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カリスマ・コンサル見参!
本連載の主人公は、いわゆる一匹狼的なコンサ
ルタントである。 ロジスティクスの世界では少し
は名前が売れている。 なぜか銀座にこだわりを持
っており、銀座に事務所を構えている。 スタッフ
を三人抱えていて、全員女性である。 「二一世紀の
物流は女が担う」というのが彼の口癖であるが、な
ぜ女が担うのか、その真意は誰も理解できない。 き
っと本人も説明できないに違いない。
スタッフ三人といっても、うち一人は事務を担
当しており、コンサルタントを目指しているスタ
ッフは二人である。 この二人はコンサルタントの
弟子を任じている。
登場人物それぞれの性格などはおいおい紹介し
ていくが、ここで登場するコンサルタントが決し
て「普通」ではないことだけは事前に言っておき
たい。 ときたま、周囲の人間が「カリスマ・コン
サル」などとお世辞を言うものだから、本人もそ
の気になっている。 これが始末に負えない。 どれ
だけ始末に負えないかは、話が進むにつれておわ
かりいただけると思う。
なお、これ以降、主人公のコンサルタントを「大
先生」と呼ばせていただく。 なぜ先生ではなく大
APRIL 2002 52
連載を始めるにあたって
先月号まで連載していた「物流再入門」に代わっ
て、今月からまた新たな連載を書かせていただく。 前
回同様よろしくお願いしたい。 ただ新連載とは言って
も、物流についての私の主張は変わらない。 それゆえ、
内容は前回と同じようなものにならざるをえない。 同
じ人間が書いているのであるから、違ったことを言っ
たらかえっておかしなことになる。
そこで、今回は書き方に工夫を凝らすことで新規性
を出してみたいと思っている。 工夫と言っても、小説
風に展開してみようということである。 物流コンサル
タントを主人公に持ってきて、彼が企業に出向いてコ
ンサルティングする状況を実況中継形式で伝えたい。
伝えたい内容は「発想」や「視点」である。 いった
いコンサルタントはどんな発想をするのか、どんな見
方をするのかというところを伝えることで、みなさん
の参考になればと思っている。
私も長い間コンサルタントをやってきているが、こ
こに登場する物流コンサルタントは決して私ではない。
私を主人公にしたら、恥ずかしくてとても書けない。
もちろん、私のコンサル経験をベースにしてはいるが、
すべてフィクションである。 私は、実況をしているレ
ポーター役である。 このことを特に強調しておきたい。
さて、それでは実況に入りたい。 つまらなくなった
ら、いつでもチャンネルを変えていただきたい。
(湯浅和夫)
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役
湯浅和夫の
《第一回》
● 新連載●
53 APRIL 2002
先生なのかは、これまた読み進まれて行くうちに
実感としておわかりいただけると思う。 また、大
先生を補佐する女性スタッフは、彼女たちの意向
を尊重して「弟子」と呼ばせていただくことにする。
事務所を訪れた物流部長
「実は社長に呼ばれまして…」
さて、あるとき、ある大手消費財メーカーの物
流部長が、課長を伴って、この大先生の事務所を
訪ねて来た。 コンサルの依頼のようである。
応対に出たのは、大先生と若い方の弟子である。
「自称美人」で、始末に負えないところは大先生に
似ている。 ちなみに、もう一人は体力自慢の弟子
である。
型どおりの名刺交換が終わると、挨拶もそこそ
こに物流部長が用件を切り出した。 なぜか緊張気
味だ。 カリスマの風評に負けている感じである。
「実は、先日、社長に呼ばれまして、物流コスト
の大幅な削減を言い渡されました。 まあ、それを
目標にがんばれということだと思うんですが、現
実には大変難しい要求です」
いかにも困った顔で話し始めた。 隣で課長が一
緒に困った顔で頷いている。 しかし、社長が命じ
た要求をはっきりと言わない。 そんなことを言う
と笑われるとでも思っているようだ。 そこで、大
先生がズバリと聞く。
「大幅な削減って、社長は、物流コストを半分に
しろとでもおっしゃったんですか」
大先生の言葉に、二人はびっくりしたように顔
を見合わせた。
「いえいえ、まさかそこまでは‥‥。 社長は三割減
らせと‥‥」
「なんだ三割ですか」
ようやく部長が白状した三割という数字に、大
先生はつまらなそうな反応を示した。 部長はかま
わずに続ける。
「はい、たしかに三割削減という高い目標を設定
