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JULY 2002 20
戦後の日本経済を牽引してきた電機業界がどん底
の業績にあえいでいる。 二〇〇二年三月期の決算では、
電機大手六社が合計で二兆円の赤字を計上。 うち五
社は過去最悪の決算を余儀なくされた。 電機メーカー
各社には、もはや付加価値を生まない物流子会社を
抱えておく余裕はない。 日本の物流市場で大きな存在
感を持つ電機業界の物流子会社が、創業以来の岐路
に立たされている。
同時に親会社のメーカーはまた、サプライチェー
ン・マネジメント(SCM)という大きな課題に直面
している。 市場には既にモノが溢れている。 ひとたび
市場動向を読み誤るとすぐに在庫が積み上がってしま
う。 市場動向に応じて生産を柔軟にコントロールして
在庫を極小化する体制作りが急務となっている。
松下電器産業で流通改革の陣頭指揮をとってきた
田中宰専務はこう強調する。 「メーカーには開発、製
造、販売という三つの主要機能ある。 ところがSCM
の出現によって新たに二つの機能が加わった。 資材調
達とロジスティクスだ。 この五つが揃って、はじめて
メーカーのサプライチェーンが完成する」。 こうした
親会社のSCMに欠かせない存在となることが、物流
子会社の生存の条件になっている。
居場所を模索するソニーロジ
ソニーは二〇〇二年三月期の決算で、日本の大手
電機メーカーのなかでは唯一利益を確保した。 このこ
とはソニーがグループ企業に対して示す割り切った姿
勢と無縁ではあるまい。 ソニーの経営トップは、競争
力につながらない事業を手放すことを宣言し、現に生
産工場の一部をEMS(電機製品の製造受託事業者)
に売却するなどして競争力の強化に努めてきた。
親会社のこうしたドライな体質を熟知するソニーロ
日本の電機業界にはメーカーの冠を掲げた八社の大型物
流子会社が存在する。 いずれも戦後の高度経済成長時代に
設立され、親会社の業績拡大に歩調を合わせて成長を続け
てきた。 それが今日、大きな転換期を迎えている。
本誌編集部
ジスティックス(SLC)の水嶋康雅社長は、一年以
上前から「ソニーは市場競争力のあるサービスしか必
要としていない」と強調してきた。 そしてSLCの社
内に対しては、「死ぬか生きるかだ。 他社より安く良
いサービスを提供できなければ、我々がソニーの仕事
をする価値はない」と発破をかけ続けた。
関連企業を冷徹に選別する一方で、ソニーはグルー
プ内に残す機能についても抜本的な再編を進めてきた。
製品別・事業部門別に縦割りだったこれまでの組織
を、機能別に?水平統合〞して横割りに改める。 同
社はこれを?プラットフォーム化〞と呼んでいる。
その手始めとして九七年四月に国内の販売会社八
社と、ソニー本体の営業部門の一部を統合してソニー
マーケティング(SMOJ)を発足。 二〇〇一年四
月には国内に十一カ所あった生産事業所を統合して
新
会
社
、ソニーE
M
C
S
(
Manufacturing and
Customer Services
)をスタートさせた。
製造拠点が独立法人として存在していた従来は、テ
レビを作る工場、デジカメを作る工場という具合に役
割がはっきりと分かれていた。 これをEMCSの傘下
に水平統合したことによって、例えば一つの工場でテ
レビとデジカメの両方の製品を作れるようになった。
製造ラインに柔軟性を持たせることで市場の変化に即
応し、過剰在庫の発生や販売機会損失を避ける工夫
だ。
ソニーグループ内での在庫管理の役割分担も根本か
ら見直そうとしている。 これまでソニーでは完成品の
在庫を、各販売会社がコントロールしていた。 これを
製造側のEMCSが一元的に管理する体制に切り換
える。 さらに工場では、従来のように販売計画に基づ
いて生産をするのではなく、市場動向を工場が直接み
ながら生産を調整する。 IT(情報技術)でサプライ
