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OCTOBER 2002 16
官民の実力を比較
宅配便と郵便のコスト構造は全く異なっている。 郵便市場
に参入する宅配業者は既存の宅配便のインフラとは別に、新
たなネットワークを構築しなければならない。 130年の歴史
を誇る郵政の壁は厚い。 一般に考えられている以上に大きな
格差が官民の間に横たわっている。
信書便法
vs
貨物運送事業法
今のところ信書便法に基づく一般信書便市場への
参入を決めた民間宅配業者は一社もない。 ただし、既
に不参入を発表したヤマト運輸や佐川急便とは異なり、
日本通運は判断を留保している状態だ。 現在、同社
ペリカン・アロー部小口事業戦略室では経営陣に提
出する信書便市場の事業化調査報告書を作成してい
る。 この報告書の内容次第では、同社が民間初の一
般信書便市場参入を打ち出す可能性も否定できない。
同室の勝島滋室長は「目の前に二兆円を超える市
場がある以上、無視することはできない。 しかしそう
軽々に結論は出せない。 郵便局は毎日、約六万七〇
〇〇の集配員が活動している。 二軒に一軒という密
度で一人当たり一日平均一一〇〇軒に配達している。
これに対して宅配便のドライバーは一日一〇〇軒から
一五〇軒がせいぜい。 構造が全く違う。 郵便局に対
抗して一般信書便事業に本格的に参入するにはイン
フラ整備に莫大な投資と覚悟が必要だ」と説明する。
現在の民間宅配業者のメール便事業は通常の宅配
便や信書便とは異なり、事前に契約を結んだ荷主だけ
を対象とする「事前契約制」をとっている。 そのため
宅配会社は自社のインフラの身の丈に合わせて取扱量
をコントロールすることができる。 ところが信書便法
にもとづく参入では宅配会社に「引き受け義務」が発
生する。 処理能力を超える依頼であっても配達を依頼
されたら断ることができない。
現在、郵便局が取り扱う信書便は年間二六〇億通
にも上る。 それに対して宅配業者のメール便の取扱個
数は、業界全体でも一〇億通に満たない。 それだけイ
ンフラも脆弱だ。 現状の数倍に上る物量を処理するメ
ール便のインフラを、民間宅配業者がすぐに用意する
のは難しい。
全国数十万店に上るコンビニを中心とした宅配便
の取次店を利用することで、郵便局並みの集荷窓口
を用意することはできる。 一〇万本のポストを新設し
たとしても、それほど決定的な投資負担にはならない。
しかし、大量のメールを仕分けし、それを配達するだ
けのネットワークがない。 つまり「信書」の定義を議
論する以前に、民間宅配業者には信書便市場に本格
参入するだけの準備が整っていないのだ。
ヤマト運輸労働組合の塚本俊夫中央執行委員長(取
材時点)は「ヤマトが信書便法の中で仕事をしていく
ことはあり得ない。 そもそも長期的に見れば紙ベース
の通信は減っていくはず。 それほどバラ色の未来がそ
こに期待できるわけではない。 しかし、市場に参入し
ないとは言っていない。 貨物運送事業法の下でメール
便の範囲を拡大していく」と今後の展開について説明
する。
同様に佐川急便も「今回は参入を見送ったが、大
きな需要がある以上、今後も参入機会の検討・研究
はもちろん続けていく。 そして信書便法とは関係なく、
現行法の下でメール便を強化する。 これまで当社のメ
ール便は宅配便の付帯サービス的な意味合いが強かっ
た。 しかし今後は大きな柱の一つとして育てていく。
実際、今期のメール便の売上高は前期の三倍、一五
〇億円に届く見込みだ」と若佐照夫取締役経営企画
本部長はいう。
結果として当面は信書便法と貨物運送事業法の狭
間にあるダイレクトメールやクレジットカードの配送
が、郵政と民間宅配業者の主戦場になる。 そこで宅
配業者の最大の課題になるのがラストワンマイル(最
後の一マイル)問題だ。 一個当たりの配送単価が五
〇〇円〜七〇〇円の宅配便と、一〇〇円〜一五〇円
第3部
特集 郵 政 VS 宅 配 業 者
のメール便ではネットワークのコスト構造が全く異な
る。 メール便の配送に既存のセールスドライバーを使
うわけにはいかない。
