ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年5号
ケース
キユーピー―― 需給調整

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

MAY 2002 48 在庫日数を三〇日から十二日へ 「在庫はゼロを目指すのが基本」――。
新味の あるスローガンではないが、物流部門の担当 者がそう言い切り、しかも実践しているキユ ーピーのようなメーカーは珍しい。
一般的な メーカーでは、需給調整の実権は生産か営業 が握っており、物流部門が在庫水準に影響を 及ぼすことはできない。
結果として、こうした 企業の物流部門は、ロジスティクスやサプラ イチェーン・マネジメント(SCM)とは程 遠い業務しか手掛けられずにいる。
その点、キユーピーでは、「情報物流本部」 というロジスティクスのための部署が需給調 整を一手に担っている。
ここで全国の物流拠 点にある在庫を一元的に管理し、販売状況に 応じて生産量を増減する権限を委ねられてい る。
この組織下でキユーピーは在庫を減らし 続けてきた。
九六年に三〇日分あった同社の 平均在庫量は、現状では一六日分まで減って いる。
さらに昨年一〇月に導入したSCMソ フトの効果などによって、二〇〇二年度中に 十二日分にする計画だ。
キユーピーには、キ ユーソー流通システム (KRS)という評価 の高い物流子会社があ る。
情報システムの高 度化や、物流共同化に 熱心に取り組んできた 物流部門が需給調整を一元管理 大幅なアイテムカットで在庫半減 ロジスティクスが進んでいるといわれる大 手メーカーのなかでも、キユーピーの物流管 理はとりわけ革新的だ。
90年代初頭に物流部 門と情報部門を統合して、新たに情報物流本 部を設置。
このセクションに需給調整の全権 を持たせることで、在庫日数を着実に減らし てきた。
キユーピー ―― 需給調整 「各部門の責任を明確にするのが情 報物流本部の役割」と山上英信取 締役情報物流本部長 していなければ簡単に腐ってしまう。
こうしたニーズに応えることでKRSも実力をつけ、順 調に業績を伸ばしてきた」 もっとも、傘下に優秀な物流子会社を持っ ていることは、必ずしもキユーピーにとってメ リットばかりではなかった。
現業をKRSに 安心して任せられたこともあって、キユーピー には八八年まで物流を専門に扱うセクション がなかった。
受発注や需給調整といった在庫 管理の要諦となる業務は、営業部門や生産部 門に埋没しており、キユーピー社内の物流に 対する認識も低かった。
アイテム数を七割カット そんなキユーピーが物流先進企業に生まれ 変わったきっかけは、旧来の物流管理の破綻 だった。
八〇年代、顧客ニーズに応えるため に増やし続けたキユーピーの商品アイテム数 は約九〇〇〇にも上っていた。
アイテムの増 加は、生産管理や物流管理を煩雑にし、過剰 在庫や欠品を招いた。
そのうえ当時は大手量 販店などから配送の多頻度小口化を求める声 が高まっており、このこともキユーピーの物流 コスト増に拍車をかけていた。
こうした状況に危機感を抱いたキユーピー の経営陣は、八八年十一月期からの経営五カ 年計画で抜本的な物流改革に乗り出した。
ま ずは九〇〇〇まで膨れあがってしまったアイ テム数を、段階的に四〇〇〇まで減らす。
そ して個々のアイテムごとの管理精度を高める KRSは、今では親会社への売上依存度が三 割を切るほど物流業者としての自立を果たし ている。
キユーピーとKRSの役割分担は明 確だ。
ロジスティクス戦略の策定や管理はキ ユーピーの情報物流本部の仕事。
同本部の指 示に従って、現場実務をすべて担うのがKR Sという体制である。
KRSの中興の祖ともいえる遠藤定男氏(現 会長)の存在は、親会社であるキユーピーの 物流管理にも多大な影響を 与えてきた。
SCMのよう な概念が普及するはるか以 前から、遠藤氏は物流を一 つの?システム〞として捉え てきた。
このことはキユーピ ーが物流管理を、生産から 販売まで貫くシステムとして 考えるようになった素地にな っている。
これに加えて、主力製品 のマヨネーズを扱ううえで欠 かせない?チルド的な発想〞 が、現在のキユーピーの物 流を育んだと山上英信取締 役情報物流本部長はいう。
