ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年3号
物流再入門
コンサル現場からの教訓

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MARCH 2002 68 早いもので、この連載も今回が最終回である。
私 の勝手な見解を押し付ける形になったかもしれな いが、お楽しみいただけたであろうか。
「物流再入 門」というタイトルは、物流管理の原点に立って、 もう一度物流を考え直してみようという意図から 生まれた。
つまり、本来の物流管理とは何かを私 なりに語ったのがこの連載である。
最終回ということで、これまでに書いたものの 要点を整理してまとめるという手もあったのだが、 それではおもしろくない。
そこで今回は、私が長 年、企業物流のコンサルティングという仕事をや ってきた中で遭遇したいろいろ、出来事の中から、 物流の原点を考えるうえで参考になりそうなエピ ソードを、いくつか紹介することで結びに代えたい。
昔話なので気楽にお読みいただきたい。
動かない在庫を区分管理 した物流担当者の知恵 もう二〇年以上も前の話になるが、ある大手メ ーカーの地方工場の倉庫を視察に行ったことがあ る。
敷地が広いこともあり、倉庫も平屋で広い。
入 り口が三カ所あったのだが端の一カ所しか開いて おらず、そこから入った。
倉庫内には端から端ま で棚が設置されており、そこにパレットで在庫が 整然と格納されていた。
塵一つなく、清潔さを感 じさせる雰囲気だった。
案内してくれた律儀そう な物流担当者の性格によるのかもしれない。
ところで、その広い倉庫の中で作業が行われて いるのは、開いている入り口近辺だけであった。
そ こ以外は、倉庫のどこにも人の気配がない。
つい 私は「へー、作業しているのはここだけなんです ね」と愚問を発してしまった。
物流担当者は、うなずきながら、倉庫の手前三 分の一くらいにある通路を指差して平然と答えた。
「はい、あの通路から先の製品は、ほとんど動き ませんから」 私は、そんな動かない在庫をどうして持ってい るのかという、これまた愚問を発しようとして、は たと質問を飲み込んだ。
そう、この物流担当者は、 動く在庫と動かない在庫を分けて配置し、動く在 庫の中だけで作業をさせていたのである。
動かな い在庫など持たない方がいいに決まっているが、当 時は大量に作って生産効率を上げるという考え方 が主流であり、当面は動かない在庫が出てしまう ことが避けられない状況だった。
それを前提にし た物流担当者の知恵だったのである。
この視察で私が得たものは、きっと大きかった に違いない。
この光景はいまでもはっきりと思い 出すことができるのだから。
その後、この工場には 行っていないため、そのときの物流担当者がどう なったのかわからないが、二〇年以上も前に動か ない在庫を区分管理する発想を持っていたのは大 したものと言わざるを得ない。
きっとこの工場はロ ジスティクスの導入が早かったに違いないと、私 は勝手に思い込んでいる。
できない理由を探して ばかりの物流担当者 この話とも関連するのだが、同じ頃に、別のメ ーカーの工場倉庫では、まったく逆の場面に出く わした。
その工場では、まず生産ラインをどんどん つくり、それから空いている場所に倉庫をつくる 「コンサル現場からの教訓」 湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 最終回 長年、物流コンサルタントとして活躍してきた筆者は、 これまでに多くの物流担当者と出会ってきた。
彼らが実務 経験から学んだ知恵に感心させられることもあれば、的は ずれな考え方に呆れることもあった。
そんないくつかのエ ピソードを紹介する。
69 MARCH 2002 という方針だったため、工場内外の倉庫が一〇カ 所近くに分散してしまっていた。
工場の物流担当者の悩みは、トラック業者から 寄せられる苦情だった。
積み込みのためにトラッ クが何カ所もの倉庫を回らなければならず、作業 に何時間もかかってしまう。
何とかしたいのだが、 倉庫の集約は物理的にもコスト的にも不可能。
や むをえずトラック業者には泣いてもらっています、 とのことだった。
そこで私は、「各倉庫に別々の製品を置くなんて ことはやめて、工場に隣接する二つの倉庫に当面 の出荷に必要な製品をすべて集めてしまうという 手もありますよ。
そうすれば積み込みは二カ所だ けで終わりますからね。
