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販売機会ロスを無くす
日本通運にとって3PLは決して目新しいものでは
ない。 一九五〇年代から七〇年代にかけての重厚長
大産業の全盛期には、既に高炉メーカーの工場の構
内作業やビールメーカーの物流センター運営など、現
在の3PLの原点と言えるような業務の請け負いを開
始している。 こうした仕事を通じて蓄積されたノウハ
ウこそが、現在の3PL事業の基礎になっている。
そもそも、3PLとは何を意味しているのか。 3P
Lという言葉が日本に上陸してから十年近くが経過し
ているが、その定義は未だにはっきりしていない。 「3
PL=物流のアウトソーシング」と言い切る人もいる
し、「荷主に対し物流改革を提案し、包括して物流業
務を受託する業務」(通産省=現・経済産業省が発表
した総合物流施策大綱)と定義されるケースもある。
そして、私自身は3PLを「顧客企業とパートナー
関係を構築し、物流業務をまとめて引き受け、業務
改善を図り、物流のコストダウン、物流品質やサービ
ス機能の向上といった顧客サイドの要請に応えていく
業態である」と解釈して、日々の業務にあたっている。
3PL事業者に求められる機能は年々少しずつ変
化している。 もともと、顧客企業が3PL事業者に期
待していたのは、物流センターの運営や配送など個々
の物流機能に関する改善策の提案であった。 しかし、
サプライチェーン・マネジメント(SCM)という経
営手法の浸透に伴い、生産から販売に至るまでの業
務プロセスを全体最適化するためのソリューション
(問題解決)の提供が求められるようになった。 さら
に今日では流通の川下の動向を意識したデマンドチェ
ーン・マネジメント(DCM)への対応が3PLとし
ての必須条件となっている。
商品のライフサイクルは短くなる一方である。 例え
ば、あるコンビニエンスストアでは店頭に並べられて
いる商品の約六〇%が一年以内に新商品と入れ替わ
ると言われている。 また、パソコンの分野では次々と
新しいモデルが誕生し、それに伴い旧型の機種が陳腐
化して、価格がどんどん下落していくという現象が見
られる。
こうした変化の激しい時代に、3PL事業者に求
められるスキルとは、売れるタイミングに売れるだけ
の商品をきちんと揃えるために、ジャストインタイム
でモノを供給できるロジスティクスの機能である。 そ
れが提供できなければ、たとえ個別の物流機能の改善
によってコストダウンを実現したとしても、顧客企業
からは評価されない。 店頭での販売機会ロスを無くす
ためにはどのようなロジスティクスの仕組みを構築す
ればいいのかを常に意識して行動する。 それこそがD
CM時代における3PL事業者のあり方だと確信し
ている。 部隊編成とプレゼン準備
このように顧客企業の要求がより複雑化していく中
で、実際に日通がどのようなかたちで3PL事業を展
開しているのか。 まずは3PLの組織について説明し
たい。
一般に物流企業では「3PL部」や「3PL課」と
いった専門部署が設けられている。 しかし、日通では
敢えてそうした組織を用意していない。 対外的には二
〇〇〇年四月に発足した「e
―ロジスティクス部」が
3PLの窓口的な役割を果たしているが、必ずしもこ
の部署が3PLの案件を処理しているわけではない。
実際に顧客企業との折衝にあたっているのは、主に
本社に置かれている本社営業部(二十一の業種業態
日本通運の3PL戦略
単なる物流改善提案だけでは顧客企業は満足しなくなってきた。
今、3PLに求められているのはデマンドチェーン・マネジメント
(DCM)を支えるロジスティクスの機能だ。 モノが売れるタイミ
ングに売れるだけの量をきちんと揃える。 その能力がなければ、経
営規模の大小に関係なく、3PLは淘汰されていく。
日本通運 若林敏男 商流関連部長
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別営業部)である。 ただし、これら営業部の部員はあ
くまでもチームリーダー的な役割を果たすだけ。 案件
ごとに、情報システム部のスタッフ、航空・海運など
現業部分のスタッフ、時には関連会社の日通総研や
日通商事のスタッフまでを巻き込むかたちで、特別チ
ームを編成し、それが3PL部隊として機能している。
前述した通り、数年前まで顧客企業が3PL事業
者に求めてくる提案要請は物流センターにおける作業
改善などが中心だった。 しかし、近年ではSCMやD
CMに基づいた複雑な要求が増えている。 セクション
を超えたタスクフォースを形成するようになったのは、
社内に蓄積されている様々なノウハウを持ち寄ってサ
ービスを提供しなければ、顧客企業のニーズを満たす
ことができなくなってきたためである。
実際に日通ではどのような流れで3PLの案件に対
応しているのか。 案件が発生してから、顧客へのプレ
