ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2006年8号
道場
ロジスティクス編・第11回

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2006 52 コンサル先の問屋メンバーと 高層ホテルで納涼会を開いた 昼間の灼熱を覆い隠すように夜の帳がおり始め た頃、大先生たちは高層ホテルのレストランの個 室にいた。
大きく窓がとられた眺めのいい部屋だ。
眼下に都会の夜が眩しく瞬いている。
大先生がコンサルをしている問屋の社長の発案 で、納涼を兼ねた懇親会が開かれている。
大先生 側は弟子たちと女史の四人。
一方、問屋側は社長 と常務、それに営業部長、物流部長といういつも の面々だ。
テーブルに並んだ和洋折衷型の懐石料理は社長 が特別に注文したものだ。
見事に嗜好に合ってい るようで、大先生は「うまい」を連発し、とても 機嫌がいい。
その様子を見て、社長も満足そうだ。
ひとしきり雑談が続いたあと、大先生が物流部長 に軽口をたたいた。
「そう言えば、ここに部長がいるということは、 結局、部長はクビにならなかったんだ?」 大先生が「部長」と呼ぶのは物流部長のことだ とわかっていながら、部長と呼ばれて一瞬、営業 部長がぎくっとする。
当の物流部長は、きっと話 題にされるだろうと覚悟していたのか、結構落ち 着いて返事をする。
「はい、おかげさまで‥‥」 そのケロっとした物言いに営業部長が、楽しそ うな顔でいちゃもんをつけた。
「正確に言うと、首の皮一枚つながっているって 状態だろ。
ちょうどブラジル戦前の日本代表のよ うな状態かな」 物流部長が「余計なことを」という顔で営業部 長をにらむ。
それを見て、常務が付け足す。
「保留ってことにしてあります。
ロジスティクス 導入の成否を見て、判断しようということです」 「なるほど、まあ、ロジスティクス導入程度なら、 そのブラジル戦は前半四五分ちょうどで終わるよ」 大先生が訳のわからないことを言うが、物流部 長は嬉しそうに頷き、余計なことを口走る。
「それでは、私が一対〇で勝つということですね。
一番美しい勝ち方で‥‥」 すぐに、営業部長がちゃちゃを入れる。
《前回までのあらすじ》 本連載の主人公である“大先生”は、ロジスティクス分野の カリスマ・コンサルタントだ。
“美人弟子”と“体力弟子”とと もにクライアントを指導している。
現在、旧知の問屋から依頼 されたロジスティクス導入のコンサルを推進中だ。
大先生にか まわれがちな問屋の物流部長は、支店長たちの悪行を隠蔽した 責任を取って会社をクビになりそう。
果たして物流部長が用意 した辞表を問屋の社長は受理することにしたのか。
湯浅コンサルティング 代表取締役社長 湯浅和夫 《第 52 回》 〜ロジスティクス編・第 11 回〜 53 AUGUST 2006 「なーに、あんたは早いうちに交代になるんじゃ ないの?」 楽しそうな営業部長の顔を見て、物流部長が口 を尖がらすが、特に言い返さずに、話題を変える。
「この料理、うまいですね」 物流部長の素直な表現に大先生も素直に応じる。
「うん、たしかにうまい。
食べていて気分が高揚す る。
社長はいいセンスをしている」 「えっ、でも、社長が作っているわけじゃないですよ‥‥」 「どこまで脳天気なんだ、あんたは」 営業部長の呆れた声に、社長が何か思い出した らしく、身を乗り出した。
「在庫管理とは何かがわかった?」 大先生が物流部長に聞く 「先生、最近おもしろいことがあったんです」 社長の意味深な発言に、大先生一行が興味深そ うに社長を見る。
物流部長は何かを予感したのか、 ちょっと身構えた風に社長を見る。
社長がおもむ ろに話し出す。
「ちょっと前のことですが、私のところに書籍購入 の申請書が回ってきたのです。
勉強するのはいい ことですから、誰がどんな本を買うのだろうと、申 請者の名前を見たのです。
その名前を見て、私、び っくりして椅子から転げ落ちてしまいました」 社長の話に、弟子たちや女史が興味深そうに物 流部長を見る。
物流部長が頷いて社長に苦言を呈 する。
「やめてください、そういう話は。