まあ、他の倉庫から工場 隣接倉庫に製品を補充するという作業は発生しま すけどね」と、助け舟をそえてアドバイスをした。
その物流担当者は一瞬はっとした感じだったが、 考え込むふりをしてから、苦渋の表情でこう答えた。
「確かにその手もありますが、補充作業が面倒だし、 ここからだけ出荷するとなるとトラックが入り切れ なくなってしまう。
それに製品を入れる倉庫は、生 産の人間が勝手に決めてしまうんですよ。
ですか ら、その方法も考えたんですが、難しくて‥‥」 本当に考えたのかどうかは知らないが、とにか く言い訳の多い人だった。
この場合は、別にコン サルで行った会社ではなかったので、それ以上は 突っ込まなかったが、物流に限らず、この手のタ イプの人は何か新しいことをしようとするとなかな か先に進めない。
一つの言い訳に対して対案を出 すと、今度はそれに対する言い訳を返してくるか ら始末に負えない。
こうした担当者がいる会社の 物流は決して進まない。
発想が常に?できない理由〞探しになってしまうからである。
妙な存在感を発揮 する物流担当者 ある消費財メーカーのコンサルをしたときには、 こんなことがあった。
物流センターで物流事情を ヒアリングしていて、最後に、何か困ったことはな いかと聞いたところ、「在庫を探すのが大変だ」と いう声が出た。
センター内の話ではなく、このセン ターにはないけど、他のセンターにあるかもしれな いという在庫を探すときの話である。
そのセンターで欠品が出ると、社内のどこかに あるのではと他のセンターを探すことになる。
だが、 その問い合わせに手間がかかるので何とかならな いか、という話である。
その声の主は「うちの端 末からオンラインで他のセンター在庫も見られる といいんですけどね」と自ら答えまで出した。
こうしたケースで、他のセンターや工場から緊 急に在庫を調達するという行為は結構、醍醐味の ある仕事のようだ。
誰にでも簡単にできる仕事で はないらしい。
ところが、よくしたもので、だいた いセンターに一人は、「おれが声を掛ければ、すぐ に取れる」という人がいる。
在庫の緊急調達に自 身の存在感を見出しているかの如き人である。
先の不満に対してこういう人は、「たとえ在庫の ありかがわかっても、すぐにくれるわけでもねえよ」 などとうそぶいて存在感を発揮する。
だが不満の 主が、「でも、どこにあるかがわかれば、対処が楽 じゃないですか」と頑張ると、「それはそうだ」と 存在感の人も認めざるを得ない。
湯浅和夫(ゆあさ・かずお) 1971年早稲田大学大学院修士課程修 了。
同年、日通総合研究所入社。
現在、 同社常務取締役。
著書に『手にとるよう にIT物流がわかる本』(かんき出版)、 『Eビジネス時代のロジスティクス戦略』 (日刊工業新聞社)、『物流マネジメント 革命』(ビジネス社)ほか多数。
MARCH 2002 70 ここで、コンサルタントの出番である。
「そんな バカなことはやめなさい」の一言でその場に緊張 が走る。
「どこにあるかを探すのではなく、ここに ないときは、他のセンターにも回す余裕のある在 庫はないという状況をつくればいいじゃないですか。
探すという行為そのものを、意味のないものにし てしまえばいいんですよ」 ここで言いたかったのは、各センターには必要 最小限の在庫しか置かず、補充用の在庫は工場に 置くべきということである。
在庫が切れたら、補 充要請をする先は工場だけということにすればい い。
この連載でも紹介した「物流システム」を導 入すればいいのである。
高いお金をかけてセンター 在庫を検索するシステムなど作る必要はない。
「それはそうですが、必要量だけ在庫配置するとい うのが結構難しいんですよね。
在庫の手配をして いるのは営業ですし‥‥」。
そのとき同席している 人たちから、このように本質的な問題が投げ掛け られればしめたものである。
それをきっかけに本題 に入っていける。
現場の当事者に「何か問題はないか」と問えば、 返って来るのは当然、いま手掛けている業務に直 接かかわることになる。
それを解決する方法とし ても、当事者からは、いま困っている問題だけを 考えた答えが、つい出てしまいがちである。
正しい答えを得るためには、その問題の本当の 原因にまでさかのぼる必要がある。
先ほどの他セ ンターの在庫探しの問題で言えば、在庫の探し方 に答えを求めるのではなく、探さなければならない 事態をなくすことこそが正解なのである。
意外に、 この問題解決の正道が忘れられているケースが少 なくない。
どんどん仕事を増やし てしまう物流担当者 心底、面食らった経験もある。
ある鉄鋼関係の メーカーでコンサルをやっていたときのことである。
