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出席者
キャップジェミニ・アーンスト&ヤング入江仁之ヴァイスプレジデント
ウォーバーグ・ピンカス・ジャパン福原理マネージング・ディレクター
スリーアイ・アジア・パシフィック・ジャパン水上圭ディレクター
司会本誌編集長大矢昌浩
JULY 2002 28
毎回、入江氏と本誌編集部の対談形式で構成し
ている本連載に、今回は二人のゲストを迎えた。 い
ずれも外資系の大手投資会社で、日本の物流業者
への投資を担当している責任者だ。 海外の投資家
たちの目に日本の物流子会社はどう映るのか。
なぜ欧米には物流子会社がないのか
本誌
本日の座談会のテーマは物流子会社です。 日
本の大企業の多くが物流子会社を持っていますが、
これは日本特有の現象のようです。 物流子会社と
いう存在は欧米的な経営の常識から見たときにど
う映るのか。 そこからお伺いしたい。
入江
今日の米国の経営常識では何より資本効率
が重視されます。 資本効率のないところに資金を
寝かせるという発想は否定されます。 自社の強み
でないのなら、外部でそれを専門にしているところ
を使った方がいいと考える。 これに対して日本の物
流子会社は、そのほうが効率的にできるからという
観点で考えられたものではない。
スリーアイ・アジア・パシフィック・ジャパン
水
上圭 ディレクター(以下、3i・水上)
基本
的に日本企業の場合、何でも自前主義から始まっ
ている。 物流子会社に限らず生産に関するもの、販
売に関するものを、全部自分で持ちたいという発
想から始まっていると思います。
本誌
しかし、かつての米国企業もそれは同じで
した。 むしろ内製化率を比較すると日本企業より
米国企業のほうが高いのが、これまでの常識だった。
ウォーバーグ・ピンカス・ジャパン
福原理 マネ
ージング・ディレクター(以下、WP・福原)
確
かに、もともとは日米で、それほど大きな違いはな
かったはずです。 しかし、八〇年代から九〇年代
にかけて、米国の経営手法はどんどん進化した。 そ
こで差がついてしまった。 その一つの現れとして米
国では、物流業を含めた企業向けサービス業界、専
門性を持った企業が効率的なサービスをするとい
う事業が、しっかりと立ちあがってきた。 日本はそ
こが遅れている。 しかも特に遅れが顕著にでている
のが物流業界であって、物流子会社という形態を
まだまだ引きずっているところにも、それが現れて
いる。
本誌
八〇年代以前は米国でも違った?
WP・福原
少なくとも物流というファンクショ
ンを自分で持つべきかといった議論は、あまりされ
ていなかった。 それが変わってきたのは、やはりコ
ーポレート・ファイナンスという概念が出てきた七
〇年代後半から八〇年代にかけてでしょう。 当社
のような投資会社がMBOやタイアップなどを盛
んに仕掛けるようになったのが、やはり八〇年代でした。 コーポレート・ガバナンスが問われるように
なった時代でもあります。
本誌
英国をベースにする3iでも、それは同じ
ですか。
3i・水上
そうですね。 欧州や英国でも、かつ
ては大企業が色々な機能を自前で持っていた。 と
ころが、それでは国際競争力が保てなくなって、ど
うするのがいいのかと思い悩んだ末に、経営資源を
コア事業に集中していくようになった。 ノン・コア
な機能を売却して、そこから入ってくるキャッシュ
で、もう一度コアに投資をしていく。 そういう発想
です。
とくに英国企業の場合は、サッチャー政権の頃
のいわゆる「英国病」が流行るまでは、かなりの機
横文字嫌いのアナタのための
アングロサクソン経営入門《特別編》
〔座談会〕物流子会社のM&A戦略
特集 物流子会社
れと言うようになったことが、先ほどのコーポレー
ト・ファイナンス的な考え方なのでしょうね。
本誌
株主と会社の関係が八〇年代あたりから変
わってきたということですか。
3i・水上
かつては米国といえども、今ほど株
主至上主義ではなかったと思います。
WP・福原そうですね。 米国の株主至上主義と
いうのは機関投資家の発言権が非常に大きくなっ
てきてからのことですね。 この二〇年くらいにガラ
っと変わっている。 それまでは、米国といえどもノ
29 JULY 2002
能を社内に抱えていた。 マーケットで競争させてい
