で分かっていて も身体では分かっていなかった。
つまり体質化してい なかったからだと思います。
特集 FEBRUARY 2002 26 減価経営の時代の対応策として昨今ではキャッシュ フロー経営が叫ばれてきました。
企業経営にとって、 何より資金の流動性が大切だということが喚起されて きたわけです。
しかし、現実にはキャッシュではなく 在庫を大事に抱えていた。
キャッシュフロー経営は結 局、掛け声だけだったと考えざるを得ません。
財務諸表のウソ 私が籍を置く日用雑貨品業界の経営者に在庫の状 況をお聞きしても、「月に二回転から三回転はしてい ますから悪くないですよ」と皆あまり問題視されてい ません。
しかし、本当にその経営者が自分の会社の在 庫実態を把握しているのかは疑問です。
さらに、その 会社の物流現場での品切れの多さや在庫の偏在を目 にするにつけ、経営者の発言には大いに首を傾げるこ とになります。
そもそも経営者が口にした「在庫回転率」とは、何 を基準に算出されているのでしょうか。
現在はIT化 が進み、リアルタイムで在庫が把握できるという会社 も多くなってきました。
しかし、経営者の視線は、い まだ財務諸表上の売上対比の決算在庫だけに向かっ ています。
ところが、決算在庫は日常を反映した在庫指標な のかというと、実はそうではありません。
財務諸表に 表われているのは「作り込んだ数字」です。
必ずしも 経営実態を反映した数字ではないのです。
棚卸日が近づいてくると、多くの会社が保有する在 庫を目標金額に近づけるために発注を手控え、無理や り量を調節しています。
財務諸表の在庫はその結果と しての数字なのです。
しかも、多くの場合、調節が容 易な高回転品の在庫ばかりを削減した非常にいびつな 在庫の持ち方になっています。
やむを得ない面もあります。
本来なら、売れるもの はその水準で、売れないものは売れないなりの水準で、 在庫を持たなくてはいけないはずです。
しかし、いま までは、そうした管理をするための仕組みがなかった のです。
確かに書店の本棚には在庫管理のノウハウ本 がずらりと並んでいます。
しかし、それをいくら読ん でも在庫を上手く管理することはできません。
在庫が時間と共に価値を減少させていくものである 以上、日々その水準は見直さないといけません。
それ が今日の在庫管理に要求される基本的な機能です。
そ れでは、その水準は具体的にどのように決めるのでし ょうか。
この点を在庫管理の教科書に当たってみます と、「EOQ分析」なるものが書かれています。
在庫 は発注コストと在庫管理コストの均衡点で決まるとい うものです。
ところが実際に、このEOQ分析をもとに在庫量を 決定しているような会社はまず存在しません。
使う意 味がないからです。
発注コストといっても、今日のオンライン化された発注ではアイテム当たりの直接経費 はほとんどかかりません。
それを在庫管理コストと均 衡させれば、計算などしなくても、できる限り多頻度 小口発注したほうが良いという結果になることは明ら かです。
このように、在庫管理の教科書に書いてあることは 実務上、必ずしも正しいとは限りません。
それどころ か現実にそぐわなくなっている大昔の理論を引用する ことで、かえって害があるものさえ少なくないのです。
戦略のない在庫管理 それでは実際に企業はどうやって在庫保有量を決め ているのでしょうか。
とくに流通業者にとって、在庫 は最大の「投資」です。
その保有量(金額)を決める 特集 27 FEBRUARY 2002 のは経営の根幹とも言える大事な判断です。
ところが、 驚くべきことにそこには明確な論理は存在していない のです。
投資判断には、当然ながら自社の現況と将来見込 みが大切になってきます。
しかし、メーカーの製品開 発投資とは異なり、流通業では先々の戦略を踏まえて 在庫投資を判断しているケースはまれです。
直近の販 売状況から場当たり的に在庫量が決まっているケース がほとんどなのです。
そこに戦略などありません。
在庫を決めている最大の要因は戦略ではなく、会社 の懐具合、「手持ちの資金(キャッシュフロー)」です。
在庫投資には減価償却費用は認められませんので、自 社の資金繰りの許される範囲でしか在庫は持てません。
そのため現実には、多くの会社で手持ち資金の余裕こ そが在庫保有量の最大の決定要因となっています。
つ まり保有できる在庫量は自然と決まってしまっている というのが経営の実態なのです。
そうであるなら、在庫投資の判断基準のポイントは 「いかにして必要な商品を必要な量だけ確保するか」、 つまり「同じ投資金額のなかで、いかに利益を最大化 させる形で在庫を保有するか」ということになります。
この時に、センター内に「不動在庫」とも呼ばれる 長期滞留品が山をなしていれば、それだけ実際の購入 に振り向けられる資金は減ってしまいます。
その結果、 非常に多くの企業が、よく売れる物だけを超高回転さ せることによって在庫水準を維持するという悪循環に 陥っています。
その数値を経営者が見て、当社の在庫 水準は良いと評価している――それが在庫管理の実態 なのです。
確かに回転率は高いのかも知れません。
しかし、必 要な商品が必要な量だけ確保されていませんので当然、 販売上では色々な無理が発生します。
品切れが続発 し、現場はその場しのぎの緊急対応に毎日追われてい る。
それが現実の在庫管理の姿なのではないでしょう か。
「金額」と「量」という二面性 在庫管理が経営の根幹をなすものである以上、在 庫を構造的に捕捉し管理する仕組み、すなわち「戦略 的在庫管理システム」は企業経営にどうしても必要な ものであるはずです。
そして今日その必要性と重要性 は、これまで以上に高まっています。
しかし、在庫管理の教科書に書かれた内容を信じて、 在庫を管理しようとすれば、大きな落とし穴にはまっ てしまいます。
「売れるものはその水準に合わせ必要 とする分だけ、売れないものは売れるタイミングに合 わせて必要な時に必要な分だけ」という、ごくシンプ ルなルールに基づいたシステムが必要なのです。
それを実際に構築するのは、実は容易なことではあ りません。
というのも、在庫は投資という観点から見 れば「金額」で把握されますが、運用面から見れば 「量」が全てになるからです。
実際、発注や出荷は全 て数量で表示します。
そこに金額と言う概念はありま せん。
つまり、在庫を上手に管理するには、金額と数量と いう在庫の二つの基準を両立させる必要があるわけで す。
ところが、そうした考え方が今まではされてきま せんでした。
少なくとも「教科書」では説明しきれて いませんでした。
そのため実際には在庫管理の担当者 が長年に渡って培った過去の経験とカンで対処してい たのです。
このことが在庫管理をいたずらに難しくし、 また閉鎖的な世界にしてしまっていたのだと私は考え ています。
(後編として次号ではIMSの仕組みを解説する予定です) ライオンの関口寿一家庭品 営業本部流通統括部流通機 能開発センター副主席部員

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