ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年6号
道場
「デメリットの維持が管理ですか」大先生の質問が飛ぶ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

「デメリットの維持が管理ですか」 大先生の質問が飛ぶ コーヒーを飲みながら、大先生がたばこを喫っ ている。
大先生はたばこが好きだ。
「人を煙に巻く 商売だから」というのがお得意のジョークである。
ただ、喫煙室や喫煙車両の類には大先生は足を踏 み入れない。
他人のたばこの煙は嫌いなのである。
自分の喫煙は棚に上げて、大先生は喫煙自体に も批判的である。
コンサルなどで出かけて行った 会社が禁煙でなかったりすると「いまだに社内で 喫煙を許しているなんて、なんて文化度の低い会 社なんだ」などと聞こえよがしに悪態をつく。
機 嫌が悪いと「だから物流がどうにもならないんだ」 と支離滅裂なことまで言う。
だから会議などで誰かが大先生に断りなしにた ばこを喫うと、わざとらしく手で煙を払う仕草を する。
それを見て、喫煙者は慌てて、謝りながら たばこを消すが、大先生はその後すぐにわざとら しくたばこを取り出して火をつける。
周りはあっ けにとられた感じで大先生を見つめている。
もち ろん、大先生はわざとやっているのである。
慣れ れば付き合うのは却って簡単ですよと弟子たちは 言うけれど、まったく始末に負えない大先生であ る。
それはともかくとして、会議室の中はコーヒー ブレイクとは思えない重苦しい空気が支配してい る。
みんな黙ってコーヒーを飲んでいる。
コーヒ ーをすする音とカップが皿にかちゃかちゃ触れ合 う音しか聞こえない。
クライアント側の五人はコーヒーの味などわか らないに違いない。
早く飲み終わって、次に進み たいという一心のようである。
しかし、次に進む とどんなことが起こるのか、これまた不安である。
「あなたがたがこの会社の物流をだめにしている」 という休憩前の大先生の言葉が彼らの頭の中をぐ るぐる回っている。
緊張の糸が切れそうなところで、大先生が「さ て、続きをやりますか」と切り出した。
休憩を挟 んだせいか大先生の声は穏やかだ。
みんなちょっ とほっとした表情を見せた。
でも、油断はできな い。
JUNE 2002 60 《前回までのあらすじ》 主人公でコンサルタントの「大先生」は、ある大手消費財メーカー の物流部の相談に乗っている。
依頼者は、社長から「物流コストを3 割減らせ」と指示されたものの、現実的な目標ではないと考えている ようだ。
大先生とアシスタントの「美人弟子」、それにクライアント側 の物流関係者5人の総勢7人が出席した初めての会合は、物流コスト増 に拍車をかける営業の悪口で盛り上がった。
だが、その営業部門に対 して物流部が何をしてきたかとなると、まるで実効性のある手段は講 じていない。
ついに大先生が「あなたがた物流部が物流をだめにして いる」と言い放ち、重苦しい雰囲気のまま会議は休憩に入った。
湯浅和夫 日通総合研究所 常務取締役 湯浅和夫の 《第三回》 61 JUNE 2002 「物流部はどんな構成になってるんでしたっけ」 大先生が穏やかに部長に聞く。
大先生の厳しい 言葉を予想していた部長は、突然、話題が変わっ たことに戸惑いの表情を見せた。
それに、物流部 の組織については最初に訪問したときに簡単に説 明している。
もっと詳しく説明しろということか。
質問の意図を測りかねて、部長が課長の顔を見る。
課長も同じことを考えていたのか、「資料を持って きます」と言って席を立とうとするのを大先生が とめる。
「いや、簡単でいいんですよ。
どんな課があって、 そこで何をしてるかだけで」 困惑気味に「はい」と言って課長が立ち上がり、 ホワイトボードに組織図を書き、簡単な説明を行 った。
企画課と業務課と管理課があって、自分た ちが企画課であること、業務課が物流センターを 統括していることなど以前説明したのと同じこと を話した。
「在庫を管理しているのはどこの課ですか」 「‥‥」 部長と課長が答えに窮して顔を見合わせている。