なかった。 それではもたないとなって、今度はどん
どん子会社を売っていった。 事業部も売った。 そ
こから英国のMBOも始まったようです。
WP・福原
結局、八〇年代に入るまでは、コン
グロマリッドの時代だった。 一つの事業体が事業
ポートフォリオを作って、そこでリスクをヘッジす
るという考え方があった。
本誌
一つの事業が不振でも、別の事業で儲けて
帳尻を合わせるわけですね。
WP・福原
そうです。 ところが投資家からそれ
を見ると、ポートフォリオ的なリスクヘッジは株主
レベルでできる。 それぞれの事業体がやる必要はな
い。
本誌
当たり前の話のように聞こえます。
入江
ところが日本の会社は、いまだにそれをやっ
ている。 ついこの間まで日本の電機メーカーなどは、
そうした発想に立っていた。 家電がダメなら半導体
で稼ぐというやり方です。
WP・福原
また米国企業の場合はコア事業への
特化をM&Aでやる。 社内では中途半端なことし
かできないとなれば、そこを入れ替えてしまう。 各
事業のシェアがナンバーワンかナンバーツーでない
と売ってしまう。 GEがその典型です。 一方で、G
Eは買ってナンバーワンになるという手も打つ。 こ
れに対して日本は買収から入らない。 ゼロから自分
で立ち上げていく。 その結果、中途半端で終わっ
てしまうことが多い。
会計制度改革の影響は大
3i・水上
結局、株主が会社に対して、自動車
だったら自動車だけをやれ。 鉄だったら鉄だけをや
ホホンとやっていたと思います。
本誌
そうした面から現在の日本のマーケットを
見ると、米国のように最大株主が年金基金という
環境にはなっていない。 株主の発言力などほとんど
ない。 日本企業の経営者も今や株主価値を重視す
るなどと言っているが、口先だけなのではないか。
欧米企業のように焦る必要はないはずです。
入江
いや、そうとは言えない。 株主はうるさくな
くても、業績事態が既にかなりのところまで低迷し
てしまっている。 さらに会計制度改革の影響も大
きい。 実際、連結決算への移行が業績低迷に追い
打ちをかけている。 業績の悪い子会社を抱えてい
れば、全部業績に出てしまうようになったわけです
からね。
WP・福原
確かに連結の影響は大きい。 物流子
会社がなぜ日本にこんなにたくさん出来たのかとい
うのも、単独決算だったからでしょう。 連結で見な
くてよかったので、極端な話をすれば利益を飛ばし
たり、損失を先送りしたりということがまかり通っ
てきた。
本誌
しかし、いくら単独決算でも長年にわたっ
て子会社を維持してこられたのだから、これまでは
親会社にもそれだけ余裕があった。
入江
土地資産などの含み益があったからね。
投資対象としての物流子会社
本誌
しかし、含み益はもはや雲散霧消しました。
その結果、市場競争にさらされることもなく温存
してきた物流子会社が不良債権のように顕在化し
てきた。 そこに福原さんや水上さんは投資しようと
している。 いったい物流子会社のどこに投資妙味
があるのでしょうか。 3iは昨年、日産の子会社
左から入江氏、福原氏、水上氏、本誌司会
JULY 2002 30
のバンテックのMBOに出資していますが、何に魅
力を感じたのですか。
3i・水上
日産自動車からするとバンテックは、
コア・ビジネスではありません。 そのために日産か
らはバンテックを成長させようという発想は出てこ
ない。 いつまでもコストセンターの一子会社にすぎ
ない。 しかし、バンテックが独立すれば、自らのコ
アである物流事業で成長できる。 プロフィットセン
ターとして成長できると考えたわけです。
本誌
資本を親会社が持っていると子会社は成長
できないかというと必ずしもそうではありません。
例えば日立物流は一部上場した今でも過半数の株
を親会社が持っている。 それでも日立物流は物流
業界の優等生という評価です。 それと日産時代の
バンテックとは、どう違うのでしょう。
3i・水上
バンテックが成長するためには、新
たな戦略を描くと同時にそれなりの資金が必要で
した。 しかし、日産の傘下にいる限り、新しい投資
はできない。 親会社自体が資金的に苦しいわけで
すから、子会社の投資にまで手が回らないわけです。
その意味では、日産の子会社であるということがバ
ンテックの足かせになっていた。 そこから自由にす
ることによって自分たちの戦略通りに資金を使っ
