ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年1号
特集
物流の「見える化」 トヨタ流「見える化」の誤解

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JANUARY 2006 8 何のための可視化か トヨタ方式のキーワードの一つである「見える化」 には誤解が多い。
同方式を貫く二本柱である「ジャス ト・イン・タイム」と「自働化」のうち、「見える化」 は後者と密接に関係している。
ところが最近では、そ うした背景が無視され、単に使い勝手のいい言葉とし て流布されている。
その最たるものが、ITの世界で重視されている可 視化(ビジビリティ)との混同だろう。
一部の人たち はサプライチェーン管理やロジスティクスを高度化す るうえで、情報をつぶさに把握することが不可欠と説 く。
なかには移動中の積み荷の 所在をITで監視する ことまで?見える化〞と呼ぶ人たちがいるが、これは トヨタ流の管理ではありえない話だ。
では、トヨタにとって「見える化」とは何なのか。
同社物流企画部の高松孝行主査はこう説明する。
「あ る意味で『見える化』は手段に過ぎない。
重要なのは 何のために『見える化』するのかという目的だ。
当社 の場合は改善のためだ。
今日よりも明日、明日よりも 明後日と向上し続けていくためには問題点を発見する 必要がある。
その際に業務プロセスの中身まできちん と把握でき ていなければ、具体的な改善策は打ち出せ ない。
だからこそ『目で見る管理』にこだわる」 トヨタ方式の創始者、大野耐一の著書『トヨタ生 産方式』は「ニーズからの出発」という章から始まる。
そのなかで著者は、「(トヨタ方式は)はっきりとした 目的とニーズがあって具現化されてきた」ことを強調 している。
目的を明確に説明できない?見える化〞は、 もはや本家のそれとは似て非なるものなのだ。
トヨタ流の「見える化」には、異常の管理を中心に 据えているという特徴がある。
同社には「現場管理は 異常管理である」という基本的な考え方があり、正常 な 業務のなかで異常を顕在化させる仕組みの構築を 「見える化」と呼んでいる。
そして、異常に現場レベ ルで対処していくのが「目で見る管理」だ。
この考え 方は「自働化」と不可分の関係にある。
「自働化=ニンベンの付いた自動化」は、トヨタグ ループの源流に位置する豊田佐吉が、約八〇年前に 自動織機を考案したときに生みだした概念だ。
コンピ ュータ制御など存在しない時代に、佐吉は、異常が発 生すると自ら停止する自動織機を作った。
平常時の 管理の手間を軽減すると同時に、 いざ異常が出たら即 座に問題解決にあたれることを狙いとしていた。
この概念を大野耐一が発展させて、トヨタ生産方 式を支える柱の一つに据えた。
なかでも有名なのが 「アンドン」だ。
これは「ライン・ストップ表示板」と も呼ばれる仕掛けで、生産ラインが正常に流れている ときは緑色のランプを点灯している。
ラインの遅れを 調整するために助けを呼ぶときには黄色が点灯し、異 常が発生してラインを停止するときには赤色になる。
これを誰にでも見えるところに設置しておけば、管理 者は異常が発生したときにだけ対処すればいい。
把握すべきは前工程の作業状況 トヨタ流の「見える化」は、「自律分散型」の管理 とワンセットになっているからこそ有効に機能する。
これは一般的な企業の「中央制御型」と対極にある 管理手法で、現場の作業者は自ら異常に対処する権 限を与えられている。
上司に相談することなく生産ラ インを止められるのは、その何よりの証といえる。
トヨタ自動車出身の田中正知ものつくり大学教授 は、「自らやっていることの正否を判断する権限を与 えられ、そのための機能も付されているからこそ?自 トヨタ流「見える化」の誤解 トヨタ方式にとって「見える化」は大切なキーワードの 一つだ。
しかし、トヨタは情報をやみくもに可視化しよう などとは考えない。
むしろ、あえて情報量をコントロール することでサプライチェーンの緊張感を維持している。
こ うした管理手法は、日産やセブンイレブンなどと対比する と理解しやすい。
(岡山宏之) 第1部現場の見える化 9 JANUARY 2006 特集 律〞だ。
これができない現場で『見える化』しても意 味がない」と指摘する(囲み記事参照)。
