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物流革命の必要性
長引く景気低迷、消費者ニーズの多様化、外資系
企業の進出、規制緩和など日本企業を取り巻く経営
環境は非常に厳しい状況にある。 当分の間、経営環
境の好転は望めそうにない。 しかしながら、こうした
逆風下でも企業は新たな成長を生み出すための投資を
続けていかなければならない。 そのためには、外部か
らの資金調達もさることながら、既存アセットの効率
を高めることによって原資を確保することも不可欠だ。
実際、多くの企業で研究開発、マーケティング、調
達、製造、販売、そして間接部門など、様々な機能
分野の効率化やプロセスの再設計が進められてきた。
しかし、一層の効果を実現するためには、従来の活動
の延長線上では不十分だ。 部分最適の寄せ集めでは
なく、今後は企業活動の枠組み自体をドラスティック
に変えていく必要がある。
物流効率化を追求する場合にも同じことが言える。
例えば家電業界では、リサイクル物流の共同化にとど
まらず、大手メーカー同士が物流の全面提携を行うな
ど、効率化への取り組みが近年増加している。 しかし
ながら、物流の効率化にはまだ大きな余地が残されて
いる。
世界的に企業規模やサプライチェーン内での位置付
けが近似しており比較的ベンチマークしやすい自動車
メーカーの例で見ても、売上高に占める物流コストは、
日本が約一〇%であるのに対してアメリカでは七%、
ヨーロッパでは四%となっている(図1)。 一般的に
は、国土、規制、企業ごとの物流コストの定義や製
造・調達戦略の違いにより、海外との物流コストの比
較は難しい。 しかしながら、こうした例からも海外と
の格差の一端を垣間見ることができる。
効率化のボトルネック
こうした物流効率化の必要性の中で、それを阻む要
因とは何か。 主として物流のスケールやスコープの不
足、経営者の物流に対する意識の低さ、またその結果
としてスキルやアセットへの投資不足などがある。
まず、スケールやスコープの不足については、物流
に限らず他の機能分野においてもしばしば指摘される
問題である。 とりわけ、これまで規制色が強かった医
薬品、食品、小売りなどの業種では、経営規模の小
さいプレイヤーが個々にビジネスシステムを最適化し
てきた。 そのため、グローバル・プレイヤーと競争す
る状況になると、スケールやスコープの不足が露呈す
ることがある。 製薬会社の一社あたりの研究開発費が
欧米の大手企業に比べて少ないことも、その一例とい
える。
しかしながら、これまで国内での競争が中心であっ
た加工食品業界や小売り業界でさえも、グローバルな
コスト競争を意識せざるを得なくなってきた。 企業単
位での統合により、欧米の大手企業に伍する経営規
模を目指すというオプションもある。 しかし、その場
合には戦略レベルからの全面的再設計が必要となる。
迅速かつ最小限のリスクでコスト競争力を高めるため
には、共有化できる機能を積極的にインフラ化するこ
とが現実的な解の一つである。
物流も例外ではない。 また、仮にグローバル競争と
は無縁な場合でも、圧倒的なコスト競争力を持つこと
は、昨今の消費市場において新たな成長機会の可能
性を広げることになる。 多くの企業にとって、インフ
ラの共通利用には大きな意義がある。
ところが、一般的に経営者の物流に対する意識は
低い。 物流機能を共有して大胆な効率化を図るとい
物流共同インフラと3PLの役割
個々の企業努力による物流効率化には限界がある。 さらな
る成果を実現するためには、従来の枠組みを超えた全体最適
化の視点が不可欠だ。 今、日本の3PLに求められているのは、
物流共同インフラのビジョンを描いて物流革命を牽引してい
く能力だ。
マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク古森剛/日比野智彦
39 JUNE 2002
う発想も、まだ希薄である。 外部への情報漏洩のリス
クを考慮する必要はあるが、単にライバルと業務を共
有することへのメンタルな抵抗もある。
Bundesvereinigung Logistik
が実施したサーベイに
よれば、そもそも「経営において物流は最も優先順位
の高い課題の一つ」と考えている企業は、日本が四%
に過ぎないのに対し、アメリカとヨーロッパではそれ
ぞれ一九%、一八%であった。 物流の共同化が世界
の潮流というわけではない。 しかし日本固有の環境を
考えた場合、経営者の物流に対する意識が高ければ、
もっと共同化が大胆に行われるはずである。
こうしてスケールやスコープの拡大が進まないため
に、物流機能を進化させていくスキルやアセットへの
投資水準も、相応に留まることとなる。 社内物流部
