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最新現地レポート
欧州ロジ スティクス通信
JUNE 2005 32
私がDHLに入社したのは一〇年以上も前
のことになります。 その間、一貫してITを
使って現場のオペレーションを効率化してい
く業務にかかわってきました。 DHLは、I
Cタグについて九〇年代後半から取り組んで
います。 私がICタグの専任となったのは二
〇〇二年末にドイツポストによるDHLの買
収が完了してからのことです。
ドイツポストの買収を契機に、DHLは大
きく変わりました。 DHLのICタグ戦略を
理解してもらうために、まずはドイツポスト
の民営化とDHL買収の概要から説明します。
ドイツでは九〇年代に入って郵便局の民営
化が進み、九五年にドイツポストが誕生しま
した。 企業活動の国際化が進む中、ドイツポ
ストはサプライチェーンの効率化やロジステ
ィクス業務に対する需要が今後ますます高ま
ると考えて、ロジスティクス関連の大型投資
を進めてきました。 同時に、既存のロジステ
ィクス業者を買収して、人材やノウハウ、物
流拠点を社内に取り込んできました。
ドイツポストがDHLの株式の二五%を買
収したのは九八年のことでした。 その前後に
ダンザスやAEI、グローバルメールといっ
た欧米のロジスティクス業者を次々と買収し
ました。 DHLの全株を買収するには、ドイ
ツポストが二〇〇〇年に株式を上場し、市場
から多額の資金を手に入れるまで待たなけれ
ばなりませんでした。 DHLがドイツポスト
の完全子会社となるのは二〇〇二年暮れのこ
とです。
ICタグの二つのメリット
DHLの完全子会社化によって、ドイツポ
ストは現在のような郵便とエクスプレス&ロ
ジスティクス、金融の三本柱からなる組織を
第5 回
DHLのICタグ戦略
ドイツポストの子会社であるDHLはICタグ対応のオペレーション体制を
整えつつある。 中核業務である国際宅配便では常にリードタイム短縮を競わな
ければならず、ICタグはそれを実行するために不可欠な技術だという。 DH
LのRFIDプログラム・マネジャーであるトラボア・ピアーズ氏が、欧州3
PL会議で同社のICタグ戦略を説明した。
図1 ドイツポストの組織図
ドイツポスト・ワールドネット
郵便
ドイツポスト
エクスプレス&ロジスティクス
DHL
金融
ポストバンク
●1日に7200万通の
郵便物の取扱
●短いリードタイム
●高品質
●国際郵便
●1年間に10億件の貨物取扱
●364万社の法人顧客
●世界最大を誇るエクスプレ
ス&ロジスティクスのネット
ワーク
●数多くのロジスティクス商品
●個人向け大手金融機関
●1000万人の顧客
●強力なビジネスユニット
●ロジスティクス業者の金融面
でのサポート
33 JUNE 2005
確立しました(
図1
参照)。 全体では三八万
人が働く巨大企業で、そのうちDHL部門で
は約八万人が働いています。
DHLの組織図には、元来のDHLの機能
であったエクスプレスに加えて、三つの部門
があります。 これはダンザスやAEIなどの
企業と統合した後で、顧客へのサービスメニ
ューごとに組織を再編した結果です(
図2
参
照)。
DHLでは、
コンピュータの
オペレーターを
含めて約八〇〇
〇人の従業員
がIT関連の業
務に携わってい
ます。 その中で、
私は当社のIC
タグの活用を推
進していくポジ
ションにありま
す。 ドイツポス
トの傘下に入る
までは、旧DH
L内だけでIC
タグをどう使う
のかを考えれば
よかったのです
が、現在はDH
Lの全部門で通用するICタグ戦略を考える
ことが求められるようになりました。 ドイツ
ポストという大きな組織の一員となったことで、われわれ一人ひとりの仕事も今まで以上
に大きな任務を帯びるようになりました。
DHLがICタグを重要視しているのは、
最新のITは常にDHLとその顧客の双方に
メリットを生み出すとの考えがあるからです。
DHLの「企業の使命」の中には、「常に技
術の先駆者であり続ける」という一文があり
ます。 当社がウェブ上で国際宅配貨物の貨物
追跡を最初に始めた企業であることも、偶然
ではありません。
ICタグを導入することによって、顧客と
DHLの現場作業員の両方にメリットが生ま
れると考えています。 国際宅配便について言
えばリードタイムのさらなる短縮、誤配・遅
配などの大幅削減、貨物の温度管理などの柔
軟性の増加などが考えられます。 また、特定