家電業界の子会社経営
レポート
21 JULY 2002
特集 物流子会社
チェーンの構成メンバーが同じ情報を共有し、これを
基に生産活動の全体最適を図っている。
こうしたグループ戦略にともない、物流管理を担当
するSLCの組織も見直された。 ソニー本体にあった
ロジスティクスの企画部門と、航空フォワーダーの子
会社を二〇〇〇年にSLCに統合。 SLCがソニー
グループの物流管理を一手に担う体制に移行した。 「S
LCの最大の目的はソニーの商品力を高めること」(水
嶋SLC社長)という役割は従来通りだが、グループ
内の物流管理機能を一カ所に集約することで効率化
と高度化の二兎を追おうとしている。
SLC自身、グループ内での存在感を増すために躍
起になっている。 二〇〇一年四月にはSMOJととも
に共同プロジェクトを発足。 約一年間をかけて最適な
ロジスティクスのあり方を改めて検討してきた。 SM
OJからは物流管理を直接担当している部署ではなく、
あえて企画部門のスタッフが参加することで、現状に
縛られることなく最適化への方策を探った。
共同プロジェクトに参加しているSMOJ・経営
企画管理部の戸辺和男ビジネスプランニングマネジャ
ーは、「商品をどう届けるか一つとっても顧客の要望
次第で様々な方法が考えられる。 また我々が販売方
法を変えれば、中間拠点での在庫の持ち方や、拠点の
あり方も影響を受ける。 いずれもSMOJやSLCが
単独で対応できることではない。 オペレーションを多
機能化するためには互いに情報交換しながら詰めてい
く必要があった」と狙いを説明する。
さらに今春からは、生産側のソニーEMCSがプロ
ジェクトに加わった。 これによって、この取り組みは
新たに製販物の三者が知恵を出し合う「統合ロジステ
ィクス改革プロジェクト」として生まれ変わり、ソニ
ーのSCMを現業レベルで方向付ける取り組みとなっ
た。 すでに新物流メニュー、新料金体系、輸配送ネッ
トワーク――など各機能ごとにオペレーションモデル
を構築している。 来年四月には新たな物流体制をスタ
ートする予定だ。
物流機能を一元化した松下
松下電器産業も、ここ数年間で物流子会社の役割
の見直しを進めてきた。 ソニーが生産側から組織を再
編してきた印象が強いのに対し、松下は販売側に軸足
を置いて改革に取り組んでいる。
もともと物流子会社の形態も違う。 SLCは資産
を持たないノンアセット型の事業者だ。 これに対して、
松下の物流子会社である松下ロジスティクス(以下、
松下ロジ)は、自社の配送車両を約七〇〇台も保有
する典型的なアセット型の事業者だ。
松下ロジの前身の松下物流は元々、一九六六年に
松下グループの不動産部門の松下興産から分離・独
立した。 その後も不動産事業に近い倉庫業者としての活動期間が長く続いた。 輸配送業務については工場
から松下グループの販売会社までの製品輸送が担当
範囲で、その先の系列店などへの配送は長年、販社が
持つ自前の物流機能を活用してきた。
松下にとって、販社とそれに連なる系列店の存在は
創業理念にも関わる特別な意味を持っている。 創業
者の松下幸之助が一九二三年に代理店制度を発足。 そ
の一〇年後に事業部制を実施し、各事業部長に生産
から販売、収支管理に至るまでを一貫して任せる体制
を作った。 この事業部制の下で松下と販売会社が共
存をはかるビジネスモデルは、日本的な系列取引のま
さに典型だった。
しかし、この伝統的なサプライチェーンを、松下は
最近四年余りの間に大胆に組み替えてきた。 同社の
商品開発プラットフォーム
量産設計プラットフォーム
生産プラットフォーム
カスタマーサービスプラットフォーム
販売プラットフォーム(販社)
・戦略立案
・開発
・商品企画
・基本設計
・量産設計
・製造
・在庫一元管理
・Direct Shipping
・Marketing
・Customer Service
カンパニー
EMCS
販売
ソニーロジスティックスの
水嶋康雅社長