椅子から転げ落 Illustration©ELPH-Kanda Kadan AUGUST 2006 54 ちただなんてオーバーですよ」 「おまえが本を買うなんて、会社に入って初めての ことじゃないか?」 常務の問い掛けに物流部長が素直に頷く。
「どんな本だったんですか?」 思わず、弟子たちが声を揃えて聞いてしまう。
社 長が声をひそめる感じで答える。
「在庫管理の本です。
それも一〇冊です」 「へー」 弟子たちがまた声を揃えて、感心した風に頷く。
それを見て、社長が続ける。
「そこに先生のご本がなかったので、この人を呼ん で、『先生のご本は?』って聞きましたら、『とっ くに読んでいます』って胸を張ってました」 「へー、日頃の言動からすると、読んでいるとは思 えないけど‥‥」 黙って話を聞いていた大先生が、ここで口を挟 んだ。
物流部長が慌てて言い訳をする。
「はぁー、ですから、もっと勉強しようと思って ですね、先生が勉強するならそのテーマに関する 本を一〇冊以上読まなければダメだっておっしゃ ってたのを覚えていたものですから」 「そう、一〇冊読めば、理論については何となくわ かるようになる」 「はい、それで一〇冊読みました」 物流部長の言葉に大先生がびっくりした顔をし たが、すぐに嬉しそうな表情に変わる。
楽しい話 題ができたと思っているようだ。
「へー、ほんとに読んだのか‥‥それはすごい。
在庫管理なんて無味乾燥なものをよく一〇冊も読 んだな。
お世辞抜きでえらい。
それで在庫管理と は何かがわかった?」 ストレートな質問が飛んだ。
いよいよ大先生劇 場の始まりだ。
主役の物流部長は結構舞台慣れし ているようだ。
大先生相手に言い逃れはできない ことを知っているため、率直に語り始めた。
「はぁ、それが‥‥読めば読むほどわからなくなる 感じでした。
著者によって主張していることがずいぶん違うように思いましたし、結構いい加減な 本もありました。
そうそう、ある本に、『在庫が増 えてきたら、出荷を増やし入荷を減らす。
在庫が 減ってきたら、出荷を減らし、入荷を増やす。
こ れを在庫調整という』って書いてあったんですが ‥‥」 一瞬の間を置いて、社長をはじめ問屋側の全員 が吹き出した。
弟子たちはこの本を知っているた め、苦笑するだけだ。
営業部長が感心したように 呟いた。
「なるほど、在庫が増えたら顧客への出荷を増や し、在庫が減ったら出荷をやめればいいのか。
た しかに、顧客相手にそんなことができれば、言っ ていることは間違っていない」 「冗談じゃないよ、そんな。
先生、そんな本が世の 中に出てるなんてこと許されるんですか?」 物流部長が大先生に率直に疑問を呈する。
「許されない。
でも、その手の、日本の在庫管理 をだめにしたり、遅らせたりする本は現実にある。
在庫管理に限らず物流管理の本も同じ。
物流だけ じゃなく、ビジネス書にはその手の本が結構ある な。
まあ、いい加減な本が少なくないと見抜いた 55 AUGUST 2006 部長は大したもんだってことさ」 社長が頷きながら、さっきから聞きたいと思って いた質問を投げた。
「それで、玉石混交の本から得られた在庫管理につ いてのあなたの結論は何?わからなくなったとは 言いながら、あなたのことですから、それなりに答 えは出したんでしょ?」 「発注のタイミングと量に尽きる」 物流部長が在庫管理論を展開した 訳がわからなくなると「えーい、面倒だ」といっ て自分勝手な答えを出してしまう物流部長の性格 を熟知している社長は、物流部長の答えに興味を 持っている。
物流部長の自分勝手な結論が結構ポ イントをついていることが少なくないことも社長は 知っている。
意を決したように、物流部長が話し 始めた。
「はぁー、一〇冊も本を読んで、いまさらそんな 分かりきったことに気づいたのかって笑われてしま いそうですが、実は、最後に、先生の本を読み返 してみてわかったんです。
先生の本にはたった一つ のことしか書いていないんです。
と言いますか、た った一つのおっしゃりたいことをいろんな角度から 主張されていることに気づきました」 長い前置きだが、この前置きには、そこにいる全 員が興味を持ったようだ。
窓の外を見ていた大先 生が物流部長にちらっと目をやる。
全員の視線を 浴びて、さすがの物流部長も戸惑いを隠せない。
営 業部長が話の先を急かす。