門や物流子会社の枠の中では、各種スキルは低レベル
でルーティン化してしまいがちである。 また、試行錯
誤の結果、せっかく蓄積されたスキルも、それを標準
化するためのアセットである人材やITへの投資が十
分でないため、担当者個人の暗黙知にとどまり、組織
としてのレベルアップが進まない。 ここに人材流動化
の波が押し寄せると、むしろ日本の物流のレベルは退
化する危険性さえある。
日本の3PLに期待される役割
一般的に3PLの役割としては、倉庫やセンターの
運営、輸配送など個々の機能における効率化を進め
てコストダウンを図るもの、ロジスティクスチェーン
全体の最適化を図るもの、そしてサプライチェーン全
体の創造や再構築を行うものまで、様々な広がりが考
えられる。 日本においても、3PLの発達によって物
流が進化していくことが期待される。
しかしながら、前述のような日本の物流の現状から
考えると、サプライチェーン全体を一気に組み替える
ような方向よりも、まず企業間での物流の共同化を積
極的に推進して、確実なメリットを実現することが最
優先と考えられる。 業界レベルでの物流プラットフォ
ームを形成して、日本の企業の新たな強みとするくら
いのアグレッシブな方向性が検討されるべきである。
広い国土と圧倒的な経営規模を背景にしたウォルマー
トが独自物流で生産性を向上させたのであれば、狭い
国土と小さな経営規模の日本企業は、物流の共同化
で生産性を向上すればよい。
そのためには、慣行やしがらみ、共同化に対する不
安などで身動きがとれない荷主や物流事業者に代わっ
て、実際にアクションを起こしていく触媒的な第三者
が必要となる。 それが今後数年の日本の物流業界にお
ける3PLの最も重要な役割である。 当然、ITを
軸とした最新技術や人材は速やかに導入されるべきで
あるが、そもそもこうした現実的な動きが起きなけれ
ば、技術も人材も生かされない。 また、インフラをシェアするという遺伝子を先に作っておかないと、仮に
新しいサプライチェーンの創造が行われても、それが
狭い国土の中で新たな部分最適を起こし、結局全体
としては効率化が進まないという状況にも陥りかねな
い。
3PLの活躍によって、物流の共同インフラ化を推
進する余地は大きい。 例えば、コンビニエンスストア
の地域配送である。 小口多頻度・オンタイムの物流は、
世界的に見ても比類なき水準にある。 また、業態の成
長過程では、こうした機能を独自に所有することが、
戦略的にも意義があったと考えられる。
しかし、昨今の物流機能の水準は各社とも近接し
ており、少なくとも消費者から見れば、それ自体でチ
ェーン間に大きな価値の差は感じられない。 むしろ、
図1 売上高に占める物流コスト――自動車メーカーのケース
日本
韓国・台湾
マレーシア
USA
ヨーロッパ
10
8
7
4
(%)
資料:Bundesvereinigung Logistik(BVL)
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購買の意思決定は、コンビニエンスストアにするかド
ラッグストアにするかといった、より本質的な業態の
提供価値のレベルで行われている。
既にチェーンごとにメーカーの荷は共配されている。
今後はチェーンの枠を越えて物流を共同インフラ化す
ることにより、浮いた資源を次世代の差別化に投入し
ていく方が建設的だ。
あるいは、自動車業界における完成車のディーラー
配送においても、共同インフラ化が可能である。 日本
の自動車業界は、他の産業に比べるとプレイヤーの大
型化が進んでおり、また国際競争の歴史も長いため、
オペレーションの効率が高いといわれる。 しかしなが
ら、例えば街道沿いの自動車ディーラーの集積地に対
し、各社が別々に完成車を配送することの戦略的意
義は薄い。 物流に焦点をあてれば、改善の余地はまだ
残されている。
3PL事業者の要件
3PL事業者が実際に物流の共同インフラ化に貢
献していくうえで、本質的に重要な能力要件は、ソー
ト・リーダーシップ(thought leadership
)、荷主業
界に対する専門性、中立性、そしてリスク低減能力で
ある。
まず、ソート・リーダーシップ、あるいは青写真を
描く力が最も重要である。 単に企業同士を結び付ける
コーディネーション力にとどまらず、ビジョンを示し、
メリットを訴求して、現実に共同化の動きを作ってい
く力である。 荷主企業の経営者たちが実際に行動を
起こすことが全ての起点であり、こうした動きなしに
は先端技術の入る余地もない。
逆に、ITの構築など個別の機能については、別途
専門家集団を調達することも可能であり、まず求めら
れるのは非常に難易度の高い、共同化の動きをデザイ
