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JANUARY 2006 60
事例で学ぶ
現場改善
日本ロジファクトリー
青木正一 代表
納品はスーツ姿で
印刷会社P社は関東圏に本社を置く、年商約
五〇億円の中堅企業だ。 全国の消費地に営業拠
点を展開し、大手スーパーや結婚式場に印刷物
を納品している。 これまでP社は営業マン自身
が乗用車やバンを使用して顧客に直接納品する
?商物一体〞を続けてきた。
そんなP社の営業部長Y氏とお会いすること
になった。 「このところ当社の営業マン一人当た
りの売上高が徐々に減少する傾向にある。 新規
開拓件数も伸び悩んでいる。 現状では当社の営
業マンの仕事が、物流が?主
〞で、営業が?従〞
になってしまっている。 何とか物流と商流と切
り離し、営業マンを本来の営業活動に特化させ
たい」という相談だった。
P社の営業マンの仕事とは、具体的には受注
した商品のピッキングに始まり、出荷から配送、
納品、注文書の回収、そしてその注文書を本社・
工場にファクスし、仮刷りされた印刷物のゲラ
を得意先にチェックしてもらうという内容であ
った。 商品を納品するだけの一般的な物流業務
と比較すると、以下のような特徴があった。
1 営業サポート機能をメーンとしたフィール
ドサービスである。
2 縁起物をホテルに納品する
などのケースが
多いため、トラックを使用できない。
3 現場用のユニホームは禁止、スーツを着用
する必要がある。
4 ドライバーはP社の名刺を持ち、納品に行
く。
この業務をアウトソーシングしようとしても、
一般の物流会社では恐らく対応できないだろう。
我々、日本ロジファクトリー(NLF)はまず
物流会社の選定に時間をかけた。 当面は北関東
エリアで商物分離を試験的に実施したいという
P社の意向を受け、候補となる物流会社数社を
ピックアップし、各社のトップに直接事情を説明した。 うち一社が手を挙げてくれた。 この物流会社
B社は、過去に私が
コンサルティングに入った
経験もあり、ドライバーのレベルの高いことは
承知していた。 実際、B社は日々のドライバー
教育に熱心で、大手電機メーカー向けの仕事な
どの実績もあった。
B社のM社長に改めてP社が必要としている
サービスの内容を詳しく説明した。 M社長は「お
もしろいですね。 ほかの物流会社では対応でき
ないでしょう。 これからの物流会社はこのよう
なフィールドサービスまで対応できることも生き
残りの条件の一つでしょう」と、心強い返事で
あった。
第36回
荷主は営業マンを物流業務から解放する「商物分離」を計画
した。 アウトソーシング先となる物流企業には、単純な物流業務
にとどまらないフィールドサービス機能が要求された。 従来の物
流アウトソーシングの常識を打ち破る必要があった。
中堅印刷会社P社の商物分離
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はこのコンペに参加するB社の提案をサポート
する形を取ることになった。 提案書の作成をN
LF、見積書はB社という分担でコンペに臨む
ことにしたのだ。
個人情報保護法への対策
今回の商物分離にあたって、Y部長は「この
プロジェクトはコストよりも、むしろ個人情報
の管理が重要だ」とも口にしていた。 P社に限
らず二〇〇五年四月に「個人情報の保護に関す
る法律(個人情報保護法)」が施行されて以来、
荷主企業は物流業務における個人情報の扱いに
もルールを設定し、協力物流企業にその遵守を
厳しく要求するようになっている。
Y社長と議論した末、今回のコンペを良い機
会としてB社は日本情報処理開発協会の認証す
る「プライバシーマーク」を取得することにした。
それに加え、現場運用面では以下の四点をアピ
ールポイントとして提案書を作成した。
1
車両施錠の徹底
2 従業員の機密保持誓約書記入の徹底
3 使用書類(ピッキングリスト等)の回収
4 盗難防止装置の設置
