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MAY 2002 16
工場をロジスティクス部の傘下に
味の素は今年四月、大胆な組織改革に踏み切った。
従来の事業本部制を見直して社内カンパニー制を導
入。 主力の「調味料・食品カンパニー」ではロジステ
ィクス本部とマーケティング本部の二本部制を敷いた。
生産部門はロジスティクス本部のなかにある。 工場を
ロジスティクス部門の傘下に置いたのだ。
近年、同社はロジスティクス部門の組織を繰り返し
変更してきた。 九九年七月には経理、物流、情報を
統合して営業部門に営業ロジスティックスセンター
(ADI:Accounting, Distribution&Information
)
を設置。 二〇〇一年には、本社スタッフ部門で物流
子会社の管理などを担当していた営業・物流戦略室
もADIに集約した。
そして今年四月の改組では、生産部門の上部組織
としてロジスティクス本部を設置すると同時に、需給
調整の実質的な権限をロジスティクス戦略部(旧A
DI)に移した。 その狙いを鎌田利弘ロジスティクス
戦略部長は「ロジスティクスと生産を一つの組織にす
ることによってサプライチェーン・マネジメントを徹
底するためだ」と説明する。
同社は九九年四月に一五億円の予算と二年間の歳
月を費やして独自開発した「SCMS(サプライチ
ェーン・マネジメント・システム)」を稼働させてい
る。 それまで本社事業部で行っていた需要予測の最
終的な判断を、流通の川下に近い各地の支店に移す
ことで、市場動向をより緻密に判断しようという発
想だった。
まず過去の販売実績に基づいてコンピューターが週
次の販売予測を算出し、これを支店が修正して最終
的な予測値を決定する。 それを生産部門が計画に反
映させる。 ロジスティクス部門は、この予測値と実際
の販売実績の差を日常的にチェックし、大きなブレが
発生した場合には支店にアラームを出して販売計画の
変更を促す仕組みである。
SCMSの稼働により、味の素は九八年三月期に
約三〇日分あった在庫を、三年後の二〇〇一年三月
期までに半減させることを目指した。 しかし、計画は
期待通りには進まなかった。 二〇〇二年三月時点で
同社は二七日分の在庫を抱えている。 九九年四月の
システム稼働によってすぐに一割程度は減ったが、そ
こで足踏みしたまま先に進むことができなくなってし
まった。
その理由を鎌田部長は「最後は生産がネックになっ
た。 実際の商品の売れ行きが需要予測を下回っても、
生産に対してブレーキを踏むことができなかった。 誰
の責任でラインを止めるのかが従来は明確になってい
なかった」と反省する。
それでもSCMSが稼働してからの三年間で同社は
貴重な経験を得た。 需要予測の決定権を委ねられた
営業部門は、自分達の予測がいかに間違えるかを自
覚した。 また、約三〇〇〇アイテムの商品すべてを予
測対象とする労力にも気付いた。
そのため、今年四月から一部の商品の需要予測を
ロジスティクス部門に委ねることに納得した。 これ
までは抵抗の大きかったアイテム削減についても、営
業サイドから協力するという声が上がるようになっ
た。
一四頁の解説で紹介したロジスティクスの三段階に
当てはめれば、味の素は在庫情報の一元化を経て現
在、需給調整をどう機能させるかで試行錯誤している
状態だ。 しかし、これまでの活動で営業と物流の統合
は既に達成した。 残るは生産と物流の統合だが、新設
先進メーカーのIT活用術
最先端のITツールに振り回されている他のライバルたち
を尻目に、ロジスティクス先進企業は着実に改革を進め
ている。 ロジスティクス・マネジメントの原則を理解し、
セオリー通りの活動を積み重ねていくことで、ITは強力な
武器となる。
第1部 荷主に訊く
17 MAY 2002
先進企業は ココが違う
特 集
したロジスティクス本部が機能すれば、在庫半減とい
う目標も見えてくるはずだ。
社内コンサルタントが活躍
従来の物流管理をロジスティクスに進化させるため
には、ITが不可欠のツールとなる。 ただし、そこで
求められるのは難解なロジックや最先端技術などでは
ない。 それを証明しているのがキユーピーの取り組み
だ。 同社の物流管理は近年めざましい成果を上げてい
る。 その在庫水準は過去五年間で三〇日分から一六
日分に激減した。
しかし、同社の基幹システムは従来から使用してい
るレガシーシステムだ。 需要予測のための「新鮮度管
理システム」も基本的に自社で開発したシンプルなソ
フトウェアに過ぎない。
キユーピーは、八八年に全社の在庫を一元管理する
体制を整えたのを皮切りに、長い時間をかけて段階的
に物流関連業務の見直しを進めてきた。 九二年には
物流部門とIT部門を統合して情報物流本部を発足。
社内のさまざまなセクションに散らばっていた需給管
理や受注業務を情報物流本部に集めた。 これと平行
して大幅なアイテム削減も進めた。 こうした積み重ね
の成果が在庫半減となって表れている(本誌四八ペー
ジ参照)。