の貨物が先に挙げたDHLの四つの部門をま
たがるようなことがあっても、いつでも貨物
の現状が把握できることもメリットとして挙
げることができます。 荷主側からの希望があ
れば、従来から使っているEDIとつなげる
ことも可能です。
DHLのドライバーを筆頭とする現場の作
業員にとっては、これまで輸送の節目ごとに
必要であったバーコードによるスキャニング
が不要になります。 バーコードのスキャニン
グと違い、アンテナとICタグとの間で情報
のやり取りが行われることから、人的なミス
がなくなるのです。 もちろん、システム上で
のデータの読み取りやデータ交換のミスをな
くさなければ意味がないのですが。 ICタグ
による作業量の軽減と、貨物追跡情報の精度
が上がることは、大きな意味を持っています。
ICタグを活用することは、貨物の盗難防
止も兼ねているといわれます。 確かに貨物の
盗難防止は必要なことですが、貨物がなくな
った場合、盗難であることよりも、仕分けミ
スや保管ミスによって貨物が見つからなくな
っていることの方が多いのです。 ICタグを
使うことによって作業の精度が上がれば、こ
れまで盗難であったのか、単なる紛失であっ
たのかという?グレーゾーン〞がなくなり、作業員の心理的な負担の軽減にもなると考え
ています。
ノキアとの実証実験
さらに、作業員が恩恵を受けるもう一つの
メリットは、より正確な貨物情報にいつでも
アクセスできることによって、毎日のように
顔を合わせる顧客に、はっきりと貨物の現状
を説明できるようになることです。 DHLの
現場作業員に対するメリットというのは、D
HLが3PL業者を使う場合には、3PL業
者のメリットともなります。
DHLがICタグに求める用件を列挙して
図2 DHLの組織図
DHL
エクスプレス
世界中に
5000支店をもつ
国際宅配便部門
DHL
フレイト
DHL
ダンザス航空&海上貨物
企業を対象とした大型
の航空・海上貨物を取
扱う部門
トラック、鉄道、マ
ルチモーダル輸送
に対応する部門
DHL
ソリューション
コンサルティングか
らサプライチェーン
構築まで荷主に特化
したソリューション部
門を提供する部門
DHL
JUNE 2005 34
みれば、?全世界共通で使えること、?IC
タグが書き換え可能なこと、?低コストであ
ること、?一〇〇%に近いデータの読み取り
が可能なこと、?二・六〜三メートルの範囲
で読み取れるアンテナが利用できること――
となります。
DHLはICタグの実用化のために次の六
段階を経てきました。
?最も汎用性の高い技術を採用する
?技術的に最も難しい部分から克服していく
?一つひとつの技術を順番に開発していく
?常に現場を意識してシミュレーションする
?現場で実際にICタグを利用してみる
?いくつもの実験済みの技術を持って実証実
験に臨む
特に、大切だったのは五番目の現場での実
験でした。 ICタグの実験は、当社がブリュ
ッセルに持っているハブ拠点で行いました。
ブリュッセルのハブを実験場に選んだのは、
一番大きな拠点であったことと、一番古い拠
点であったためです。 どんな悪い条件でも機
能しなければ、技術として意味がないからで
す。 ブリュッセルの拠点でも一番速いコンベ
ヤーにICタグをつけた封筒とボックスを乗
せて実験したところ、封筒では約九九%、箱
では九九・九%の率でデータを読み取ること
ができました。
二〇〇〇年ごろまでに社内での実験を一通
り済ませた後で、携帯電話メーカーの国際企業であるノキアと、イギリス国内で実証実験
を行いました。 この実験はイギリス政府から
の補助を受けて二〇〇二年と二〇〇三年の二
回にわたって行いました。
二〇〇二年には、電池が必要な「アクティ
ブ・タグ」を使いました。 ノキアの携帯電話
が五〜一〇個入った箱にICタグをつけGP
S(全地球測位システム)を使ってデータを
読み取りました。 ノキアの工場から出荷した
ICタグ付の箱は、イギリスのDHLの拠点
に運び込まれ、それから四〇フィートのトレ
ーラに積み替えられて、さらに各地の中継点
でDHLのロゴの入ったバンに積み替えられ
て、イギリス全土の卸から小売店に運ばれま
す。 その間、ICタグを使って、携帯電話の
動きをモニタリングしたのです。
例えば、携帯電話を一万台注文した小売業
者がいたのですが、出荷時点の手配ミスで九
九九〇台しか出荷していないような場合でも、
ICタグを経由した情報によって貨物が到着
する以前に不足分を知ることができ、足りな
い一〇台を早めに手配できることができたの
です。