「それで、何に気づいたわけ?」 「いや、別に、大したことじゃないんだけど‥‥」 「もったいぶらずに言いなよ」 「別にもったいぶっているわけじゃ‥‥あ、そう だ、営業部長、あんたは在庫って一体何だと思 う?」 急に矛先が自分に向かってきて、営業部長は一 瞬戸惑った表情を見せたが、素直に答える。
「将来の販売に備えた商品、じゃないの」 「そう、おれもそう思う。
となると、在庫を管理するというのは、その在庫を過不足なく持つことと いうことになる。
違いますか?」 突然、物流部長が弟子たちに確認を求める。
弟 子たちが頷くのを見て、物流部長がまた営業部長 に聞く。
「在庫を維持するために必要なことは?」 「えーと、在庫がなくなりそうになったら補充する ことなんて言ったら当たり前すぎて答えにならな いか」 「いや、そういうことなんだよ。
あんまり当たり 前すぎると、そんなばかなって不安になるよな」 営業部長が神妙に頷く。
ここで物流部長は、咳 払いを一つした。
社長の問いに対する自分の答を 言う準備のようだ。
「結局、在庫管理というのは、いつ、どれくらいの 量を発注するのかに尽きるのではないかと思いま す。
発注のタイミングと量、この二つを決めれば いいと理解したのですが‥‥」 一〇冊も本を読んで、そんな分かりきった結論 を言うのが恥ずかしいという思いがあるのか。
最 後は消え入りそうな声だ。
そこに大先生から声が AUGUST 2006 56 かかった。
「それでいいんだよ。
それ以外にない。
一〇冊読ん だ在庫管理の本には、そのタイミングや量の決め 方がいろいろ解説してあったんじゃない?」 「はぁ、それじゃあ、それでいいんですか。
先生 の本には、それが大きな柱としてあって、あとは それを解説するという構造になっていることがわ かったものですから、はぁ、自信を持ったのです が‥‥」 「おれの本が簡単な中身で悪かったな」 大先生の拗ねたような返事に物流部長が慌てて 付け足す。
「いえいえ、非常にわかりやすいってことを言っ ているんです」 「この前、在庫管理の本を書いたとき、何に一番 困ったかというと、一冊の本の分量にすることだ った。
なんたって、在庫管理の基本構造は簡単だ から、一冊の本にするのは大変だった。
まあ、自 慢じゃないけど、在庫管理の本で一番薄いのはお れの本だな」 大先生が妙な自慢をする。
大先生の話に自信を 持ったのか、物流部長の口が滑らかになる。
「そう言えば、在庫管理の本を読んでいて、これは 在庫管理とは関係ないんじゃないかと思われるこ とがいっぱい書いてあるという感じを受けました。
あれは、本にするための水増しだったんですね」 「水増しだなんてそんな失礼なこと、おれは言わん よ。
まあ、閑話休題的な話が少なからずあること は事実だな。
ところで、その簡単極まりない在庫 管理をおたくではやっているの?」 大先生の問い掛けに物流部長がきっぱりと即答 する。
「いえ、やっていません。
発注のタイミングは、 なくなりそうになったときとかメーカーとの約束 で週一回とかいろいろです。
量も、売れそうだか ら多めに頼んでおけとかメーカーの言うままとか、 まあ適当です」 自信を持った物流部長の発言に社長が一喝する。
「そんなこと自信を持って言うことじゃないでしょ。
とにかく早く在庫管理を入れなさい。
あと半年も すれば、うちの在庫は過不足ない水準になるのね。
期待していますよ」 物流部長が大きく頷き、弟子たちに「よろしく お願いします」と大仰に頭を下げる。
社長が苦笑 しながら、弟子たちに丁寧に頭を下げる。
納涼会 も物流部長の一人舞台に終わりそうだ。
(本連載はフィクションです) ゆあさ・かずお 一九七一年早稲田大学大学 院修士課程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経て、二〇〇四年四月に独立。
湯 浅コンサルティングを設立し社長に就任。
著 書に『現代物流システム論(共著)』(有斐閣)、 『物流ABCの手順』(かんき出版)、『物流管 理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわか る本』(以上PHP研究所)ほか多数。
湯浅コ ンサルティングhttp://yuasa-c.co.jp PROFILE

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