もちろん、トヨタも情報を可視化する仕組みは使っ ている。
ただし、そこには明確な目的がある。
以下の 「完成車物流」の事例からそれを理解できるはずだ。
国内の販売会社が注文を受けると、これがオーダー 情報としてトヨタに伝送される。
ここから生産活動が スタートする。
生産計画が確定してからは、関係者は 必要に応じて「着工日」などの生産情報、「到着予定 日」などの物流情報、どの輸送会社がいかなる経路で 運ぶのかといった物流ステータス情報をコンピュータ 上で確認できる。
情報は刻々と更 新され、工程が完 了するたびに時刻が登録されていく。
完成車の状況をこのようにシステム上で把握できる のは、裏側で該当車の作業工程が終わるたびに情報を 入力しているからだ。
仕組み自体は珍しいものではな い。
この際、完成車と一緒に移動する「物流管理票」 (図1)には、工程ごとに切り離せるバーコード付きの伝票が付いている。
工場で「管理票」をフロントガ ラスに貼っておき、残りの伝票は助手席に置いておく。
助手席の伝票には、工程ごとに必要な部分を切り離 すた めの破線と、そのつどスキャニング(読み取り) すべきバーコードが印字されている。
実際の作業現場では、各工程ごとに伝票から必要 な部分を切り離していき、完了時にバーコードをスキ ャンする。
作業者にとっては伝票を切り離すことが作 業完了の区切りになり、オンライン経由で情報を得る 人たちにとってはスキャニング情報が反映された時点 で進捗状況が分かるようになっている。
これによって関係者は、該当する車両の状況をつぶ さに知ることができる。
しかし、これは副次的な効果 に過ぎない。
トヨタ流の自律分散の考え方では、計画 ――トヨタの関係者は「見える化」を、異常を発見するための 仕組みと定義しています。
「人間がやっている以上、異常は必ず発生します。
そうである ならば一刻も早く直した方がいい。
トヨタの生産現場では作業 者に『ストレッチ目標』(現状の能力プラス2〜5%増くらいの目 標値を話し合いで決める)を与えて、常に負荷をかけています。
現場に無理をさせている。
だから、ある程度の不良が出るのは 仕方がないんです。
その代わり、絶対に不良を通過させない。
そ れが基本的な考え方です」 ――著書にありましたが、トヨタは現場を「自律分散型」で管 理し、他社の多くは「集中制御型」で管理していますね。
「そこでいう“自律”とは、本人が異常を異常として認められ るという意味です。
トヨタの現場ではその権限まで与えている。
職長が自分で部下を動かせる現場だからこそ、かんばんの枚数 を増やしたり減らしたりといった采配もできる」 「一方、集中制御型でやっている現場では、作業者は指示通り に動いているに過ぎません。
異常があってもそれを処理する権 限を与えられていない。
だからMRPなどで、今日は何人で何を やるといったことをこと細かく指示しなければならない。
現場に 頭がまったくないわけです。
トヨタの場合は、自ら正否を判断 する権限があり、そのための機能も付されているからこそ自律 分散なんです。
それがニンベンの付いた自働化です」 ――いまサプライチェーンの可視化というと、何でもかんでもIT で把握しようとしがちです。
「何がニーズで、何のために見えるようにするのかを常に考え なければいけません。
私もトヨタでいろいろと提案してきました が、決まって『目的はなんだ?』と聞かれましたよ」 「自律がなければ見える意味もない」 ものつくり大学 田中正知 教授 集中制御型 トヨタ方式:自律分散型 指示で動く単なる「工程」から構成 向上心・改善意欲を削ぎ、職場の体力を落とし続けていく‥‥ 工程 工程 中央司令室 司令室または客 工程 完結 工程 物の流れ 情報の流れ 完結 完結 完結 完結 共通の問題意識が生まれ、改善が進み、強い職場体質の醸成 が期待できる 中央制御と分散制御 (たなか・まさとも)1941年生ま れ、67年名古屋大学大学院修了後、 トヨタ自動車工業入社。
大野耐一 氏ほか先達の薫陶を受ける。
93年 生産調査部部長、95年物流管理部 部長、2000年ものつくり大学の 開設に伴い社命により転籍。
現在 は、ものつくり大学製造技能工芸 学科教授、東京大学MMRC特任研 究員。