ゼンテーションを行うまでの流れを簡単に説明する。
?案件の発生
3PLの案件は主に支店・営業所、海外現地法
人、e
―ロジスティクス部、本店営業部に上がって
くる。 依頼を受けたスタッフはその案件がどの営業
部の管轄であるかを判断して、相当する営業部の担
当部長もしくは課長に提案書作成など対応を依頼
する。
?プロジェクトチームの編成
案件を受けた担当部長・課長が顧客企業の依頼
内容に沿って、プロジェクトチームのメンバー構成
を検討する。 例えば、書籍通販のセンター運営およ
び配送業務を委託したい、という案件であれば、ペ
リカン便部門、情報システム部門、輸出入を担当
する航空・海運部門などからメンバーを選定する必
要がある。
?プロジェクトメンバーの選定
ある一つの案件に対して、どういった部門からメ
ンバーを集めればいいのかを判断するのは比較的容
易な作業だ。 ところが、その部門から誰を選ぶべき
なのかを判断するのは難しい。 そこで、本店営業部
では各部員がこれまでにどのような業務に従事して
きて、どういう分野を得意としているのかをデータ
ベースとして蓄積している。 プロジェクトリーダー
はこのデータベースを検索して適当な部員を選択す
ればいい。
?プロジェクトミーティング
プレゼンテーション内容を固めるまでに開かれる
ミーティングの回数は、案件の規模や提案依頼の内
容などによって異なる。 通常、週に一〜二回、月に
二〜四回のペースで打ち合わせをすることが多い。
プロジェクトの各メンバーは次のミーティングまで
に与えられた課題を整理しておく。 これを繰り返す
ことで、提案内容を固めていく。
?プレゼンテーション
クライアントに対するプレゼンテーションを行う
のは基本的にプロジェクトリーダーの役割。 各メン
バーが持ち寄った改善案などを一つにまとめて、顧
客企業に提示する。
ケーススタディ
日通では以上のような手順で3PL部隊を編成し
て数々の物流コンペに参加してきた。 その結果、これ
までに多くの企業と3PL契約を交わすことができて
いる。 次に挙げる二つの事例はいずれも二〇〇〇年に
スタートした大型案件である。 守秘義務契約等の関
係で具体的な社名を挙げることはできないが、その取
社 長
副社長
会 長
営業部門
営業企画部
商品開発・販売促進部
通運部
エコビジネス部
e―ロジスティクス部
重機建設部
海外企画部
ペリカン・アロー部
作業管理部
業務部
IT改革部
情報システム部
広報部
総務・労働部
経理部
地域総括(国内
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ブロック)
米州地域総括
欧州地域総括
アジア・オセアニア地域
海外駐在員事務所
グループ経営企画部
監査部
経営企画部
航空事業部
旅行事業部
海運事業部
警備輸送事業部
本店営業部
ペリカン・アロー部門
作業品質部門
IT部門
管理部門
監査部門
経営企画部門
支 店
日通の組織図
美術品事業部
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り組みのポイントを簡単に紹介しておこう。
◆米国大手通販会社のケース
《受注業務範囲》
海外からの商品の輸入、物流センターの運営、商
品の受発注データ管理および顧客データ管理、商
品の国内配送、販売料金の回収など。
《特 徴》
商品の受発注データ、在庫情報、物流センターか
らの商品出荷後の貨物追跡データなどの情報を管
理する大規模な情報システムを構築し、顧客に提
供している点。
《3PL受注のポイント》
商品の販売先は主に一般消費者である。 全国を
網羅する宅配便(ペリカン便)のネットワーク
を持っていることが決め手となった。 各種デー
タを一元管理できる情報システムの完成度の高
さも評価された。
◆米国大手スポーツ用品メーカーのケース
《受注業務範囲》
海外の生産工場からの商品の調達、物流センタ
ーの運営、小売店への配送など。
《特 徴》
物流センターにおける作業生産性や作業進捗状
況などの情報をリアルタイムに確認できる情報シス
テムを用意した。 コスト削減目標を達成した場合に
は、クライアントと当社で削減分をゲインシェアリ
ング(成果配分)する契約を結んでいる。
《3PL受注のポイント》
多種多彩なマテハン機器を活用した自動化の進
んだ物流センターの提供、各種情報システムの完成
度の高さなどが評価された。
このほかにも多数の3PL業務を受注している。 誌
面の都合で詳細について説明することはできないが、ク
ライアントの業種と受注業務範囲などを列挙しておく。
●パソコンメーカー、精密機器メーカー
‥‥VMIシステムの提供
組み立て工場に部品をJIT納品するための物流セ
ンターを運営する。 部品ベンダーへの出荷指示、部品
在庫の管理などの業務を請け負う。
●大手量販店(GMS)、卸、家電量販店
