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SEPTEMBER 2006 16
逆張りで儲ける
伊藤忠商事傘下の北京太平洋物流の売り上げは現
在、日系企業以外の欧米系荷主が約四〇%を占めて
いる。 その業務内容も他の日系物流企業とは全く違
う。 詰め合わせを必要とするパッケージ製品や販促品
など、多品種小ロットの流通加工を得意としている。
消費者市場の成長を追い風に、業績は年率三〇%増
のペースで拡大している。 倉庫施設も毎年一万平方メ
ートルずつ増設を繰り返している。
しかし、九八年一〇月に白松剛総経理が伊藤忠か
ら派遣された当時、同社は巨額の累損を抱え、会社
の清算も視野に入れざるを得ない状況だった。 もとも
と同社は九四年に伊藤忠が現地資本との合弁で設立
した倉庫会社で、当初は中国から日本や欧米の消費
地に輸出する衣料品などの保管庫として機能させる計
画だった。
ところが、「いくら中国でも長期間の保管を必要と
するような荷物はなかった。 出来上がった製品は、す
ぐに出荷されてしまう。 目算が外れた末の赤字だっ
た」と白総経理は振り返る。 しかし、国内物流に目を
向けると細かな流通加工のニーズならいくらでもあっ
た。 ニッチなサービスだが他の物流企業は敬遠気味で
ライバルがいない。
いずれ日系企業が中国の国内市場に本格参入して
くることは明らかに思えた。 ターゲットを輸出品の保
管から、川下の流通加工やアフターサービス向けに一
八〇度転換することにした。 これに合わせて営業先も
それまでの生産部門ではなく、日頃から小売り市場と
向き合っている販売部門に切り替えた。
中国ブームの到来にはまだ早かった。 日系企業の多
くは半信半疑で市場調査している段階だった。 案件の
数はあっても物量はわずかだ。 それでも「荷主から
様々なニーズやアドバイスをもらうことで、オペレー
ションを組み立て、サービス品質を高めることができ
た。 文字通り荷主に育てられた」と白総経理。
その後、日系の有力メーカーが相次いで国内市場に
本格参入。 さらに二〇〇四年四月に中国政府が外資
系流通業の独資を認めたことで、外資の国内市場参
入に拍車がかかった。 これに伴い北京太平洋物流の取
扱量は急増している。 清算寸前だった赤字企業が稼
ぎ頭に生まれ変わった。
他の物流企業も川下の流通加工に参入してきてい
るため、価格競争は厳しくなっている。 それでも白総
経理は「これまで一緒になって仕組みを構築してきた
荷主との信頼関係は、そう簡単には崩れない」と自信
を持っている。 現在、白総経理は北京物流協会の副
会長も務めている。 業界の顔役の一人だ。 国内市場
に入り込むほど、こうした現地の人脈が効いてくる。
日本人社会のなかだけでは商売はできない。 同社のように中国の国内市場で成功している日系
物流企業はいずれもニッチ市場にターゲットを絞り、
現地の事情に精通したトップが長く指揮を執っている
点で共通している。 九三年に中国に進出し、当初から
国内物流をターゲットに事業を拡大してきた中国遠州
コーポレーションもその一つだ。 同社の落合岐良社長
は「仕事自体はいくらでもある。 しかし利益を出すに
は戦略と工夫がいる」と指摘する。
同社は上海、北京、大連、青島に四つの現地法人
を構えている。 連結売上高は現在、約一五億円。 経
常利益は約一億円。 落合社長をはじめ日本人スタッ
フの人件費を含めても常に一定の利益を出してきた。
日本からの投資額は延べ五億円。 事業規模は大きく
ないが、充分なリターンを得ている。
新興国の物流サービスは売り手市場。 需要はいくらでもあ
る。 付加価値の高いサービスだけを提供して利益を確保する、
ニッチ戦略は荷主だけでなく日系物流企業も同様だ。 このま
まのポジションをキープすべきか、それとも欧米の列強や現
地企業と伍して国内市場に本格参入するのか、経営判断が突
きつけられている。 (大矢昌浩)
