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《マネジメント編》
本誌編集発行人 大矢昌浩
JULY 2005 60
物流を始めロジスティクスやSCMの理論
と施策は、いずれも欧米からの輸入品だ。 その
まま日本市場に適用しても機能しないことが
少なくない。 とりわけ取引先との役割分担の
調整がメーンのテーマになるSCMは、その国
の市場環境に大きな制約を受ける。 日本市場
に適した理論と施策を、新たに構築する必要
がある。
SCMは大企業病の処方箋
SCMはもともと日本の系列取引やトヨタ
生産方式に範をとったとされる。 八〇年代に
日系メーカーの輸出攻勢に苦しめられた米国
の産業界が、日本企業に特有の企業間取引に
着目し、米国と比較した時の優位性を分析し
て、方法論としてまとめたものだ。 当時、米国
は日米構造協議で日本の系列取引の閉鎖性を
厳しく批判していたが、その裏では産学を挙げ
て日本企業の攻略法を研究していたわけだ。
実際、SCMを始め、「コア・コンピンタン
ス経営」や「ビジネス・プロセス・リエンジニ
アリング(BPR)」、「ECR(効果的な消費
者対応)」、「QR(クイック・レスポンス)」と
いった一連のマネジメント・コンセプトは、い
ずれも米国産業界の構造不況を背景として、ほ
ぼ同じ時期に生み出されている(
表1
)。
八〇年代から九〇年代初頭にかけての米国
産業界は、GM、フォード、クライスラーのビ
ッグスリーが軒並み赤字に転落し、家族主義
で知られたIB
Mが大規模な首
切りを余儀なく
されるなど、国
を代表する企業
が業績悪化に苦
しむ不況のまっ
ただ中にあった。
最大の原因が
大企業病だった。
それまで米国の
大手メーカーは、
垂直統合による
量産効果を狙っ
て、サプライチ
ェーン上のプロセスを可能な限り社内に取り
込んでいた。 ビッグスリーが市場を寡占してい
た時代には、垂直統合は上手く機能した。 と
ころが小型車を武器に日系メーカーが米国市
場のシェアを奪い始めたことで、従来の強み
は弱点に変わった。
日本車の台頭に対抗してビッグスリーも車
体のダウンサイジングに舵を切ったものの、肥
大化した組織は機敏に反応しない。 大量生産・
大量販売を前提にした重装備の設備も変化に
対する適応力を欠いていた。 市場ニーズに合
わない生産を続けることで大量の売れ残りが
発生、それが在庫の陳腐化に拍車をかける、と
いう悪循環に陥っていた。
そこで改めて米国のメーカーと日系メーカ
ーのビジネスモデルを比較してみると、その内
製化率には大きな差が見られた。 ビッグスリ
ーが部品の六〇%〜七〇%を社内で生産して
いたのに対し、日系メーカーのそれは三〇〜四〇%に過ぎなかった。 過半数を外部の部品
会社から調達していたのだ。
部品会社と組み立てメーカーの関係も全く
違った。 部品メーカーとの駆け引きに終始し
て頻繁に調達先を変える米国のビックスリー
とは異なり、日系メーカーは特定の取引先と
長期的につき合うことで、技術や運用ノウハ
ウの共有を図っていた。 その象徴がトヨタのか
んばん方式だった。
SCMを始めとする一連の改革コンセプト
は、こうした日米のビジネスモデルの違いを分
第3回欧米の理論は役に立つか?