‥‥一括物流センターの運営および店舗向け配送
各ベンダーから納入される商品を、物流センターにお
いて様々な情報システムを活用しながら効率的に店舗
別に仕分けし、配送する。
●百貨店‥‥ギフトセンターの運営
および消費者向け商品配送
顧客企業向けに専用の受注システムを開発。 各店舗
からのオーダーをギフトセンターで受けて伝票発行を行
ったうえで、ギフト商品に包装などの流通加工を施し
た後にペリカン便を使って配送する。
●ネット通販会社‥‥ベンダーからの商品調達(ミ
ルクラン)、物流センターの運営、および消費者
向け商品配送
ネット通販会社からのオーダーを受けて、各ベンダー
から商品を回収。 必要であれば、物流センターで複数の
ベンダーから調達した商品を同梱し、ペリカン便を使
って配送する。
日通の3PL部隊はペリカン便など
様々な部門のスタッフで編成されている
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3PL事業の課題
3PLの成否はクライアントである顧客企業と3P
L事業者が「イコールパートナー」の関係を構築でき
るかどうかに掛かっているといっても過言ではない。
互いに情報や知恵を出し合って、ロジスティクスのオ
ペレーション部分にムダを見つけ出し、それを排除し
ていくことで、はじめてコスト削減が可能になる。 だ
が現実として、まだまだクライアント側は情報開示に
抵抗感を持っているという印象を受けている。
もっとも、ケーススタディで紹介したような外資系
企業は比較的、情報開示に前向きに取り組んでくれ
ている。 これに対して、日本企業は情報開示に慎重だ。
欧米と日本の企業文化の違いなどもあるだろうが、3
PLの活用で成功を収めるためにも、日本企業は外
資系企業の姿勢を参考にすべきだと感じている。
日本企業と外資系企業とでは契約の概念にも違いが
見られる。 欧米の3PLではクライアント側とサービ
スを提供する側がゲインシェアリング(成果配分)契
約を交わすのが一般的だ。 明確なコスト削減目標を設
定し、それを達成した場合は両者が浮いた分のコスト
をシェアするというルールがきちんと設けられている。
これに対して、日本企業向けの3PLでは浮いた分
のコストをすべてクライアント側が懐に入れてしまう
ケースも少なくないという話をよく聞く。 3PL事業
者といえども、顧客企業からすれば、まだまだ下請け
物流業者という位置付けなのかもしれない。 3PL事
業者の改善提案意欲を高めるためにも、ゲインシェア
リング契約の浸透が欠かせないと認識している。
今後の3PL戦略
日通は総合物流企業として陸・海・空のすべての
輸送モードを網羅し、世界三三カ国一五〇都市に二
五七の拠点を構える。 グローバル規模で3PLを展開
していくには、申し分のないネットワーク力である。
人材に関しても、古くから3PL的な業務を請け
負ってきたという経緯もあって、コンサルティング経
験が豊富なスタッフが揃っている。 ITについても、
近年の積極的な投資によって機能強化が進んでいる。
それでも、3PLを展開していくうえでまだまだ足
りない機能があるのも事実だ。 顧客企業が3PLに対
して要求するサービスの領域が拡がっているため、日
通が保有する既存のアセットやソフトの機能ではカバ
ーしきれなくなっている面もある。
足りない機能を補うために、今後は同業他社や異
業種企業とのアライアンスを積極的に行っていくつも
りである。 例えば、情報システム。 日通では自前で情
報システム部門を用意しており、顧客企業の要求に対
して、その部門が持つノウハウや技術でほとんど対応
することができる。 だが、当然のことながら日通のI
Tよりも優れた技術を持つ企業も多く存在する。 自社で賄うよりも他社から技術を取り寄せたほうが顧客ニ
ーズにより合致する場合には、アライアンスで対応し
ていくべきだと考えている。
さらに、現場のオペレーションレベルを向上させて
いくことも必要であろう。 例えば、量販店の一括物流
センターの仕事では、これまでの「店舗別仕分け」か
ら「通路別・棚別仕分け」へと、要求される作業内
容がより緻密なものになってきた。 複雑化する要求に
応えて、なおかつ誤納率の改善など成果を出せなけれ
ば、長期にわたる契約は維持できない。
また、顧客企業のコストダウンに対する要求はこれ
までにも増して厳しくなってきている。 現場の生産性
を向上させることで、今後はよりローコストオペレー
ション化を実現していかなければならないだろう。
わかばやし・としお
1947年神奈川県生まれ。 66年日
本通運入社。 91年東京海運支店海
上コンテナ事業所長、97年第三営
業部繊維商業流通担当部長、2001
年商流関連部長(商業流通、商社、
繊維ファッション、情報出版グルー
プを担当)。
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