て成長できる。 子会社を自由に経営させるという
のが、MBOという手法の特徴です。
本誌
今の水上さんのお話を、福原さんはどうお
感じになりますか。
WP・福原
バンテックについては中身をよく知
りませんので何とも言えませんが、一般に物流会社
を評価する場合にポイントにするのは、まずその会
社にコア・コンピタンスがあるのか。 また顧客との
契約内容はどうなっているのか。 物流は基本的に
スイッチングコストが安い業界だと思いますから、
契約期間やどういう縛りがあるのかなど、キャッシ
ュフローを生み出す部分が気になります。
それからやはり、一つ買うのだったら、それだけ
ではなくて二つ目、三つ目を買って、そこに乗せて
いくことがすごく大事になると思います。
3i・水上
おっしゃる通りですね。 当社にとっ
てその一つ目が、バンテックだったわけですが、当
然ながらどんな物流子会社でも良かったというわけ
ではありません。 実際に中身を見て、どういう契約
になっているのか、あるいはどういうコンピテンシ
ーを持っているのかを判断し、さらに値段の妥当性
を評価した上で投資を決断しました。 実際、バン
テックは競争力と良い顧客層を持っている。 契約
内容もしっかりしている。 プラットフォームとして
は、良い会社だと思いました。
バンテックの売り上げ規模は現在で約七〇〇億
円ですが、物流会社としては中途半端な規模だと
考えています。 これを次のステップでは一〇〇〇億
円から二〇〇〇億円ぐらいのサイズにまで成長さ
せることで、日本の物流業界の中での地位を築い
てもらう。 それを一つのターゲットにしています。
本誌
それだけの規模拡大となるとM&Aが必要
ですね。
3i・水上
それも当然、視野に入れています。 先
ほど申し上げた通り、日産の子会社だったら、そ
うした資金を集めることも難しい。
売却できない理由
本誌
しかし日産のように子会社をスパッと売却
するケースは今のところ、それほど多くはありませ
ん。 例えば電機業界は「八社会」という勉強会が
あるぐらい、組立メーカーが横並びで物流子会社
を持っている。 親会社はこうした物流子会社をど
うしたいと考えているのでしょうか。
入江
電機業界の物流子会社は一つのカテゴリー
としては括れないんです。 各事業部やカンパニーの
意向と、お客さんの意向、さらにコーポレート・ス
タッフの意向がそれぞれ違う。 このうち一番問題意
識を強く感じているのは、やはり事業本部あるいは
カンパニーのトップマネジメントだと思います。
3i・水上
それに物流子会社は売りにくいとい
う面もあると思います。 メーカーにとって物流子会
社は確かにコアじゃないけれども、生産過程におい
ては非常に重要な役割を果たしている。 財務部門、
経営企画部門がノンコアだから売ろうと主張して
も、調達部門がそれでは困るという話になる。 実際、
日産の時でもあれだけゴーンが売ると強く主張して
も、かなりの抵抗があって、コアなのかノンコアな
のかという議論がかなり社内であったようです。
本誌
しかし、今や日本企業が工場でさえ売る時
代です。 工場を売るぐらいなら、物流はもっと売ら
れてもおかしくない。
WP・福原
工場のオペレーションのほうが、「切
ウォーバーグ・ピンカス・ジャパン
福原理 マネージング・ディレクター
特集 物流子会社
から、バンテックに目を付けたわけです。 ポイント
になるのは、元親会社との契約をきっちり確保し
ておいて、それをベースにどれだけ別の顧客を取っ
てこられるかということです。 その点、バンテック
は日産以外にもかなりの顧客を持っていた。 もとも
と独立性が高かった。
物流のどのプロセスを扱っているかということも
大きい。 とくに我々の興味があるのは、調達物流
をどこまで出来ているかという部分です。 出来上が
った商品をただ運ぶだけなら、競争力もあまりない。
しかし調達物流で深く荷主に食い込んでいるとな
ると、そこにはITもからんできますから、そう簡
単に荷主に逃げられることもないと考えられる。 そ
の点でもバンテックには安心感がありました。
誰が立て直すか
本誌
バンテック以後、私はもっと物流子会社の
MBOが日本でも出てくるかと考えていたのですが、
実際にはほとんど動いていない。 例えば電機業界
の組立メーカーの物流子会社をどう評価していま
すか。
3i・水上電機メーカーの調達物流は、部品メ
