ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年5号
道場
大先生が判断を下す「もちろん不適切です。全てが」

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大先生が判断を下す 「もちろん不適切です。
全てが」 不安がっているみんなの顔を見回しながら、大 先生が静かに質問する。
まだ出だしなので言葉遣 いは丁寧だ。
そのうちストレートな物言いに変わ る。
そこから大先生の本領発揮だ。
「いま部長の話にありました社長の指示、物流 コストを三割減らせという指示ですが、これにつ いてみなさんは、その実現可能性についてどう思 われますか。
率直のところをお聞かせいただきた い」 物流部長と課長、それに課員の五人全員が首を 傾げているが、すぐには誰も発言しない。
恐らく、 この五人の間では、その実現は無理だということ で合意が得られているのだろう。
ただ、この前の 大先生の発言があるだけに、いくら率直にと言わ れても、無理だとか不可能だと軽率には言えない 心理状況にあるようだ。
その沈黙を課長が破った。
やはり心理状況を反 映してか、発言は控え目だ。
「もちろん、頭から実現可能性を否定するような ことは控えなければいけないとは思いますが、現 実問題として、かなり困難ではと私どもはみてい ます」 「私どもとおっしゃいましたが、それはここにい る全員の共通認識ということですか」 部長が頷くのを見て、全員が頷く。
「へー」 今度は大先生が頷く。
顔はなんか嬉しそうだ。
決 して怒ってはいない。
でも、それが不気味だ。
「ところで、いま現実問題とおっしゃいましたが、 現実問題というのは具体的に何ですか」 「はぁー、現実問題という表現が適切かどうかわ かりませんが、すでにやるべきことはやってきたと いう意味合いで‥‥」 課長の話の途中で大先生が判断を下す。
「表現としてはもちろん不適切です。
現実問題だ けでなく、いまの発言全部が‥‥」 課長が戸惑った顔をしている。
なんと答えたら よいのかわからない。
課員三人は、大先生と目を 合わそうとせず、しかし興味深そうな顔で様子を MAY 2002 64 《前回のあらすじ》 本連載の主人公の「大先生」は、いわゆる一匹狼的なコンサルタン ト。
銀座に事務所を構え、この世界ではちょっとした顔だ。
あるとき 大手消費財メーカーの物流部長が銀座の事務所を訪ねてきた。
「物流 コストを3割減らせ」と経営トップに指示されて途方に暮れ、大先生に 相談を持ちかけてきたのである。
ほどなく正式なコンサルティング契 約を結んだ両者は、クライアントの本社会議室で最初の検討会に臨ん だ。
大先生とコンサル修行中の「美人弟子」、それにクライアント側か らは物流部長以下、物流部のスタッフ5人が出席して会議が進められ ている。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第二回》 65 MAY 2002 窺っている。
課長の戸惑いに助け舟を出すように、 大先生が続ける。
「すでにやるべきことはやった。
だから、これ以 上のコスト削減は難しい‥‥と言いたいのでしょ」 大先生の問い掛けに、部長が何か気づいたらし く、身を乗り出して答える。
「やるべきことをやったというよりも、私どもで できることをやったというのが正確な表現かと思 います」 「そう、そういうことでしょうね」 大先生は、意外にも素直に応じた。
もちろん、み んなは大先生がどんな性格かまだわかっていない ので、意外にもと思ったのは隣にいる美人弟子だ けである。
しかし、意外さは長くは続かなかった。
課長が自信を持って答えた 制約条件を取り払うことです! 「本来やるべきことと、自分たちでできることとの 間の世界をご存知ですか?」 突然、大先生から、意味不明というか意味深な 質問が投げ掛けられた。
五人に戸惑いが広がる。
な んと答えたらよいのか。
「さきほど部長は、やるべきことではなく、でき ることをやったとおっしゃいましたが、やるべきこ とって何ですか」 「はぁ‥‥」 部長がどう答えようか一生懸命考えている。
