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APRIL2006 38
「宅急便」の守備範囲を拡大
ヤマト運輸のこれまでの歩みを振り返ると、
?「宅急便」創成期から八〇年代半ばまでの
一〇年間は全国ネットワーク形成のために集
中投資。 高い輸送品質を武器に郵便小包のシ
ェアを逆転、?次の一〇年間では個人ユーザ
ーのさらなる潜在需要掘り起こしのための新
サービス(スキー宅急便、ゴルフ宅急便、ク
ール宅急便など)を矢継ぎ早に投入。 その一
方で、翌日午前中必着の「タイムサービス」、
代金回収代行の「コレクトサービス」など企
業向け商品・サービスの提供を開始し、法人
需要の開拓に着手した。
?さらに次の一〇
年間では時間帯別配達サ
ービス、電子メールによる配達日時の事前通
知、受け取り手段や決済手段の多様化といっ
たサービスのブラッシュアップによって、ま
た「クロネコメール便」の投入などによって
企業ユーザーの深耕に成功した。 同社はこう
した一連の取り組みを通じて、幾度となく囁
かれてきた「宅急便」限界説を覆してきた。
ところが、二〇〇〇年代に突入すると、組
織の肥大化や活力の喪失、さらに間接コスト
の増加など構造問題が浮上するとともに、民
営化を控えた日本郵政公社との競争が激化し
た。 「宅急便」三〇周年の節目を前に、宅配
便市場の成熟を前提とした経営の方向転換が
必要になった。 実際、すでに同社はそれを実
行に移している。
具体的にはまず、二〇〇三年度に「宅急
便」の組織改革に踏み
切った。 従来は全国二
〇〇〇カ所超の「宅急便」営業所ごとに間接
従業員(経理、事務などの担当者)を配置し
ていたが、これを全国数十カ所の主管支店に
集約し、遠隔管理する体制に変更。 さらに利
用者からの問い合わせへの対応を、携帯電話
を持ったセールスドライバー(SD)やコー
ルセンターが個々に処理するルールに改めた。
その上で既存の営業所を分割するかたちで
拠点数を倍増させる計画を打ち出した。 間接
コストの上昇を抑えつつ、店舗数を増やすこ
とで、?顧客との距離を縮めることによって
サービス水準の向上や営業活動の強化を実現
する、?営業所の少人数化による従業員のモ
チベーションを向上させる(所長も含め原則的に全員がSD)││ことを狙ったものであ
る。 この試みは組織の構造的問題を解決しつ
つ、ライバルとの競争力の差別化を追求する
妙手といえよう。
組織改革を断行した当年度は重複コストの
発
生や、従業員の戸惑いによる営業力の一時
的低下などを背景に減益決算を余儀なくされ
た。 しかし、ようやく軌道に乗り、現時点で
はコスト抑制と営業力の両面で成果を上げつ
つあるように見える。
もう一つのテーマは「宅急便」依存体質か
らの脱却である。 組織面では持ち株会社の下
に事業別ビジネスユニットを並列的に配置す
る形態に変更。 持ち株会社による綿密なマー
第20回
ヤマトホールディングス
ヤマト運輸の収益成長は「宅急便」の伸び
を背景に当面続くと見られる。 同社にとって
目下の経営課題は「宅急便」に次ぐ新たな収
益基盤を確立することだ。 中ロット貨物をタ
ーゲットにした新サービスの投入といった対
応策は株式市場から高く評価されている。
板崎王亮
クレディスイスファースト
ボストン証券
運輸担当アナリスト
脱「宅急便」戦略に高い評価も
株価は将来成長を織り込み済み
39 APRIL 2006
ケティングや商品企画をもとに、各ビジネス
ユニットを戦略に適したかたちに再編し、次
世代の収益の柱となる新規ビジネスを育成し
ていこうという方針である。
当初は見えにくかったが、現段階では具体
的な方向性がかなり明確になりつつある。 一
つは「宅急便」の守備範囲の拡大である。 こ