ICタグの利点として、
●貨物のセキュリティーの向上
●アイテムごとにトレースできるようになっ
たこと
●リアルタイムのモニタリング
●貨物の過不足に対する柔軟な対応
などが挙げられます。 必要ならば、ICタグに温度を記録させることで、食料品の場合
なら、正確な温度管理ができることもわかり
ました。
独メトロ主導でICタグを導入
しかしアクティブ・タグの問題は、コスト
が高くつくことでした。 そこで翌年は、電池
を使わない「パッシブ・タグ」を使って実験
を行いました。 前回が、ノキアだけの貨物を
取り扱ったのに対して、パッシブ・タグのと
きは、ほかの貨物と混載することで、より現
実のオペレーションの状況に近づけました。
ノキアの製品にはノキアがICタグをつけて、
ほかの混載貨物にはDHLがICタグをつけ
DHLでRFIDプログラム・マネジャーを
務めるトラボア・ピアーズ氏
欧州ロジスティクス通信
35 JUNE 2005
ました。 これは、ICタグの情報を読み取る
アンテナの精度が向上したことで可能となり
ましたが、同時に現場におけるいくつかの問
題点も浮かび上がってきました。 二〇〇四年
は、実証実験の結果をもとに、アジアやアメ
リカのDHLの拠点でもICタグの実験を行
い、全世界で通用する仕組みを作ろうとして
きました。
それらのDHL社内の動きと並行して、ド
イツ国内でもICタグをめぐる大きな動きが
起こってきました。 ヨーロッパ全土に二二〇
〇店舗を構えるドイツの大手小売りであるメ
トロ・グループがICタグの採用に向けて動
き出したのです。 ヨーロッパにおいて、アメ
リカのウォルマートに匹敵する影響力を持つ
メトロがICタグの採用に動き出したことで、メーカーや卸、ロジスティクス業者の対応が
必至となりました。
メトロ・グループが「フューチャー・スト
ア・イニシアティブ」と呼ぶこの活動は、二
〇〇二年から準備に入り、二〇〇三年には特
定の店舗での実証実験が始まりました。 メト
ロの狙いは、ICタグを使ってサプライチェ
ーン全体を効率化して、欠品の少ないオペレ
ーションを実現することにあります。
最初の実験は、メトロの物流センターと店
舗間で行われました。 物流センターから出荷
される商品にパレット単位でICタグをつけ
て、店舗に搬入。 センターを出発した時点で、
データが店舗に送られるため、店舗側は貨物
が到着する以前から貨物の内容を知ることが
できます。 貨物が到着するとICタグを使っ
た検品が行われ、店舗に運び込まれます。 パ
レットごとのICタグがケース単位につけら
れるのが、二〇〇五年前半で、アイテムごと
になるのは二〇〇五年の終わりになる予定で
す。
時間をかけてICタグに対応
メトロのフューチャー・ストア・イニシア
ティブのパートナー企業には、IBMやSA
PなどのIT関連の企業に加えて、DHLの
ソリューション部門も入っています。 ロジス
ティクス業者でパートナー企業に選ばれてい
るのは現時点ではDHLだけです。
ICタグ戦略における、DHLの現在の立
ち位置は、
図3
に示したとおりです。 ICタ
グの性能が日増しに向上し、それに反比例す
るようにICタグの値段が下がってきていま
す。 ICタグに関心を持って実証実験を済ま
せる段階を経て、導入準備が完了する一歩手
前というところです。
ICタグがサプライチェーンの効率化に威
力を発揮するには、まだ若干の時間がかかり
ますが、その日が間近に迫っていることは確
かです。 その日が目の前に迫ってから準備す
るのではなく、十分な余裕を持って準備して
いくというのがDHLの基本姿勢です。
例えば、航空コンテナ一つをとっても、I
Cタグの読み取りを妨げる素材を使って作ら
れたコンテナがありました。 二年前までは、I
Cタグを使うのに向かないコンテナがDHL
全体で半分ほどありましたが、この二年でそ
の比率は二〇%にまで下がりました。 あと一、
二年もすれば、航空コンテナはすべて?IC
タグ・フレンドリー〞な素材に替わります。
そういった、根気の要る作業を積み重ねてい
くことこそが、ICタグを実用する段階とな
って、大幅なコスト削減やサービスレベルの
向上となって結実すると考えています。
(
本誌欧州特派員 横田増生
)
図3 ICタグの導入とDHLの現状
1990年代
後半
2001年 2004年 今後
DHLの現在地
関心 実証実験 導入準備 実用開始
ICタグの
性能
ICタグの
値段
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