表1 改革コンセプトの開発
1980年代初頭
1985年
1990年
1990年
1992年
SCM(Supply Chain Management)
米アーンスト&ヤングでSCM責任者を務めた
ジーン・ティンドール氏によると、80年代初頭
に行った米ゼロックスのロジスティクス改革で作
った造語だというが、開発者に関しては諸説ある。
QR(Quick Response)
割安な日本製繊維製品の輸出攻勢に対抗するた
めに、米国繊維業界におけるSCMの手法として、
リーバイスなどの米大手アパレルメーカーと大手
小売り、そしてIBMによって開発された
コア・コンピタンス経営(Core Competence)
経営学者のゲイリー・ハメルとC・K・プラハラ
ードが「ハーバード・ビジネス・レビュー」誌に掲
載した「The Core Competence of the Corporation」
という論文で初めて定義した。
BPR (Business Process Reengineering)
元マサチューセッツ工科大学教授のマイケル・
ハマーが90年に「ハーバード・ビジネス・レビ
ュー」誌に論文を発表。 93年には氏と経営コン
サルタントのジェイムス・チャンピーの共著「リ
エンジニアリング革命」がベストセラーに。
ECR(Efficiency Consumer Response)
カテゴリーキラーの台頭や欧州系流通業者の上
陸で収益の悪化に苦しんでいた食品スーパー業界
の立て直しのために、米加工食品業界団体と、コ
ンサルティング会社のカート・サーモン・アソシ
エイツが開発した。
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析し、日系メーカーの強みを米国の大手メー
カーに移植するために開発された。 つまり一
連のコンセプトは全て大企業病に陥っていた
米国メーカーのビジネスモデルを抜本的に改
革するための処方箋だった。
まずBPRによってサプライチェーンのプロ
セスを分解し、競争力の核となっているプロ
セス、すなわちコア・コンピタンスに資源を集
中する。 残ったプロセスを社外にアウトソーシ
ングすることで垂直統合の弊害を解消。 さら
に社外のプロセスと社内のプロセスをSCM
の下に統合管理する、という改革だ。
そしてクイック・レスポンスは、自動車業
界と同様に割安な日本製品の輸出攻勢に苦し
んでいたアパレル業界版のSCM。 ECRは
カテゴリーキラーや欧州系小売りチェーンに
市場を浸食されていた米国内の食品スーパー
の立て直しを狙った加工食品業界版のSCM
という位置付けだ。
症状が違えば処方箋も変わる
アウトソーシング先や取引先との関係を管
理するSCMは、米国生まれの「ケイレツ」だ
とも言える。 それを逆輸入する形で現在、日
本にもSCMの理論と施策が紹介されている。
しかし米国で上手くいった施策が日本では、ほ
とんど機能しない。 米国流の処方箋をそのま
ま日本に適用して失敗するケースが後を絶た
ない。 そもそも米国の大手メーカーと日系メ
ーカーでは症状が違う。 症状が違えば当然、処
方箋も変える必要がある。
モノを対象にする物流やロジスティクスの
理論や施策には比較的、普遍性がある。 国に
よって扱う荷物のサイズやロットが違ってくる
だけで、基本的なロジックは変わらない。 しか
し取引先との役割分担やリスク配分がテーマ
になるSCMは、その国の商慣習や産業構造
に大きく制約される。
日本と米国では商慣習はもちろん、産業構
造自体が全く異なっている。 米国の小売市場
は大手五社で市場の約四〇%を占めるほど上
位集中が進んでいる。 欧州ではさらにその傾
向が強く、大手五社の占有率は各国とも七〇%
〜八〇%に上る(
表2
)。 それだけにメーカー
は大手小売りに逆らえない。 サプライチェーン
の主導権は完全に小売側が握っている。
一方の日本は、イオンやイトーヨーカ堂な
どの小売上位五社の売り上げを集めても小売
市場に占めるシェアは八・四%(二〇〇三年)
に過ぎない(
表3
)。 そのため欧米市場と比較
してメーカー側の発言権が強い。 もっとも日
本はメーカー側の寡占化も進んでいない。 例
えば日本の日用雑貨品業界には一〇〇〇社以
上のメーカーが存在すると言われる。 しかも中
間流通が伝統的に多段階で、大手メーカーご
とに系列化され細分化している。
日本市場は無数のメーカーと無数の小売り
が多段階の中間流通によって結ばれるという
構造を特徴とする。 それに対して欧米市場のSCMは、基本的に大手メーカーと大手小売
業の直接取引を前提にして理論や施策を構築
している。 それを無理に日本に当てはめれば
齟齬をきたす。
日本市場におけるSCMには、日本市場の
環境に合致した理論と施策が求められる。 そ
れは輸入できない。 実際、ウォルマートやカル
フールなど、欧米市場で勝ち組とされるSC
M先進企業も日本市場では苦戦を強いられて
いる。 日本型SCMのモデルはまだ完成して
いない。
スウェーデン 94.35%
デンマーク 79.3%
ベルギー 76.6%
オーストリア 72.7%
フランス 76.4%
ドイツ 61.8%
オランダ 71.2%
英国 63.4%
アルゼンチン 45.3%
アイルランド 62.1%
チリ 53.7%
米国 39.5%
スペイン 53.7%
ブラジル 40.8%
日本 8.4%
表3 日本の小売業
上位5社の売上高と占有率
イオン 3.5兆円
イトーヨーカ堂 3.5兆円
ダイエー 2.0兆円
ユニー 1.2兆円
高島屋 1.1兆円
1
2
3
4
5
大手5社売上高計 11.4兆円
日本小売市場規模 135.1兆円
大手5社の占有率 8.4%
表2 世界各国の小売業
上位5社の市場占有率
※各種資料より本誌が作成。 表2、表3とも日本は
2003年他は2000年の数字
(2003年度)
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