そのためヤマトや日通は、主婦層を中心とした一日
数時間勤務のパート社員を「メイト」と名付けて全国
に組織化してきた。 車両は使わず、徒歩や自転車でメ
ールを一般宅のポストに投函して回る。 ヤマトの「ク
ロネコメイト」の場合、その数は全国約三万人にも上
っている。
しかしメール便は、対象となる貨物が従来のカタロ
グや雑誌からDMやカードにシフトし、軽量化したこ
とで、料金単価が下がる傾向にある。 これに伴いメイ
トに支払う一通当たりのコストが課題になっている。
現在、その水準は二五円〜三〇円と言われる。 よほど
配送密度を濃くしない限り、時給換算すると割りの合
わない仕事になってしまう。
ヤマトは現在、SDでもメイトでもない、第三の配
送要員と配送方法を模索している。 ヤマト労組の塚
本委員長は「個人的にはSDのOBを活用できない
かと考えている。 メール便は軽量なので高齢であって
も身体の負担が少ない。 しかもOBはSD経験がある
からノウハウを持っている。 契約社員として各地のO
Bを雇用し、軽自動車でメール便専門に配送してもら
う」というアイデアを披露する。
ラストワンマイルの攻防
一方、佐川は自社でメール便の配送要員を雇用す
るのではなく、アライアンスによって新たな全国配送
網を構築しようとしている。 現在、毎日新聞や中日新
聞など系列販売店を持つ新聞社との提携を進めてい
る。 提携先販売店は現状で約三〇〇〇。 これを五〇
〇〇まで拡大することで全国を網羅する。
17 OCTOBER 2002
「これまでも当社は顧客と直に接するところ以外は
基本的にアウトソーシングする方針をとってきた。 幹
線輸送しかり。 メール便の配達も同様だ。 新聞販売
店の配送力は現在、朝刊夕刊にしか利用されていない。
そこで空いた時間帯を使って当社のメール便を配送し
てもらっている。 これによって販売店側では新たな収
入源を得られるだけでなく、フルタイムの雇用が可能
になってくる。 この意味は大きい」と同社の若佐取締
役は説明する。
ヤマトが全国五〇〇〇カ所まで拠点数を拡大する
計画を進めているのとは異なり、佐川は拠点数も増や
すつもりはないという。 同社の拠点数は現在、三三四。
ライバルに比べて一桁少ない。 ただし、一つひとつの
規模が大きく、配備している車両数は逆に一桁多い。
しかも三分の一の拠点がターミナル機能を持っている
ため、横持ちなしで着店に送れる荷物が多い。 その分、
スピードとコストにメリットが出る。
佐川のネットワークは宅配便の定石とされるハブ・アンド・スポークから外れる。 それが同社の高い収益
性を支える一つの要因にもなっている。 そのため郵便
局に対抗する形で拠点数を増やし、小型化するのは得
策ではないと判断している。 小規模拠点の機能は車両
台数を増やすことでカバーできるという考えだ。
守勢に立たされている郵政側では目下、コスト削減
に躍起になっている。 従来は日本郵便逓送を始めとす
る民間輸送業者にタリフ通り支払っていた幹線費用
も毎年値下げを引き出している。 過去五年間で約二
五%の運賃値下げを獲得した計算だ。 局員の人件費
削減にも手を付けた昨年度は全体で五〇〇億円以上
のコスト削減に成功し、四年ぶりに黒字転換を果たし
た。 民間業者を迎え撃つ準備は整ってきている。 独占
市場の?本丸〞での戦いが始まる。
集配拠点
ターミナル
取次店
小包集配
(取扱個数)
メール配送
(取扱個数)
郵 便
4900カ所
83カ所
10万店
(他にポスト18万本)
郵便局員
(3億個)
郵便局員
(260億通)
宅急便
3000カ所
70カ所
31万店
セールスドライバー
(9億個)
パート
(6億通)
佐川急便
334カ所
108カ所
3万5000店
セールスドライバー
(8億個)
新聞販売店
(4000万通)
ペリカン便
1100カ所
70カ所
(本社管轄のみ)
23万店
サービスドライバー
(4億個)
パート
(8000万通)
●有力4社のネットワーク比較(一部本誌推計)
日本通運ペリカン・アロー部
勝島滋小口事業戦略室室長
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