しておけば、結果として一割くらいは削減できる
かもしれません。 最初から一割くらいを目標にしたら、そこまではいかないと思われますから、社
長もそれをねらって大きめの目標を言ったのでは
ないかと思っているのですが‥‥」
「そんなことはないでしょう。 社長は本気で三割減
らせって言ってるんじゃないですか。 バナナの叩
き売りじゃあるまいし。 おたく、バナナ売ってな
いでしょ」
「売ってません‥‥」
大先生の妙なペースについ乗せられて、部長は
言わずもがなの返事をしてしまう。 大先生は楽し
そうに部長の顔を見ている。 気を取り直して、今
度は課長が本音を吐く。
「でも、三割減らせと言われましても、現実には不
可能なことだと思うのですが‥‥」
楽しそうな顔をしている大先生の真意を測りか
ねてか、課長が語尾を濁す。 大先生に真意などは
ない。 そのとき頭に浮かんだことを口に出してい
るだけである。 大先生があっけらかんと言う。
「なーに、三割くらいのコスト削減はそんなに難し
いことじゃありませんよ」
戸惑ったように、部長と課長が顔を見合わせる。
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よく見詰め合う二人だ。 見詰め合った後、課長が
部長の意を汲んだように反論する。
「そうは申されましても、私どももこれまで、で
きる限りの改善や合理化をやってきました。 さら
に三割のコストを削減できるほど無駄な物流はや
っていないつもりです」
大先生が微笑みながら頷いている。 課長は、そ
れを見て戸惑ったのか声が小さくなる。 「もしかし
たら、からかわれているのかもしれない」との思い
がふっと心をよぎる。 大先生は何も言わず、黙っ
て課長の顔を見ている。 堪え切れないように、課
長が意を決して言葉をつないだ。
「そんな中で、物流コストを三割減らせと言うこと
になると、もう物流をやるなと言っているような
ものです‥‥」
間髪入れずに大先生が応じる。
「そう、それですよ、それ。 答えが出たじゃない
ですか。 コスト三割分の物流をやめれば目標を達
成できるじゃないですか」
大先生は笑顔で二人を見ている。 でも、目は笑
っていない。 二人は「はあ‥‥」と言ったきり、次
の言葉が出ない。 どう対処したらよいのかわから
なくなってしまっている。 大先生も、それ以上の
説明はしない。 重苦しい沈黙のひとときが流れた。
美人弟子が咳払いをする。 それを合図のように、部
長が口を開いた。
「先生は物流コストを三割削減することは可能だ
と、こうおっしゃるんですね」
「はい、三割でも五割でも‥‥」
「‥‥」
この後、コンサルに入るまでのプロセスだとか、
おおよその費用などについて話をし、来客は戸惑
いを隠せない表情のまま帰って行った。 二人とも
疲労困憊の態であった。
初顔合わせで激怒
「私は降ります」
それから約一カ月後、その消費財メーカーの本社会議室で最初の検討会が開かれた。 会議室では、
部長以下五名のメンバーがスタンバイして待って
いる。 約束の時間に全員揃って待っていないと大
先生が機嫌を損ね、始末に負えなくなるという話
を課長が事前に聞きつけてきていたのである。
大先生が案内されて会議室に入ってきた。 美人
弟子を連れている。 間髪入れずに全員が立ち上が
り、挨拶する。 大先生は軽く会釈をすると、すぐ
に椅子に座ってしまった。 名刺を交換しようとし
た初顔合せの三人は戸惑って立ちすくんでいる。 美
人弟子が小声で「部長さんから紹介していただけ
れば」と助け舟を出す。
あわてて部長がメンバーの紹介を始める。 一応、
大先生はそれぞれに会釈で返している。 なんかス
タートはよさそうだ。 メンバー紹介の後、続けて
部長がコンサル依頼の趣旨について確認の意味で
話しをする。 型どおりの進行だ。 ところが、問題
は、その後に起こった。
部長のコンサル依頼説明が終わっても、大先生
は何も言わない。 部長としては、この後は大先生
が引き取ってくれて、会議が進むものと考えてい
た。 このコンサルへの依存心が大先生の怒りを買
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った。
「それでは、先生、よろしくお願いいたします」
部長が大先生に振った途端、大先生の顔つきが
変わった。
「よろしくって、何をですか」
大先生の一言にその場が凍りついた。 大先生の
声は怒声ではないが、それがかえってこわい。
また始まったという顔
で、美人弟子が大先生の
顔をちらっと見る。 部長
以下五人は完全に固まっ
たままだ。 大先生に振っ
た責任上、部長が恐る恐
る答える。