倉庫を視察したときに、倉庫の担当者とこんなや りとりがあった。
製品を野積みしているようなので、 まず私が質問した。
「あの青いシートがかぶっている、外のあれは何 ですか」 「あ、あれは倉庫に入り切らないので、外に保管し ている在庫です」 「あそこからも出荷があるんですね」 「はい。
ただ、あそこから出荷するときは、やっ ぱり錆が出ますので、まず錆を落とさなければなり ません。
そこで、錆を早く落とすにはどうすればい いか、いま研究してるんです」 本人はいたって大まじめである。
私は、つい皮 肉が出てしまう。
「はー、そのうち錆落し課ができますね」 皮肉が通じなかったのか、担当者は「いえいえ」 なんて言っていたが、これも表面上の問題にとら われているケースである。
この問題の本質は、倉 庫に入り切らないほどつくるという間違いにある。
在庫日数で言えば何カ月分もの製品を抱えている のである。
そんなに在庫する理由は生産効率を考 えてもまったくない。
もちろん、生産を巻き込まな ければいけないので、その解決が困難を極めるこ とはわかるが、少なくとも何が原因かという認識 は持っている必要がある。
71 MARCH 2002 表面上の問題を解決するために即効的な解決策 を講じると、問題に屋上屋を重ねることになる。
本 来は必要のない仕事を次々と増やしていく原因に もなる。
当面の対策として何かしたいのはわかる が、その場合でも、それが本質的な解決策ではな く緊急避難的な措置であることを自覚しておく必 要がある。
ただ、これらの緊急避難的な対策がい つのまにか「立派な仕事」になってしまう例は枚 挙に暇がないのだが‥‥。
理不尽な立場に置 かれる物流担当者 ある会社が在庫問題を討議したときの話を人か ら聞いたことがある。
私が直接、見聞きした話で はないため、かなり脚色されている可能性もある が、いかにもありそうな話だったので紹介したい。
その会議は、副社長が議長をつとめて、関係部署 の部長と何人かの部員が召集されたという設定だ った。
副社長「最近、在庫の増加が著しいが、どうな っているのかね。
営業部長の意見は?」 営業部長「はあ、一生懸命に売っているんです が、売れないものがたくさんつくられているもので すから。
とても捌ききれません」 生産効率第一でまとめてつくりがちな生産に原 因があるという主張である。
一瞬の沈黙の後、製 造部長の怒声が飛んだ。
製造部長「何を言ってるんだ。
売れないものを 売るのが営業の仕事だろう。
売れるものばっかり だったら、営業なんかいらないじゃないか。
そうい うのを責任転嫁というんだ」 あまりの勢いと、容易に反論できない屁理屈にみんな声も出ない。
白けた場を救ったのは副社長 の一言だった。
「ところで、在庫を預かっている物 流部は一体どんな管理をしているのかね」 返答に窮した物流部長に対して、言われなき非 難や責任追及の言葉が浴びせられた。
そして、そ の会議は、きちんと物流部が在庫を管理するよう にという結論を得て、お開きになったという。
在 庫は誰の責任かを巡るありそうな話ではある。
生産効率だけを考えて多く作りすぎる生産が悪 い、いい加減な販売計画を立てる営業が悪いとい うやり取りがあって、最後にちゃんと管理しない 物流が悪いということに落ち着くという筋立てで ある。
こういう中で、よく在庫は誰が責任を持つ のがよいかという問題提起がなされる。
これに対する論理的な答えは一つしかない。
在 庫の量を決める人が責任を持つべきである。
在庫 をいくつ作れ、いくつ仕入れろと指示する人が責 任を負う。
在庫量を実質的にコントロールできる 人以外、在庫に責任を負うことはできない。
ここでいう在庫の責任とは、欠品や不良在庫を 発生させないことにあるのは言うまでもない。
責 任があるから管理を行うことになる。
だからこそ、 責任を果たせないような社内の阻害要因を排除す る行動を起こすようになるのである。
責任のないところに管理は存在しないし、責任 の分散は無責任につながるだけである。
この自明 の理を踏まえることが管理を実効あるものにする。
さて、紙幅も尽きたので、これで私の思い出話は 終わりにしたい。
一年間のご愛読に感謝し、ひと まず本連載については筆を置くことにする。
 ご好評いただいた「物流再入門」は今回 で終了します。
湯浅先生には、より実践的な 物流論の連載を次号から新企画として開始 して戴く予定です。
お楽しみに。
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