05年11月に『考えるトヨ タの現場』(ビジネス社)を上梓 JANUARY 2006 10 通りに事態が進行している限り、後工程はそれを信じ て目の前の作業をこなすだけだ。
災害による輸送の遅 れなどの異常が発生したときだけ対処すればいい。
このシステムをトヨタが運用している本当の目的は、 一つは、前工程の作業情報を、後工程の準備に活か すためだ。
トレーラーによる完成車陸送の積載効率を 高めようとすれば、事前に配車計画を練る必要がある。
満載になるまで台数がまとまるのを待つのであれば準 備は不要だが、納車リードタイムの短縮と低コストを 両立させるためには効率的な計画が欠かせない。
もう一つ、改善に役 立てるという狙いもある。
自動 車メーカーにとって受注から納車に至るトータルリー ドタイムの短縮は永遠のテーマだ。
そのための改善点 をあぶり出すうえで各工程の管理記録が役立つ。
遅れ 気味の工程を分析して、その理由を洗い出せば、改善 のヒントを得ることができる。
調達物流コストは見えなくてもいい このような目的がなければ、ステータス情報を可視 化するためだけに各工程で余計な手間を掛けることな どすべきではないというのがトヨタの考え方だ。
情報 の扱いに対する同社ならではの姿勢は、生産部品の調 達管理に一層、顕著にあらわれている。
トヨタの部品調達は複雑にダイヤグラム化された輸 送ネットワークで行われている。
この分野でトヨタは、 むしろ情報を?隠す〞ことで管理を高度化してきた。
三カ月前と一カ月前に平準化した内示をサプライヤー に知らせてはいるが、実際の発注は日次の「かんば ん」で決まる。
この情報をあえて直前 まで知らせない ことで、サプライチェーンの緊張感を維持している。
「情報を早く出すと、早く作ってしまう恐れがある。
これが作りすぎの原因になる。
だからトヨタは部品の 納品に間に合うギリギリのところで一日分だけの情報 を出す」(田中ものつくり大学教授)。
同社の調達管理 が、サプライヤーとの単なる情報共有とは別次元の観 点から行われていることが分かる。
一般に日本では、売買契約は運賃込み価格で行わ れている。
このため購入する側にとっては、調達物流 の効率化を図るのが構造的に難しい。
仮にあ る部品の 納入価格が高いと感じても、「物流費が掛かる。
部品 そのものは他社より安いはずだ」と主張されれば、相 見積もりでも取らない限り反論できない。
とくにトヨ タのように長期の取引関係にメリットを見出そうとし ていると、一歩間違えると非効率に陥ってしまう。
だからこそトヨタは、日頃からサプライヤーに無償 で技術指導をしてムダをなくそうとしている。
物流に ついても、複数のサプライヤーを取りまとめて、ミル クランや混載輸送、中継地混載などで効率化を促し てきた(図2)。
ただし、サプライヤーの日常業務の 可視化は必ずしも重要視していない。
「QCD(品質、 コスト、デリバリー)さえ確保すれば、あとは?紳士 協定 〞のなかでやればいい。
正常に流れているのにわ ざわざ騒ぐ必要はない」(同)というわけだ。
このような手法を指して、トヨタの系列取引は他社 には真似できないという指摘は多い。
実際、このやり 方は紳士協定が崩れると成り立たなくなる。
まさに五 年前までの日産自動車がそうだった。
サプライヤー任 せの調達業務が非効率化して、部品コストが高止まり していた。
その日産がゴーン改革で断行したのは、実 は調達業務の徹底的な?可視化〞だった。
リバイバルプランに取り組む以前の日産は、調達業 務を適切にコントロールできなくなっていた。
部品価 格に競争力がないことを知りな がら、系列取引先に元 日産の同僚が天下っていたり、構造的にコストを把握 配車車両のステータス管理:配車車両ごとに中継地での出門期限を管理するこ とにより、輸送の進捗状況、所在地を管理している(関係各社間とはネットで 接続されており、出門日を入力することによりステータス情報を共有) 図1 トヨタが完成車輸送に使用している「物流管理票」 輸送先 〜販売株式会社 輸送先コード 車両型式 フレームNOなど 中継地A  名古屋港 出門期限   月/日 中継地B   千葉港 出門期限   月/日 中継地C   〜ヤード 出門期限   月/日 中継地D   出門期限   月/日 到着予定日 特記 配車日 月/日 月/日 △ △ △ ◇ ◇ ◇ × × × 配車予定日        月/日 最終搬入先  〜 G配車センター 予定月日:この日を過ぎていると遅れていることが、目で見てわかる (概念図) 11 JANUARY 2006 できないことから抜本的な対策を施せずにいた。