よく見詰め合う二人。
ただ、大先生の質問が脈絡 なしに単刀直入に飛んでくるため、答えにくいこ とはたしかである。
そこを見透かしたかのように 大先生が質問を重ねる。
「在庫を管理するという意味はおわかりですよね」 部長が即座に反応する。
先般の大先生の講演を 思い出しながら。
「先生のおっしゃるような在庫管理はうちではまだ できていません」 「私の言う在庫管理って何ですか」 「はぁ、市場の動きに合わせて適正量を維持する ことかと」 今度は大先生が即座に反応した。
「違うな。
わかってない」 「‥‥」 「適正量とおっしゃいましたが、適正量って何です か。
それを維持するって言いますが、そんなもの 維持して何かいいことありますか。
在庫なんか持ったって何もいいことないですよ。
デメリットしか ない。
デメリットを維持するのが管理ですか」 矢継ぎ早の大先生の質問に誰も答えることがで きない。
デメリットを維持することが管理かと言 われてはなお更である。
途中で部長は正解を思い 出したようであるが、大先生の勢いに言葉を失っ ている。
会議室に大先生の怒声が響いた 「管理業務をやってない証拠だ」 暫しの沈黙の後、大先生が質問を変える。
「物流センターに在庫を置いて、補充をしてますね。
それは誰がやってるんですか」 部長と課長がどう答えようかと逡巡しているう ちに、年長の課員が答えてしまった。
「物流センターの担当者が営業と相談して補充し てます」 部長と課長が「まずい」という顔をする。
最悪 の答えだ。
大先生が楽しそうな顔でその課員に質 問する。
「相談するって何を」 JUNE 2002 62 「はあ、どれくらいの量を置くかとか、どれくら い補充するかとか‥‥」 「何を根拠に」 「はぁ‥‥」 たまらず部長が割って入る。
「先生がお考えのとおり、在庫に関しましては管理 不在という状態です。
営業や工場の都合ですとか、 欠品を出したら大変だという物流センターの考え などで在庫が動かされています」 あまり正直に答えるので大先生は拍子抜けの態 である。
しかし、それで追及の手を緩める大先生 ではない。
「各地の物流センターの在庫‥‥そうだ、物流セ ンターっていくつあるんでしたっけ」 「えーと、一八カ所だったと‥‥」 自信なげな課長の答えに大先生の眉がひそむ。
そ んなことおかまいなしにあっけらかんとした年長 の課員が訂正発言をする。
「北陸と九州の集約が終わったはずですから、いま は一五カ所ですよ」 「九州はまだ‥‥」 反論しようとした課長の言葉を大先生がさえぎ る。
「物流センターをいくつにするかという判断はどこ がするんですか。
業務課じゃないでしょ」 「はい、業務はセンターの運営が中心でして、物流 センターの配置につきましては私どもの所管です」 観念したように課長が答える。
「あなたがたは所管する物流センターの数さえ定か でない‥‥」 「すぐに調べます」 大先生の言葉をさえぎった課員に大先生の怒声 が飛ぶ。
「調べるほどのことじゃないだろう。
なんでそん な数字が頭に入ってないんだ。
企画課としての管 理業務をちゃんとやってない証拠だよ」 「‥‥」 「先月の物流コストはいくらだった‥‥先月末の在庫金額は‥‥パートも入れた全社の物流人員は ‥‥全国の物流センターの延床面積は‥‥」 大先生が次々と数字を聞くが、答えはない。
「いま聞いたのは他愛もない数字だよ。
でも、管理 する立場にいる人間だったら、当然頭に入ってい て然るべきだ。
一事が万事。
管理は数字でしかで きない」 みんな黙って聞いている。
この後どう展開する のか。
「さて、それでは資料を見せてもらおうかな」 大先生の言葉に緊張が走る。
端に座っている課 員が思わず腰を浮かす。
取りに行こうという姿勢 なのか。
腰が軽いと言うかフットワークがいいと 言うか。
「昨日時点の数字でいいですから、物流センター ごとのアイテム別の在庫量一覧を見せてください」 これまで冷静に状況を見ていた美人弟子が思わ ず笑みを浮かべる。
そんな資料あるわけないと思 っている。
大先生は絶対に出ないのを承知で要求 しているのである。
でも、決していじめているわけ ではない。
大先生に言わせると「教育している」 のである。