大 先生がみんなを見回す。
先生に指名されるのを恐 れる生徒のように、課員三人は下を向いたままだ。
そのとき意を決したように、間に座っている課長 が顔を上げた。
部長と課員がほっとした表情でち らっと課長を見る。
頼りになる課長だ。
「物流の制約条件を取り払うことがやるべきこと ではないかと‥‥。
われわれがこれまでやってき たのは、制約条件の中での取組みだったと思いま す」 「ほー、すごいな。
わかってるんだ」 大先生が、本当に感心したように、つぶやく。
慌 てて課長が断りを入れる。
「いえいえ、先日の先生のご講演をお聞きしたもの ですから。
ほんと、お話を伺い、目からウロコが 落ちました」 「へー、私の講演って先週の‥‥」 「はい、あの新聞社の講演です」 大先生にコンサルをお願いするということが決 まった後、ある新聞社主催のセミナーに大先生が 出るというので、慌てて申し込んで、部長と課長 の二人で出かけて行ったのである。
そのとき、たしか二人して大先生に挨拶をした はずだったが、大先生はそんなこと忘れてしまっ たかのようである。
「そうそう、一度誰かに聞きたいと思っていたので すが、目からウロコが落ちると、どのように見え るようになるんですか」 「‥‥」 「近眼を矯正したような感じですか、それとも乱視 の矯正に近い」 「えー、近眼に近いかもしれません」 課長が思い余ったように吐き出す。
なぜか隣で 部長がうんうん頷いている。
結構いい加減な二人 MAY 2002 66 だ。
「いままでぼやっとしか見えなかった世界がはっ きり見えるようになったわけだ。
それで、そのはっ きり目で自分の物流を見ると、どう見えます」 「はぁー」 「はっきり見えるでしょう、大きな無駄が」 「はいっ」 流れとはこわいもので、二人とも声を揃えて返 事をしてしまった。
すかさず大先生から質問が飛 ぶ。
「その無駄はどこにありますか」 黙って聞いている大先生を尻目に 会議は営業の悪口で盛り上がった 「本来あるべき姿と現状の間にあります」 課長がすかさず答える。
乗ってきてる。
やっぱ り頼もしい課長だ。
「うーん、たしかに、はっきり見えてる。
大した もんだ」 大先生が誉める。
だが、みんなは身構えている。
次の質問に備えているのだ。
緊張感に支配された いい雰囲気になってきた。
「ところで、さっきも聞いたんだけど、そのやる べきこと、あるべき姿っていうのはどんなもの」 大先生の言葉遣いが明らかに変わってきている。
それがどんな結果をもたらすのか、まだ誰も知ら ない。
頼もしい課長が、大先生の言葉遣いの変化 など意に介さず自説を展開する。
大先生とのやり とりに自信を持ってきたようだ。
危ない、危ない。
「これは、先生のお説でもあるのですが、たとえ ば保管コストは保管スペースの広さによって決ま ってしまいます。
スペースの広さは在庫の量によ って決まってしまいます。
在庫の量は生産や販売 次第です。
つまり生産や販売の連中と一緒に取り 組まないと、あるべき姿は出てこないということ です。
そして、そのように一緒に取り組むことが やるべきことだと思います」 論理的な自説の展開に仲間が感心する。
拍手を贈りたい気持ちだろう。
大先生の反応を待たずに、 さっきから話したくてうずうずしていたような風 情の課員の一人が口を出す。
「同じことは営業との間にも言えると思います。
彼らは、売上を上げるためなら何でもします。
支 店間で在庫の取り合いはする、一度取った在庫は 絶対に他の支店に渡すことはしない、結局取った 在庫の多くが残ってしまいます。
でも、責任は取 らない。
在庫は取るけど責任は取らない、これで す」 にやっと笑いながら、話を終える。
自分ではお もしろいことを言ったつもりなのだろうが、誰も 反応しない。
大先生は目を閉じている。
隣の美人 弟子も寝ている。
いや目を閉じて聞いている、多 分。
そんなことにはおかまいなしに同僚の課員がそ の後を引き継ぐ。
「営業と言えば、緊急出荷なんてひどいもんですよ。
営業で回ってるときお客さんから言われた注文を 忘れていて、後で気が付いて、慌てて『緊急注文 が入ったから、これすぐに送って』なんて物流に 言ってくる。