ソニーマーケティングの
戸辺和男ビジネスプラン
ニングマネジャー
ソニーグループが進める組織改革(縦型から横割りへ)
JULY 2002 22
組織改革では昨年実施された「事業部制の廃止」が
世間の耳目を集めたが、実はこれに先駆けて、もう一
つ、大規模な?破壊〞を実施している。 家電流通分
野における物流機能の見直しである。
前掲の通り、従来の松下の販社は、自ら物流機能
まで持つ商物一体の組織だった。 販社が自社物流の
機能(二次物流)を持っていたため、松下から販社ま
で製品を運ぶ物流(一次物流)との間での重複作業
が避けられず、ロジスティクスという観点でみると多
くの無駄を抱えていた。
これを効率化するために同社は、九七年十一月に
松下物流との共同出資で全国八社の松下ロジスティ
クスマネジメント(LM)を設立した。 そして、全国
に数十社あった販売会社が持っていた販売物流(二
次物流)の機能を、人材と資産まで含めてLM八社
に集約した。 「量販店の取扱を外し、物流を外すこと
に対し、販売会社からの大変な抵抗があった」と松下
の田中専務は振り返る(二四ページのインタビュー参
照)。
本社スタッフはわずか六人
しかも、この商物分離の取り組みは物流機能再編
の第一弾に過ぎなかった。 二〇〇〇年九月に松下は、
一次物流を担っていた松下物流の発行済み株式のう
ち、松下興産が保有していた七〇%を買い取り、松
下電器の一〇〇%子会社とした。 業界関係者が「松
下の物流がようやく家業から脱した」と評する資本の
移動である。
そして二〇〇一年一〇月に、この四年越しの物流
改革は仕上げに入った。 一次物流を担っていた松下
物流と、二次物流を集約するために設立した全国八
社の松下LMを統合。 松下電器一〇〇%出資の子会
社として、松下ロジスティクス(松下ロジ)を設立し
たのである。 これによって、同社が「再販物流統合」
と呼ぶ物流機能の一本化が完成した。
現在、松下の本体には物流統括グループという管
理セクションがある。 ただし、所属する社員はわずか
六人だけ。 物流統括グループの今村元則マネージャー
は、「我々のような部署に人がたくさんいて、実務に
口を出すようでは本末転倒。 ここでは松下全体のロジ
スティクスの戦略を策定するだけで、これを松下ロジ
が実務として組み上げるという役割分担になってい
る」と説明する。
今村マネージャーは最近まで松下ロジに出向して物
流現場での経験を重ねてきた。 逆に現在、松下ロジの
社長を務める河上英二氏は、前職は今村マネージャー
のポジション、つまり物流統括グループのマネージャ
ーを務めていた。 こうした人事からも分かる通り、松
下と松下ロジの関係は極めて密接だ。 この点は旧・松
下物流の時代とは大きく異なる。 松下ロジは約七〇〇台の自社車両と約五〇〇台の
固定傭車を使って全国津々浦々に伸びる輸送ネット
ワークを運用している。 だが、これまでは自家配送を
基本としてきたため、同社の車両の積載効率は約四
割と低かった。 しかもこれは配送業務に出発する際の
値のため、改善の余地は極めて大きい。
この輸配送ネットワークを使って、現状では二〇%
程度の外販比率を三〇%まで拡大する方針だ。 「松下
ロジスティクスの持つインフラを他の荷主に提供すれ
ば、互いに大変な合理化につながる。 相手も安い運賃
で運べるし、松下はうんとコストが下がる。 これは松
下のコスト競争力強化に大変な貢献をする」と田中
専務は強調する。 松下ロジにとっての外販拡大は、親
会社の物流コストを下げるための欠かせない義務なの
1,000
800
600
400
200
0
(億円)
89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 (年度)
90
年1月
松下物流として新発足
91
年4月
MTM東西物流二拠点体制スタート
97
年
11
月 地区松下LM設立(8社)
00
年9月 松下電器
100
%子会社となる
松下ロジスティクスとして新発足