「はあ、そのぉ、会議の
進行を‥‥」
「何が悲しくて、私が会
議の進行をしなければい
けないんですか」
「はあ、コンサルをお願
いしているわけですから、
私どもが、あまりでしゃ
ばってもと‥‥」
「オレがコンサルするの
は誰の会社でしたかな‥
‥」
私がオレに代わってい
る。 大先生が乗ってきた
証拠だ。 誰の会社かと聞
かれて、部長も大先生の
言わんとするところをなんとか察知したようだ。
それでいいそれでいい
満足そうに大先生は頷いた
「も、もちろん、私どもの会社です‥‥」
「そう、あなたがたの会社でしょ。 自分の会社を何
とかしようというのに、でしゃばるも、でしゃばら
ないもないでしょ」
「おっしゃる通りです」
部長の声に合わせて
五人全員が頷く。 それ
を見て、大先生は声を
和らげる。
「いいですか。 あなた
がたの物流を見直すの
はあなたがたの仕事ですよ。 私は、それを手
伝うだけです。 ここを
間違えてはいけません。
コンサルに答えを出し
てもらうのではなく、
あなたがたが答えを出
すのです。 コンサルは
それを支援する。 こう
いう関係をつくること
がコンサルをうまく使
うコツです」
そう言って、大先生
は全員を見回す。 大先
生の視線に合わせて各
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人が頷く。 もったいぶった感じはあるが、言って
いることは正しい。 この関係以外、コンサルティ
ングは成功しない。
「コンサルが、いろんな数字やらデータをみなさ
んに出させて、それをもとにありきたりの方法で
出した答えを報告書として提出する。 そんなもの
結局使いものになりませんよ。 たとえ結構いい方
策だったとしても、借り物では決して定着しませ
ん。 自分たちで考えたものだからこそ、自分たち
で実行する気になるんです。 いいですか、コンサ
ルに答えを出してもらおうなんて考えは捨てなさ
い。 答えを出すのはあなたがたです。 それを支援
するのが私です。 もし、答えを出してもらいたい
のなら、コンサルを代えなさい。 私は降ります」
代えるはずがないというのを見越して、大先生
が格好よく言い放つ。 ?コンサルは教育だ〞という
のが大先生の持論である。 これまでコンサルをや
った会社のメンバーから何人もの「講師」が生ま
れているのが大先生の自慢である。 大先生にとっ
ては、彼らは外弟子なのである。 自分の考えを実
践しているかけがえのない弟子なのである。
「いえ、代えるだなんてとんでもありません」
大先生の予想通りの展開である。 部長が語気強
く続ける。
「もちろん、私どもは自分の問題として取り組むつ
もりです。 先生にやってもらって、自分たちはそ
ばで見ているなんてことはまったく考えていませ
ん」
今度は、大先生が頷く。 それでいい、それでい
い。
「ただ、今日の議事進行につきましては、私どもも
初めてなものですから、どうしたらいいかわからな
かったのです。 それで、つい先生に‥‥」
なんだ、そうだったのか。 自分に全部お任せと
いう依存心ではなく、単に進行をどうしたらいい
かわからなかっただけなんだという事実に大先生
は気づかされた。 そうなると、さっきのコンサル論はやり過ぎだったかもしれない。 でも、まあ彼
らにコンサルを受ける心構えを新たにさせるとい
うことでは意味があったろうと大先生は自分を納
得させた。 ちょっと照れくさそうに大先生が傍ら
の美人弟子を見ながら答える。
「なんだ、そんなことなら、彼女にでも聞けばい
いんですよ」
「はあ、今度からそうします」
「それでは、今日は、オレが進行係をやるか」
大先生がひとり言のように言って、みんなを見
る。 なぜか、見られた全員が、そのとき大きな不
安を感じた。 そして、その不安は見事に適中した。
(次号に続く)
*本連載はフィクションです
ゆあさ・かずお
一九七一年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究所
入社。 現在、同社常務取締役。 著書に『手
にとるようにIT物流がわかる本』(かん
き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク
ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ
メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE
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