それにお客の言うこと何でも聞いて 67 MAY 2002 しまうから、注文の締切時間なんて完全に有名無 実ですからね」 「それそれ、お客の言うことを何でも聞くのがサー ビスだと思ってるのが多いからな」 三人目の課員が補足説明で参加する。
これで全 員参加だ。
大先生と美人弟子は目を閉じたままお 互いを支えあっている感じだ。
もしかしたら、寝 ているかもしれない。
そんなことおかまいなしにク ライアント側は営業の悪口に盛り上がっている。
「部長、知ってますか。
うちの二大営業技術って いうの」 「なんだ、そりゃ。
聞いたことないな」 部長もリラックスしている。
「二大技術っていうのはですね、一つが、『まと めて仕入れてくれたら値引きしますよ』、もう一 つが、『売れ残ったらいつでも引き取りますから』 というものなんだそうです。
お客に買わせるには 結構効くぞなんて同期の営業担当が言ってまし た」 課員三人は顔を見合わせて笑っているが、部長 と課長は笑わない。
何となく顔が引きつってる。
そ う言えば、部長も課長も営業出身だった。
「だめだ、こりゃ」 大先生の一言に座が凍りついた 少し気まずくなったその場の雰囲気を、大先生 が破った。
若手の課員たちにとって、このときは 大先生が救世主に見えた。
「わかった、わかった。
それで、そんな営業に対 してこれまで何をしてきたの、あなたがたは」 MAY 2002 68 やっぱり大先生は寝てはいなかった。
しかし、な んか大先生の機嫌が悪そうだ。
さっきまでのリラ ックスした雰囲気が一気に吹き飛ぶ。
部長が自信 なさげに答える。
「はぁ、営業の全体会議の場で時間を取ってもら って、物流コスト削減のためにサービスの見直し をしてほしいとお願いしたりしてるんですが‥‥。
もちろん、文書で支店長に依頼などもしています」 「そんなお願いをして、聞いてくれる営業なんての が日本にあるんですかね」 突き放すような大先生の言葉に誰も返事をしな い。
大先生が隣を見る。
「私どもの知ってる範囲では一社もありません」 美人弟子が即座に答える。
美人弟子も寝てはい なかった。
「そう、そんなやり方が通用する会社なんて一社も ないんだよ。
なぜだと思う」 「やっぱり自分の問題ととらえていないからではな いかと。
その、物流を。
私の経験からしましても ‥‥」 「そう、それが正解」 部長の答えに大先生が即座に賛意を示す。
美人 弟子がようやくメモを取り始めた。
これからが本 番だ。
「なぜ営業は物流を自分の問題と思ってないの。
さっきのみんなの話だと物流コストを上げている のは営業だろ」 「はい、ですから営業に物流サービスがいかに物流 コストを上げているかを説明して、その是正への 協力を要請しているのですが‥‥」 課長の控え目な説明を大先生が遮って、苛立っ たように質問する。
「物流コストというのは誰の責任なの」 質問の真意を図りかねながらも、大先生の目に 促されて部長がつい答えてしまう。
「物流コストですから、物流部の責任ということに ‥‥社内ではなっています」 「だめだ、こりゃ」大先生の一言に座が凍りつく。
間をおいて、大 先生が静かに言う。
「知ってますか、物流部があるから物流がだめにな ってる会社が少なくないことを。
この会社も同じ だ。
あなた方が物流をだめにしている」 大先生に見詰められて、みんな固まったままだ。
息が詰まりそう。
「そろそろコーヒーなんぞが出る頃だろうから、 ちょっと休憩してから、続きをやるかな」 大先生の独り言に、一番端に座っていた課員が 脱兎の如く会議室を走り出ていった。
コーヒー、コ ーヒーとつぶやきながら。
(次号に続く) *本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究所 入社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手 にとるようにIT物流がわかる本』(かん き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

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