P社は物流のアウトソーシングと並行して営
業マンのレベルアップにも注力した。 営業マン
の一部を解雇して少数精鋭化し、残るメンバー
の活動強化を図った。 新規営業開拓リストの作
成や、物流業務から解放された後に営業マンが
注力すべき付加価値の高い業務の抽出など、営
業マン一人当たりの売上高を拡大するための様々
後日、M社長を印刷会社P社のY部長に紹介
した。 Y部長はM社長の話に大
きな関心を示し
たようだった。 M社長が次回までに提案書と見
積書を提示することを約束し、その日の引き合
わせは順調に終わった。
リスクヘッジのためにY部長は、当社の紹介
したB社のほかにも、候補となる物流会社数社
に自分で声をかけ、コンペを実施する意向を持
っていた。 その後の打ち合わせで、我々NLF
な施策を進めていた。
この活動結果を受けて当初、物流会社にアウ
トソーシングする予定であった注文書の回収と
その後の営業サポート業務は、営業マンにとっ
て最も重要な得
意先とのコミュニケーションで
あるという判断から、アウトソーシング後もP
社の営業マンが担当することになった。
我々NLFはB社のM社長と再度、打ち合わ
せの場を設けた。 今回のケースでは、B社の既
存の車両は使えない、ユニホームの着用も禁止
と、定番ともいえるツールや方法論が通用しな
い。 M社長との前向きな意見交換を重ねながら、
P社にとってもB社にとってもムダのない、ス
ムーズなアウトソーシングのスキームを詰めてい
った。
その結果、単に業務を請け負うだけでなく、P
社の既存従業員とリース車両までB社が受け入
れ
ることで、業務移管後の円滑な運営を担保す
るというスキームを提案することにした。 これは
食品メーカー、卸、建設資材メーカー、卸など
の自家物流、いわゆる白ナンバー業務を物流会
社が受託する際によく用いられている方法であ
る。
既存スタッフの受け入れを提案
提案日当日――P社のY部長はB社の提案内
容を見て、「業務のアウトソーシングしか考えて
いなかったがヒトと車も受けてもらえるのはあり
がたい。 一石二鳥だ」と大いに喜んでくれた。 個
人情報管理の面でも「盗難防止装置まで考えて
くれているのは意外であった」と評価された。 結
局この二点が決め手となって、コンペはB社が
現在、実施している物流企業は少ないが、今後の利益獲得のためには必要不可欠な機能
・ピッキングマニュアルの作成や、棚卸方法のマニュアル作成などを
行い、実施する
・事務所との取引ルールの提案、物流会社との取引ルールを作成し、
その通り実施する、改善する
・情報システムの改良、更新に際して、物流面から見た情報提供、及
び提案を行う
・商品別出荷データ(全社)の管理情報提供
・商品別出荷データ(事務所別)の管理と情報提供
・欠品、誤納、遅納の防止、得意先要望の把握、注文代行、フィール
ドサービス
・年次計画、月次計画に基づいた発注管理+物流部の予測調査を行う
・情報を緊密に提供しあい、情報の共有化と計画精度を向上させる
オペレーションマニュアル
・運営ルールの策定
情報システム設計及び
メンテナンス
営業支援
商品開発・販売部門との
情報共有化
項 目
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実施内容
JANUARY 2006 62
我々とM社長は今回の仕事が「フィールドサー
ビス」と頭では分かっていながら、実際の募集
活動では従来通りの?運送屋〞として動いてし
まっていた。 M社長と苦笑いする始末であった。
人材レベルの壁
いよいよ本格稼働まで残り二カ月となった。 現
場スタッフに印刷業界、婚礼業界の基礎知識を
身につけさせなければならない。 P社から講師
役を出してもらい、三日間の講習および指導を
受けた。 参考資料と簡単なマニュアルもP社に
用意してもらった。 しかし、修得は容易ではな
かった。
例えば、五〇円、八〇円、九〇円の切手には、
お祝い用の「寿切手」があるが、定形外の一二
〇円切手にはない。 あるいは、席次表の印刷の
