ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2002年7号
メディア批評
日本がオウム事件から学べない理由マスコミの特権意識が阻む実態解明

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

「マスコミが報道しなかったオウムの素顔」 という副題がついた森達也の『A』(角川文庫) を読んで考えこんでいる。
森からは再三再四、 このドキュメンタリーを見てほしいと言われ てきたのだが、その機会を得ることなく、先 にこの本を読んだ。
オビには「僕らはあの事 件からまだ何も学べていない」 森はフリーのディレクターとして、主にテ レビを仕事の場にしてきた。
しかし、オウム 真理教(現アレフ)をその内側から撮るとい う企画が、現在のテレビ界で通るはずもなか った。
それで、自主制作、自主発表のような 形にならざるをえなかったのである。
森は決して器用な人間ではない。
それがオ ウムの、とりわけ被写体とした広報部副部長、 荒木浩の信頼をかちえたのだろう。
「あなたたち現役の信者達の現在を、とにか く既成の形容詞や過剰な演出を排除して、ド キュメンタリーとして捉えたい」 と切り出した森に、荒木は、少しの間をお いて、 「……もしかしたら森さんは、信頼できる人 なのかなという印象を私は持っています」 と小さくつぶやく。
この意想外の反応に、森は、 「……どうしてですか?」 と問い返す。
以下 ―― 「はい?」 「どうして僕が信頼できるかもしれないと思うのですか?」 「手紙です」 「手紙?」 「マスコミの方は皆、電話かせいぜいFAX です。
森さんのように何度も手紙をくれた方 は他にいませんでした」 というヤリトリがあって、簡単には終わら ない撮影がスタートした。
これは直接的な批判ではないが、現在の特 権的なマスコミの腐敗に、怒りのあまり、私 が思わず頁を閉じてしまった場面がある。
破壊活動防止法のオウムへの適用が棄却さ れた時、オウムは司法記者クラブで記者会見 を開いた。
しかし、フリーの森は参加を拒ま れる可能性が高い。
それでもと、幹事局のTBSに連絡をとる と、カメラ撮りはムリだろうが、入ることは 問題ないだろうとの回答をもらった。
それで、ダメでもともとと正面突破を試み る。
カメラを持ったままである。
受付や警備 員に遮られたが、 「今日の記者会見は絶対に必要な素材なんで す」 と押し切って、村岡代表代行や荒木の会見 を堂々と撮った。
ところが終わって出口へ向 かう時、背後から、 「おい、ちょっと待て!」 と呼びとめられる。
振り返ると、ネクタイ 姿の某大新聞社の若い記者だった。
その記者が血相変えて追いかけてきて、 「あんたがた記者クラブの人間じゃないだろ う! 一体誰の許可をもらって会見を撮影し ていたんだ」 と怒鳴った。
「既得権益を守るための行為を、ここまで絶 対的な正義のように臆面もなく主張されて」、 森は言い返す気力も失せ、黙った。
すると彼は居丈高に、「わかったのか。
どこの誰だか知らないが、 今日あそこで撮影した映像は絶対使うなよ」 と凄んだという。
この記者に「オウムの素顔」は永遠に捉え られないだろう。
特権を振りかざす者に彼ら は心を開くことはない。
しかし、彼らの「素 顔」をつかまえずして、日本のいまを理解す ることはできないのである。
森は最後にオウムについて「わからないこ とがわかった」と言っているが、わかろうと してもわかりえないことがあることを知るこ とも、「理解」の第一歩なのではないか。
佐高信 経済評論家 65 JULY 2002 日本がオウム事件から学べない理由 マスコミの特権意識が阻む実態解明

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