「コンサルは教育なり」の実践である。
63 JUNE 2002 案の定、誰も返事をしない。
腰の軽い課員はい つの間にかどっかりと腰をおろしている。
「昨日のがなかったら、先週末のでもいいんだけど」 大先生が追い討ちをかける。
「いつのだったらあるんですか」 たまらず課長が返事をする。
「物流センターにはあると思うんですが、私どもで は持っていません」 「‥‥」「次回はしっかり準備して臨もう」 疲労困憊の物流部員たちは誓った 大先生が黙ってしまった。
たばこに火をつけた。
煙が美人弟子の方に流れる。
彼女が慣れた手つき で平然と煙を払う。
大先生は意に介さない。
みん なが驚いた様子でその光景を見ている。
不思議な 時間が流れる。
「結局のところ企画課というところは何をしてると ころなんですか」 これまた答えにくい質問だ。
こういうことをし ていますと言ったら突っ込まれるだけだし、先生 の言う管理は特にしていませんと言ったら、それ では何でそんな課が存在するのかと詰問されるこ とは目に見えている。
さすがの課長も黙ったまま だ。
意を決して部長が答えようとするのを大先生 が手で制した。
やっぱり大先生は優しい。
「まあ、いいでしょう。
じっくりやりましょう。
ま だコンサルの初日ですから」 全員から声のないため息がもれる。
「まだ初日か。
もう何カ月も経ったような気がする。
たしか先生 JUNE 2002 64 は月に数回来ることになっていたはずだ。
次はい つ来るのだろう。
そのときまでにいろいろ準備し ておかなくては‥‥」。
そんな声なき声がみんなの 頭の中を駆け巡っているようだ。
それでいい。
「コンサルは教育だ」という大先生 の面目躍如である。
「ところで、物流センターの集約を進めているとか いう話がさきほど出ましたが、最終的にはいくつ にしようと思っているのですか」 「はあ、いま進めている最中で、まだ‥‥」 あっけらかんの課員が答えるのを課長が慌てて さえぎった。
「いまのところ、全国で九カ所ぐらいが妥当かと思 ってます」 話をさえぎられた課員が何か言いたそうに課長 の顔を見たが、課長のこわそうな形相を見て言葉 を失った。
大先生が質問する。
「いまのところってどういう意味ですか‥‥まあ、 それはいいとして九カ所が妥当だという根拠は何 ですか」 「はあ、お客様へのサービスレベルを考えますと、 それ以上の集約は限界かと思われます」 さすが営業出身だ。
「お客様」ときた。
だが、大 先生の質問にまったく答えていない。
大先生はそ れ以上追求しなかった。
「まあ、根拠についてはまた後で議論するとして、 次の機会にでもどこかの物流センターを見せても らいましょうか」 「はい」 課長が勢いよく答える。
話題がそれて、ほっと した感じが声に篭っている。
今日のコンサルはこ れで終わるかもしれない。
やっと解放される。
視察する物流センターをどこにするかを決めて、 最初の検討会がようやく終わった。
大先生が帰っ た後、みんな自席でぐったりとしていた。
疲労困 憊だ。
何でこんな目に合わなければならないんだ。
部長が「次の物流センター視察については準備をしっかりとして臨もう」と声をかけた。
「よし、 次はしっかり準備するぞ」と課長は自分自身を叱 咤した。
しかし、次回の会合までに行った周到な準備も、 大先生に対してはまったく役に立たないことが後 日あきらかになる。
そもそも物流センターについ ての大先生の発想は、クライアント側とはまった く違っていた。
あれでも初日のコンサルでは自重 していた大先生が、ついに本領を発揮し始めるこ とになる。
(次号に続く) *本連載はフィクションです ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究所 入社。
現在、同社常務取締役。
著書に『手 にとるようにIT物流がわかる本』(かん き出版)、『Eビジネス時代のロジスティク ス戦略』(日刊工業新聞社)、『物流マネジ メント革命』(ビジネス社)ほか多数。
PROFILE

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