れまで「宅急便」は個人から法人へ顧客層に
拡げていくことが成長の原動力の一つになっ
ていたが、「宅急便」で扱う貨物のサイズに
は一定の制限を設けてきた。 しかし今後は従
来のサイズ制限を超える、より幅広い貨物も
対象
に含め、「宅急便」ならではの高品質、高
付加価値を提供していくことで、潜在需要の
掘り起こしを図る。
昨年十一月
にスタートした
「家財宅急便」
は家具や家電
製品などサイ
ズの大きい貨
物を対象にし
たサービスで、
販売店から顧
客宅への配送
や通販貨物の
配送などの分
野でニーズがあ
り、高い市場
成長が見込ま
れている。 さら
に、ロールボッ
クスパレット(カゴ車)単位での輸送サービ
スである「ボックスチャーター」を開始した
ことも、特積みトラック会社や貸切トラック
会社の主力マーケットであった中ロット貨物
の取り込みにつながる。 これら商品・サービ
スと、3PLや決済機能を組み
合わせること
によって、同社は従来以上に幅広い成長スト
ーリーを描くことが可能になるだろう。
もう一つの方向性は、コストセンターのプ
ロフィットセンター化による経営効率の改善
である。 例えば、同社は二〇〇三年に自社ト
ラックの整備部門を子会社化し、整備部門を
持たない中堅クラス以下のトラック業者への
外販を開始した。 高いノウハウと規模のメリ
ットを生かした競争力のある料金設定によっ
て受託件数を順調に伸ばしているようだ。
また、前述の「家財宅急便」は不採算が続
いていた引っ越し部門の戦力を、「ボ
ックス
チャーター」はコストセンターである長距離
幹線輸送子会社の戦力をそれぞれ活用する意
味合いもある。 既存戦力を最大限に活用する
ことで効率改善と事業規模拡大を同時に追求
している。
収益成長はしばらく鈍化しない
これまで本稿ではヤマト運輸グループの過
去と現在の経営戦略について述べてきた。 こ
こで強調したいのは同社の戦略が一貫して明
快かつ具体的であり、少なくともロジックの
上では極めて合理的で説得力があるというこ
とだ。 明確な成長戦略が掲げられていること
に加え、「宅急便」の取扱個数が依然として
前年比五%以上の伸びを継続している点や、
二〇〇五年度も第3四半期段階で前年同期
比三〇%以上の経常増益を実現している点な
どを踏まえれば、向こう三〜四年の収益成長
が鈍化すると考える根拠は見
当たらない。
クレディスイスファーストボストン証券で
はヤマトホールディングスの二〇〇五年度通
期の連結経常利益を前期比二九%増と予想
する。 さらに二〇〇八年度まで平均年率一
四%の経常増益基調が続くと見ている。 基本
的な収益状況や当面の見通しは申し分ない。
ただし、業績予想をベースに超過収益割引
モデルによる推定適正株価を試算すると、二
四一〇円程度と現状株価並みとなる。 すなわ
ち予想程度の中期利益成長はすでに株価に反
映されていると考えられるわけである。 ここ
から先は当面の利益成長が予想値を上回る、
もしくは二〇〇九年度以降も相応の増益基調
を継続できると見れば、現状から
の株価水準
上昇が期待できるが、そうでなければ投資対
象として魅力が大きいとは言いにくい。
当面は「宅急便」「クロネコメール便」以
外に同社が成長を見込む新事業の収益の立ち
上がりに注目していきたい。
ヤマトHDの過去10年間の株価推移
(円)
いたざき おおすけ 八八
年三月神戸市外国語大学卒。
同年四月岡三証券入社。 そ
の後、シュローダー証券、
INGベアリング証券を経て、
二〇〇一年二月にクレディ・
スイス証券に入社。 八八年
以来、運輸セクターを中心
にアナリスト活動を展開し
ている。
著者プロフィール
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