第1部中国市場のロジスティクス
日系物流企業
――現地化しなければ儲からない
17 SEPTEMBER 2006
一ケースからのトラック混載輸送が売りものだ。 ド
ライバーと車両を社内に抱え、大都市間でトラックの
定期便を走らせている。 日本の路線便と全く同じだ。
貸し切りだけでも充分な需要のある中国では異例の事
業展開といえる。 敢えて同社がそれを選んだ理由は、
構造的に不正のできないビジネスだからだという。
中国のトラック運送は、ドライバーのモラルが輸送
品質のカギを握る。 落合社長は「いまだに中国では物
流は社会の底辺の仕事だ。 日本とは全く違う。 不正
は必ず起きる。 しかし全てを監視することはできない。
その点、定期便はルートと時間が決まっている。 帰り
荷のアルバイトもできない。 不正のしようがない。 そ
うした仕事にしか手を出さないことで、荷主の求める
品質を確保してきた」と説明する。
現地化にも知恵を使った。 傘下の四つの現法の総
経理は落合社長が兼任している。 しかし実際の運営は
各現法の副総経理が全て取り仕切っている。 いずれも
現場から叩き上げた現地採用の中国人だ。 彼らに現
地スタッフとしては破格の待遇をすることで、日本か
らの出向者を最小限に抑えている。
コストだけの問題ではない。 ライセンスの取得やト
ラブル処理、労務管理などの交渉は相手と同じ中国
人同士のほうが有利だ。 「ずるいようだが、汚れ仕事
は全て現地スタッフに任せている。 現地人であれば問
題にならないようなことでも、日本人というだけで難
癖をつけられてしまう。 物流は工場内で全てが完結す
るメーカーとは違う」と落合社長は説明する。
欧米列強は大型買収を断行
物流は基本的にドメスティックな産業だ。 特定の拠
点で輸出入を管理するだけならともかく、国内に深く
入り込んでビジネスを展開する場合には、現場の指揮
をとる現地人マネジャーがどうしても必要だ。 そのた
めに欧米の国際インテグレータは積極的な現地化と並
行して、現地物流企業の買収を進めている。
今年一月、フェデックスは天津太田集団を約四五
〇億円で買収すると発表した。 太田集団はもともとフ
ェデックスの提携先で、同社の国際宅配便の集配を
担っていたほか、航空機を利用した国内宅配便も手
掛けていた。 その買収によってフェデックスは国内陸
運市場にも本格的に参入したことになる。
同様にTNTは現在、黒竜江省華宇物流集団の買
収交渉を進めている。 華宇物流は車両五〇〇〇台、従
業員一万三〇〇〇人を抱え、中長距離のトラック輸
送をメーンとする業界大手。 UPSもシノトランス
(中外運)から約一一〇億円で国内二三都市での営業
権を取得している。
これに対して日系物流企業のアプローチは今のとこ
ろ現地企業との提携レベルにとどまっている。 日新は
二〇〇三年に日系物流企業としては唯一、シノトランスへの出資に踏み切った。 もっとも出資額は一億二
〇〇〇万円に過ぎない。 外資系物流企業の独資が認
められている現状で、この提携がどのような意味を持
つのか。
同社の木下充弘中国部次長は「シノトランスに出
資した実効性を疑問視する声があるのは知っている。
しかし今後、中国では国内物流のニーズが増えていく
のは必至だ。 いくら独資が認められたといっても、当
社単独で全てのニーズをカバーすることはできない。
現地企業との協力関係はこれからさらに重要になる。
その意味では出資もムダではない」と反論する。 大き
なリスクは避け、小規模でも手堅く立ち回るか。 それ
とも覚悟を決めて本格参入するのか。 日系物流企業
もまた荷主と同様の課題に直面している。
北京太平洋物流の
白松剛総経理
中国遠州コーポレーシ
ョンの落合岐良社長
日新の木下充弘
中国部次長
北京太平洋物流の倉庫。
川下の多品種小ロット
物流に的を絞った
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