同社の情報物流本部に属する情報企画部には現在、
一八人のスタッフがいる。 彼らは社内で情報コンサル
タントのような役割を担っている。 情報企画部社内の
各セクションを調整したうえで、実際にシステム開発
や保守を担当しているグループの情報システム会社と
の橋渡しをする。 いわば、ユーザーの視点で情報シス
テムを高度化するのが彼らの役割だ。
昨年一〇月、もう一段の在庫削減を進める狙いで
同社はマニュジスティックス社のSCMソフトを導入
した。 「一〇〇〇とか二〇〇〇品目の需要予測をしよ
うとしたら、手入力では処理スピードが追いつかない。
とくに物流拠点ごとの管理を厳密にやるためにはプロ
セスを自動化するしかなかった」と、山上英信取締役
情報物流本部長は説明する。
それでも導入のための特別な作業は何も必要なかっ
た。 コード体系も以前から整備されていたし、物流関
連データを吸い上げる仕組みもすでにあった。 SCM
ソフトを使いこなすためのデータもすぐに用意できた。
同社の業務プロセスはSCMソフトの導入後もほとん
ど従来と変わっていないという。 体制が整っていたか
らこそ、振り回されることなく最先端のITを使いこ
なすことができた。
データで他部門を説得する
山上本部長は「ロジスティクスの分野ほどコスト面
でITを有効活用できる分野はない」と確信している。 さらに他部門との調整が必要な業務では「データを提
示して話し合うのは当然」とも考えている。 だからこ
そ、全権を委ねられている需給調整業務についても、
社内に情報を公開し、生産や営業と情報を共有しな
がら進めてきた。
物流管理にデータを活用することにかけては、花王
のロジスティクス部門は日本でも有数の実績を持って
いる。 同社には一テラバイト(テラ=兆)を越える膨
大な取引データが蓄積されている。 これを需要予測な
どにフル活用することによって物流管理を高度化して
きた。
もっとも、花王のロジスティクス部門が、とくに社
内で強い権限を持っているわけではない。 同部門が算
出する需要予測は参考値に過ぎず、最終的な生産計
味の素の物流組織の変換
90年代半ば 99年7月〜
2002年4月〜(カンパニー制を導入)
社長
(本部部門)
(営業部門)
社長
人事部
総務部
営業統括部
物流部
支店A
支店B
営業事務センター
社長
(本部部門)
(営業部門)
人事部
総務部
営業・物流戦略室
支店A
支店B
営業ロジスティクスセンター(A.D.I)
アミノ酸・海外食品カンパニー
調味料・食品カンパニー
医薬カンパニー
マーケティング本部
ロジスティクス本部
マーケティング戦略部
ロジスティクス戦略部
工場A
工場B
物流企画G
物流G
情報G
企画管理G
コーポレートスタッフ(全社的な経営企画や情報戦略を担当) 原料調達G
※2001年に営業・物流戦略の
各室をA.D.Iに統合。 営業
企画・ロジスティクスセン
ターに改称した
※調味料・食品カンパニーは
2本部制。 SCMを徹底する
ため、ロジスティクス本部
の中に生産部門を入れてし
まった。 営業企画・ロジス
ティクスセンターはマーケ
戦略部とロジ戦略部に分割
MAY 2002 18
画は、生産部門が独自に策定している。 それでも最
近の花王は、在庫を減らしながら、同時に欠品率も
下げるという離れ業をやってのけている。 需要予測の
精度に対して、社内の信頼を獲得できたことが大き
い。
「我々の業務は、未来の情報をいかに入手するかに
尽きる。 結果として予測した数値が当たっているから
こそ生産部門も動いてくれるようになった。 主観をぶ
つけあったら力関係の弱いロジスティクス部門は負け
てしまう。 その点、データには主観が入っていないか
ら論理的に考えられる。 仕事を進めるうえでは一番分
かりやすい」と花王の松本忠雄取締役ロジスティクス
部門統括は強調する。
一〇年前に川崎工場長からロジスティクス部門に
異動してきたとき、松本取締役は「工場で生産してか
ら小売店にモノを動かすまでのプロセスが見えない」
と感じた。 在庫や欠品などの課題は明らかでも、因果
関係が分からなければ課題解決の手を打ちようがない。
研究所と工場務めが長かった松本取締役は、理系の
出身者らしく、まずは「ロジスティクスの構造を明確
にする」という目標を打ち出した。
そして、そのための業務を実行できる人材をロジス
ティクス部門に集めた。 論理的な思考をできて、実際
にコンピューターのデータ処理や統計的処理ができる
人材。 さらに、販売分野の業務に精通している人材も
求めた。 一方でIT部門に働きかけ、販売から運送ま
でにいたる取引伝票一枚単位のデータを蓄積すること
を実現した。
現在、花王のロジスティクス部門は高い情報処理
能力を持つ人材を数多く抱えている。 社内にIT専
門のセクションが別にあるにもかかわらず、「アプリ
ケーションの試作版ぐらいであればロジスティクス部
門で作っている」という。
ライバルの日用雑貨品メーカーが基本的に特約卸へ
の出荷実績を元に在庫を把握しているのに対し、花王
は傘下の販売会社や物流子会社によって小売店頭ま