ーカーの物流子会社が担っていて、組立メーカー
の子会社はあまりやっていない。 どちらかというと
組立メーカーの子会社は完成した商品を、下請け
の輸送業者を使ってただ流しているように見える。
それだとあまり面白味はない。
本誌
福原さんのところは独立系ベンチャーのワ
ールドロジには投資しましたが、物流子会社には手
を出していない。 興味がないのですか。
WP・福原
そんなことは全くありません。 積極
的に見ています。 考えていますよ。
う機能があるので、切り分けをちゃんとやらないと
上手く回らないというのはあります。 ただし、日本
企業ではシェアード・サービスができないというわ
けではない。 むしろ、日本の場合には、完全な自由
競争ではなくて、非常に優しい経済、つまりドライ
に子会社を切り捨てることを善しとしない経済社
会であるところに特徴があると思います。
WP・福原
契約に関しても特徴がありますね。 日
本は初めにしっかりした契約を結ばないために、何
か起こったときには力関係でゴリゴリやるしかない。
結局、弱いところが損を被ることになる。 リスクを
とることで、どれだけの対価をもらえるかというと
ころがはっきりしないので、怖くて3PLにもなか
なか出られない。
本誌
欧米には物流子会社がそもそもなかったわ
けですから、物流子会社を切り分けてうまく開花
させるというスキームがない。 海外にお手本がない
ということがネックになっていることはないのです
か。
3i・水上
欧米にも物流子会社が全くないわけ
ではありません。 例えば当社が随分前に投資した
ティベット&ブリテンという、今では英国の大手物
流会社になっている会社があります。 この会社はも
ともとユニリーバ系の物流会社でした。 ユニリーバ
からMBOで独立して成長していった。 またMB
Oではないですが、最近ではルノーの物流子会社
だったCATという会社が売却されました。 これを
完成車物流のオートロジックスという会社やTN
Tなどが共同で持ち株会社を作って買っています。
本誌
そこでの方法論は、バンテックと同じですか。
3i・水上
基本的には同じですね。 我々として
も英国で物流子会社のバイアウトの実績があった
31 JULY 2002
り出し」やすいんでしょうね。 物流は難しい。 しか
も物流のオペレーションがこけると、ビジネス全体
がこけてしまうので、安心してアウトソーシングで
きる業者、3PL業者が必要になる。 またオペレ
ーションが何も見えなくなっては不安だから、3P
Lにはシステム的なビジビリティ(可視性)が求め
られる。 (継続的な改善のための)インセンティブ・
ストラクチャーも必要だ。 となってくると理想的な
受け皿のハードルがものすごく高くなってしまう。
3i・水上
さらに物流のオペレーションは、イ
レギュラーなことが日常的に起こります。 例えば、
リコールがあった、欠品があったからすぐ送ってく
れとか。 そういう無理を聞いてくれる物流業者がい
ないとアウトソーシングに踏み切れない。 そのあた
りは子会社のほうが安心感がある。
本誌
今のお話で「切り出し」というのが出てき
ましたが、それはプロセスを整理してサービスをモ
ジュール化することですね。 それほど物流プロセス
の切り出しというのは難しいのでしょうか。
入江
そうですね。 日々のオペレーションを処理す
るというだけでなく、物流にはサプライチェーンの
欠品をなくすとか、顧客サービスを向上させるとい
スリーアイ・アジア・パシフィック・
ジャパン 水上圭 ディレクター
本誌
入江さん。 日本の大企業の経営者も今や子
会社を売るという選択肢を考えているわけですよね。
入江
ここ一、二年で大きく変わりました。 とく
に業績が一気に低迷した電機業界では、トップの
意識がガラリと変わった。 スケールメリットが取れ
なくなったことで、物流を今後もコアとして維持す
べきなのか、打って出るか、それとも捨てるべきか、
という発想に立つようになりました。
本誌
物流子会社を売る側に動機が出てきた。 そ
こに資金を投入しようという投資会社もある。 後
は何が必要なのでしょう。
入江
結局、物流のオペレーションを効率的に運
用できるかどうかが大きい。 今、水面下では、かな
り多くの会社が物流子会社をどうにかしなくては
いけないと本気で議論している。 大半の子会社は
付加価値がないわけです。 しかし子会社を捨てた