注文が入ると客単価アップに大きく貢献するこ
となど、我々やB社が知らなかった、この業界
の常
識や知識が次々に出てくる。 いくらB社の
ドライバー教育がしっかりしているとはいえ、ハ
ードルは高かった。
我々は確認作業と称して、二回のテストを行
うことにした。 二回とも結果は散々だった。 合
格点を八〇点に設定した試験をパスすることが
できたのは、補充した五人のうち二人だけ。 も
ともとフィールドサービスは物流に隣接する業
務だとはいっても、その壁は厚かった。
B社のM社長と再度、話し合いを行った。 今
度は私が講師役となり個別Q&A方式で研修を
行うことにした。 各自一時間のQ&Aを行い、改
めて前回と同
様のテストを行った。 これでなん
とか全員が合格ラインをクリアできた。 これほ
勝利を収めた。
業者決定後、あわただしく移行がスタートし
た。 まずはリース車両計一四台の名義変更、そ
して人員の転籍であった。 事前にP社内で今回
のアウトソーシングに伴う人員の転籍について
は説明会が実施されていた。 これを受ける形で
我々NLFとB社が、改めて転籍先となるB社
の会社概要と業務内容、給与体系についての説
明会を行い、詳細は個別面談で話し合う形をと
った。
個別面談では、転籍に対する憤りをあらわに
する
者、不安を口にする者、待遇への不満を訴
える者と様々な反応があった。 それでも最終的
に一四人の対象者のうち九人が転籍に応じるこ
とになった。 仕事内容と勤務地が従来と変わら
ないこと。 そして待遇面でも転籍前と大きな開
きがなかったことが、受け入れられた理由であ
った。
一方、最後まで転籍に応じなかった五人は、P
社に対する思い入れや忠誠心が、働くことの原
動力となっていたという従業員のほか、仕事内
容は同じでも物流会社から給料をも
らうことに
は抵抗があるという若い従業員もいた。 結局、五
人の補充が必要になった。 B社本社から二人を
回すことにして、残り三人は新規募集で補うこ
とにした。
新規採用には難儀した。 少なくとも物流現場
スタッフの人材募集は、今や完全な売り手市場
だ。 バブル時代以来の人手不足が既に現実のも
のになっている。 ところが若干の待遇面の改善
と、業務内容を「配送」から「フィールドサー
ビス」に変更したところ応募が集まりだした。
どにホッとした瞬間はなかった。
こうしていよいよ本格稼働となった。 初出荷
の日、M社長と私は現
場を訪れ、最終的なチェ
ックと確認を行った。 幸い初日は大きな問題も
なく終えることができた。 しかし一週間後、想
像もしていなかったクレームが入った。 「おたく
の営業さんは口のきき方が悪い。 担当者を変え
て欲しい」という内容であった。 P社のY部長
と共に、私とM社長そして担当者本人の四人で
謝罪のため訪問し、何とかその場を凌いだ。
このようなドタバタ劇もありながら、三カ月
を過ぎた。 ようやく業務も安定し、営業活動に
特化できるようになったことが功を奏したのか、
P社
の営業マンの一人当たり売上高は、わずか
ながらも増加に転じている。 この試験導入が上
手く機能すれば、今後は他の地域でも同様の商
物分離を実施する予定だ。
今回のプロジェクトを通じて我々は営業を支援する物流の重要性と、その難しさを痛感する
ことになった。 しかし同時に物流業の既成概念
を払拭し、現場の人材レベルを向上させること
ができれば、物流会社の受託するアウトソーシ
ングの範囲はいくらでも拡大できることも確認
できたのだった。 あ
お
き
・
し
ょ
う
い
ち
1964年生まれ。 京都産
業大学経済学部卒業。 大手
運送業者のセールスドライ
バーを経て、89年に船井
総合研究所入社。 物流開発
チーム・トラックチームチ
ーフを務める。 96年、独立。
日本ロジファクトリーを設
立し代表に就任。 現在に至る。
HP:http://www.nlf.co.jp/
e-mail:info@nlf.co.jp
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