ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年8号
判断学
エンロンの教訓

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 第3回 エンロンの教訓 奥村宏 経済評論家 第3回 エンロンの教訓 AUGUST 2002 72 ているのだ。
問われている経営者のあり方 エンロン事件でもうひとつ大きな問題になっているのは経営 者のあり方である。
CEOであったレイとスキリング、財務の責任者であったフ ァストウなどがストック・オプションを使って大儲けをし、エ ンロンの粉飾決算が表面化しそうになると、いち早く株を売っ ていた。
そして401k型年金基金で自社株を買っていた従業員は、 会社が倒産して解雇されるだけでなく、年金も大損して、二重 に苦しめられる。
このことがアメリカ国民の経営者に対する怒 りの声になってあらわれている。
ここで問われているのは単に経営者のモラルの問題ではなく、経営者のあり方そのものである。
ストック・オプションは、一定の価格で自社株を買うことが できる権利だが、株主の利益と経営者の利益を一致させるた めにこの制度が利用されるようになった。
自社の株価が上がれ ばそれだけ経営者も儲かるというわけだ。
十九世紀のアメリカではロックフェラーやモルガンなどの資 本家が株式会社を利用して大金持ちになった。
ところが二〇 世紀になると、所有と経営が分離し、経営者支配になった。
経 営者は会社のために忠誠をつくすようになる。
それが経営者の 存在理由であり、それによって経営者には高い社会的地位が 与えられた。
ところが二〇世紀末になると、経営者が会社を利用してス トック・オプションで自分の利益を追求するようになった。
こ れではあの十九世紀の悪徳資本家と同じではないか、という国 民的反発が起こったのである。
アメリカの経営者報酬は公開されており、「フォーブス」や 「ビジネスウィーク」にそのランク表が載っているが、それを 見ると驚くべき金額になっており、これはもはや経営者という 粉飾決算 全米で売上高第七位の巨大企業、エンロンが倒産したのは 昨年十二月だったが、半年以上たった今でもアメリカの新聞 は毎日のようにこの問題を取り上げている。
そしてエンロン問 題がアメリカの株式市場の大きな圧迫材料になっている。
エンロン倒産で問題になっているのは、特定目的会社(S PE)を使った粉飾決算である。
会社が発表する決算報告書 に基づいてアナリストが判断し、投資家に「買い」あるいは 「売り」を勧める。
ところがその決算報告書に書いてある利益 は粉飾されたものであった。
そしてエンロンの場合はそのやり方がいかにも巧妙で、外部 からそれを見つけるのは難しいようにしてあった。
それに特定 目的会社を三〇〇〇社も作って、いかにも利益があるように 見せかけていた。
特定目的会社は三%以上外部資本が入って いれば、連結決算の対象にしなくてよい、という条項を使った ものである。
エンロン倒産の衝撃が大きかったのは、これが大手の監査法 人アーサーアンダーセンに飛び火して、アンダーセンが有罪判 決を受け、経営危機に追い込まれたことである。
アンダーセンはエンロンの会計監査をしていたが、事件が発 覚するのを恐れてエンロン関係の資料を破棄してしまった。
こ れが司法妨害だとして有罪判決を受けたのだが、それ以前にエ ンロンの粉飾決算をアンダーセンが見抜けなかったこと、そし てその粉飾決算にアンダーセンが関係していたのではないか、 ということが問題になっている。
エンロンが倒産したあと、アメリカでは次から次へと粉飾決 算が発覚し、そのたびに株価が下がっている。
投資家はもはや アメリカの会社を信用していないのである。
株式会社アメリカ (コーポレート・アメリカ)にとってこれほど恐ろしい話はな い。
ポール・クルーグマンは「九・一一事件よりもエンロン事 件の方が深刻だ」と言っているが、それほど深刻に受け取られ エンロンの倒産に端を発した不正会計問題で「株式会社アメリカ」が揺れている。