「マヨネーズの生産には卵黄 を使うが、そのときに二倍 近い量の生の卵白がでる。
こ れを売ったり副産物に加工 するときに、物流がしっかり 49 MAY 2002 ことによって過剰在庫や欠品を防ぐ――とい うのが改革の骨子だった。
物流改革のスタートと同時に、そのための 組織再編も実施した。
生産本部のなかに新た に「物流情報室」を設け、その下部組織とし て全国七カ所の生産拠点に「物流情報センタ ー」と呼ぶ在庫管理のためのセクションを設 置。
同センターで全国の在庫情報を一元的に 管理し、この情報に基づいて「物流情報室」 が生産調整を行うという体制をスタートした。
それから三年間で、キユーピーは実際に約 五〇〇〇までアイテム数を減らした。
しかし、 期待していたほどの成果は得られなかった。
廃 止品目の多くが?死に筋商品〞だったため、売 上高ベースの削減率はわずか一%程度に過ぎ ず、物流全体に及ぼすインパクトも大きなも のではなかった。
そこでキユーピーは、九二年に、もう一段 の組織改革を断行した。
生産本部や営業本部 と並ぶ組織として「情報物流本部」を新設し、 生産や営業と同じレベルにまで物流を引き上 げたのである。
そして同本部のなかに、生産 の管轄下にあった「物流情報室」と、管理本 部に所属していた「情報システム室」を移管。
物流管理への情報システムの活用を徹底する ことで、生産から販売までを一貫して管理す る体制を目指した。
その後もキユーピーはアイテム数の絞り込 みを続け、九〇年代の半ばには当初の目標だ った約四〇〇〇まで削減。
アイテム別の物流 キユーピーの物流管理の推移 アイテム数 平均在庫日数 1988年 約9,000 − 1996年 約4,000 30日 1999年 4,200 21日 2000年 3,700 19日 2001年 3,000 19日 現在 2,700 16日 目標 − 12日 長を兼任し続け、九四年には二代 目本部長として 営業部門から大 山轟介常務(現 社長)を起用し た。
こうした人事 の背景には、経 営トップが関与 しなければ営業 や生産のエゴを 抑え込めないと いう事情があっ た。
情報物流本 部の発足によっ て、たとえ組織 図上、物流部門 の発言権が生産 や営業と同格に なっても、生産 や営業が具体的 なアクションを 起こさない限り在庫は減らない。
そうした現 実を踏まえて、物流改革は経営のトップマタ ーという姿勢を明確に示し続けたことが、キ ユーピーの物流管理を支えてきた。
需給調整の機能は誰が担うべきなのか――。
物流管理にとって極めて本質的なこの問題を、 キユーピーは組織改革と人事の工夫によって 乗り越えてきた。
以前は生産拠点のなかで在 庫管理を手掛けていた「情報物流センター」 も、段階的に集約を進めて情報物流本部のな かに完全に取り込んだ。
営業の管轄下にあっ た受注処理業務についても、二〇〇一年には 完全に同本部の管轄下に移管した。
現在、キユーピーの情報物流本部には総勢 MAY 2002 50 管理を強化することにより、冒頭で紹介した ような在庫日数の半減という成果を手にした。
こうして需給調整機能の見直しを進め、在 庫削減という成果も得たキユーピーだったが、 九九年になると、もう一段のアイテムカット に踏み切った。
しかも今度は?死に筋商品〞 を中心に減らすのではなく、それなりに売り上 げのある商品をアイテムカットの対象にした。
狙いそのものは当初と同じで、生産効率の向 上と、物流管理の高度化の二つである。
この取り組みの結果、九九年に四二〇〇あ ったキユーピーのアイテム数は、現状では二 七〇〇まで減っている。
むろん、簡単な話で はなかった。
「ある数百アイテムの商品を無くせば、売り上 げも一〇〇億円落ちるという話だった。
社内 には、せめて在庫品を売り切るまで商品コード を残して欲しいという声もあったが、トップは 『ダメだ。
捨てろ』といった。
そういう決断が なければ、現実に売り上げのあるアイテムの削 減などできない」。
山上本部長は、こう言って 経営陣が関与することの重要性を指摘する。
需給調整を一手に担う情報物流本部 キユーピーの経営トップが物流管理に高い 関心を示し続けてきたことは、情報物流本部 の歴代人事をみれば明らかだ。