での流通をグループ内で完結させている。 そのため、
他社と比べてより末端に近い市場動向を正確に把握
できるという強みを持っている。
これをさらに進めて流通全体の情報を完全に把握す
ることができれば、ロジスティクスの高度化は飛躍的
に進む。 実際、米国では小売りとメーカーが完全に情
報を共有し、小売り店頭まで含めた流通全体の最適
化を目指す取り組みが広範囲に実施されている。 しか
し、日本では未だそれが具体化していない。 例外的に
日本たばこ産業(JT)だけがそれを一部実現してい
る。
二%の誤差で需要を読む
JTの流通は特殊だ。 法律によって活動を規定さ
れていることもあって、一般的な商取引にみられるよ
うな取引条件をめぐる流通上での綱引きはほとんど存
在しない。 末端での販売価格は決まっているし、たば
こ小売販売業を始めるためには許可が要るため販売店
同士のつばぜり合いも少ない。 財政収入の安定的確
保を図るなどの目的で、計画経済にも似た統制が維
持されている。
販売店への配送頻度や配送日時、さらに発注のタ
イミングに至るまで、基本的にJT側で決めることが
できる。 また、保管・仕分け・配送の実務は、物流
子会社の「たばこサービス」が扱っている。 商社など
が海外から持ち込む輸入たばこについても、たばこサ
ービスが卸として機能しているため、同じ流通インフ
ラで販売店に供給されている。
「ロジスティクスと生産を1つの組織
にしてSCMを徹底する」と味の素の
鎌田利弘ロジスティクス戦略部長
先進企業は ココが違う
特 集
19 MAY 2002
JTで物流管理を手掛けている梶貴たばこ事業本
部営業統括部次長は、「我々にとってロジスティクス
は共同でやるのが当たり前の世界。 競争をする部分で
はない」という。
ただし、競争にはさらされていないが、いかに従来
よりコスト効率を高めるかは常に問われている。 その
ために九三年から進めてきた「流通体制整備」は、既
存の流通体制を取引条件まで含めて見直す大規模な
プロジェクトだった。
「配達日や注文日が決まっているため効率はいい。 こ
れをIT化や機械化によって、いかに高めるかが課題
だった」(梶次長)。 具体的には四つの機能の高度化に
取り組んだ。 ?方面別の配車ルートの最適化、?物
流拠点への自動仕分け機の導入による仕分け作業の
高度化、?需給システムの見直し、?受注業務の効
率化――である。
九九年四月に稼働したJTの需給システムは、次
のような業務フローになっている。 一日に約四万件寄
せられる注文データは、コンピューターセンターの
「販売物流システム」(SAP/R3)に全て集約され、
一元的に管理している。 この情報に基づいて、週に一
度「需給システム」(SASシステム)で予測を施す。
予測精度は極めて高い。 実際の販売実績とのズレは
二%以下でしかない。 このシステムを導入した結果、
JTが物流拠点に置く在庫量は約三割減った。
JT
vs
コンビニ
実は、JTが今回の大規模なプロジェクトに踏み切
った背景には、CVSを始めとする小売りチェーンの
販売チャネルとしての台頭があった。 前述した通り、
末端の販売店まで含む流通全体を強固に囲い込んで
きたJTだが、急速に販売力を伸ばしてきたコンビニ
を無視することはできなかった。
かつて、JTの配送を担っているたばこサービスに
は、四万本(段ボール四箱程度)の物量があれば一週
間に一度届けるという配送の条件があった。 ところが
コンビニチェーンは、この物量に満たないにもかかわ
らず週二回の配送を求めてきた。 これを実現できない
のであれば、センター納品をして共同便に相乗りして
欲しいという主旨だった。
JTにとっては飲めない条件だった。 販売店への配
送条件までJTが管理することで実現していた物量の
平準化が、特別扱いを認めれば崩れてしまう。 末端の
販売量を前提に考えるべき自動仕分け機の能力にし
ても、CVSの販売分だけが総量納品になれば話が変
わってくる。 何よりもセンター納品になれば、末端の
需要動向が掴めなくなり、JT主導の需給調整その
ものが難しくなってしまう。
しかし、強い販売力を背景とする要請は無視できな
い。 残された道は「コンビニチェーン以上に効率の良い流通の仕組みを作る」(梶次長)ことしかなかった。
こうしてJTは、IT化と自動化を軸とする流通の見
直しに本腰を入れた。
幸いコンビニチェーンは、JTのロジスティクスの
コスト競争力を認めてくれた。 センター納品にすれば、
販売店ごとの仕分けや、受注をCVS側に任せること
になる。 その手数料とJT側の流通コストを比較した
結果、JTの流通体制の方がコストパフォーマンスが
高いと証明されたためだ。
流通効率化の権化ともいうべきコンビニチェーンが
認めたJTのコスト競争力は、徹底した業務の平準
化を基本としている。 販売店単位の販売情報を使っ
たITによる正確な需要予測が、これをさらに効率的
なものにしている。
JTの需要予測システム
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