後に、オペレーションをどうするかという部分がク
リアできない限り、改革は進まない。
3i・水上
そこは、やはり人の問題ですよね。
我々は資金を出しますが、自分で運営することは
できない。 我々には戦略と意志を持って物流会社
を経営することのできる人が必要です。 それがこの
物流業界にどれだけいるのかという話だと思う。 バ
ンテックの場合はたまたま奥野さんという社長が非
常にやる気のある方だったからそれができた。
本誌
ワールドロジの場合もそれは同じですか。
WP・福原
上井社長とプラス部隊ですね。 目的
を持って仕事をしている人たちが集まっている組織
に魅力を感じました。 物流のような儲けにくい商売
で儲かる仕組みを作るには、何より労務管理がカ
ギになる。 ワールドロジは、そこがしっかりできて
いる。
JULY 2002 32
本誌
人の評価は投資の判断材料の中でもかなり
大きなボリュームを占めるのでしょうか。
WP・福原
非常に大きいですね。 高株価経営の功罪
本誌
となると、後は人さえ出てくれば、業界再
編の環境は整うわけですが、どうも私にはまだひっ
かかるところがある。 今日の物流子会社の議論は、
冒頭でも触れられたように、企業とは株主価値の
最大化を目指すものだということがベースになって
いる。 しかし、日本で仕事をしている限りにおいて
は、株主価値の最大化の必要性をリアルに感じる
ことなどほとんどない。 最近話題になった東京スタ
イルと「村上ファンド」のケースでも、ファンド側
が負けているわけです。
そう考えると、株主価値の最大化をベースに物
流子会社を考えるというアプローチ自体がズレてい
るのではないか。 日本のマーケットの現状を実態以
上に欧米的だと認識してしまっているのではないか
という違和感がある。 そもそも株主価値の最大化
は本当に正しいのか。 欧米でも既にその揺り戻し
が起こっています。 あまりにも短期的に業績を見過
ぎたことに対する反省が起きている。
3i・水上
本当に株主価値だけを追及するのが
いいのかという批判については、正直なところ少し
だけ同意します。 株主価値だけはない。 しかし、喚
起的な株主価値だけを追及したような会社は結果
として良い株価はつかない。 今日の利益だけではな
く、五年後、一〇年後のことも考えている会社の
方が高い株価がつく。
それと日本の現状についてですが、安定株主と
いう概念が崩壊しつつあるのは事実だと思います。
一つは銀行が株を抱えきれなくなった。 企業側に
しても銀行の株が下がっていくことで特損を出して
いる。 お互いに株を持つ必要はないというようにな
ってきている。 安定株主という構造が崩れると浮
動株がどんどん出てくる。 そのときに株価を維持で
きないと、どうなるかは明らかです。
WP・福原
私も株主価値の最大化が、唯一の会
社の使命かというと、それは違うと思う。 ただし、
日本の経営者は株主価値というものに対して非常
に鈍感で、意志決定するときに株主価値に関わる
トレードオフを考えていない。 株主価値をいったん
捉えた上で経営者が意志決定して、それを正当化
する説明ができるのであれば、株主としても判断で
きる。 しかし、そうなってはいない。
また揺り戻しの件ですが、弊害の一つにストック
オプション制度がある。 米国ではストックオプショ
ンが経営者個人の報酬体系のうち、かなりを占め
ている。 これが短期的な株価に非常に左右される。
しかもストックオプションのコストはインカムステ
ートメントに反映されない。 今それが非常に議論に
なっていますよね。 そういったところで一種のモラ
ルハザードが起きているのは事実です。
しかし、これは解決できる問題だと思う。 エンロ
ン問題も含めて、それを乗り越えるまた新しい仕組
みが出てきて、米国企業はますます経営的に強く
なると思います。
入江
日本と米国の根本的な違いを考えていくと
結局、農耕社会と狩猟社会の違いに行き着く。 狩
猟社会には獲物を手に入れたら、その後は遊んで
暮らそうという発想がある。 大金を儲けたら四〇
歳ぐらいでリタイヤして、悠々自適の生活を送ろ
うという発想が欧米人にはあります。 それに対して
特集 物流子会社
33 JULY 2002
日本人は違いますよね。 継続的に努力をして常に
一定の安定したインカムを得て、その中で人生を
楽しんでいく。 米を作っている限り、一発当てると