九二年に情報 物流本部を作ったとき、初代本部長に就いた のは当時の樽井史郎副社長だった。
樽井氏は 九三年に社長に就任してからも情報物流本部 5層式の庫内は、ラックとフォークリフ トそれに垂直搬送機だけのシンプルな構成。
庫内作業が軌道に乗り、物量の平準化にも メドが立った時点で自動化を進める方針。
キユーピー五霞工場の近くにある五霞第 二センターの役割は3つ。
?乾燥卵の全国デ ポ、?輸入缶詰の東日本デポ、?東京・埼 玉・千葉エリアへの配送拠点となっている。
1日に取り扱う物量は、入庫が約5万ケ ース、出荷は3万〜7万ケース。
メーカー が長期休暇に入る直前などに物量が増える。
物量平準化はKRSにとっても切実な願い。
輸入缶詰のなかから不良品を選別する作 業。
特別な資格を持つ作業員が、缶詰を一 つひとつ鉄棒で打診して検品をほどこす。
ようやく最近になって機械化されつつある。
今年1月に稼働した五霧第二センター(運営はKRS) 一五〇人が所属している。
物流戦略の策定や 社内調整を行う「物流企画部」が約一〇人。
社内の情報コンサルタントのような役割を担 っている「情報企画部」が一八人。
そして在 庫管理や受注業務を行う「物流情報センター」 には、パートを含めて約一二〇人が勤務して いる。
当面は同センターの人員を最適化して、 生産性を高めていくことが課題だ。
これまでキユーピーは、物流管理に情報技 術(IT)を活用することで、メーカーにと ってコア業務である生産と同じレベルにまで、 その精度を高めようとしてきた。
二〇〇〇年 四月に稼働した、「新鮮度管理システム」と いう自社開発のソフトウエアは、その象徴的なツールである。
同システムを使えば、ITを使って需給調 整を行い、そこで算出されるデータを全社で 共有することが可能だ。
商品ごとに算出され る需要予測データや、現在の在庫量や生産量、 実際に売れている量などがエクセルのグラフ 上に表示され、いつ、どれだけ生産すれば、在 庫量がどのように変動するかを試算できる。
試 算のための画面には在庫量の上限と下限も表 示され、過剰在庫や欠品の発生をあらかじめ 防止できる仕組みになっている。
この新鮮度管理システムを使って「情報物 流センター」の担当者が生産計画を策定する。
そして、ここで作られた生産計画や、在庫量、 販売計画などの数値は、社内のネットワーク を介して全国の工場の担当者や営業担当者も 閲覧できるようになっている。
そうすることで、 過剰在庫を生み出す原因になっていた生産や 営業の不安を解消する狙いがある。
さらに二〇〇一年一〇月にはマニュジステ ィックス社のサプライチェーン計画ソフトを導 入し、新鮮度管理の画面に表示する需要予測デ ータの算出エンジンとして使い始めた。
これに よって予測精度を高めるとともに、計算プロセ スをほぼ自動化することが可能になった。
各セクションの役割を明確にする キユーピーが一連の物流改革を進めるにあ たって、とくに手本にした事例があったわけ ではない。
自社の物流管理レベルを高めるた めに、一つひとつ工夫を積み重ねてきただけ だ。
それだけに試行錯誤の部分も多く、実現 してきたことの中には、すでに見直しを考え ている業務もある。
実は、生産計画を情報物 流本部が作るという役割分担も、再考の対象 になっていると山上本部長は明かす。
「IT化して、関係者がきちっと情報を共有 できるようにさえなっていれば、次に問われる のは誰がその商品に一番愛着を持っているか、 責任を持てるかということ。
そう考えていくと、 最終的に生産量を決める機能を情報物流本部 に置いておくのは無責任な部分がある。
例えば、 最終決定は生産が手掛けて、情報物流本部は 管理だけ行うという考え方もある」キユーピーの社内では、すでに生産の考え 方そのものが従来とは変わっている。
工場の 稼働率というのは、もはや生産効率を示す唯 一の指標ではない。
在庫を減らすために設備 の稼働率が落ちたとしても、それで生産部門 の担当者が経営陣から責められることもなく なった。
こうした状況であれば、商品への愛 着の強い生産部門に需給調整の最終権限を委 ねた方が有効なのではないか、と山上本部長 は考えている。
キユーピーにとって「情報物流本部の役割 は、生産の責任、営業の責任、物流の責任を 明確にすること」にある。