投 資家は、もはやアメリカの会社を信用していない。
日本の病状はさらに深刻だ。
株式会 社そのものの在り方が問われている。
73 AUGUST 2002 株式会社の危機 粉飾決済といえば、日本でも山一証券や日本長期信用銀行、 日本債券信用銀行などが巨額の粉飾決算をしていたことが明 らかになった。
そればかりか、バブル崩壊後、最大の問題に なった銀行の不良債権なるものも、銀行が粉飾決算をしてい ることのあらわれだ。
山一証券の粉飾決算では、「飛ばし」という言葉が大流行し たが、エンロンの「飛ばし」は到底、山一証券の比ではない。
しかもその金額がケタ違いに大きい。
「さすがアングロサクソ ンのやることはでかい」という声が出てくるのも頷ける。
日本の会社が倒産したら、たいてい粉飾決算が明らかにな るが、倒産しなければ粉飾をしていてもわからない。
というこ とは、それだけ日本の企業会計は信用されていないのだ。
では、公認会計士はどうか。
エンロン倒産でアンダーセン は有罪判決を受け、経営危機に陥ったが、山一証券や長銀、日 債銀の会計監査をしていた監査法人はおとがめなしだ。
そこで日本の企業会計、さらにはコーポレート・ガバナン スをアメリカ並みにせよ、と株主資本主義論者は主張する。
確 かにアメリカに比べて日本のコーポレート・ガバナンスには欠 陥がある。
しかしエンロン事件で明らかになったことは、そのアメリカ の大企業がとてつもない粉飾をし、経営者が腐敗していると いうことだった。
それは一企業の問題ではなく、株式会社ア メリカが病んでいることを意味する。
そこで問われているのは株式会社そのもののあり方であり、 そこにメスを入れない限り問題は解決しない。
株式会社の病 気は、アメリカよりも日本の方が早くから進行しており、そ れがバブル崩壊後のさまざまな事件としてあらわれているのだ。
アメリカに追随して、アメリカ式のコーポレート・ガバナン スを導入すれば解決するような問題ではないということを知 るべきだ。
より資本家と言った方がよい。
ブッシュ政権と企業の関係 エンロンのCEOであったレイ会長はブッシュ大統領やチェ イニー副大統領と親しく、巨額の政治献金をしていた。
そして チェイニー副大統領のエネルギー政策にはエンロンが深く関わ っていた。
そこでこの問題は第二のウォーターゲート事件に発展するの ではないかと言われた。
ところがエンロンの経営がいよいよ困難になったとき、レイ 会長が政府に助けを求めたにも関わらず、ブッシュ政権は救済 の手を差し伸べなかった。
これはいかにも冷たい話だが、この あたりにブッシュ政権のあり方があらわれている。
それはさらにアンダーセンの破綻にあらわれている。
エンロ ン事件がアンダーセンに飛び火したのは当然としても、まさか アンダーセンが経営危機にまで追い込まれるとは誰も考えてい なかった。
そこでエンロンの倒産といい、アンダーセンの破綻といい、 いかにもアメリカは大企業に対して厳しい国だという印象を与 える。
これは六月にワールドコムの粉飾決算が明らかになった とき、ブッシュ大統領が「こうした企業の不正には厳しい態度 でのぞむ」と発言しているところにもあらわれている。
しかし一見、厳しいようにみえるブッシュ政権のこのような 態度は、実はアメリカの大企業を守るためのものである。
ブッ シュ大統領はエンロン問題について「腐ったリンゴがいくつか あるが、大部分の企業は健全だ」と言っているが、要するに 「腐ったリンゴ」を除去すれば問題は解決する、だから大企業 に規制を加えたり、企業会計制度にメスをいれたりするという ようなことはしない、ということである。
例えば監査法人からコンサルタント業務を分離せよ、という 声が強くなっているが、ブッシュ政権はそういう規制はしない という方針をとっている。
おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
主な著書に「企業買収」「会 社本位主義は崩れるか」などがある。

購読案内広告案内