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49 JULY 2001
大分県の平松守彦知事に頼まれて対談した
ことがあるためか、『公研』という雑誌が送ら
れてくる。 公益産業研究調査会の発行で「会
員配布」である。
その五月号で、朝日、読売、そして、共同
通信の政治部長が「?小泉革命〞の最大のジレ
ンマ」について語っているが、特に示唆され
るところはなかった。
それよりもむしろ、ロシア語同時通訳でエ
ッセイストの米原万里のコラムにニヤリとし
たのである。 けっこう、下ネタをまじえる米
原は、そこでもキワドイ話を書く。
日本人と結婚しているロシア系フランス人
のSが、ほとんどお風呂に入らないフランス
男は不潔だとし、毎日パンツを取り替える日
本男を礼讃する。 それを皮肉って米原はこん
な例を挙げたが、Sはそれをとんでもない方
向に発展させた。 まず、米原の発言から――。
「(日本の)独身男なんかは、パンツを次々
とはき替えていくのはいいけれど、そのうち、
清潔なパンツが無くなる。 (中略)どうすると
思う」
「さあ‥‥」
「前にはき汚したパンツの山の中から比較的
汚れの少ないのを選び出して、はくのよ。 裏
返したりしてね」
「おお、グッドアイディア! なかなか頭い
いね」
ここまで感心されては返事に困るが、Sはその後をこう続けた。
「でも、そのパターン、日本人がよく使う手
だよ。 たとえば、今度の自民党の総裁選出だ
ってそうじゃないか」
そう言えば、どの候補も汚れていたな、新
総裁は前総裁の派閥の会長だったわけで、ま
さに汚れたパンツの裏を返したようであるな、
と米原は思ったというのだが、
それに続けて
「ちゃんと洗濯
をするのは、い
つのことになる
のだろうか」と
書いている。
しかし、米原の指摘とは違って、各メディ
アは二重の詐欺をやった。 まず、新総裁の小
泉
が、森という「汚れたパンツの裏を返した
よう」な存在であることを強調しなかった。
さらに、クリーンかダーティか、あるいは、
改革派か非改革派かの色分けにのみ終始し、
小泉のタカ派的側面にはほとんど触れなかっ
たのである。 タカ派的側面とは靖国公式参拝
や憲法改正発言を指す。
私は、ダーティなハト派より、クリーンな
タカ派の方が恐い。 クリーンさの陰にタカ派
が隠れるからである。 クリーンのみを追求し
ていくと、軍人が一番よいということになる。
そのキレイな軍人が財界の腐敗を糾弾し、自
ら政治の世界に入っていって、日本を破滅さ
せたのが先の戦争だった。
私は昨年、『黄沙の楽土――石原莞爾と日本
人が見た夢』(朝日新聞社)という評伝を書い
たが、いま、市川房枝と小泉純一郎がダブっ
て見えて仕方がない。
クリーンを旗印に参議院に返り咲いた市川
(かつぎだしたのは菅直人)が一九七六年に出
た石原莞爾全集に次のような熱烈推薦の言葉
を寄せているのである。
「私は百姓の娘でしたので偉い軍人には全く
知人はなく、婦人に無理解で戦争の好きな軍
人
―軍部にずっと反感を持っていました。 しか
し石原中将は軍人でも違う、今までにない偉
い軍人だと思います」
下の者にいばらなかったとか、たしかに人柄は良かったらしい。 しかし、軍人は軍人な
のである。 一九三一年の満州事変の張本人と
して、中国ではただ二人の日本人のレリーフ
を記念館に飾っている。 板垣征四郎と石原莞
爾である。 それを市川は「偉い軍人」だと言
ってしまう。 市川がクリーンかダーティかの
ものさししか持っていなかった証拠だろう。
ダーティかクリーンかはわかりやすい。 メ
ディアはわかりやすさを追って、それだけで
見る過ちを犯した。 それに乗って小泉首相が
誕生し、何と九割に達する支持率という異常
事態を出現させたのである。
佐高信
経済評論家
汚れたパンツの裏を返した小泉首相
わかり易さを追ったメディアの過ち
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