これをゴーン改革では、まず「部品価格」と「調達 物流費」を完全に分離した。
そして部品価格について は、同様の部品を工場出荷価格(物流費を含まない 価格)で購入しているルノーの実績値と一点ずつ比較。
具体的に数値を把握したうえで、日産と新たなパート ナーシップを構築する意思のある取引先に調達先を集 中して、部品コストを引き下げていった。
調達物流費については、まずサプライヤーごとに工 場の立地や物流拠点、輸送経路などの情報をつぶさ に提出させた。
そして、物流業務を日産が自らコント ロ ールすることを前提に、効率化のためのシミュレー ションを重ねた。
前述したトヨタの取り組みと同様に、 工場を起点としながら、メーカー直送、ミルクラン、 混載輸送という三つの輸送形態を組み合わせて、新 たな配送ルートを数千本設定していった。
次に、設定した輸送ルートごとに物流コンペを実施。
特定の物流業者との取引量を拡大してスケールメリッ トを得ることを念頭に、改めてパートナーを選んでい った。
結果的として、かつての物流子会社であるバン テックに多くの業務をアウトソーシングしたが、三割 程度のコスト削減につながったとみられている。
最適解は一つではない このとき日産が行った調達改革は、把握しづらい業 務を徹底的に可視化したことが一つのポイントになっ ている。
そして、これは欧米流のマネジメントによる 特例とみなされがちだが、国内でも前例がある。
約一〇年前にセブン ―イレブン・ジャパンが行った 物流改革がそれだ。
このときセブンは、物流費込みの 契約という日本の商習慣の枠組みを崩すことなく、日 産の調達改革と同様のことを実現した。
セブンは九四年に食品分野で、サプライヤーからセ ブンの共配センターに至る物流に大胆にメスを入れた。
この際にポイントになったのも輸送コストの可視化だ った。
このときセブンはまず、取引先の納品時の流通 パターンを詳しく調査した(図3参照)。
日本の流通は、多くの中継企業が入る多段階を特 徴としている。
九七年にボストンコンサルティンググ ループが手掛けた「ECRニッポン」では、有力企業 五〇社の実績 を元に輸送パターン別の流通コストを算 出した。
これによると中間に一カ所だけ入る場合の一 ケース当たりの売上高物流費比率は十二%。
これが二 カ所を経由すると一八・七%で、三カ所だと二三・ 四%になる。
多段階になると物流費は跳ね上がる。
セブンもここに着目した。
取引先から提出してもら った輸送パターンと物量を分析。
取引先と共配センタ ーの間にセブンが新たな物流センターを設置して、こ こにいったん集約するという青写真を描いた。
その物 流をサプライヤー任せにせず、セブンの管轄下にある物流業者が共配センターを起点に集荷すれば、従来に 比べて物流費を約三割削減できると結論づけた。
この際のポイントは、セブンの描く物流構想に乗れ ば?メーカー側の支払う物流コスト〞が三割安くなる とした点だ。
数値データを突きつけられたサプライヤ ーは、自らの管理下にある物流業者を使い続ける場合 でも、物流コスト込みの納入原価を引き下げざるを得 なかった。
結果としてセブンは、店着原価という契約 形態を変えることなくコスト削減に成功した。
トヨタ、日産、セブンという、現在の日本で有数の 物 流管理レベルを実現している先行三社の事例からは、 サプライチェーンを効率化する手段が一つではないこ とが分かる。
目的を見失った取り組みこそが、避ける べき最大の落とし穴だ。
特集 図2 部品調達における輸送効率向上の取組み――細い物流から太い物流へ 細い物流 太い物流 ミルクラン 出発地混載 中継地混載 中継地 (クロスドック) 工場 A社 工場A 工場B 工場C B社 C社 A社 B社 C社 A社 工場 味の素ゼネラルフーヅ 川島孝夫氏作成 出所:トヨタ自動車 工場 B社 A社 C社 メーカー 工場 メーカー D/C 卸 D/C 小売り D/C 小売店 1 2 3 4 5 6 7 8 パターン 図3 酒類・食品メーカーの物流パターン ムダ

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