いうことはない。 それが農耕社会の基本的な考え
方なんだと思う。
日本企業はそうした農耕社会をベースにして組
織を作り運用してきた。 そうした社会で欧米流の
株主価値に違和感を持つのは理解できる。 それだ
け企業が株主だけではなく従業員や、社会に対す
る責任を全うしなければならないという意見が強い
社会なのだと思う。 日本の大企業がエンロンのよ
うな組織になることは恐らく許されない。
ただし、会社が長期的に安定して存続していく
ことに対しても、また社会のニーズはあるわけで、
そこにおいて日本企業にとっての株主価値は存在
する。 つまり日本企業にとっても長期的に株主価
値を最大化することは必要であって、そこで折り合
いはつく。
本誌
日本企業も長期的に株主価値を最大化して
いくのが大事だということは分かりました。 もっと
も日本の経営者が長期的な視点で経営しているか
というと、経営判断をしないで先送りすることで自
分の任期が過ぎるのを待っているというイメージが
あります。 物流子会社ともなると、とくにその傾向
が強い。 買収や売却などのドラスチックな判断など
まず望めそうにない。
WP・福原
私たちはそれでいつも悩んでいます。
どうして再編が起こらないのか。 当然、起こるべき
ことなのに、なかなか日本の会社は動かない。 その
理由を議論していくと、常に行き当たるのは、今
の株主構造です。 マーケットからのプレッシャーが
一つもない。
高度経済成長の時代に、日本の会社は利益を軽
視してマーケットシェアを取りに行った。 それが良
いのか悪いのかという判断は別にして、それでここ
まで大きくなったのは事実です。 しかし、今や東証でも三分の一以上は外人が売り
買いしているほど、資本はボーダーレスになってい
る。 そういう環境で同じ物流会社でも、米国では緊
張感のある環境の中でやっています、日本はぬるま
湯ですといったときに、どちらがアップサイドにあ
るのかは明らかです。
本誌
そうすると、日本の会社に投資する価値があ
まりないということにはならないですか。
WP・福原
逆です。 だからゴーンさんが来て、あ
れだけのことがやれる。 それだけ価値を実現化する
材料が日本の会社には一杯ある。
本誌
3iもそうした目で日本企業を見ているので
すか。
3i・水上
そもそも当社が日本に出てきたのは、
日本の景気がこれだけ低迷すれば当然、色々なリス
トラクチャリングをしなければならないだろう。 そ
の時には必ず我々のようなプライベート・エクイテ
ィが出ていく場面があると考えたからです。
再編のタイムスケジュール
本誌
日本の物流子会社の再構築はいつになった
ら進むのでしょうか。
WP・福原
私は楽観的に見ています。 成功事例
が一つ出れば多分、かなりの可能性で動き始める
のではないでしょうか。 ただし、そのための具体的
な方法論が、今のところハッキリとは見えていない。
本誌
水上さんも同意されますか。
3i・水上
そうですね。 ただ、売り手が売って
もいいという物流会社と、買い手が買いたいという
物流会社が必ずしも一致するとは限らない。 当社
も去年いくつか案件があって、真剣に検討したも
のもあったのですが、色々な理由から投資には至ら
なかった。 そう考えると、すぐに増えていくという
のはないと思います。
一つには親会社自体が今後どうなるのかという
問題が大きい。 業種によっては親会社の生産施設
がどんどん中国や海外にシフトしている。 そうなる
と国内の物流子会社はどうなってしまうのか。 それ
が見えないと物流会社は買いにくい。
本誌
となると、親会社のリストラが一段落して
から物流子会社が動くという形になるのでしょうか。
入江
順番ではないと思います。 ここ数年で日本
企業でもグローバルに経営しているような会社は一
気に海外生産にシフトしています。 これにともなっ
て国内の物流はどんどん少なくなってくる。 しかも
全体の生産量自体が少なくなる中では、改革のプ
レッシャーは強まる一方です。 二〇〇五年から二
〇〇六年という段階になると、物流会社の抜本的
改革が絶対的に必要になると思います。
本誌
今日はありがとうございました。
キャップジェミニ・アーンスト&ヤング
入江仁之 ヴァイスプレジデント
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