その際にデータを 提示して話し合いを進めるのは当然で、それ 以外の定性的な部分についても独自の『スコ 51 MAY 2002 キユーピーが需給調整に使っている「新鮮度管理システム」の画面 MAY 2002 52 アカード』で評価する。
これは情報物流本部 が、在庫日数とか在庫量などの項目ごとに営 業や生産を評価する仕組みで、すでに今年一 月から部分的にスタートしているのだという。
次はイレギュラー業務の見直し キユーピーは一〇年がかりで組織を見直し、 需給調整に関する業務を情報物流本部に集約 してきた。
昨年、それまでは営業部門の管理 下にあった受注業務を完全に「物流情報セン ター」に移管したことによって、ようやくこの 体制作りは一段落した。
「受注業務が営業の管理下にあると、営業に とって便利になることが避けられない。
どうし てもイレギュラーの作業が増えてしまい、K RSさんにとってもやりにくい面があったはず だ」(山上本部長)。
例えば、締め時間を過ぎ て、すでにキユーピーからKRSへのデータ 伝送を終了した後で注文に応じれば、双方に とって手間のかかる話になる。
こうした追加 注文や伝票の変更などが、現状では毎日一〇 〇件以上ある。
また、物量の季節波動も大きく、出荷量が ピークになる長期休暇の直前などには、閑散 期の三倍の物量を扱う必要がある。
受注業務 が営業の傘下にあった従来は、こうした状況 を是正して物量の平準化を進めるのは難しか った。
今後は「報償とペナルティの料金体系 を明確にすることで物量の平準化を進める」 方針なのだという。
キユーピーが物量を平準化できないことは、物流現場を担っているKRSにとっても不都 合な状況を生みだしてきた。
KRSは今年一 月、茨城県の五霞に約三五億円を投じて、ほ ぼキユーピー専用の物流センターを稼働した。
それまで東京と埼玉の四カ所に分散していた 業務を集約するために、まったく新たに建設 した自前拠点である。
現在では隣接地にある キユーピー五霞工場の物流拠点と合わせて、東 日本の主力拠点として機能している。
同センターの延べ床面積は一万九一〇〇平 方メートル。
キユーピーの全物量の約四五% を扱う大型拠点である。
にもかかわらず、セ ンター内には自動化機器はほとんどない。
パ レット単位の移動ラックと、フォークリフト を組み合わせただけのシンプルな構造になっ ている。
KRSの山根潔常務は「大量の商品 を、いかにすばやく動かせるかを眼目にセンタ ーを設計してある」とその狙いを説明する。
もちろん、KRSとしても事前に自動化に ついては検討を重ねた。
現に神戸にある西日 本の主力拠点では、まったく同じような荷物 を扱うために自動倉庫などのマテハンを導入 している。
だが神戸では、三倍以上になる物量 の季節波動と、イレギュラー作業が現場を直 撃して、自動化機器がかえって作業の柔軟性 を妨げるという問題に直面してしまった。
このときの苦い経験があったため、KRS は五霞センターの自動化を見合わせた。
「設備 投資をして自動化しても現状ではコストパフ ォーマンスが悪すぎる。
その点、ラックであれ ば作業者の数さえ投入すれば大きな季節波動 にも対応できる」(KRSの増岡和保五霞第二 所長)という判断だった。
試行錯誤を続ける物流現場の状況を、キユ ーピーの山上本部長は、「機械化を先送りした KRSの判断は正しいと思う。
うちが波動の 少ない基準在庫を設定できるようになり、煩 雑なイレギュラー作業をなくして、はじめて 機械化の条件は整う。
そうなればプロである 彼らは一気に効率化を進めてくれるはず」と 楽観している。
荷主企業の物流管理業務は、ともすれば物 流ネットワークの見直しや、協力物流業者の 管理がメーンになってしまいがちだ。
その点、 キユーピーの情報物流本部は、優秀な子会社 との役割分担を明確にすることで、戦略的な ロジスティクスの実現に注力できた。
こうし たステップを経てきたからこそ、最先端のS CMソフトを導入しても振り回されることな く使いこなすことができるのである。
(岡山宏之) 「キユーピーの荷物が減れば外部 荷主を入れることを考える」と KRSの山根潔常務

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