(地区松下LM8社と合併)
01
年
10
月
522
652
712
627
658
742
774
918
863
940 957
666
613
松下ロジスティクスの売上高の推移
松下ロジスティクス物流統括グ
ループの今村元則マネージャー
23 JULY 2002
特集 物流子会社
である。
松下ロジの発足にあたり、松下はかなり大規模なリ
ストラも断行している。 LMに所属していた物流担当
者は、もともと販売会社に居たため賃金体系も販社の
水準だった。 これを松下ロジに統合するにあたって、
賃金形態と労務形態を抜本的に見直す必要があった。
松下は新会社での業務内容や賃金形態について従業
員に説明し、加算金を出すことを条件に早期退職制
度を設けた。 結果として六二八人が辞めていった。
こうした取り組みの結果、現在、松下が松下ロジに
支払っている物流コストの水準は、「他社とのベンチ
マークの結果、ほぼ松下が望んでいる水準まで下がっ
ている」(田中専務)という。
縮小する国内市場
リストラで競争力の強化を図った物流子会社という
点では、NECロジスティクスもかなり大胆な取り組
みを断行した。 同社は数年前に、市場調査で高いと
判断された親会社のNECに対する運賃を、一気に
市場価格並みに引き下げた。
NECロジスティクス(NECロジ)の古勝紀誠社
長は、「当時は親会社も大変な時期だった。 さらにN
ECロジ自身が競争力を付けるためにも必要だからと、
私の前任の上村社長が強引に価格を引き下げてしま
った。 昨秋、あらためて第三者に調査を依頼したとこ
ろ、ほぼ市場価格並みになっているという結果が出
た」と説明する(一六ページのインタビュー参照)。
こうしたNECロジの決断には、NECの方針も少
なからず反映されている。 ソニーや松下と同様、NE
Cも九九年から経営改革の柱の一つにSCMを掲げ
た。 同社が?生産革新〞と呼んでいる製造現場の効
率化を、調達分野にまで拡大した結果、物流まで含
むSCMの取り組みが本格化した。 この取り組みのた
めにNECはトヨタ生産方式に詳しいコンサルタント
と契約を結び、生産を強くするための物流効率化に取
り組んでいる。
NECで全社的な物流戦略を統括している生産推
進部の小林雅雄生産支援センターエキスパートは、「N
ECがサービスを購入するのは、価格に市場競争力が
ある場合だけ。 仮に物流子会社が市場価格でできない
のであれば専業者を使うこともやむをえない。 しかし、
ロジスティクスを一番上位に置かなければSCMは絶
対に実現しない。 そのためにもNECロジには競争力
を付けて欲しい」という。
電機メーカーの国内物流需要は減少を続けている。
三菱電機の村松秀俊ロジスティクス部長は「当社の
物流コストは九一年を一〇〇とすると今や半減してい
る。 今後も工場からの直送率を上げるなどして、毎年
五ポイントずつ減らす計画だ。 地域レベルでは同業他
社との共同化も進んでいる」と説明する。
同社の物流子会社、三菱電機ロジスティクスは現
在、年商七〇〇億円の規模を誇る。 日本の物流業界
全体の中でみても大手の部類に入る老舗の物流子会
社だ。 しかし、縮小するパイにしがみついていれば、
同社といえどもじり貧を免れない。 生き残りのために
は、ビジネスモデルの改革が不可欠だ。
他の業界と比較して電機業界はもともとメーカー系
列の縛りがきつい。 工場から系列店にいたるサプライ
チェーン全域に渡り、メーカー別の縦割りでインフラ
が構築されている。 マクロ的に見たときには極めてム
ダの大きい状態にあると言える。 既に事業部レベルで
は他社との事業統合や事業撤退も相次いでいる。 今
後、業界再編が物流子会社にまで及ぶ可能性は否定
できない。
NEC生産推進部の小林雅雄
生産支援センターエキスパート
三菱電機の村松秀俊
ロジスティクス部長
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