ンする能力である。
また、荷主業界に対する専門性を保有することも、
必要不可欠である。 例えば医薬品や食品の物流の場
合、厳密な温度管理やプロセス管理による、安全性や
品質の確保が大前提となる。 3PL事業者としては、
こうした要件を満たす物流機能を顧客のエージェント
として選択しなければならない。 季節ごとのニーズ変
動などマクロな業界知識に加えて、ドライバーや荷役
の質などミクロのレベルでの目利き力が必要である。
そのためのナレッジ、またそれを実行するためのス
キルやアセット(人材やITなど)が、3PL事業者
として不可欠な要件となる。 逆にそこまで専門性を高
めればこそ、過剰な機能を切り捨てる判断も可能とな
るはずだ。 また、こうしたナレッジ、スキル、アセッ
トが、組織レベルで標準化されていることも、荷主か
ら見た継続性を考えれば当然の要件である。
米国の3PL事業者であるC.H.Robinson
は、売上
高三一億USドル、大手小売り業や飲料メーカーな
どを顧客リストに連ねるが、低温物流に特化すること
で高い専門性を獲得している。 また、ナレッジの蓄積
においても注目すべき取り組みを行っており、低温物
流についての大規模な調査・分析を、大学と提携し
て定期的に実施している。 その中には、物流事業者を
選定するうえでの基準項目など非常に実際的なものも
まとめられている(図2)。
中立性も、共同インフラ化を考える場合には重要な
要件である。 例えば、大手企業同士の合従連衡の際
に、ITインフラの統合を当事者同士の判断で進めた
結果、必ずしも客観的な判断や選択が出来ない場合
がある。 物流インフラの場合も同様のことが考えられ、
第三者である3PL事業者の存在意義がここにある。
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一方、中立性という場合、必ずしも資本的に独立
系である必要はなく、案件における立場が中立である
ことが重要である。 物流子会社であっても、ガバナン
スがしっかりしていれば、その会社は自己の企業価値
最大化のために親会社との関係を客観的に見て行動
することになる。 ノンアセット型かアセット型かとい
う議論も、フィーの設計に成功報酬要素を入れるなど
して利益相反を排除すれば、本来は大きな問題ではな
い。
最後に、リスク低減能力は、物流の共同インフラ化
に関わらず、一般的に第三者に機能を委託する上で
欠かせない要件である。 中立の立場で学習を重ねるこ
とにより、組織として標準化されたナレッジと、荷主
や個々の物流事業者よりも広いネットワークへのアク
セスを持つことにより、イレギュラー事象に対するリ
スクの低減が可能となる。 また、こうした能力を目に
見える形で荷主企業の経営者に伝えることにより、触
媒としての機能も円滑となる。
今後数年の日本における3PLの最も重要な役割
は、まず荷主企業の経営者の物流に対する意識変革
を起こし、物流の共同インフラ化を積極的に推進する
ことである。 その上で、成立したインフラにITを軸
とした先端技術や人材が導入され、より大きな物流革
命が進んでいくことを期待する。
図2 キャリアを選択するうえでの主な基準――米国の低温物流の例
順位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
基準
積荷、輸配送における品質への信頼性
設備・施設の可用性(特に繁忙期への対応)
安定した輸送時間
設備・施設における機械のトラブルの頻度
キャリアのB/S、P/Lの健全性
価格レベル
キャリアの輸配送事故率
キャリアの商品トラッキング能力
全般的な評判
ドライバーの職業意識、サービスレベル
資料:Temperature Controlled Logistics Report
(C.H.Robinson and Iowa State University)
こもり・つよし
マッキンゼー・アンド・カンパニー東
京支社のコンサルタント。 ヘルスケア、
食品、金融、通信などの業界で、合従
連衡戦略、営業生産性向上、新規事業
企画、マーケティング戦略などのプロ
ジェクトを手がける。 マッキンゼー東
京支社のヘルスケア研究グループ、お
よび消費財・小売り研究グループのコ
アメンバー。
ひびの・ともひこ
マッキンゼー・アンド・カンパニー東
京支社のコンサルタント。 ハイテク、
金融、食品、自動車などの業界で、新
規事業企画、マーケティング戦略立案、
物流改革などのプロジェクトを手がけ
る。 マッキンゼー東京支社のマーケテ
ィング研究グループ、および消費財・
小売り研究グループのコアメンバー。
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